猫とわたし

これは過去から現在に至るまでの話であり、すべて事実です。
記憶が薄い部分もありますが、大げさに作った話ではありません。
記憶を元につらつらと今までの事を書き記しています。
途中、適切でない表現等あると思いますが、ご了承ください。


 わたしは物心ついた頃から猫と離れた事がほとんどない。
一才の頃は犬を飼っていたようだが、白黒の写真でしかそれを確認する手段はない。
覚えていられる年齢ではないので仕方がない。

 最初に飼っていた猫はいつから飼っているのかわからなかった。
名前を『ふじ』と言う。
ふじ猫だから『ふじ』と言う名前だと親から聞いていたが、
その名前に関しては今になってもいまいち気持ちよく納得することができない。

 その猫は物心ついた頃から一緒に住んでいた。
昔、ある古ぼけた写真を見た事があった。
そこに写っているのは『ふじ』ではなく、その親の『みー』らしい。
『ふじ』より尻尾が少し長いのが特徴だった。
しかし、その『みー』は記憶にまったくない。
親に聞くと、『ふじ』より可愛がっていたそうだ。
物心つく前からうちでは猫を飼っていたらしい。
…が…『みー』は物心ついた時にはすでに居なかった。
たぶん死んだのだろう。

 そして月日は流れ…わたしが小学生5年生の頃の話に移る。
その時『ふじ』は健在であった。
ソフトボール教室からの帰り道に捨て猫を見つけた。
その時、わたしを含めて5,6人はいたのだが、
誰もが口をそろえてこう言った…『うちじゃ、飼えんよ。怒られる…』と。

 放っておく訳にもいかず、その猫を家に連れて帰った。
案の定、親には文句を言われたが、なんとか説得して飼ってもいい事になった。
その子猫は雄だった。それがまずかった。


 その子猫は『ちび』と名付けられた。
『ふじ』とも結構仲が良く、喧嘩はしなかった。
『ちび』はかなり変わった猫で、普通の猫が食べないような物を食べていた。
鍋に入れる春雨、シュンギク…白菜…
鍋に入れて味が付いた状態ではなく、生で食べていた。
なんなんだ…こいつは。
ちょと変わったこの『ちび』がわたしは好きだった。

 しばらくすると子猫だった『ちび』も成長する。
成長すると発情期もくるし、本能的な行動をとるようになる。
雄である『ちび』は縄張りの為の匂いつけを始めた。
家のあちこちに匂いつけをしてしまい、家の中は臭くてたまらなくなった。
匂いと発情期特有の鳴き声ですごいことになっていた。
最初にキレたのは父親だった。
いつしか父親は『ちび』を毛嫌いするようになった。

 ある日、学校から帰ると『ちび』は居なかった。
母親に問いただしてみたところ、父親の一喝で捨てに行ったらしい。
…それを聞いた時、言葉を失った。
当時、大泣きしたのを覚えている。
それからしばらくの間、わたしは父親と言葉を交わさなかった。
憎かった。


 『ちび』が居なくなったのは かなりのショックだった。
しかし、子供のわたしには探す手段がない…。
もし見つけた所でどうする事もできない。
家に連れて帰る訳にもいかないのだ。
白状にも一ヶ月後には残った『ふじ』を可愛がっているわたしがいた。

 それからは捨て猫を拾ってくる事もなく(隠れて外で飼ってはいたのだが)、
平穏な日々が続いた…はずだった。
いつしか『ふじ』が外に出ている時間が長くなっていた。
2,3日戻らないこともしばしばだった。
そして 出たまま戻ってこなくなった。
家の周辺を探してみても見つからない。
町内で『猫が死んでいた。』と言う話をいくつか聞いたが、
情報はすべて『ふじ』ではなかった。
結局…『ふじ』は見つからなかった。
おそらく寿命だったのだろう。と親が言っていた。
死に場所を探していたのかもしれない。


 しばらくなにも飼いたくなかった。
物心ついた頃から ずっと一緒だった猫がいなくなったのだ。無理もない。
もう悲しい思いをするのはたくさんだった。
2ヶ月ほど経っただったろうか…従兄弟の家で仔猫が生まれた。
だからといって飼う気にはなれなかった。
まだそんな気になれなかった。
従兄弟のおばさんが飼ってくれる人を探すと言っていたので、
無理に飼わなくていいと思っていた。

