4.イルクーツク、イルクーツク〜モスクワ


8/3 イルクーツク1日目(819.7p)

 7:00過ぎに起き、シャワーを使ってみる・・・が、やはりお湯が出ない!ジェジュールナヤに聞きにいっても、”No hot water”と言う。何というホテルだ!仕方なく、水で頭を洗ったが、全然さっぱりしない−逆に風邪ひきそう。手が冷たくて洗濯する気にもならない。部屋のあちこちにもガタが来ていて、洗面所のドアは閉まらない。窓の鍵も壊れ、冷蔵庫もなく(まあ、これはいいか)、おまけに小型のゴキブリまで現れる始末。何というホテルだ!朝食に行ってみる。同じ3階のレストランには、5、6人のロシア人と3、4人の東洋人が皿を手に歩き回っている。ビュッフェ形式であるらしい。クーポンを渡し、砂糖の乗ったパン、ハム4枚、チーズ3枚、トマト、ニンジンと紅茶、ヨーグルトのようなもの(少しパサパサ)を盛り、空いた席へ。ほとんど並み以上の味だったが、ヨーグルトのようなもの(違うのか?)は無味。何かかけて食べるのだろうか。ともあれ、食事を済ませ、部屋に戻る。時刻は9:20。少し早いが、歩き出そう。インツーリストまで十分(否、40分か)な時間がある。アンガラホテルの目の前のキーロフ広場を歩く。弱いながらも雨が降っていて、爽快とは言い難い。もうインツーリストに行ってしまおう。街の規模と地図を実感するまで一、二度迷ったが、10:00の5分前に到着。まだ誰も来ていない。数分で4人がそろい、インツーリストオフィスのカウンターで、明日のバイカル湖ツアーを予約。30$らしい。ルーブルにすると、750p位。大量出費だ。それでも、\4,000弱だが(日本円に直すといつもこうだ)。それから、芋川さんは少し休みたいというので、石川・太田両氏と共に街を散策に。聞けば、彼らの泊まるルーシも、お湯は出ないが、こちらより広いらしい。値段はこちらの方が安いようなのだけれど。イルクーツク(以下、イルク)は、バイカル湖から唯一出るアンガラ川に北から西・南まで囲まれている。インツーリストはその川に近く、それに沿って歩くことに。雨はもう止んでいる。アムール川ほど大きくはないが、やはり川縁は気持ちがいい。風を受けながら、南下、上流へ。ガガーリンの像、オベリスク(シベリア鉄道建設記念碑)を見、今度は街の中心部へ。また迷ったが、クレストヴィズド・ヴィジェンスカヤ教会(カナでは長い・・・)を見学。レーニン広場(どこの都市にもあるな)で写真を撮り、Север Кафеで昼食。ピザとサラダ、ファンタオレンジを、太田さんがお札を崩したいというので、おごってもらう。太田さんは、「石川が保護者」と言い、多少無愛想だが大胆不敵、一方、石川さんは、気が弱いとは言うが、彼の笑顔は最強だ。彼ら二人はそこで一旦ホテルに戻り、僕は個人行動。メインストリートのバリシャーヤ通りをゆっくり歩き、途中で折れて中央市場へ。今回の旅の目的が、ロシアの街を歩き、見ることなので、必ずどこでも市場は見るようにしている。隣にデパートがあり、地図上では着いたはずだ。しかし、それらしき店は1、2しか見えず、代わりに体育館のような建物が。中に入ると、そこは巨大な市場。今まで見た以上の人集り。空間が限られているせいもあるだろう。売っているものがはっきりと区分けされており、そのため、種類がものすごく豊富だ。野菜、果物、パン、肉、魚・・・。2階まであり、そこは衣類や薬などが売られている。