2月の花:スミレ
「誠実なあなたに私のまごころをささげます」
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ちょうど1年前の冬から、私は自分の部屋にある北側の窓を開けなくなった。
窓の向こうには、隣の家の窓がある。あいつの、部屋の窓。
小さい頃から、私とあいつはライバルだった。
私の家は○芝のお店、あいつの家は○菱のお店。
同業のくせに隣同士。
お父さんは、隣のおじさんを露骨にライバル視してた。
「となりのガキよりいい成績をとれ」
「かけっこで負けるなよ」
幼稚園の頃からずっと言われ続けた。
テストの度にお互いの窓から点数を見せあって一喜一憂して、
中学生くらいからは恋の数まで競い合って。
毎日毎日窓から顔を合わせているうちに、いつのまにか、
あいつの存在をトクベツなものとして意識する癖がついてた。
それはあいつも同様だったようで、
高校からの帰り道が一緒になると、お互いに先を譲った。
後ろを歩いた方が、相手を見つめていることが、できたから。
素直じゃない2人は、並んで話をするなんて、考えもしなかった。
先に正直になれたのは、あいつだった。
大学が春休みに入って、のんびり部屋の片づけをしていた時だ。
あいつの部屋の窓が勢いよく開いた。
その音に驚いてこちらも窓を開けると、あいつが、私をまっすぐ見ていた。
「オレは………」
私のドキドキと合わせて、1メートルにも満たない隣との空間が遠くなったり
近くなったりした。
「オレは、誰が何と言おうと、お前が好きだからな。」
私は何も言えずに、ただうなずいて、窓を閉めた。
それ以来、だ。この窓を開けていない。
あいつの気持ちは嬉しかった。
あいつの言葉があと3年くらい早かったら、この窓を飛び出して、あいつの胸に………。
でも、私達はそろそろ「この先」を考えなくちゃいけなかった。
あいつも私もひとりっ子。店を継がなきゃならない。
いつかは私もあいつ以外の男の人をおムコさんに迎えて………。
だったら、ヘタに傷を深くしない方がいい。
このまま私が自分の気持ちを抑え込めたら、それで。
それが、近頃、ヘンなのだ。
はじまりはあいつが買ってきた、一つの苗だった。
お隣のおばさんが、店と店との間の垣根に紫のスミレを植えた。
うちのお母さんは負けじと黄色いスミレを植える。
黄色、紫、黄色、紫、黄色、
交互に並んだスミレを世話する内に、お母さん同士、いつのまにか会話を交わし始めた。
もともと旦那が張り合っていたから同調しただけで、実は仲良くしたかったらしい。
互いに家を行き来して、お茶を一緒にするようになるまでそんなにかからなかった。
あいつはおばさんと一緒によくうちに来るようになり、次第にお父さんと話をしだした。
最初は避けていたお父さんも、あいつの真面目な態度を見直してきたらしかった。
不景気のせいで売り上げが落ち込んでいるのが共通の悩みというのもあったのかもしれない。
お隣のおじさんとうちのお父さんが経営の事で相談するのを見た時は、開いた口がふさがらなかった。
あいつの家と、私の家の間にあったぎこちない壁が、少しずつ崩れていくようだった。
昨日、うちに来たあいつは、私の目を見て、しっかりとうなずいて、そして笑った。
「うちの所とお前んとこと、1つの店になるからな。」
驚いて声を出せない私に、あいつは言った。
「将来は他のメーカーもいれた総合電器店になるかもしれない。覚悟はいいか、社長夫人?」
私は涙を見られたくなくて2階の部屋に駆け上がった。
私がただ我慢で乗り越えようと思ったことを、あいつは行動で解決してしまった。
1年前のあの時から、私の気持ちをわかってくれてて、それで、それで………。
私はたまらなくなって、あの窓を、開けた。
窓は少しぎこちない音をたてて、冷たい空気がすうっと入ってきた。
そして、あいつは、そこに立ってた。
見下ろすと、美しく並んだスミレが、まだ少し寒い風に揺れて咲いていた。
もどりましょうか?