6.サンクト・ペテルブルグ、ペテ〜東京


8/17 サンクト・ペテルブルグ到着・1日目(160p)

 朝、目が覚めると、同室の男性が微笑みかけてくる。「おはよう」と言いたいのだが、まだ寝ている人をはばかっているのだろう。いい人だ。置いてあったパン二つ、パイ、ハム、チーズ、ヨーグルトを食べ、紅茶を飲む。シーツ代なども取りに来ないことから、もうこれらの代金は切符に入っているのだろうと推測。8:25。時刻通り、サンクト・ペテルブルグ(以下、ペテと略)に到着!駅舎の外、そして中にСанкт−Петербургの文字。いよいよ最終地だ。街に出ると、雰囲気こそモスとあまり変わらないが、若干古都らしい洗練された印象を受けたのは気のせいだろうか。まずはホテル探しだ。リゴフスキー通り10番地と言う住所しかわかっていない。地図を買おうにも、店はまだ閉じている。とりあえず適当に歩き出すと、対岸にリゴフスキー・プラスペクトの標識がある。駅の真ん前を横切っているのが目的の通りだったとは!?しかし、1/2の賭けに負け、逆の方向に来てしまったようなので、戻り戻る。すると、43番地に、目指すオクチャブリスカヤ・ホテルが。しかし、同名のホテルが二つあるという情報は収集済み。迷わずその先へ。43と10ではかなり遠いと思っていたが、何のことはない、目と鼻の先。全く同じ看板がどちらからでも見えるではないか。同系列のホテルであるに違いない。駅から直行すれば5分もかからなかっただろう。そして9:00、ホテルにアーリーチェックインだ。最後の一枚となったバウチャーを出すが、見もせずに返してくれた。パスポートがあれば平気のようだ。ちゃんと17〜24日と書かれた紙と、ホテルカードを渡され、自室となる3階の589号室へ。部屋番号が3桁ということは?そう言うことなのだろうか?否、ここでは階数と部屋番号に関係がなく、1階から5階まで全部統一された番号がつけられているようだ。2枚の紙と交換にキーを受け取り、部屋に入る。どこかのホテルもそうだったが、鍵がなかなか開かない。苦心してやっと中に重い荷を置くことができた。部屋の内装は、これまでで最もきれいかも知れない。白を基調とした壁紙・カーテンに、黒のクローゼット・机・テレビ・冷蔵庫・ベッドが映え、シックなセンスを感じさせる。洗面所も白で(これは当然?)バスタブ、トイレ、洗面台とあり、お湯も出る。何だか今回の旅では、値段の安さに比例してホテルの質が向上しているような気がする。でもまあ、ここ(2番目に安い)もイズマイロヴォ(1番安かった)も三ツ星ついてるからな。TVをつけると、イズマイロヴォのよりも多くの番組をやっている。見慣れたHTBとPTPもあり、後者の毎日見ていたニュース番組Доброе утро россия(「おはよう日本」が日本にあったが、これは「おはようロシア」)の天気予報で、今日のペテは晴れ後曇り。気温は15〜17℃。では、歩き出そう。ホテルの1階で40pの地図を購入。しかし、英語のもので、よけいわかりづらい。街で、全く同じもののロシア語版を18pで買う。値段の違いは、翻訳だろうか?今日は、ペテのハイライトということで、メインストリートのネフスキー大通りを突き当たりまで行こうと思う。地下鉄蜂起広場駅でメトロのカードを買おうと思ったが、何種類かあり、どれにしたらよいかわからない。期限付きとなしのものがあるという噂はあったが、多くの人が並んでいる中で時間をとるのは躊躇われる。一日歩いてみてわかったことだが、この街ではあまり地下鉄の必要性はないようにも思う。石川さんたちにも聞いてみよう。通りを進むと、左手にオストロフスキー広場は見え、休憩を取り、カザン聖堂へ。この建物はすごい。クトゥーゾフとバルクライ・デ・トーリの像が前にあり、古さを感じさせる柱に支えられた回廊が左右につき、中心に入り口がある。中には、教会らしくイコンがあるが、これまでのようにただ敷き詰められているわけではなく、1枚ずつ額に入れられ、要所要所に配されている。