3.ハバロフスク、ハバロフスク〜イルクーツク
7/29 ハバロフスク到着日(313p)
AM7:30。周りの人が慌ただしく動いていたため、目が覚める。ふと窓の外を見ると、流石に海は見えない。そろそろハバロフスク(以下、ハバロ)に到着か?布団や毛布を片付け、一口水を含め、見てみると・・・おじさんはやはりクロスワード。雑誌3ページ分位やっていた。東洋人の方は、知り合いのところに行ったのか、荷物もない。時計が8:30を指す。確か、8:40にハバロ着のはずだ。ほぼ定刻通りに列車は静かに停車。駅を出ると、ウラジオほどにぎやかではない。どうやら街の中心部は少し離れているらしい。どうしよう。荷物を預けて散策しようか。チェックインは12:00。だが、ホテルまではかなりの距離が・・・。よし。3時間かけてゆっくり歩こう(この決意、少し後悔――疲れが我が細身を襲う)。途中、水を飲んだり、日本から持ってきた羊羹を一つ食べ、駅から南へ伸びるアムール並木通りをひたすら南下。11:00頃、ようやく雰囲気が変わってくる。更に行くと、そこにはこの街を象徴する大河アムール川がっ!ホテル・インツーリストはこの辺りのはずだが・・・と探しつつ、河岸を歩く。展望台らしきものが見えるが、改修中の様子。しばし立ち止まり、対岸を眺める。1q以上、2q近くあるだろうか。向こう側は、木ばかりが見え、建物は全く見えない。この川は、中国との国境でもあるらしい。ぼちぼちホテルに向かおう。インツーリストは、片側からは川が、もう片側からは街が一望できるところに高くそびえていた。今回の旅で、最も高いホテル(1泊\14,000位)だ。チェックインを済ませ、809号室へ。ドアの鍵は一つでオートロック。楽だ。ウラジオよりやや広いか?エアコンがあるが、付ける時はジェジュールナヤに言えとある。鏡があり、バスにはバスタブがあった。トイレの便座がおもちゃみたいだが。机の引き戸を開け、ファイルが出てきたので見ると、そこには何と日本語の案内が!どこに何があるか等が書いてあるものと、最上階の和風レストラン”UNIHAB”のチラシだった。
再び外に出、川の遊覧船に乗ってみた。名は”Москва”号。2:00に出発。アムール川の上流(この川、最終的にはオホーツク海に出るので、西が上流)へ約1時間のクルーズ。両岸を結ぶ橋が見えた。中国側には、遠くの方に風力発電か何かの十数本の高い塔が見えるだけで、やはり建造物はない。気持ちが良かったので、少し寝てしまった。4:00ちょっと前、ホテルに戻り、バウチャーと引き替えに31日発の列車の切符を受け取った。・・・危うく忘れるとこだったよ。部屋に戻り、バックパックから乾いていなかった洗濯物を出し、干す。これも忘れそうだった。外には出せないが、一晩あれば乾くだろう。少し休んで、試しにガイドによると味・サービス共上々という”UNIHAB”に行ってみる。中へ入ると、作りは和風。店員もたどたどしいが、日本語を使う。日本人の団体客が楽しげに話していた。話しかけようとも思ったが、あまりに世界がそこで完結していたので、躊躇われた。メニューは英語、ロシア語、日本語が並んでいた。ご飯40pと味噌汁30p、肉じゃが32p、お茶10p(やっぱり取られるのね)、ビール180p(18pの間違いではなく、確かに180p。高いのだ。633mlのビン一本だったせいもあるが。アサヒのスーパードライだった)を頼む。味は日本を出てから一番僕の口に合っていた。欲を言えば、肉じゃがをもう少し煮込んで欲しかったな。明日の夕飯もここで食べてみよう。
思えば、こちらに来てから食生活は乱れに乱れていた。ウラジオのホテルで朝食が出なかったせいもあろうが、大抵1日2食、その内容も時間もバラバラ。ここでは朝食が出るので、立て直そう。酔ったので早く寝る(毎日こう書いてる気がするな・・・)。7/30 ハバロ2日目(160p)