どうでも良いが、この国にはаптекаと書く薬屋が妙にたくさんある。そんなに必要なのだろうか?外のベンチで一休みし、デパートも覗いてみた。こちらは値段が高いばかりで、活気は全くない。庶民の勝ち(?)と言う感じだ。その後、東へ足を向け、ヴォルコンスキーの家(1852年、ペテルブルグでデカブリストの乱を起こした貴族たちが住んでいた家、イルクははその流刑地だった)へ。デカブリストたちの生活の跡が見られるところだ。初めは30pと言っていたが、日本の学生だというと、20pにしてくれた。2階建てで、2階から見るが、最初にデカブリストたちの写真などがあり、次にはトルストイの記念品などが。『戦争と平和』の著者だ。彼の使った様々なものが展示してあり、特に剣や銃は時代を感じさせた。『戦争と平和』の登場人物についての叙述もあり、ロシア語版の本もあった。次には1階に降り、再度デカブリストの生活用品→詩人プーシキンに関する展示と続いた。デカブリストと、トルストイやプーシキンにどんな関係があるのか、入り口で何年か前に記帳した日本人も不思議がっていた。何故だ?入り口のおばさんに会釈し、家の写真を古い気まぐれな(撮れるときと撮れないときがある)カメラで撮り、今度は街の端の道を通り、北端のズナメンスキー修道院へ。途中の市場(先程のとは違い結構大きい。車で直接乗り入れて買えるようだ)でスプライト(8.7p)を買って飲みながら向かう。修道院内部は、午前中に見た教会とほぼ同じで、大小数多くのイコン(宗教画)や、シャンデリアとしか言い様のないほど華美な燭台があった。寄付を求める子供たちと写真を撮り、一路帰ることに。ホテルの近くのキーロフ広場が、川の方まで伸びていると気付き、そちらへ。永遠の炎があり、川が見える散歩道では、タイタニックのTシャツを着た女の子やスポーツ刈りくらいの男の子たちが、インラインスケートで遊んでいた。30分ほど休み、ホテルへ戻る。部屋に入って間もなく、外はバケツ、否、アンガラ川をひっくり返したような土砂降り!間一髪だった。しかし、天気雨だったようで、すぐに止んだ。・・・と、突然部屋に備え付けの電話が鳴り出す。こちらの電話はコール音の感覚が長く、切れたのかとも思える。インツーリストの職員からで、今朝頼んだツアーは、今日中にお金を払わないといけないらしい。+αの見学(博物館など、無論有料。11$とか)もつけたらどうかと、日本語で言ってきた。6:30にインツーリストに再び集合することに。4人そろい、明日、10:00出発として(今朝は9:00と言っていた・・・早い)、支払いを済ませ(ドルでもできたが、僕はルーブルで払ってしまった。ちょっと損?)、カフェに夕食を食べに行くことに。バリシャーヤ通りのカフェで、ボルシチとハンバーグライス二つ(少しアクシデント)を食べ、コーヒーに誤って塩を入れてしまい(かなりアクシデント)、リンゴジュースで口直しをしてホテルへ戻る。部屋に戻っても、掃除もベッドメイクもしてくれていない。何というホテルだ!(3回目)列車のチケットが来ているはず(トランスファーの人が言っていた)なのに、「そんなの、知りません」みたいな口調で言われるし、おまけに英語が通じない。悪評、広めてやるぞ!良いところが一つもない。扇風機ぐらいか(笑)?もう完全に、坊主憎けりゃ・・・状態だ。夜、またもや突然電話が鳴りだし、女性が何か言う。意味が分からなかったのでとりあえず断ったが、これはもしや・・・!?

