9時「里美」
「ね、ねねっ!里美、里美ぃ」
隣の由美がにじり寄ってくる。イヤな予感。
「……今日、残業になりそうなんだー。それでね」
「ダメ!絶対!!」
某キャンペーンのポスターに出てきたようなセリフだけど、ま、とにかく。
「あたし、まだ何にも頼んでないのに」
由美が泣きそうな顔をする。
でも、だめなものはダメ。だって今日は……
「由美、月曜日の里美に何言ったって無駄だよ」
コピー取りから戻ってきたサチさんが一抱えもある書類をどさっと机に投げ出した。
あらら、けっこう大変そう。でも、やっぱりダメ。
「サチさん、なんでですかぁ?」
由美は今度はふくれっ面だ。悪いけど、今日は勘弁してくれい。
「由美、いいかげん同じチームの人間の曜日別行動パターンくらい把握しなさいな」
「え?」
そう、その通り。
「月曜日、里美、月曜日、え?まさか、里美……」
やっと気付いたか、由美。さらににじり寄ってくる。ええい、うるさい。
「そんな、そんな理由で仕事を放り出して、いいのお?」
「そんな理由で悪かったわね!私の仕事は7時までよ。後は知ったこっちゃないわね。だいたい遅刻魔のあんたが早く来てさっさと定時に終わらせりゃいい話でしょーが!」
「……」
どーだ、グウの音も出まい。
「じゃ、もう7時ですんで、お先に失礼しますー。頑張ってね」
ひらひらと手を振って、あたしはロッカーに走っていった。
由美の言った「そんな理由」ってのは、お恥ずかしい話だけど「連ドラを見るため」だ。
きゃははは。ハマっちゃったのよねえ。9時のやつ。
会社からダッシュで帰ってきて、ご飯ささっと作って、ギリギリ。
え?ビデオ?そんなのだめだめ。見たらすぐネットで感想カキコしなきゃ。
最近はたいていのドラマがサイト持ってるから、なんか2倍楽しめるカンジ。
もうすぐラストが近付いてきたから、最終回予測でBBSも大盛況なんだよね。
「ただいまー」
カレも遠慮して来ないから月曜のご飯はいつも簡単なのにする。
お腹すいてたらドラマに集中出来ないから、ちゃんと食べてから見る。エライな、あたし。
それにしても、このドラマに出てる彼、すっごくイイ感じ。ミュージシャンなんだけど、演技が上手いし、笑顔が可愛い。ムフっ。俳優業も頑張ってほしいなあ。
「あ、10分前!見のがしたら大変たいへん、もうテレビつけとこ」
録画もスタートして……はあ、しばし現実逃避、夢の世界へ………
………………。
「えええええええ?こんな展開って、ありぃいい?!」
毎週エンディングの時には大波乱の予感がたっぷりして、つい叫んじゃう。
こんな時、ふと脚本家に遊ばれているような気になる。いいよな、自分で勝手に作れて。
ああ、でも今回も彼はよかった。ファンクラブに入っちゃおうかなああ。きゃー。
「!!」
ケータイにメールが来てる。
さとみ、残業やめて早朝残業しよう。
ゆみはアテにできないからよろしく。
***さち***
「えええええええ?こんな展開って、ありぃいい?!」
現実はドラマより厳しいのね。……はあ。