目が覚めて7:30。昨日、大量にルーブルを使ってしまった(それでも\1,500程度)ので、これまで使った金額を計算してみた。合計を求めると、888.5p(最初の日本での金額含む)。8日間なので、1日平均すると111p→約\550だ!やはり物価は安い。切りつめれば、と言うよりレストランでビールを頼まなければ(笑)、1日\500で十分すぎるほど十分食べていけるだろう。だが、ウラジオで6,000p両替してしまったので、もう少し贅沢をしても良いだろうか?ロシアを出る時、ルーブルは持ち出し禁止なので、使い切るか、最両替をしなければならないのだ。いいレートは期待できそうにない。ふと、手帳を見てみる。こちらから手紙を出そうと思って、知り合い何人かの住所を記してきた欄が目に付いた。イルクーツクに着いて、時間があったら(4泊なのでたっぷり☆)書いてみよう。郵便の出し方も知りたいし。洗濯物も無事に乾いたので、そろそろ朝食にレストランに行こう。クーポンを渡し、席に座ると、前に座ったおじさん(日本人)が何やらいらいらした様子。どうやら頼んだメニューがなかなか来ないらしい。あげく、これが初めてかのようにウェイトレスがオーダーを取りに来たので、怒って帰ってしまった。そう言う国なんだから、少しは我慢すればいいのに・・・。僕の方は問題なく出てきたが――何となく頼んだものとは違うような――まあ、いいか。食べていると、隣の席にさっきとは違う日本人のおじさんがやってきた。話をすると、彼は飛行機でウラジオから来て、この後も飛行機で小さな街も含めた各都市を巡るらしい。10:00を過ぎた頃、食事を終え、おじさんと別れてホテルの外へ。今日はメインストリート、ムラヴィヨフ・アムールスキー通りをのんびり歩いてみようと思う。やはり、昨日駅から来たアムールスキー並木通りよりも人通りは遙かに多い。レストラン・サッポロや、ブラッド・ピット主演の映画のポスターが目立つ映画館ギガントなどを見ながら、一時間足らずでレーニン広場に行き着く。かなり大きな広場で、噴水が中央にある(水の噴き出し方が時とともに少しずつ変わっていくようだ)。ここに立っていると、なぜか街の中心部だなあと感じる。しばし休息を取っていると、結婚式直後なのか、正装の花嫁花婿が、ビデオや写真を撮られて、照れつつも楽しんでいた。2組ほどのカップルが祝福を受けている様は、何とも微笑ましい。11:30。再び歩き出すと、曇った空から強い風と共に雨が降り出した。折り畳み傘はホテルなので、やむなく帽子で我慢することに。このまま中央市場を見ようと思ったが、更に土砂降りに!そのせいであまり市場を詳しく見ることはかなわなかったが、結構な広さの中、食料品や衣服など、いくつかの区画に分かれていたようだ。庇の下で雨宿りをしたが、一向に止む気配がないので、急いでホテルに帰ることにした。こういう状況で一番怖いのは、風邪を引くことと靴が乾かないことだ。明日、18sの荷物を背負ってビーチサンダルでは文字通り荷が重い。ホテルに辿り着いた頃には完全に濡れネズミ状態。ジェジュールナヤも苦笑。部屋に入り、服を着替えて干し、シャワーを浴びた・・・あまり温かいお湯が出なかったのは残念だ。靴に新聞紙を詰め、乾くことを祈る。富山で買ったスポーツ新聞がこんなところで役立つとは!?富山で軽そうな靴も買おうと思っていたのだが、売っている場所が見当たらなかったのだ。とりあえず、今日は雨が止まない限りホテル内で布団にくるまっていよう。ふと、テレビをつけてみると、6チャンネルでNHKヘッドラインをやっていたりする。何故ここまで日本語が侵出しているのだ!?ビジネスセンターがあり、インターネットができるというので行ってみる(17:10)。しかし、9:00〜17:00営業だった・・・とほほ。18:20。「UNIHAB」に行くも、今日は19:00〜だとか。厄日か?気を取り直し、19:15頃に再び11階へ。今度はやっていた(ホッ)。豚肉の角煮62p(少々焦げていたがかなり好みの味!)、冷や奴18p(木綿豆腐か?少し固め)、ご飯40p、味噌汁30p、お茶10p2杯(お茶は何杯でも10p?それとも向こうが忘れてた?)で160p。今日の出費は全部でこれだけだ。明日からは列車での食事になる。再び不規則に逆戻り!?「UNIHAB」で割り箸をもらってきた。ちょっと安心。かゆい髪の毛を洗おうっと。念のため風邪薬を・・・。
7/31 ハバロ出発日、ロシア号1日目(50.5p)