8/4 イルク2日目(257p)

 バイカル湖に行く日だ。8:00少し前に起き、昨日と同じ朝食(ヨーグルトが出ていたので食べた!)を採り、早めにインツーリストホテルへ(9:40頃)。列車の切符の件の相談だ。運良く日本語を話せる人(昨日の電話の人?)がいて、その人を仲介に旅行会社に電話すると、今日中にホテルに届けてくれるらしい。一安心したところで、ロビーで15枚入り絵はがき25pを買ったりして、3人を待つ。無事3人とも着き(チェックアウト済みらしく、荷物−軽そう−を持っていた)、バスも到着し、出発。ガイドは、日本語の達者なエレナさん。バイカル湖の入り口の村リストビャンカまで68q、一時間くらいかかるらしい。エレナさんは、街中のちょっとしたガイドと、バイカル湖の伝説まで語ってくれた。『地球の歩き方』に載っている話だったが・・・。一時間、ほとんど森の中の道を走り続ける。起伏が大きく多く、自転車で駆け抜けてみたくなる。最初に止まったのは、バイカル湖とアンガラ川との境界で、シャーマンの石という石が河中に見える場所だ。中程にある小さな石で、その内流れに削られてなくなってしまいそうだ。その後、湖畔の聖ニコライ教会を見、湖がよく見える港へ。やはりこれは広い!遙かに見えるスカイラインがなければ、本当に海としか思えない。エレナさんにおごってもらい、シベリア松の松かさの実を食べてみる。かさから実を取り出すのが面倒だが、現地の村リストビャンカの人は簡単に剥き、よく食べるという。シベリア現地人は、シベリアの森をタイガと言い、「緑の海」の意味らしい。中学校の時の知識がここに符合した。次は動物園・・・と言っても、熊2匹、キツネ2匹(寝ていた。イメージ通りのキツネ)、ヤギ2匹、ガチョウ(みたいなの)2匹がいるだけだ。だが、は野生のものに近く、迫力があり過ぎるほどあった。その後、バイカル生態学博物館へ。アザラシが間近に見られた。太田さん曰く「だきつきたくなるね」。バイカルホテルのレストランで、オームリ(バイカル湖で捕れる魚)、ビーフ・ストロガノフ(生まれて初めて)、サラダを計176p(やはりレストランはこの位か)で食べる。まだ帰るまで間があるので、砂浜でのんびりすることに。石を投げて水面をはねさせる遊び(何と言うんだっけ?)を大人気なくもし、ふと横を眺めると、何と!人が身動き一つせず、うつ伏せに倒れているではないか!?もしや死んで・・・?と思いつつ近づくと、胸が上下して呼吸している様子がうかがわれる。傍らにはウォッカのビンが・・・。そういうことか。帰りのバスでは、これから先の(モス・ペテ)見所をエレナさんに聞く石川さんや、ロシア語を教わる太田さんを後目に、眠ってしまった。えらく気持ちが良かった。目が覚めると、もう見覚えのある街並みが流れていた。インツーリストホテルに帰着。芋川さんはエレナさんのお宅にお邪魔するとか。僕ら3人は、一休みするためにキーロフ広場へ。芝生で3人、ビールをあおっていると、そこに日本人らしき人が!話しかけると思った通り。名を志村さんと言い、「志村けんの志村と同じ」と言う。千葉県在住だが、出身が関西らしく、関西弁が随所に現れる。彼はまだボルシチを食べたことがないそうで、4人でカフェへ行き、僕らは3日連続でボルシチを胃に入れた。今日のものは何故かぬるく、志村さんには残念だ。食後、「モスクワのイズマイロヴォ・ホテルで会いましょう」と言って(3人は今夜の列車でモスクワへ。皆、ホテルは同じイズマイロヴォ・ホテル。石川さんは8/10が誕生日らしいので、祝ってあげなければ)、僕はアンガラホテルに戻る。レセプションで切符のことを聞くと、まだ来ていないではないか!!!でももうこの調子にも慣れたぞ。明日、ホテルが旅行会社に連絡してくれるらしい。寝て起きたら、それを期待しながら何人かに絵はがきをゆっくりと書こう・・・と書いたところでノックが。ジェジュールナヤが切符を持ってきてくれたのだ。少し、否、大いにホッとした。今日はベッドメイクや掃除もしてくれているみたいだし。こういう国なんだなと思った(何度目だ?)。・・・とうとう『夢にも思わない』、読み終えてしまったよ。

8/5 イルク3日目(118.5p)

