12時 「えり」
「さて、と。これでOKかな」
えりは鏡に向かい、今つけかえたばかりのピアスを確かめた。
今日こそはケリをつけなくてはならない。
この半年ずっと引きずってきた。
自分で自分がイヤになるくらいドロドロした気持ち、
バイバイ。
真夜中12時10分前
えりはファミリーレストランの4人掛の席にひとりで座っていた。
こんな時間にこういう話をするのにはうってつけだと選んだ。
予想通り約束の時間ちょうどに武がやってきた。
「よぉ。何でこんな店なの?もっといい店あるのに……」
ちょっと不満そうな表情で、えりの向いに座る。
「ん、静かだし、適当に騒がしいし」
えりは水をひと口飲んで顔をしかめた。
「水は、まあ、こんなもんだけど」
「ふうん、……で、何食う?」
メニューを広げた武を見てウェイトレスがテーブルにやってきたが、えりは手で制止した。
「あと1人来てから頼みますから」
「あとひとり?」
武がけげんな顔をする。
「誰か来るの?」
その時、入口の扉が開いた。えりが軽く手を挙げる。
「……え……里美?」
何気なく振り向いた武は驚いて固まってしまった。
里美はえりと武を交互に見てから、動かない武を強引に窓際に押しやって隣に座った。
えりは何食わぬ顔でウェイトレスを呼び、ピザと3人分のビールを頼む。
「なあ、これはどういう……」
武がやっと口にした言葉はウェイトレスがジョッキを持ってきた為に完結しなかった。
えりはくいっとビールをひと口飲み、にっこりと笑った。
「里美さんとはついこの間知り合ったの。ね」
「そうそう、私が電話したの!えりさんに」
「な、んで」
武はかなり緊張しているらしい。汗がライトに光る。
「別にいいじゃない。誰だって彼のケータイの登録順で自分より先にある女の名前は気になるモノよ。そしたら……ビンゴ!まるっきりドラマみたーい!」
すでにジョッキを空にしている里美は調子がいい。
対して武はまだビールに口をつけていなかった。
ひとつため息をついて、えりが言った。
「別にね、ふた股かけられたコトを怒るとか責めようとか、そういう気はないの。ただ、私が、里美さんが、どんなにショックを受けたか、どんな思いをしたか、わかってほしいだけなの」
「ふた股かけてるつもりは……」
言い淀む武に里美が腕をからませる。
「じゃあ、どっちが遊びなの〜?」
「いや、その」
返答に困っている武を見て、里美が急にうつむいた。
「里美?」
「……えりさんが彼女で、私が遊び……でしょ?わかってる。でもね」
里美の涙がテーブルにぽたぽたと落ちる。
言葉がでなくなった里美の代わりにえりがまた話し始めた。
「武、私はね、半年くらい前から気付いてたの。なんか態度や言葉の端々に……わかるのよ」
「そんなに前から」
武がおどろいたように呟く。
ウェイトレスが里美の様子を見て、遠慮がちにピザを置いていった。
だが、誰も手をつけない。
「すごく、すごく悩んだのよ。私の何がいけないんだろう、私はこんなにあなたを大切に想っているのに。私にはあと何が足りないのかって」
「えり……」
「その内ね、あなたや里美さんを憎むようになった。私は何も悪くないんだって思いたかった。そしてそんな自分がもっと嫌になったわ。以前の自分に戻りたくなった」
「オレが、いけないんだ」
武が声を絞り出す。
「はっきり答えを出せなかったから」
「そう、あなたがいけないのよ」
えりはにっこりと微笑んだ。
「だから今晩、里美さんとちょっとした仕返しをしようと思って、あなたを呼んだの」
「えり?」
「あなたの驚く顔を見て、すっきりしたわ。武、もう会わない。私は元の、自分が好きな私に戻るの。里美さんはどうしたいのか知らないけど、あとは2人で決めてね。じゃあ」
「えり!」
「えりさ……ん?」
勘定書を持って立ち去ろうとしたえりは、ちらっと振り返って言った。
「ピザ、冷めちゃったけど、あとよろしくね」
店を出ると、不意にえりの眼に涙があふれてきた。
武の、いや里美の前では意地でも泣かないと決めていたから、ひとりになって気がゆるんだのかもしれない。
だが、あふれてこぼれおちても、ぬぐいもせずに歩き続けるえりには、通りを行き交う車のライトが七色にきらめいて見えてきて、なんだかとても幸せな気持ちになった。
バイバイ。