靴と靴下がまだ濡れている。靴下は別の袋に入れるとして、くつはどうしよう。いいか、着干し(履き干し)で!列車の中においておけばその内乾くに違いない。――と、そろそろ荷造りを始めなければ。市場でカップラーメンや水などを買って行くつもりだったが、今日も雨が降り出しかねない空模様。朝食の帰りにロビーで買ってこよう。降る・・・と言えば、恐怖の大王はいったいどうしたのだ?実は7の月とは旧暦で、本当は8or9月とか言う人もいるとか。何も起こらなかったときのノストラダムス信奉者たちの言い訳が楽しみ。皆の祈りが通じたからだ!とか言いそう。ロシアの人工衛星が落ちてきたりして・・・(一番現実的かも)。ともあれ、7月最終日だ。朝食・買い物(水8p、カップラーメン10p×2、クッキー6.5p)も済ませた。10:00を過ぎ、もう一度ビジネスセンターへ行ってみる。金曜以外は9:00〜18:00で、時間的にはやっているはずだが、ドアも開かず、誰もいない。部屋で音楽でも聞きながらチェックアウト(12:00)ぎりぎりまで待とう。これまで何十回、そしてこれからも何百回聞くか知れない90分テープ。家で好きな曲を18曲録音してきたものだ。列車が14:00だから、13:00には駅に着いていたい。旅の中で、ここだけが始発ではなく途中停車駅の列車なので、旅行会社の人が一番心配していた。すると、12:00前にはホテルを出なければ。早めにチェックアウトしよう。NHKのニュースを見ながら(プロ野球のオールスター、見たかった!)、11:30になったので、重い重い荷を背負って3日間世話になったホテルを後にし、一路、駅へ。道端にはまだ昨日の雨の跡が残っていた。途中から、あまりの苦しさ(18s+カップラーメン等2s位)に、市電を利用することに。乗ると、何やら乗務員らしき女性が近づいてきて2pと言う。どうやらハバロでは有料のようだ。それが普通だよな。駅に着き、その名の由来となった探検家ハバロフの銅像の写真を撮り、駅舎に入ると、列車は13:34に到着予定とか。それまで一時間近くあるので、近くにあるというサッポロラーメンで昼食・・・と思い、捜したが見当たらず。古い情報だったのだろうか。そこで、駅舎3階(日本的に言うと2階)の待合室で時を稼ぐことに。間・・・。13:30頃、4番ホームに列車が来るというので行って待つ。やってきたロシア号、アケアン号とそっくりだ。車両番号5、席は車掌に聞けと切符にある。切符を見せると、車掌さん(男性だった。サッカー代表のトルシエ監督に似ている)は6と書いた。6番の席(ベッド)に向かうと、下の段には日本人女性が!?同室の人は、他にロシア人の男女が一人ずつ。列車が発車し、話などしていると、同じ車両にやはり日本人の男性二人、そして他の車両にも男女一人ずつ、女性二人がいることが判明。これで、ロシア旅行をする日本人が、出会っただけでも20人を越えた。しかも、まだ旅は1/3程度。シベリア鉄道の魅力(魔力?)とはかくも強いものなのか。早々と時計をイルクーツクのものにセット。これで日本と同じ時差だ。時間感覚はもはや完全に麻痺状態だが、日本人女性(まだ名前を聞いていない。明日、ゆっくり語ろう)がラーメンを食べ、上手いといっていたので、僕も食べる。ピリ辛だが、結構いける味だ。『夢にも思わない』が後1/4弱で読み終わってしまう。明日は『戦争と平和』で時間を稼ぐと共に、手紙の文面でも考えようと思う。食堂車にも行ってみたいな。しかし、揺れのせいで字が汚い(言い訳?)。
8/1 ロシア号2日目(36p)
8:00、目が覚める。8月の始まりだ。何気なく外を見ていると、キロポストというやつだろうか。4桁の数字が見える。今は7,320q前後。7,313qのところにスコヴォロディノと言う街があり、10分停車するらしい。そこで何か買おう。キロポストには、100mおきにも無地に一桁の白い棒が立っている。それ一つを4秒くらいで通過したから・・・大体時速90q位で列車は走っているのだろう。7,314、7,313、7,312・・・まだ止まらない。7,307位でようやく停車。どうやらここにもずれがあるようだ。じゃがいも入りのピロシキ4pを2個買い、車内で食事。女性にトマト一個をもらった。ティーバッグの日本茶を飲み、満腹。今日の12:00に、日本人たちが12号車に集まるらしい。同席することに。集まったのは、僕を入れて8人、男4人、女4人ずつだ。同室の芋川さん(やっと名を聞いた!養護学校の教師をしているとか)、同車両の石川さん・太田さん(4号室同じ立教高校出身で、二人旅をしているらしい)、第11車両の丸山さん、山内さん、12車両の川上さん、長浜さん、ウラジオでの経験やこれからのことについてお話を。