11時「冴子」




「ふああぁあぁ」
大きなあくびをして冴子は思いきりのびをした。
もう11時近い。今日も夫は遅いのだろうか。
ダイニングテーブルに置かれた、創(はじめ)の食器を眺めながら、いつのまにか寝てしまったらしい。お腹の子供がもぞもぞと動いたので目が覚めた。
「そうね、こんなところで寝たら風邪ひいちゃうわね。ごめん」
近頃急激にせり出してきたお腹をさすり、話しかける。
「あなたのパパは、最近いっつも帰りが遅いのよぉ」
お腹の子供相手にグチるのも毎日の事になってしまった。夫は気に入らないらしいが。
「胎教に悪いから」だが、ストレスを発散させない方が良くないに決まっている。

ずっと家にいるのがいけないのだと思う。気持ちが固まってしまって、動けない。
だから長い間連絡をとってなかった昔の友達と会ってみたのだ。だが、相手が悪かった。
さんざん待たされたあげく、逆にグチを聞かされておしまいだった。そういえば、学生の頃から時間にはルーズなコだったと思い出す。
いつも冴子が待ち合わせ場所に先に着き、いつも彼女は遅れてきた。
夫の創も付き合い始めこそ時間通りだったが、結婚する頃には約束をすっぽかされたりした。
そんな時でも、何か急用かもしれないと2時間はその場で待っていたというのに。
つくづく自分は「待つ女」だと冴子は思う。そして、「待つのが大嫌いな女」なのだ。

創のプロポーズの言葉を、冴子は待っていたわけではなかった。
それどころか、もう彼のいい加減さについていけず、別れようと心に決めていた。
ところが創はこう言った。
「結婚したら待ち合わせしなくても会えるんだよね、いいと思わない?」
彼も冴子をいつも待たせている事を気にしていたのだと、彼女は感激した。
そして、創を待たせる事なく即OKの返事をしてしまったのだ。
「だまされたんだわ。待ち合わせはしないけど、待たされるのには変わりなかった」
帰りが遅いのは、別に創が悪いわけではなかった。仕事が忙しいのは、分かってる。
冴子の妊娠を知って、養育費を稼がなくてはいけないからと自ら希望した多忙セクションだった。
分かってはいるのだ。
しかし、もう、待ちくたびれた。
「!」
突然、冴子は下腹部に激しい痛みを感じた。
脚を生温かいものが流れ落ちていく。
力が抜けていくのがわかる。
「まだ、生まれるのは、待って。お、ねがい」
あまりの痛さに気が遠くなっていく。
「はじ、めさ…ん、早く、……」
かすんでいく景色の中で、夫らしい人影が動いていたような気がした。


「あ、気がついた?」
眩しさに顔をしかめながら辺りを見回すと、母親の姿が見えた。
「お母さん、私……」
「大変だったね。創さんから電話もらってびっくりしたわ」
「赤ちゃんは?」
コンコン、
病室の扉が開き、創の顔がのぞいた。
「目、覚めたか」
優しい創の眼を見て、冴子は子供が無事だとわかった。
「女の子だった。ちょっと出てくるのが早かったから、保育器の中にいる」
「元気?」
「ああ、大丈夫」
母が冴子の肩に手をやる。
「創さんがすぐに救急車を呼んで下さったから処置が早くできて、助かったのよ」
「そう、良かった。……会いたいな」
「後でな。お前の方が元気にならなきゃ」
「うん、もう少し寝るわ」
(それにしても、早く生まれてくるあたり、私に似てるけど、
 保育器から出てくるまで当分待たせるわけだから、結局は創さん似なのかしら。)
うとうととまどろみながら、冴子はそんな事を考えていた。





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