この方が好きだな。通りを更に行き止まりまで行くと、右前方に、緑と白の大きな宮殿のような建物が見える。エルミタージュ国立美術館だ。ここは、明日以降の楽しみに取っておこう(2,3日かけて見たい)。入り口の確認だけをし(裏にあった)、建物を一周、もとの場所に戻る。今日は火曜日で、いろいろ休みのところが多い。やはりハイライトだけだな。もう一度ネフスキー大通りを逆方向に少し歩き、左に折れる。モイカ川沿いに、プーシキン記念館(ここも火曜は休館)をもかすめて、スパース・ナ・クラーヴィ聖堂へ。モスの聖ワシーリー聖堂に似たたまねぎ状の屋根だ。そこで日本人男性に会い、多少話を。彼は前日、やはり赤い矢号でペテに到着。聖堂は7p(学生)。学生でない彼は、何故か100pも払わなければならないらしく、そんなに持っていない、自分の分も見てきてくれと言い残し、去った。彼はサンクト・ペテルブルグ・ホテルの客で、もしかしたらまた会うかも知れない。次は、プーシキン像のある芸術広場へ。母子が雀や鳩にクッキーのかけらをあげている光景が牧歌的で良い。かけらをとったらすぐに跳び去る雀の方が、鳩よりも(ずる)賢いようだ。そして、夏の庭園。エルミタージュは冬の宮殿という建物が主で、ここには夏の宮殿がある(ものすごくちっちゃい!)。庭園には多くの彫刻があり、それもあってか、学生で3p取られる。中心部で、若い男性が鉄琴を弾いている。CDやカセットも出すプロのようで、芸術家のイメージそのまま、透き通るような音色に聞き惚れてしまった。空腹と疲弊した足を堪えつつ、街を貫くネヴァ川沿いに、北東へと歩く。植物園を横目に(お腹が空きすぎて入る気が出ない)、スモーリヌイ聖堂に行き着く。青が目立つ大きな聖堂の中は・・・お土産屋(小)。さらに奥へも入れるが、100p払わなければならないので諦め、ホテル方向にスヴォロフスキー大通りを進む。それにしてもお腹空いた!やっとマロージェナエ屋を見つけ、バーのアイスを食べる。途中からウェハースがついていてそれを先に食べようとしたところ・・・ポトリ。残りの部分が落ちてしまったぁ〜っ!!時間が止まったと思ったね。その後、屋外カフェでホットドッグを胃に収め、何とか平静を取り戻す。昨日、疲れに比して睡眠時間が足りなかったのと空腹で、フラフラだったから。ホテルに着き、サービス・ビューローでパスポートを返してもらい、アエロフロートのオフィスは街で見つからなかったので、電話でリコンファームをしようと思い、指定されたところにかけるが、どうやら違ったみたいだ。ホテルに代行してもらうのが一番手っ取り早いかな。30分ほど睡眠をとり、6:40。モスクワ駅へ。石川さん・太田さんと7:00に待ち合わせだ。僕の方が先のようで、2,3分待つと、僕より遙かに小さな荷物(全部でも)を持った二人が登場。何日かぶりの、2回目の再会。メトロで(ジェトンを買えば良かったようだ。あまり乗る機会もないかも知れないし。ジェトンは1枚3p×2枚)移動。文学カフェで食事ということになったが、そこは止め、近くのカフェで積もる話をしながらビールを飲み、まともな食事(76p)。二人はバレエを2回も見たようで(『ジゼル』と『くるみ割り人形』)、それと川の遊覧船を薦めてくれた。列車まで間があるようなので(23:59発。赤い矢号ではないようだ。赤い矢号は23:55発でモス⇔ペテ)、僕の部屋へ。水20p(ガス抜き)を買い、スナックも買って戻り、時を過ごす。彼ら曰く’最悪の’ユース・ホステル・ホリデーと値段はほとんど同じなのに、こちらの方がずっといいようだ。向こうは地獄だ!とか。話に花が咲き、23:00頃、ホテルの規定により、二人は駅へ。これで会うのはおしまいだ。彼らは4日かけて日本に(21日)、僕は後7日いて直行便で成田へ(25日)。再度、日本で会う約束をして別れた。シベリア鉄道の苦難を共に乗り越えた最良の仲間よ、気をつけて!
