話忠




うちは父も母も動物好きで、事情の許す限り何らかのペット達と暮らしていた。
みんなみんな想い出を沢山くれたけど、今回はその中でも一番のヤツのお話。


ゴールデンウィークが終わる頃、一匹の犬の命日がやってくる。
名前は「クロ」。雑種。胴長短足。毛むくじゃら。
とってもイイ子だった。

クロがうちにやってきたのは、私が中1の秋のこと。同級生の家で犬が生まれて誰かいらないかという話があった。親に相談すると即座にOKがもらえたので、その同級生に連絡するとひと足違いで保健所に連れていかれたとの事。せっかくだからと父と母と兄までが一緒に保健所に車を走らせた。
保健所には子犬から成犬までがうようよとオリの中にいたらしいが、クロは全員一致で<うちのコ>に選ばれた。一応同級生から「真っ黒のモコモコした犬」だとは聞いていたが、何より、別々に入室した家族の誰もが、「このコだけがまっすぐ目を見つめてきた」
という理由で選んだのだった。

確かにクロの眼は魅力的だった。絶えず何かを訴えるような濡れたまなざしは、家族全員をメロメロ(死語?)にした。
そんなに可愛いのに、なぜかオスだと思い込み、私達はスパルタ訓練をした。
家の裏山にまだ足元のおぼつかないクロを連れていき、放置して先に山を下りていく。クロはヒーンヒーンと情けない声を出しながらも私と兄の声がする方へと向かい、短い足で山を下りて、いや滑り落ちてきた。全てはいい番犬にする為、オスはたくましくなくてはと何度も山へ連れていった。
はたして、前足の力は相当強くなった頃、クロが実はメスだった事が判明。そして、彼女は実に気が弱く、番犬にはむかないということも、認めなくてはならなかった。

しかし、クロは変わらずうちのアイドルだった。
散歩の途中で2回も母の足の骨にヒビをいかせたくらい力が強くても、会社から帰ってきた父を出迎えて、嬉しさの余りおしっこをちびっちゃっても、セーラー服の女の子を見ると、つい私だと思って近寄っていってしまっても。

そのクロも老年期を迎えた。
大好きだった散歩にも行きたがらず、一日中寝てばかりいるようになった。
当時私は実家を離れ、県外で一人暮らしをしていた。4月になって母が、「もうクロもだめかもしれない。でもね、GWにはお姉ちゃんが帰ってくるから それまで頑張るのよって毎日言い聞かせてるの。」
と涙声で電話してきた。いつかは来ることだと覚悟をしていたが、ショックだった。
ずっと兄弟のように成長してきた片割れが、老いて、死を迎えようとしている。

GWの仕事をさっさと終わらせ、急いで実家に戻ると、いつも尻尾を振って飛んでくるクロが顔を出さない。聞けば前日から何も食べず、もうほとんど起き上がらないらしい。様子を見に行くと、それでもわずかに顔を上げ、尻尾を振った。
「クロ、よく頑張ったね。いいこだね」
頭を撫でてやると安心したように目を閉じ、眠ったようだった。
 
クロが息を引き取ったのはそれから数時間後の事だった。最初に保健所で見せたようにまっすぐこちらを見つめ、一声鳴いて、動かなくなった。
「お姉ちゃんが帰ってくるまでは頑張れって言い聞かせてたから、一生懸命で 待ってたのね」
母が涙をこらえながらクロを毛布で包んでやった。どんどん固くなるクロを私は見る事が出来なかった。私を待っててくれたのかと思うと、もっと早く帰ってもっと早く楽にしてやればよかったと、そればかり考えて泣いていた。

私のスケジュール帳には家族の写真と一緒にクロの分も挟んである。
実家が引っ越した時、クロのために小さな犬小屋を新調した時の一枚だ。父が、カメラを構えて、母がクロに新居を見せたら、彼女は万事承知といったようにすたすたと犬小屋に入り、前足をきちんと揃えて向き直り、父のカメラに向かってポーズをとったのだった。
つくづく、よくできたコだったと、今でも思う。






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