 しばらくたったが飼い主が見つからないらしい。
その頃(子供の頃)は従兄弟の家によく泊まりに行っていたのだが、
その時に仔猫を見たのが失敗だった。
可愛らしさに負け、結局1匹もらう事になった。

 他の仔猫は飼い主が見つからず、1,2匹残っていたらしい。
当時、広島の本通りで仔猫を餌代1000円ほどで引き取り、
飼い主を見つけてくれるペットショップがあり、そこに預けることになった。
小さい露店のようなペットショップで、人通りの多いところに仔猫をオリに入れて
「可愛がってください、差し上げます」という札を出していた。
皆見ていくのだが、実際連れて帰る人は少なかった。

 どの猫が従兄弟の家の仔猫かがわかるので、ちょろちょろと様子を見に行っていた。
そこに預けられた2匹のうち、1匹はいつまでたっても残っていた。
秋…いや、冬だったと思う…風邪をひいたのだろう…。
目やにで目がつぶれそうになり、鼻水でろくに息ができないようだった。
さすがに親に言って連れて帰ってもらった。
これでうちで飼う猫は2匹になった。
白黒で雄の『ごんべ』と三毛猫で雌の『みー』である。

 それからしばらくは平穏だった。
家庭内では問題あったのだが、それは置いておいて。。


 それから2年ほど経った頃だろうか…
引越しをした。
新しい場所で少々不安だったが、猫は新しい場所にもすぐ慣れたようだった。
その半年後、再び引越しをする事になる。

 再び引越しをして更に新しい場所へ移動。
猫はなにも気になっていないらしい。
勝手に遊びに行っては、お腹がすいた頃に戻ってくる。
自由気ままでいいものだ。
いつしか、『みー』のお腹が大きくなっていた。
そして子供が生まれた。

 4匹生まれたのだが、1匹は生まれた直後に死んでしまった。
身体が弱かったのかもしれない。あとの3匹は元気そうだった。
白黒が2匹、茶色の虎シマが1匹、グレーが1匹だった。
白黒は1匹生まれた直後死んでしまったが…。

 2匹飼い始めた頃から一番可愛がっていたのは『ごんべ』だった。
いつも私の近くで寝て、寄り添ってきて・・可愛かった。
仔猫が目が開くかどうかという頃だった。
朝になっても『ごんべ』は家に帰ってこなかった。
朝にはいつも居るのに。
その頃私は新聞配達をしていたので、配達前に家の周辺を見て回った。
線路を見に行った時、線路上に猫が横たわっているのを見つけた。
『ごんべ』だった。

怖かった…触るのが怖かった…抱きあげるのが嫌だった。冷たく硬い身体。
なにより認めたくなかった。
その場から逃げるように新聞配達に行った。

配達が終わり、少し離れたところに住んでいる兄貴に知らせ、
遺体を確認しに行った…が、なかった。
近くに住んでいる人がいたので聞いて見ると、JRの駅員さんが掃除していたらしい。
なんともいえない気持ちだった。
最後に逃げた自分がたまらなく嫌だった。
跡に残った、血の付いた石を持って帰った。


 家に帰り、仔猫を見ると涙が出てきた。
この仔猫だけは死なせないと強く思った。


 1年後…仔猫はすっかり大きくなった。
グレーで毛並みのいい『チチ』(母親命名)、白黒の『ごんた』、
茶色虎の『ぼす』…『ぼす』はとびきり大きかった。
どすどす歩く姿は妙に可愛かった。
そんな『ぼす』を一番可愛がっていた。
どすどすと足場を考えずに歩くため、
起動中のゲーム機を踏まれてデータが飛んだこともあったが。。

ある日、従兄弟の家に遊びに行っていた時だった。
母親から「何時頃帰るか?」というような電話がかかってきた。
普段、そんな電話はしてこないはずなのに。
「変じゃね?いっつもこんなんで電話せんのに」
「ほうじゃねぇ・・」
従兄弟のおばさんと首を傾げていた。
冗談で「ぼすでも轢かれたかの?」などと茶化して笑っていた。