 明日はリコンファーム、そしてバレエ及びオペラのチケット入手だ。直接劇場に出向けば、300pで手に入るらしい。インツーリストで頼むと、60$とか言っていたという人もいたらしい。ダフ屋だと当日直前は200pになることもあるらしいが、前日に買うのが一番良いという。やはり夏はあちこちの劇団が巡業に出るため、ほとんどやっていないらしい。チケット売場でも見たが、バレエは一ヶ所、オペラは有名なのはどこもやっていない。
 それから、二人に少し暗い話を聞いた。8/10あたりに、ウラジオで日本人女性が殺されたと言うではないか。また、イズマイロヴォで会った女性が、赤い矢号で同室となった酔っ払いの現地人たちにからまれ、服を脱げとか言われたらしい。結局車掌さんの部屋で荷物を抱えて一睡もしなかったそうだが、そう言う悲しい、かつ怒りを催させる話もあるのだ。いいこともある中で、それを忘れてはいけないのだろう。ニュースによると、トルコで大地震があったとも聞き、700人死亡とか。同じ船に乗った何人か(横井さんら)はトルコに行ったはずなので、心配だし。もう言うことが何もなくなってしまうよ。

8/18 ペテ2日目(740p)

 今朝からは朝食がない。まず、ホテルを出るときに、サービス・ビューローでリコンファームのことを聞くと、ネフスキー大通りの7番地(遠い・・・)に、アエロフロート(ロシアの航空会社)のオフィスがあると教えてくれた。代行はしてくれないようだが、どうせしてくれても手数料を取られていただろう。アレクサンドリンスキー劇場がその途中なので、歩きつつまずバレエのチケットを買おう・・・と思ったが、カッサ(切符売り場)がまだ閉まっている。何時に開くかわからないので、歩行を再開(この時点、10:30)。通りかかったマックで、ブランチ。ビッグマック1個とポテト、スプライトのセットで45p(26+10+9)。日本円にして\225。日本なら倍はするだろう−が、シベリアの都市でなら、ここで3倍or4倍or5倍と言えた。やはり大都市の物価が高いのは世界共通か?アエロフロート・オフィスは、それのある建物が改装中で、直接アエロフロートと書いた看板もなかったが、何とか見つけ、そこの国際便の部で用を果たすことができた。担当の人がいず、最初は30分ほど待ったが、リコンファーム自体は10分ほどで、こちらのペテでの連絡先(ホテルの番号とルームナンバー)を紙に書いて終了した。石川さんたちは1日半かかったと言っていた(彼らはウラジオ→富山と飛ぶため、ウラジオに電話をかけなければならなかったからだそうだ)し、芋川さんもその位だったそうなので、多少覚悟はしていたのだが。結局午前中に終わったため、助かった反面、今日の予定を考えなければならない。しばらく気ままに歩き、芸術広場で再びプーシキン像を眺めながら座って休む。そう言えば、ここの前のロシア美術館が今日はやっているらしい(昨日:火曜は休み)。エルミタージュのロシア部門の作品を移して作られたとかで、モスのトレチャコフ並みに期待できそうだ。学生料金は70p。3つの建物がそれぞれ2階建てで、かなりでかい。イコンや彫刻、中世・近代の、どこかで見たような(もしかしたらトレチャコフ?だとしたら・・・?)絵画に、2時間かけてゆっくり見入った。その後、再びアレクサンドリンスキー劇場に行き、明日19日の『白鳥の湖(Лебединое озеро)』のチケットを購入。だが、525p。300じゃなかったの?作品による違いなのかしら?まあ、明日が楽しみだ。お金がなくなったので、両替所(Обмен валыты)で50$→1225pに両替。お土産とか、空港でカードで買えばちょうどいいかな。他に今日のところはすることがない(遊覧船は最後の頃にしよう。歩いた街を、おしまいに一望するという感動を一昨日味わってしまったから)ため、昨日味を占めたメトロでホテルに戻る。まだ17:00。18:00位になったらホテルのビュッフェで夕食にしよう。それまでの時間つぶしにと、テレビをつけると、、トルコの地震のことをやっている。3,000人がなくなり、学者の見解では、今世紀最悪とも言う。神戸の震災で経験豊富な日本のレスキュー隊などが派遣されたらしい。しかし、建物の多くが木製で、火災がひどく、また、不慣れなレンガ造りの構造物にも妨害されてなかなかうまくいかないようだ。思えば、ロシアに来てから、国際的なニュース(テニスのグラフの引退など)は知ることができたが、日本のことはほとんど知らない。