大桟橋[客船f埠頭)
この客船埠頭は世界の玄関ですので随時りニアールして来ましたが今回の改修工事は全面改装となり暫新的な埠頭になりました、1階が駐車場、2階は入出国ロービーのほかイベントホールも有ります、3階は送迎デッキで、波をイメージしたと言われています
   伊勢山皇大神宮
昔は鳥居が木で造つて有るようですが現在は銅版で覆われており周りの風景も大分変わつて居ります、場所は野毛山に上る途中えおみぎに折れ細い路地を入りますが三箇所からのルートが有ります、正月は参拝客で賑わいます
 高嶋嘉衛門(横浜発展の為に大なる貢献者
政府は明治2新橋ー横浜間の鉄道建設を計画す現在の横浜駅から桜木町は一帯は海で鉄道を通ス為には青木町から野毛に掛け全長1400M,巾78Mの堤防を造ら無ければならず、高嶋嘉衛門は此れを請負毎日数千人の人夫を高嶋台より数十人に指示を出し政府との約束期間内見事完成させた。
  生糸検査所 [生糸の検査や保管を行う)
今は道巾も広くなり,道も桜木町駅の前を通る直線道路が出来この辺一帯は大変貌をとげて居ります、従来の道は右側の本町通りです、地下鉄がMM21の中心を通り元町まで延びます、現在の東横腺の横浜ー桜木町駅は廃止となり東急も含むだいにセクータ―で運営されます後2年足らずで完成予定です。
 横浜開港時の波止場
横浜開港時に造成されたf埠頭、像のの鼻、明治初期においてもまだ新しい埠頭は建設されていません、現在とまったく同じ姿をしております、げんざいの写真は右側リニューアルされた大桟橋が見えます、この頃も小さな小船(艀)で荷物の上げ下ろししており、それでも日本1の貿易量を維持しておりました、
  日本大通り
上の写真の陸上側には運上所(税関)があり、大火後外人居留地棟えの類焼を防ぐ為この大通リガ横浜公園まで出来ました、前には4車線でしたが2車線に変更後は道巾が前の倍になりました、運上所は今の旧県庁の処にありました横に走る道が海岸通りです
  新、旧の大桟橋
この埠頭は色々な名前で呼ばれます、客船埠頭、サースピアー、昔はメリケン波止場等、昔は貨物船、客船、等に使われましたが今は埠頭も充実され、よはどの事がない限り客船以外は使われません。
イベント等には帆船も良く使います
  横浜元町
関内、関外、で開港後では一番古い商店街でしょう、横浜村を強制立ち退きさせられこの元町(大村)に移住さっせられ居留地の外人相手に商売をしました、特に横浜家具は質の良さでは折り紙つき、タバコ。クリ人グ.洗濯、パン屋、髪結い、洋裁、食品と色々な面で発展して来ました
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