3月の花:わすれな草
「私を忘れないで」
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最近、よく夢を見る。
同じ内容のようだ。
誰かが、僕を呼んでいる。
うす暗くて、湿っぽい、森のような。
「…を………いで」
あれはどこだろう?
霧がたちこめていて、よく見えない。
切り株の向こうに、陽の差し込むところがあって、そこには………
何かがあるはずなのに、その先が思い出せない。
誰かが、呼んでいるのに。
「…を……れないで」
また、あの夢だ。
じめじめした土を、僕は掘り起こしている。
流れ落ちる汗をふこうともしないで、一心不乱に。
何かを、埋めようとしているのか?
何を……。
「わ……を…すれないで」
誰の声だろう?
聞いたことがある声のような。
僕は「それ」を埋めた後らしい。土を丹念にかぶせている。
やがて立ち上がった僕の目に切り株の断面がうつった。
あれは、
「!」
夢から覚めた僕の脳裏に十数年前の記憶がフラッシュバックする。
これは夢じゃなくて僕の過去の記憶だ。
あの場所には覚えがある。僕が小学生の頃に住んでいた小さな村だ。
でも、いったい僕はあそこで何を埋めたんだ?
わからない。
思い出せない。
だが、あの夢で聞こえていた声が、僕の心の中で次第に大きくなってきていた。
骨がのどにつっかえていつまでも気にかかる感じだ。
あの村へ一度行ってみた方がいいかもしれない。
このままだと一生同じ夢を見続けてしまう。
次の休日、僕は昔住んでいた村に出かけた。
引っ越して以来、一度も来た事はなかった。特に仲のいい友人がいたわけでもないし。
のんびりと走るバスに揺られ、窓から見えてくる景色を懐かしく思い始めた僕は、小学生だった頃の記憶をたどっていった。
僕は毎日誰と遊ぶでもなく、庭で母が丹誠込めて育てていた草花を眺めていた。
田舎の事だから自然は飽きるほど周りに溢れていたが、母の手にかかった「自然」はその限りある命を精一杯生きているようで、見ていて胸を打たれた。
育てた花々と同様、母の命も短かった。
母の死後、僕は父方の祖母の家に引き取られた。それがこの村を出た時だ。
夢の中でみた森に行ってみる。
家からかなり歩いたところにあると思ったのに家の真裏にその森はあった。
しかし僕が育った家はすでに無く、まるっきり感じの違う北米風の家が建てられていた。
そのせいかどうか森の入り口がよくわからない。
冬でなくてよかった。ひどく不安で寒い。
だが、歩き回るうちになんとなく記憶のパズルの一片一片がつなぎ合ってきた。
僕は確かにあの場所に何かを埋めた。それは母が死んだ頃、そう、村を出る日。
あと1つピースがうまればパズルは完成しそうだった。
「…たしを、わすれないで」
突然頭の中に響いた声と、森の入り口が見えたのと同時だった。
僕は走り出した。
「そうか、そうだ、そうだったんだ!」
なぜ忘れていたのか不思議なくらい、僕の頭の中にはその時の事が鮮明に浮かんできた。
そして、早く「彼女」に会いたくて、懸命にとばした。
僕の埋めた「彼女」に。
そこは、僕の秘密の場所だった。
子供なら誰でもそんな所、持っている。
森の中ほどにちょうど陽が差し込むスペースがあって、側の切り株が椅子代わり。
ここには母とよく散歩に来た。
母は切り株に腰掛けて、僕にいろんな話をしてくれた。
何の話か覚えてないけれど。
ある日、僕にこう言った。
「ねえ、いつか、大きくなっても、私が、こうしてお話をしたこと、覚えててね。
私が育てた花たちのことを忘れないでね。私を、忘れないでいて。」
母には自分がもうすぐ天に召されることがわかっていたのだ。その頃の僕は何も知らず、ただ、無邪気に頷いていた。
この村を出ていく日、僕は庭に咲いていた花を秘密の場所に連れていった。
母が気にいっていた僕の秘密の場所に、母の思い出を残しておきたかった。
母の花は僕にとって母そのものだった。
秘密の場所は、まだちゃんとあった。
僕の荒い息しか聞こえないような静かな森の中で、そこはひと際沈黙した世界だった。
でも、僕には聞こえる。
その陽の当たるスペース一面に可憐な花を咲かせている「彼女」、母の声が。
「私を、忘れないで」
その花の名は、わすれな草。
もどりましょうか?