芋川さん・石川さん・太田さんはイルクーツクで降り、残りの4人はモスクワまで直行だとか。後4日。ご愁傷様。丸山さんはモスクワまで行き、そこからヨーロッパへ、ロンドンからニューヨークに渡り、バスでロスに・・・って世界一周!?自称「パーマです」と言う長浜さんは、川上さんと二人旅。知人の誰かと似ている気がする小学校教員の山内さんは丸山さんと同室。石川さんは僕のことを何故か名前で(姓ではなく)呼んでくれ(その方が楽だそうだが、そう言われたのは初めて)、長浜さんたちもそう呼び始める。太田さんは、外語大で、ロシア語を専攻しているらしい。ロシアに来て、ロシア語ができる日本人と、話したのはこれで初めてだ。船で会った人の中にもいたらしいのだが。イルクーツクでは、芋川さんはホテル・インツーリスト、石川さん・太田さんはルーシ、僕はアンガラと、ホテルはバラバラだが、2日目には4人でバイカル湖見学ツアーに行こうと約束(手配ツアーなので、多い方が安いらしい!)。その後、男女4人ずつ分かれてもっとお話を。石川さんたちの部屋(他に乗客はいない)で、男4人はウォッカを飲もうということに。ちょうど車内販売が来て、51pと36pのを示され、36pのもの(+_+)を4人で購入(一人9p=\45)。まず、ボトルのキャップで一気の回し飲み。やはり本場、上手い!純粋というか、素朴という感じがする。アルコール度数は40%と、ウォッカとしては普通(ウォッカの定義では40〜60%らしい)。喉から食道、胃がカーッと熱くなる。いつかロシア語の先生が、風邪を引いたときにウォッカを飲んで熱くなって寝るとすぐ治るといていたのを思い出す。酒は百薬の長とはこのことか(無茶苦茶曲解!)?それからまた日本人談義が盛り上がり、こちらの食事や、互いのバイトの話・普通の生活の話などし、このホームページのURLを教えてあげたりして時を過ごす。途中芋川さんがこちらに来て、話し、その芋川さんと丸山さんと再び12号車の女性陣に合流。テレビドラマの話が沸いた。その車両の子供たちに女性たちが折り紙の鶴を折ってあげたらしく、良く顔を出しに来る。子供は可愛いね。場の雰囲気がすぐに和んでしまう。彼らは調子に乗って女性たちを少しけなしたりしていたのだろうか、僕がロシア語を二言三言喋ると、一瞬’ヤバイ’と言う文字が顔に出ていた。陽が左から射したと思ったら、次には右から射したりする。進み方が折れ曲がっているのだろう。結局丸山さんが一番飲んでいたウォッカ(2番目は石川さん、三番僕、四番太田さん、女性たちはほとんど飲まず、しきりに消毒液だと言っていた)は、0.5gをほぼ空けてしまった。次は少し高いのを飲もうと言うことになったが、明日にすることにして分かれ、それぞれの部屋に散る。明日一日あってその晩にイルクーツクに到着する。暇をもてあますことはなくすみそうだ。話をしたり、ボーっとしたりする長い時間がたまには(いつも?)あっても良いだろう。キロポストは6,600q位。イルクーツクは5,191qだ。ちなみに当然モスクワは0。
8/2 ロシア号3日目、イルクーツク到着(翌0:53予定)(20p)
起きると、隣のロシア人男性はもういない。知り合いのところだろうか。下の女性二人は窓の外を見たり本を読んだりしている。外では、遙かに広がる草原に牛が点として見え、時には樹海のような木々の中を時速100q近い速さで走り抜ける。9:40前後に停車した駅でピロシキとパンケーキ(合計5p)を購入。朝食に、芋川さんに青リンゴをもらう(少々酸っぱいが、好みの味)。石川さんたちは、間違って、と言うか、故意に、と言うか、ピロシキを大量に仕入れてしまって(7個)、処分に困っていた様子。食べてあげよう(笑)。彼らは牛乳(молоко、まらこー)もくれた。淡泊だが、不味くはない。ここで車中での食事について。全ては駅頭販売と乗車する前に買ったもの、食堂車での食事で何とかしなければならない。ほとんどが第一者になるだろう。買えるものは、大抵ピロシキやペリメニ、じゃがいも、マロージェナエ(アイスクリーム)、木の実類、水(ガス抜きはほとんどない――乗車駅で買うしかない)、ジュースなど。この内、当たりはじゃがいもだ。茹でて皮をむき、ネギのようなもののみじん切りをまぶしてある。これはどこのものでも美味しい!ピロシキは、こればかりでは飽きてくるが、中身が何かを聞かずに(聞いてもわからない?)買うと、福袋感覚で楽しめる。僕はじゃがいもばかりだった・・・。暑くなったらアイスクリーム。ジュースは日本人には向かないかも知れない。