その通りだった。

家の前でひかれたらしい。
道路が血だらけになるほど派手にひかれていた。
そんな状態に轢かれてもなお、家に入ろうと這いずった跡があったらしい。
遺体を見て、一晩そこで泣いていた。
翌日、死体焼却場に連れて行き焼いてもらった。
そこの裏には動物用の共同墓石があった。ここに骨を入れるらしい。
「うちのが新しく入るけど、よろしく頼むの」と墓石に言って帰った。


 なにもする気が起きなかった。
学校も休み、閉じこもる日が続いた。
10日ほど経った頃だろうか…
学校の友達が家に呼びにきた。
このままでは出席日数にかかわるとか、担任が心配しているとか。
学校なんてどうでもよかったが、連日友達が説得に来るので、しぶしぶ顔をだした。
少しづつではあるが、気持ちが落ち着いていたのかもしれない。
ただ単に子供なだけだったのだろう。
しばらくは放心状態であったが。


 いつしか、ぼすのことは思い出となり、白黒の『ごんた』を一番に可愛がっていた。
なにが…と言う訳ではないのだが、自分に寄り添ってくるのが可愛かったのだろう。
雄猫のくせに臆病な猫だった。
喧嘩してもいつも逃げ帰ってくる、そんな感じの猫だった。
それが原因だった。
雄猫の場合、ストレスが溜まるとなんかしらのウイルスが入り、腹膜炎を誘発するらしい。
雌猫にはなく、雄猫特有の病気だと聞いた。
病院に行ったが、治すすべは当時無かった。
ただ、死んでいくのを待つだけだそうだ。
病院に入院し、点滴を打ち、ただ生きているだけ…。そんな日が続いた。
何度か見に行ったが、行く度に見るのがつらい状態になっていった。
点滴のチューブが何本か刺さったままになっていた。
目は半開きで前足は力が入らないのだろう…両手を真横に広げた状態でうつ伏せになっていた。
猫の関節では考えられない体勢だ。
頭を上げる力もなかったのか、身体からあご先まで床にぴったりつけていた。
見るのがつらかった。見たくなかった。もういやだと思った。


そして2日後、『ごんた』は死んだ。



 残ったのは母親の三毛猫『みー』とグレーの『ちち』だけになった。
『ちち』は母になついてばかりで、わたしにはあまりなついていなかった。
自然と『みー』のほうを可愛がっていた。
その頃、『みー』に対して言った記憶がある。
「わしが可愛がってしもうとるけぇ、次に死ぬのは お前なんじゃろうの・・」と。
そして、この『みー』も病気になる。

 尿結石だか腎臓に石ができるとかで、腹膜炎を起こしていた。
週3日ほどのペースで私が病院に連れて行っていた。
薬と食事制限で直るらしい。
死ぬほどの病気ではない。治療はいい感じに進んで行った。
食事にも気をつけていた。
指定されたもの以外は いくらねだっても与えなかった。
死ぬ病気ではないが、ちゃんと治してやらないと。

 そんなある日、夜中にお腹が空いて 車でコンビニへ行った。
行く途中、猫がひかれていた。
…ぁぁ…可愛そうに…。と思いながら、うまく避けて通り過ぎて行った。
コンビニに着き、買うものを選ぶ。
その時、ひかれていた猫を ふと思い出した。
妙にうちの猫の模様に似ている様に思えた。
急いで帰り、家で猫を呼ぶ。出てこない…どこにも居ない。
家の人間に聞いても見ていないと言う。
もしやと思い、ひかれていた現場に行く。
私が最初に通りかかった時もそうだったが、既に原型は無い。
頭はつぶれ、内臓は散乱しており、肉の塊でしかなかった。
かろうじてわかるのは、左前足と腰の方の毛が少し。
前足の黒い部分が『みー』と一緒だった。
家族の者に話したが、「みーはそんなところは黒くない」と言う。
そんなことはない。認めたくはないが可愛がっていた私が一番わかる。
ダンプカーやらがスピードを出して通る所で、
しかもカーブの上、夜中なので信号は消えていた。
道路に入ることはできない。
遠くから見ていることしかできなかった。
次々に『みー』のようなものを轢いていく車。
轢かれるたびに、根元だけ固定された足が右に左に弾かれていた。
ただ呆然と見ていた。
親が言った。
「あれは みーじゃないよ。帰ろう。」
そうであって欲しい。私は家に帰った。