 目覚めは8:00頃。やはり同じ朝食を採り、今日何をすべきかを考える。まず、午前中は昨日買った絵はがきを書こう。それを出し、いくつか残っている見るべき場所を回り、明日のために早く休むことにしよう。
 手が疲れるー!!宛名、文面と書いていくと、右手が釣りそうなほど疲れた。こんなにたくさん書くのではなかったな。日記を付ける手がひきつっているのがわかる。これ程書いたのは、昔のロシア語のテスト以来初めてかも知れない(書きまくるテストだった)。ぶっ続けで、11:30位までかけてやり、ようやく終わったので外に出ることに。最初に、州立美術館(20p)へ。ほとんど絵画で、イコンやレーピンなどの作品がある。一通り見るのに、一時間弱。そろそろ腹の虫が鳴り出したため、次なる目的を昼食に。ドーカ・ピッツァ(ピザの達人)と言う店があるというので捜してみる。しかし、あるべきところを何度往復しても見つからない。仕方がないので、市場でピロシキを買って食べることに。6pで、初めて肉の入ったものを食べた。マロージェナエで暑さを和らげつつ歩き出すと、2度目の事件が!警官が寄ってきて、パトカーに入れられ、パスポートを見せろと言う。旅行者はホテルにパスポートとビザを預けるというシステムが伝わっていないのだろうか。それとも、それを利用した東洋人の犯罪が多いのだろうか。「パスポートをホテルに預けている」の意味のロシア語を覚えることにしよう。「常に携帯しなさい」と言われ、放された。そう言えば、返してくれと言えば返してくれるらしかったな。そうしないこちらにも非はあるわけだ。警官たちには悪いが、座っていたことで疲れた足には良い休息になった。郵便局の場所も教えてもらってしまったし。気を取り直して、この後は、謎だったロケット埠頭(地図を見ても、ある方向しか載っていない)へ向かおう。アムールスキー通りを4,5q歩いただろうか。一向にそれらしきものは見えない。ロケット、と言うからにはガガーリン(「地球は蒼かった」と言った人)関係?埠頭と言うからには、川端?だが全く行き着けない・・・と、前方の交差点近くに、何やら塔状のものが立っている。オベリスクに似ているが、何だ?レーニンの名が刻んである。これがそうなのだろうか。一応写真を撮り、引き返すことにした。同じ道を戻ってもつまらないので、川沿いを行き、石川さんたちが勧めていた中央公園(遊園地のようになっている)の観覧車に。思ったより高く、いわゆるコーヒーカップのように、真ん中の輪によってゴンドラ自体が回るようだ。ちょっと休憩した後、今度はイルクーツク国立総合博物館歴史館へ。15pで、シャーマン(宗教的指導者)関係や、原住民の衣服などが1階に、大戦や近代のいろいろなことを報じた新聞がたくさん、2階にはあった。ホテルに帰るにはまだ早いので、もう一度アンガラ川へ向かう。こちらからの道がついた島のようなものが見えるので行ってみる。オーストラリアのオペラハウスを小さくしたようなコンサートハウスや、ここにも遊園地の遊具がいくつかあり、ものすごい音を出す小さなジェットコースターが人々の笑いを誘っていた。島の反対側は砂浜で、多くの水着姿の観光客が寝そべったり泳いだりしている。暑いから、気持ちいいだろうな。そこからの景色が妙に印象に残り、貴重なフィルムを使ってしまった。あるいは、これが
ロケット埠頭なのだろうか。謎のままだ。そして、ようやく郵便局へ。中に入り、手紙を見せると、切手代1枚5pと3.5p(手数料か税か何かだろう)を取られ、切手を自分で貼り(これが大変だった。2.5p切手を2枚ずつ貼るため、小一時間かかる)、投函。ホテルへ戻る。水で全身を洗う。ううう。さぶい・・・が、多少さっぱり。明日は、シベリア鉄道3種類目のバイカル号(イルク始発)に乗る。少しは変化があることを願おう。
 はっ!そう言えば、明日は朝食がないんだ(何故だ?)!仕方ない。駅でピロシキだ。これから10食連続が11食連続になるだけのこと!・・・(*_*)。

8/6 イルク出発日、バイカル号1日目(39.05p)

