2時「ほのか」




さっきから、私は真人くんを待ってる。
ずいぶん空気が柔らかい。
「もう春だなあ」
言葉にすると、いっそうそんな気がしてくる。
ほら、あっちの桜並木も薄いピンクのベールをかけてるみたい。
きっとつぼみが今にも開きそうなくらい大きくなってるんだろうな。
んー、でもまだ3月……気が早いか。

ホントは、私にはよく見えないんだ。
未熟児で生まれたせいで眼にトラブルがおきて。
失明は避けられたんだけど、とっても視力が悪い。
でもその分、匂いとか音とか想像力があるもんね。
「私にはすごい力があるんだよ」
って言うと、みんな不思議そうな顔をするけど、やってみせたら10人が10人拍手してくれるの。
その力というのはね、眼を閉じても誰が側に来たか当てられるってコト。
もちろん友達とか家族、普段から一緒にいる人じゃないと無理だけどね。
歩き方とか香りとかヒントは沢山あるんだ。

さっきから、私は真人くんの足音を待ってる。
つきあい出したのは、えーとクリスマスあたりからかな。
二十歳だというのに真人くんが初めての彼だったりする。
だってわざわざ私みたいなのを好きになってくれる人は、いなかった。
なんとか人の手を借りなくても生活できるけど、歩くの遅くなるし、
私と眼を合わせるのを怖がる人がたくさんいるのを、私は知ってる。
だから私はその人たちの為にサングラスをいつもかけてる。
そしたら、みんなはこう言った。
「何を考えてるのかわかんない」

さっきから、私は真人くんの香りを待ってる。
彼は出会った時から、他の人と違ってた。
私の仕種や言葉から私の気持ちを察してくれたんだよ。
彼はね、幼かった頃に両親が離婚するしないでもめてたから自然に相手の望みや気持ちを考える癖がついた、って言ってた。
父親と母親とどちらにも拒否されたくないから。
そんな、哀しい動機でついた癖が、私をこんなに幸せにしてくれた。
彼と出会ってから、表情が明るくなったとみんなに言われた。
彼とつきあい出してから、雰囲気が柔らかくなったと冷やかされた。
私は彼が、大好き。

さっきから、私は真人くんの息づかいが聞こえてくるのを待ってる。
こんな風に待ってる時間、私は嫌いじゃない。
でも、時々すごく不安になるの。
このままぼんやりとした世界の中にずっと置き去りにされそうで。
だから眼を閉じて自分の力だけに集中するんだ。
真人くんのケータイのストラップがカチャっとたてる音、
真人くんの両足が奏でるマーチ、
真人くんのもつ心地よい空気、
真人くんの……。

「あ」
遠く後ろの方から真人くんの来る気配が感じられた。
近付いてくる、近付いてくる……。
このひとときが一番幸せ。
もうすぐ私の前に、ぼんやりと、でもあったかい彼の顔が現れる。
もうすぐ、もうすぐ。






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