今日はほとんど寝て過ごしている。途中ペトロフスキー・ザヴォード駅で芋川さんは12号車へ行き、僕は外へ出、丸山さんや石川さんたちと会ったのを機に彼らの部屋へ行き、男4人で再び話し始め、日本に帰ってからも呑む約束を。例のピロシキを食べてあげた。7:00に女性たちが食堂車で食事をするとのこと。我々も混じってしまおう。ホームページ用の写真も撮りたいし(スキャナーはないが、今はCD-Rに焼いてくれる現像屋もあるし、旅が安く済めば買える安いスキャナーもある)。それまで部屋にいようと言うことにした。すると、ウラン・ウデ駅で、同室上段のロシア人男性に変わり、別のロシア人男性が入ってきた。そう言えば、下段の女性の名前を今朝聞いたが、リエナさんと言うらしい。閑話休題。ノート右ページの絵(スキャンは後日)は、その男性とのコミュニケーションで使ったものだ。男性は警官らしい。名前はニーシャ。彼の友達(にさせられた?)マイケル(怪しい自称学生。乗車したときにもらった、誰も飲まない炭酸入りの水のビンを、駅に降りて売っていた)とニーシャに、コニャック(40%)を2杯(も)、トマト、キュウリ(太い)、トマトジュースをごちそうになってしまった。ニーシャの弟(兄?)の息子が、どこかに飛び込んで亡くなったらしい。胸が痛いとか。とつおいつ逃れる術を探っている間に、丸山さんが迎えに来たため、太田さんたちも誘って食堂車へ。女性4人は既に席に着き、ボルシチに取りかかっていた。僕らもボルシチとビールを頼み、なかなかの味だと頷き合った。ビールは、昨日呑んだものもそうだったが、’醤油’っぽかった。パンも出てきたが、4人で103p、一人26pの安さ!やはりこういう物価なのか。8人全員で写真(ちょっとぼけてる・・・。元の写真自体が、ロシア人にとってもらったもので、ブレたのだろう。カメラも古いものだったし)を撮り、モスクワ組4人は見送りをしてくれると言ってくれた。真夜中なのに。部屋に戻って少し経つと、石川さんが来て僕らを廊下に導く。バイカル湖が見えた!弾ける波、空と水の蒼を背景に飛ぶ海鳥、やや高いが、朱色の太陽。もはや完全に海ですな、あれは。潮の香りが漂ってきそう。イルクーツク到着後、それぞれのホテルに落ち着いたら、AM10:00にインツーリストホテルのロビーに集合する約束をつけ、しばし湖に見とれた。到着はAM0:53。今は21:15。まだ3時間半以上ある。深く寝入らないように気をつけつつ、ゆっくりしよう。ちょっと部屋で横になっていたら、マイケルにまたコニャックを呑まされてしまった。ニーシャはもう眠ってるし・・・。イルクーツク一個手前のスリュジャンカ1でリエナさんが降りる様子。別れの挨拶До свидания(だ・すう゛ぃだーにゃ)を。僕らの目的地には0:53に着くはずだったが、実際は1:30近かった。到着後、4人が降りると、雨中だったけれども皆すぐにトランスファー(送迎)の人が見つかった。誰か一人でも来ていない人がいたら助け合おうという懸念はひとまずクリアだ。石川さん・太田さんはさっさと見つけて行ってしまったが。モスクワ直行の4人に別れを言い、HPを見るように念を押した後、僕は一人、送迎の人ユリアさんと共にタクシーでアンガラホテルへ。夜中のため、街並みもホテルの外観も今一よくわからず、しかし、ホテル内に入ると、造りは近代的で、少し渋めのセンスもいい。チェックインも代行してくれたユリアさんとも別れ、329号室へ。同じ3階にレストランもあり、朝食(7:00〜10:00)が採れる。鍵を開け、中に入る。広さは6畳弱、ウラジオより狭い。ベッド、テレビ、机、電話(ダイヤル式)、扇風機(!!)、ソファがある。電気類はベッド横の制御器(中国製・・・全部漢字)でon&off。トイレ、バスタブもあり、洗面所はやや広い。早速シャワーを浴びたかったが、何と、お湯が出ない!そう言えば、ロシアではお湯をどこかの工場で作って分配するシステムだと聞いたことが・・・。夜は供給しないのか!?仕方がない。明日起きたらシャワーを浴び、洗濯もしてしまおう。となると、こんばんは早く寝なければ。ただ今、2:30。