7月末のハイジャック事件(機長が殺されたとか)や、プロ野球のオールスターも、丸山さんや石川さんに聞いて初めて知ったし、ウラジオの日本人女性殺害事件もそうだ。浦島太郎だな、完全に。また、円高が進み、出発時は1$=\120位だったのが、1$=\111になっている。ルーブルも、1$=24p→25p位(今日は少し下がって24.5p)になっていて得にはなっているが、日本に戻ったときに損だ。戻らないかなぁ。18:20、少し予定より遅れたが、同じ3階にあるビュッフェに夕食を採りに出かける。ウェイトレスのおばさんは、僕のつたないロシア語を、メニューを覗き込んで良く理解してくれた。ボルシチはないとのことで、スープはサリャンカという肉とキュウリのスライス、オリーブのスープ(不正規の過程で手に入れた−いわゆる、拾った−英露の会話集:フレーズブック&辞書による)と、150gのビーフステーキ、0.33gのビールを頼む。全部で95p。スープは本場だけあって、ロシアに来てから外れがない。ステーキも、ポテトがついていてなかなかの味。ここCAMELは、これからちょくちょく利用しよう。部屋に戻ってもまだ19:00。結構ゆっくり食べていたのだが。満腹で、眠い。昨日も寝たのは”今日”だったから、無理もないか。このところ、疲れの量に対して食事はともかく、睡眠が追いついていない。今日は早く寝て、明日に備えよう。まだまだ先は長いし。ペテはモスほど大きな街ではない。明日から2,3日、エルミタージュで昼を過ごすつもりだ。これは日本にいたときから、そのためにモスとペテの宿泊数を同じにした、ずいぶん前からの予定だ。石川さんたちも、2,3時間ではとても回りきれなかったと言っていたしね。そして夜はバレエ『白鳥の湖』だ。バレエは生まれて初めてなので、とても楽しみだ。見た石川さん・太田さんも、絶賛していた。眠って、短い夜を一層短く感じてしまおう。

8/19 ペテ3日目(474p+5$)

 昨晩、9:00にはもう眠り、今朝は7:00に起きたので、久々に睡眠を十二分にとることができた。ニュースではトルコの大地震で、死者が4,000人を越え、まだ10,000人が不明だという。
 昨日写真を1枚も撮らなかった(気付いたら使っていなかった)ので、と言うか、それでも残りのフィルムは1本+20枚位。足りなくなったら買ってしまおう。今日は昼間エルミタージュで、夜8:00からバレエだ。帰ったら、11:00を過ぎるだろうが、気合いを入れて最後の洗濯だ。
 地下鉄で、蜂起広場駅から、ガスチーヌイ・ドヴォール駅へ向かう。駅名のもとになったデパート、ガスチーヌイ・ドヴォールの1階にあるファーストフード店で、チーズバーガーセット(チーズバーガー+ポテト+スプライト、計39.7p)でзавтрак(朝食)。ポテトがまだできていず、2分待てとのこと。全体、ちょっと足りな目だが、旅立ってから胃が伸縮自在になっている。大丈V・・・って古いか。そして、本屋へ行ったりして時間をつぶしながら、10:30の
エルミタージュ開館を待つ。のんびりと美術館前の宮殿広場を歩き、10:45頃、裏の入り口に到着。並んでいるが、一度に大量に入れるらしく、数分で中に入ることができた。それからカッサに並ぶ。学生はタダだという情報が複数の筋からあったが(他が全て有料なので、あまり期待はしていなかったものの)、その通り、ISICカード(国際学生証)を見せると、と言うか、一瞬顔を見て、すぐにチケットをくれた。荷物(切り離した小さなバックパック)を預け、いざ出陣。建物は3つ、3階建て。まず、今日は1階全てと2階の半分ほどを回ろう。最初に、1階の、古代文明系。エジプトに始まり、各地の古代の遺物が展示されている。ミイラなどもあり、美術館と言うより博物館と言った方が近いか?そして2階。ここは最も人気のある絵画だ。西欧のは明日にし、今日はロシア美術だけにしておこうと思ったが、階段を上って左に行くと、初めに覗いた部屋がフランスの絵画。特別展の部屋なのか、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホなど、芸術に疎い僕でも知っている名が並び、いきなり目が肥えた思いだ。次には、ここがもとは宮殿であったことを再確認させてくれるきらびやかな部屋。