 目覚ましを8:00にセットしておいたが、その前に起きてしまった。・・・と言って、することもない。音楽を聞きながら、あるいはテレビでも見ながら荷造りを始めよう。赤いシャツ、茶のズボンを履き、青のシャツ、グレーのズボンは衣類圧縮袋(掃除機で吸い出すヤツではなく、丸めて空気を抜く旅行用のもの)に詰める。そちらの方が容量が小さいのだ。9:20。そろそろチェックアウトしよう。列車は11:40。駅に行く前に、ビオネール宮殿というのを見る。外からだとあまり他の建物と変わらない。看板があったが、読む暇も(時間がかかるから)、中に入る暇もない。写真だけ撮って駅へ。意外に遠く、1時間近くかかってしまった。荷物が重いからだろう。来たときには夜中であまり見られなかったイルクーツク駅に到着。列車はまだ来ていないが、始発なのでかなり止まっているはずだ。それは安心。2.5pの、じゃがいもと野沢菜みたいなのが入ったピロシキを2個食べる。・・・しょっぱい。水を2本(1.5g)買い、そのピロシキとアイスを朝食に。11:20頃、ようやく列車の来るプラットホーム番号が表示された。3番ホームだ。荷を抱えて階段を下り上り、少し待って、バイカル号がやってきた。11号車。英語を話してくれる車掌さんに切符を見せ、21番席へ。誰もいない。下の段だ。上が良かったのだが。11:47。少し遅れて列車は出発。どうやら同室者はまだいない様子。バイカル号の造りは、ロシア号・アケアン号と全く同じ。だが、部屋のテーブルにはバイカル号専用のクロスの上にティーポット、4人分のカップ、コーヒー、お菓子、ジュース、水(ガス入り)、有料らしいが・・・。さらには花まで(造花だが)置いてある。カーテンも新しく、気分がいい。シーツ代は13.65p。紅茶が欲しいときはいつでも言ってくれと言う。四つ目のウスノエ・シビルスカヤ駅で、ロシア人の母娘が乗ってきた。母親はリューバさん、5,6歳の女の子は、ダーシャちゃんだ。ロシア号で出会った女性たちに倣って、鶴を折ってあげたら、ものすごくはしゃいでいた。日本から持ってきたカップヌードルを食べる。濃く、懐かしさを感じる味だ。ジマと言う駅に長く停車したが、いつものように駅頭販売の人たちが外で売ってはいず、キオスクを探していたら、出発しそうな気配になってしまった。それからまだ10分くらい止まっていたけど・・・。車掌がパスポートとビザを見せろと言ってきた。ロシア号などではなかったことだが、切符の番号と照合するらしい。ちょっとトラブルがあって時間がかかったが、何とか無事に切り抜けられた。その後、僕の上段のベッドに男性がやってきたが、他のコンパートメントに家族がいるようで、ほとんどこちらには顔を出さない。15:00頃、ニジュネウジンスク駅に15分停車したため、肉入りのピロシキを二つ食べる。リューバさんに、ひまわりの種らしきものをもらう。バイカル湖の松かさと同じく、中身を出すのが面倒だが、ハムスターは簡単に剥き、食べる(笑、笑えない人は、松かさを食べたところへジャンプ)。車掌さんの薦めで紅茶を飲んだが、2.4p取られた。やっぱり有料なのね。列車に乗ったとき、時計をモスクワ時間に合わせ、5時間戻す。ただでさえ時間感覚が滅茶苦茶なのに、昼が5時間長くなったわけだ。4日間かけてゆっくり馴らしていこう。

