9月の花矢車草
「私はなんて幸せなんでしょう」





今夜はとても眠れそうにないの。
車が通り過ぎる音や、犬の遠吠えがすっかり止んで、 どこからか虫の音が聞こえてきたわ。
夜に書く手紙はひどく感傷的になるとよく言うけど、 ほんとね。
普段はこんなこと思いもしないのに。


あなたが生まれたのはこんな静かな真夜中のことだったわ。 と、いっても本当に静かだったのかはわかんないの。確か お父さんがそんな事を言ってたと思う。今確かめようと思っても 肝心のお父さんは酔いつぶれて夢の中だし。ま、いいよね。
その日は早朝から陣痛が始まって、昼くらいにはカタがつくかな、 と思ってたのに病院に行くと痛みがおさまっちゃって。大騒ぎし たのに恥ずかしかったわ。のんびり屋さんのあなたは、夕方から エンジンをかけはじめて、ようやく日付が変わった頃にご対面。
嬉しかったわ。あなたに会えて嬉しかったというよりも長い長い 闘いが終わったのが、ね。ごめんなさい。だって、めちゃくちゃ 痛くて辛かったのよ。


ひとりっ子だったからお父さんの愛情たるや浴びせる程だったわ。 妬けちゃうくらい。お風呂にだって、あなたが嫌がるようになる まで一緒に入ってたもんね。嬉々としてさー、全く。
だから、あなたがあの人を連れてきた時はずいぶんショックだっ たみたい。ま、どこの父親も同じだろうけどね。
最近になってやっと、自分は娘と結婚できないんだってことを理 解したみたいよ。納得はしてないけど。
今日だって、だから飲めないお酒をガンガン飲んで。そうじゃな きゃ、耐えられなかったのね。


明日、あなたはあの人のお嫁さんになる。


ホント言うと、私もまだ心の整理がついてないの。 衣装合わせの日までは大丈夫だったのよ。
でも、あなたがウェディングドレスを着て、あの青い花のブーケ を持ってるのを見ちゃったら、もう。
まだ早いんじゃないか、まだ教える事が残ってるんじゃないか、彼でいいのか、ってね。
今でもまだ全然ダメ。
手紙でも書いたらスッキリするかも、なんて書き始めたけど、逆。なんか無性に泣けてきて、さっきからティッシュが離せないわ。でも、でもね。今ふと考えたの。
これって、いかにも「花嫁の母」って感じよねぇ。
ふふん。
なかなかいいわよね。

さ、明日はよろしく頼むわよ。
沢山泣けるように美しい花嫁姿、見せてちょうだい。
そうそうブーケを投げる時は私に向けてね。
せいぜいお父さんを妬かせなくちゃ。




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