金の孔雀の時計などがあり、僕はこれまでも本当に感動したときにしか誉め言葉は使っていないが、ここでは豪華絢爛と言うほかない。そこから、ロシアのイコンが続き、突然、レオナルド・ダ・ヴィンチの名が!世界に12点しかないという天才の作が2つ、「ベヌアの聖母」と「リッタの聖母」。5分ほど、と言うか(何だか、貧弱な語彙力がばれてしまうな)、穴の空くほど見つめてしまった。2階に来る前に館内のカフェで軽食(ハンバーガー26p、紅茶9p・・・高いな少し。メニューも単調になってきた)を食べたとき、13:00で、この調子だと、ゆっくり見ても今日中に全部回れてしまうかな、と思ったが、この辺りから全くそうもいかないだろうことがわかり始める。巨大な絵の集まった大きな部屋、レンブラントの部屋、ミケランジェロの部屋、1812年の間(ナポレオン戦争−ロシアでは”祖国戦争”という−の将軍たちの肖像数百枚が薄暗い中に整然と並ぶ)、・・・と続き、入り口から見て右前方の方まで見た後、1階に下り、再びオリエント世界の原始文化へと移る。これが見終わった頃、このコーナーはもう終わりらしく、僕を待って、係りのおばさんたちが仕切をしていた。時計の針は17:00近い。美術館全体の2/3は見ただろうか。ちょうど良いかも知れない。まだ日は沈む気配もない。それもそうだ。夏至の頃は白夜なのだ、ここは。英字新聞によると、今でも日の出が4:30頃、日の入りが22:30頃だった。まだ早いが、夕食といこう。場所は、プーシキンが決闘に行く前に寄った、ちょっと有名な文学カフェ!カフェと言うより、中はしっかりしていて、高級レストランと言い換えた方が勘違いはないかも知れない。もともとロシアでのカフェは、喫茶店ではなく、日本でのレストラン(ファミレスより若干上)に当たり、レストランというと更に高級になるようだ。ついでに、ビュッフェとはいわゆるカフェ・バー、酒も飲めて軽食も採れる場所だそうだ(例のフレーズブックによる)。ウェイターは白いYシャツに黒のスラックス、ネクタイ姿と、かなりフォーマルだ。ボルシチと、ビーフストロガノフ、ビールを頼む。味もいい。ビール(一番少ない0.25gのを言ったはずだが、何故か大ジョッキ。いいや、呑んでやろう)が来るとほぼ同時に、バイオリンとピアノの生演奏が始まる。良いところだが、高い!頼んだ順に、80、150、40p、それからサービス料や演奏料やらで335p、ときた。ええい、酔って気が大きくなってるからチップとして350pで釣りはいらねぇ!外に出たとき、18:30。通りでは、ストリートミュージシャンがちょっとした野外コンサートのようなことをやっている。軽快な音楽に合わせ、小さい子供たちが踊りだしていた。こういう光景って、良いよね。取り忘れていた文学カフェの写真を撮り、そろそろ劇場(チアトル)に向かおう。劇場前のオストロフスキー広場のベンチでは、何組かがチェスを戦わせている。この国の2大スポーツはサッカーとチェスで、チェスはスポーツ扱いらしい。チェスのルール、忘れてしまったなあ。19:30少し前に着いて、切符を切り、中へは入ったものの、席のあるところにはまだ10分と言われ、入れてくれない。しかし、そう言ったおばさんが面白く、多少ロシア語で笑いあっている内に中へ入り、を示してもらって座る。プログラムを買いに行こうと立ち、捜していると、日本人男性に会う。プログラムをどこで買ったか教えを請い、トイレがどこにあるか教えてあげた。彼とは幕間でもシャンパンを交わしながら話したが、関西の大学の3期生で、チケットをデパート前のカッサで、2,000円で買ったらしい(400pほど)。何故違う!?彼には連れがいるが、そちらは音楽に興味がなく、一人で来たとか。しかし、プログラムが125p(or5$)、シャンパンが50pとは・・・高い!彼は日本に比べると安いと言ったが、シベリア鉄道を知る身としては、法外だ(その人は、これからキエフ−だったかな−に寄って、モスに行くらしい)。バレエは、もう感激。ストーリーはガイドで見て知っていたので(でないとわからなかっただろう)、純粋に楽しめた。特に半ばの、ヒロインが何十回転もするところは(数えるのも忘れるほど)すごく、拍手喝采だった。今日1日だけを見れば、パリではないが、芸術の都サンクト・ペテルブルグと言う感じだ。ホテルに戻ると、11:00過ぎ。洗濯(ロシアで最後だろう)を急ぎ、日記を書き終わって、1:00。Спокойной ночь!(お休みなさい!)

