茨木のり子氏(詩人)読書録
※無眼界
「
どこかに美しい人と人との力はないか 同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが 鋭い力となって たちあわられる
」
茨木のり子詩華集「おんなのことば」『六月』より抜粋
最終更新日00年4月30日(日曜日)
※無眼界...「目に見える世界にこだわるな」という仏教の教え
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■茨木のり子氏プロフィール■
茨木のり子(Ibaragi Noriko)。詩人。1925年生まれ。はたちで敗戦をむかえ、戯曲やラジオ童話を書く。二十三歳で結婚したのち、詩を書きはじめる。二十七歳のとき、川崎洋とともに詩誌「櫂」を創刊。谷川俊太郎、大岡信、岸田衿子、水尾比呂志、吉野弘らとともに、戦後詩のリーダーの一人として活躍する。詩人の新川和江が言うところの「戦後現代詩の長女」である。
■茨木のり子さんの作品の魅力とは■
私は中学一年の時に、学校で配られたプリントに載っていた、
「自分の感受性くらい」
(茨木のり子作品集・1に載せました)という詩を初めて目にしました。
ちょうど世に言う「思春期」に入りたてだった私は、学校にしろ家庭にしろ、おおよそ素直に 楽しい、と思えることが少なくて、イライラしたり、おびえたり、その感情のはけ口をどこにやったらいいのか、と フラストレーションを溜めまくっていました。
そんなときにこの「自分の感受性くらい」という詩が、何気ないプリントの片隅に小さく載っているのを 偶然読んで、ガツンと一発やられたような、目が覚めたというか、さっぱりしたというか(笑)、家族でもない、 知り合いでもない、全く知らない誰かの書いた詩が、「自分のことくらい自分でちゃんとしな」と、 突き離すでもなく言っている、そのことが良い意味でとてもショックでした。
茨木のり子さんの詩が魅力的なのは、感情がダイレクトに伝わってくるところにあるんじゃないかと思います。 率直な文体、凝り過ぎていない婉曲法、誰にでも受け容れられやすい要素を備えていることに加え、 文にこめられた強い力のようなものを感じさせてくれます。ただのお説教で終わっていない、というところが 一番良いかなぁとも思いますし。(笑)
扱っている題材も、私が女であるせいもあるかもしれませんが、共感するところが多いです。 戦争であったり、日常であったり、恋愛であったり。しかしいずれも極めて客観性を備えていて、 それゆえに読み手に対して何かを訴えるような、動かすような強い力を備えていると思います。
けして読み手に同調を求めているのでもなく、媚びているのでもなく、陶酔しているのでもなく。 ただ、独り、凛と立っている作者の姿が見えるようで、読んでいてとても気持ちが良いです。
私は国文を専攻しているわけでもなく、読書家というほど本を読んでいるわけでもないので、 はっきり言ってこの手のことに「うとい」方ですが、それでも読めば読むほど伝わってくるものが ある、茨木さんの作品は、とても素晴らしいなぁ、と思います。
茨木さんの詩がこれからももっと多くの人に知られたら、何かそれぞれに得るところが あるんじゃないかなぁと思います。ぜひ読んで見てくださいね!
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