8/7 バイカル号2日目。

 3:30頃、目覚める。5時間ずらしたわけだから、8:30。1日経ったから、1時間減らすと(そう考えると判りやすいらしい)、7:30。もう、そんなことどうでもいいや。暗くなって眠くなったら寝る。明るく目が覚めたら起きる。それでいい。と考えていたら、再び寝てしまった。起きて、ボゴータルという駅に10分停車。朝早いせいもあろうが、露店はあまりやっていない。何も買えないので、コーンスープでも飲んで、次の長時間停車で朝飯だ。8:00ちょっと過ぎ、マリーンスク駅停車。じゃがいものピロシキ4p×5個購入。この辺りでは、あまりピロシキを売っていないのだろうか。イルク以東と比べて少ない気がする。ともあれ、5個あれば今日1日持つだろう。朝食に2個食べ、緑茶を飲む。することがないので、昼まで読書だ。昼、先程と同じメニュー。14:30頃、ノヴォシビルスク駅着。少し有名な街だ。エメラルドグリーンと白の駅舎をフィルムに収め、マロージェナエをおやつに。やはりすることがない。傍らの話を聞いていると、ダーシャちゃんはリューバさんを”бабушка:ばぶーしゅか”(=おばあちゃん)と呼んでいる。母娘ではなく、祖母と娘の関係だと気付いた。チュメニまで行くらしい。少しブルーがかったグレーの透き通るような瞳が可愛らしいダーシャちゃんは、他のコンパートメントにマリーナという友達ができたようで、廊下で遊んだり、向こうに行ったりしている。やっと静かになったという感じだ。外を見ると、広大な平原に、線路に沿って電柱が立っている。おいおい!!電柱の下の方が折れて、宙に浮いているぞ!いいのか?しかも、それが何カ所もあるではないか。風で揺れてるぞ。線が切れてるところもあるし・・・。いろいろな意味ですごい国だ。夕食は残ったピロシキ一つとカップヌードルだっ。

8/8 バイカル号3日目(38p、これまでの小計2438.23p、1日平均約135p=\677)

 朝6:40頃、チュメニに到着し、リューバさんとダーシャちゃんが降り、部屋から二人分の居場所が空いた。二人の写真撮るの、忘れたな。僕も一旦外に出、軽く歩き(運動不足だよー)、温かいピザ(14p)を買った。これとスープで朝食にしよう。コンパートメントに戻ると、僕と同年代の男性が向かいのベッドに座っている。新しい同室者だろうか。しかし、荷物が一つもない。あいさつをしたが、彼も家族がいるらしく、どこかへ行ったきり帰ってこない・・・暇だ。本を読むか。次の停車はスヴェルドロフスク。エカテリンブルグの街がある。当初、そこにも2,3泊する予定だったが、予算の都合で諦めたところだ。予定よりやや遅い。11:20過ぎて到着。正体不明のピロシキを3つ購入。中身は・・・ご飯だった。一つは夕飯に、と思っていたが、勢いで3つとも食べてしまった。ほんの少し塩分の混じったご飯入りピロシキは、妙に虚しさを催させる。部屋には、ロシア人の若い男女。先程の男性はどうしたのだろう。降りたのだろうか。二人は着替えると言って僕を外に出した・・・と、廊下には多くの人が窓にへばりついている。そうだ。1,777qのところに、ヨーロッパとアジアの境を示すオベリスクがあるのだった。少しカメラが斜めになったが、何とか激写!文字も読めた。境界はウラル山脈が作っているので、いよいよなだらかな下りと共にヨーロッパに突入だ。そう言えば、さっきのピロシキ3個は幾らだったのだろう。言われるまま10p渡し、何だか小銭をたくさんくれた。やけくそという感じだったな、あのおばあさん。小銭の用意はあったのに・・・。本当にすることがない!書くことも当然ない。17:14に停車したペルミ駅で温かいじゃがいもと鶏肉(15p)を買って食べる。じゃがいもが少々生っぽかった気がする。鶏肉はローストチキンのようで、予想に反して味は薄い。何か物足りないので、日本から持ってきた最後のカップヌードルを食べた。辛さUP!レッドカレーと銘打っているだけあって、かーらーい!!だが、体が温まってきた。外が雨で、冷えてきてたんだよね。とにかく、これで少しずつ荷物が減ってきている。お土産を入れるスペースができてきた。買う予定の土産は、今のところマトリョーシュカ、ウォッカ、キャビア、・・・といったところだろうか。後は何か気に入ったもので、かさばらなければ買っていっても良いな。残りの三千数百ルーブルを使ってしまおう。向かいの席では、例の男女がじゃれあっている。おいおい、人のいるところで。ずっと眠っていた気がする1日だった。

5.モスクワ、モスクワ〜サンクト・ペテルブルグへ