8/20 ペテ4日目(263.3p:昨日のメトロのジェトン代含む+42$)

 今日で、日本を出てから30日が経つ。ホームシック、と言うのとは少し違うだろうが、海外滞在が長いと、日本でしたいことやりたいことがかなり浮かんでくる。試しに手帳にいくつかピックアップしていたら、丸々1ページ分になってしまった。全部やるとすると、日本に帰ったら結構忙しくなってしまうな。まあ、それも旅の特徴だろうと割り切っていこう。
 昨日と同じく、地下鉄でガスチーヌイ・ドヴォール駅へ。ペテのメトロは、ドアが二重になっていて、エレベーターが並んでいるように見える。これも昨日と同じ店で朝・昼食を採る。クラブバーガー(ビッグバーガーみたいなもの)のセットで、58.3p。今日はハンバーガーを5分待て、と。満腹状態でエルミタージュへ。国際学生証を見せ、チケットを受け取る。無償って言うのは最高だね。学生はお金のことなど考えずに勉強しろって言われているよう。他の業界もこうならいいのに。豪奢な階段を上り、昨日見ていないロシア芸術部門を先に見、これで2階はマスター。残るは3階だ。館内図で右下の部分から見る。古い絨毯や壺など、そして、インド、中国、日本と、山水画や小さな人形などが続く。ここいらにはあまり人は集まっていない。ここからが多いのだ。19,20Cのフランス芸術が始まるのだ。マチスやピカソ、ルノワール、セザンヌ、・・・昨日見た、2階にも一部があったが、こちらも更にすごい。個人的には、ピサロの描いたいくつかの絵が気に入った。3階も見終わり、もう一度レオナルド・ダ・ヴィンチの2作を見て、1階に戻る。エルミタージュ完全制覇だーっ!!ベンチで30分ほど休憩し(一瞬眠ってしまった)、エルミタージュのガイドブック:カラー・日本語版(各国語版が売っている)・16$と、3DバーチャルツアーのあるCD−ROM:26$を買い(ドルでの買い物、多いな)、2日に渡った冬宮(エルミタージュのここの建物の別名。エルミタージュ美術館は、他の場所にも多くの展示があるらしい)の攻略を終える。14:30、ゆっくり歩き、アレクサンダー公園、デカブリスト広場へ。公園の中心では、ちょうど15:00で、音楽が流され、その強弱に合わせて噴水もその勢いが変わるというアトラクションに見とれ、広場では
青銅の騎士像の前に、結婚式を挙げた何組かのカップルに、ラッパの曲が送られていた。次は、広場の前にあるイサク聖堂。世界第3位の大きさだという。裏のカッサで、30分近くの雨の中を並び(係りの人の手際が悪いのか、全く進まない)、中にある博物館と展望台で、7+4=11p。小銭がないので100pを出すと、1p出せと言う。ないと言ったら、思いっきりそっけなく100p札を返す。何だその態度は!?さんざん待たせておいて、釣りもないとは・・・!おまけに、それを見ていたロシア人がくすくす笑っている。腸煮えくり返り、、さっさと立ち去った。冷たい雨(朝から降ったり止んだり)に当たって体も頭も冷やされたが、それでも怒りはおさまるところを知らない。こういうことがあると、その国の良い部分も全て打ち消されてしまうから嫌だ。この類の経験をした人は、それを見失って、悪い情報源となってしまうのだろう。それで、人の印象というのは完全に対極二分化するのだろう。この間知ったいくつかの暗い事件もそうだし、地球の歩き方にある、文学カフェの2種類の評価(好悪)も、悪いイメージが時と共に増幅されてしまったための産物なのだ。