後日、写真で確認したところ、やはりあの前足は『みー』だった。
もちろん帰ってくる事はなかった。

こんなことなら、好きなものを好きなだけ食べさせてやれば良かった・・。


それから家の事情により、また引越しをした。
引越しといっても、すぐ近所である。
ただ、今までと違い、家と店は別々になった。


 残った『ちち』は賢い猫だった。
『ちち』は店が終わる頃になると、店まで親を迎えに行っていた。
営業中は一切近寄らなかった。
怒られるようなことは一切しなかったと思う。
私らが食事中はじっと待ち、食事が終わる頃にそっと手を出して控えめに催促する。
そういった猫だった。
こいつだけは死なせない。

『みー』が死んでから少し経つと、私は家の店を手伝うようになった。
店には野良猫が居着いていた。
そしてその猫が子供を産んだ。
すげぇかわいかった。
チンチラかペルシャの血が入っているみたいで、
灰色と白のツートンカラーで、普通の猫よりほんの少しだけ毛が長い。
ふさふさの ほよんほよんだ。
店に行く度にかわいがっていた。
その頃、ちょうど冬だった。
年末年始に掛けて、しばらく店は休む。
休みの間はえさが与えられない。
おまけに寒い。
死ぬかもしれない。ということで家で飼う事にした。

『ちち』と喧嘩しないか心配だった。
心配をよそに仲良く遊んでいた。いらぬ心配だったようだ。
名前を決めよう、という話は出たが、
野良だし、子供で小さいから安直に『ちび』と生まれた頃から呼んでいた。
もう名前を変えても、自分が呼ばれているとわからないだろう。
『ちび』で定着した。
すくすくと育ち、みるみる太っていった。
もこもこでふわふわのぽよぽよである。
可愛くてたまらなかった。

そんなある日、外に遊びに行って戻ってこなくなった。
さんざん捜し回ったが見つからなかった。
"お茶断ち"ならぬ "酒断ち"とか無意味なことをしたりもした。
1年待ったが帰ってこなかった。



それから2年ほど経っただろうか?
うちの近所の人の猫が子供を産んだ。
親とそこの人は仲がいい。
ある日、母が言ってきた。
「○○さんとこ、猫の貰い手ないらしゅうて 1匹貰うことになったけぇの」
いきなり猫が増えることになった。
数日後、母が子猫を連れて帰ってきた。
毛が異常に長い。今まで飼ってきた猫にいなかったタイプだ。
『ちゃー』さんの登場である。
実はこの『ちゃー』さん、『ちゃーみー』という洗剤のような名前なのだが(親命名)、
長いので私は『ちゃー』と呼んでいる。

『ちゃー』と『ちち』はあまり仲が良くなかった。
というか、『ちち』が毛嫌いしていた。
『ちゃー』は近づいて一緒に遊んでもらおうとしているようなのだが、
『ちち』は『ちゃー』が苦手な様子だった。
『ちゃー』はあまり言うことを聞くタイプでなく、抱かれるのも嫌いで 呼んでもこない。
可愛げがない。
必然的に『ちち』を可愛いがるようになる。


やっぱり
可愛がってはいけなかった。


それから2ヶ月ほど経った頃だったと思う。
寝ていると、母が必死に私を呼んだ。
なんだろうと起きた。
階段を降りて玄関に行く。
母がいた。
「下でニャアニャア ちちがえらい泣くけぇ、外 出たらすごい怪我しとんじゃ」
「なんかに轢かれたみとうなけぇ、すぐ病院つれてくけ お前は財布持ってきてくれや」
両手にはバスタオルで包まれた『ちち』がいた。
『ちち』は何かを訴えるように泣いていた。
血みどろだった。

すぐに着替えて財布を持ち、動物病院に行った。
寝間着のままの母がいた。

病院の先生に呼ばれて中へ入る。
『ちち』が横たわっていた。
先生が口を開く。
「今、鎮静剤を打って落ち着かせたところです。」
「まだ だいぶショック状態なので、とりあえず応急処置をして、落ち着いたら手術をします。」
「おそらく大丈夫でしょう。」
自慢の長い尻尾は根元から損傷しており、皮だけで繋がった状態だった。

後ろ足は骨が剥き出しになり、変な方向に曲がっていた。
下半身は血だらけになっていた。
ショック症状のまま手術をすると危ないらしく、2.3日様子を見るといっていた。
早く助けて欲しい。
家に帰って、どこで轢かれたのか現場を探しに行った。
さんざん見て廻ったが、それらしい跡は見られなかった。
あれだけの怪我でどこから帰ってきたのか。。


翌日、経過を見に病院へ行った。
『ちち』は昨日より落ち着いた状態だった。
皮だけで繋がっていた尻尾は根元から切られていた。
むごたらしい姿になっていた。
私の勝手な思いだが、
生きていてくれれば、それでいい・・。
少しの間、私自身ショックでどうすれば良いのかわからなかった。
少し落ち着いてから聞いた。
「症状はどうですか?」
「だいぶ落ち着いてきました。ただ、夜寂しいんでしょう。しばらく泣いていましたね。」
早く家につれて帰りたい。
「明日の午前中に手術をします。ショック状態が回復したら、すぐに手術したほうが良いですからね」
「はい。」
「じゃ、明日の朝にまた来ます。よろしくお願いします。」
早く助けてやって欲しい。
挨拶をして家に帰った。




それから1〜2時間後、電話が掛かってきた。

「急にショック状態が再発し、まもなく死にました。」





私が行ったのが いけなかったのか?



『ちゃー』が憎かった。
こいつに家で追いまわされ、落ち着く場所を取られてストレス貯めてたんじゃないか?
危ないところには絶対行かない奴だったのに。
しょっちゅう鳥やら捕まえてくるほど機敏な奴だったのに。
道路で車が来そうになると、隠れるほど慎重な奴だったのに。
お前が追い掛け回して『ちち』の居場所を奪ったんだろう。
いつもの『ちち』じゃなかったんだ。
だから轢かれたんだ。
憎かった。


でも、おそらく一番の原因は 私が可愛がったからだろう。
私が可愛がった猫は死ぬ。



『ごんべ』との約束は果たせなかった。
みな死んだ。
すまん。



『ぼす』と『ごんた』と『ちち』の兄弟は同じ墓に眠っている。
『ごんべ』と『みー』は遺体がなく、親子で眠らせてやれないのが心残りだった。


しばらくの間、猫には触らなかった。
母は寂しさを紛らわせるためか、『ちゃー』を可愛がっていた。
やはり寂しそうだった。

しばらくすると、店に居着いていた野良猫が子供を産んだ。
以前のふわふわ『ちび』の親の4代目くらいにあたる野良猫だ。
つまり、『ちび』のひいひい孫くらいになる。
やっぱり冬だった。
店に行くたび可愛がっていた。
この猫も『ふわちび』と同じ経路をたどる。
ただ、こいつの場合は親から相手にしてもらえず、
いつも腹をすかせて 鼻水をたらし、目ヤニがすごい状態だった。
放っていれば、必ず死ぬ。
年末に家につれて帰り、飼う事にした。
現在の『ちび』である。

『ちゃー』と『ちび』は外が怖く、外には出ない。
(私が原因を作ったところもあるが)
玄関を開け放しても、まず外に出る事はない。
一度だけ出たが、すぐに帰ってきた。
以来、出ることはない。
飼い始めてから しばらく経つが、2匹ともそこそこ元気だ。
『ちび』のほうは、子供の頃の影響か、いつも鼻をブシブシ言わせている。
鼻が悪いらしい。
最近特にひどそうなので病院に連れて行く予定だ。




何かの拍子で外に出て轢かれるか、病気かはまだわからない。
ただ言えるのは、次に死ぬのは『ちび』だろう。という事だけ。



私の可愛がる猫は先に死ぬ。