 まだ少し早いが、戻ろう。ホテルの部屋に帰り、17:00。今日も18:00を過ぎたら夕食だ。他の階にもビュッフェがあるらしいので、それを試してみよう。・・・と思い、一つ上の4階に行くと−誰もいない。何それ?この際だ。外のカフェに行ってしまおう。ホテルの右前にあるカフェ”エネイ”。メインストリートではないリゴフスキー通りを、少しモスクワ駅から離れていったところにあるため、あまり明るい雰囲気ではない。が、感じは悪くない。ウェイトレスは無愛想だが、愛想が悪いのではなく、ないだけ。他のカフェでもそうだが、ボルシチは冷たいのもある(夏だけ?)ようで、ここでは冷たいものだけ。それを頼み、スダックと言う謎のメインをオーダー。そして小さな330mlビンのビール。ボルシチは、冷たさとサワークリームで多少酸っぱさが目立つ。続いて来たスダックは、何か白身魚を、表面に油をかけて焼いたようなもので、バイカルでのオームリ以来の魚料理だけに、美味しく頂いた。スダックは、例の露英フレーズブックには載っていたが、今度は英語も分からない。無学だなぁ。全部で154p。こんなところか。このカフェで、携帯電話を使っている女性を見た。これまで、一月で3,4人しか見なかったな、そう言えば。グム当たりでは、6,000pとかで売っていたっけ。日本円に直して3万円。物価の違いを考えると、もっとだ。まだこちらでは高嶺の花なのだ。でも、そのおかげで不快な音に悩まされることはない。しかし、劇場で一度鳴ったときには、怒りと共に妙な懐かしさが・・・。お腹がいっぱいになったところで、帰りに水2gとポッキーみたいなお菓子、スニッカーズ(同名で売られていて、CMも時々流れる)を計36pで購入。小腹が減ったときの足しにしよう。BBCで、トルコの地震の続報。死者1万人、3万5千人が土の中だという。本当に横井さんらが心配だ。英字新聞で、日本料理店”京都”の掲示を発見。二つ畳の部屋があり、金土はライブミュージック付きだとか。明日は土曜、行ってみよう。・・・一人だけ平和なテーマで盛り上がってごめんなさい。でも、もうしばらく美術館はいいや。

8/21 ペテ5日目(482.3p)

 モスやペテでは、あまり’雲一つない良い天気’と言うのに出会わない。今日もその例に漏れず、昼晴れ、夕方から雨だ。こういうものなのだろうか。それとも、ただ運が悪いだけなのだろうか。
 今朝は、蜂起広場駅近いカフェで朝食。その前に、ホテルで3度目の国際電話(ウラジオ、モス、ここ)をし、クレジットカードで22$分の話をした。最初はつながらず、何度かやって、市外局番から0を抜くと、かかった。この間のメールも届いていたようだ。お土産、期待するなと言う言葉に猛反発していた。カフェに入ると、内装はファーストフード店風。メニューは・・・っと、ん?店の名前−Carrols?昨日、一昨日と同じ名前ではないか!キャロルズというのは、それほどのチェーンなのか。1qくらいしか離れていないのに。今日はキャロライナ・セットにする。キャロライナバーガー(ダブルバーガー)とポテト、飲み物で62.3p。一番高いが、クラブバーガーの方が大きかった気がする。今日は、と言うか、ここは、ポテトがもう2分かかるという。朝はそういうものなのだろうか。それとも、ただ運が悪いだけなのだろうか?おまけに、椅子とテーブルがつながっていて、セットを置いてから座ったら、揺れてかなりスプライトがこぼれた。今日はまず、南東のアレクサンドル・ネフスキー修道院へ。地球の歩き方では無料とあるが、学生で1$取られる。確か、外貨払いは禁止ではなかったか?中は、典型的なロシア教会で、祈祷式が見られたのが幸いだった。その後、入り口の左右にあるお墓へ。公園のようなところに有名な何人かのお墓があり、モスのノヴォデヴィッチ修道院で、有名人の墓を見つけられなかったため、ここでは地図を確実に見て歩く。ムソルグスキー、
チャイコフスキー、ドストエフスキーらの墓を探し当てた。お墓を見終わり、次はメトロでガスチーヌイ・ドヴォールへ。見慣れた道を進み、エルミタージュを横目に、ネヴァ川にかかる宮殿橋を渡る。この先は、大小のネヴァ川が分かれた後のヴァシリエフスキー島である。まず、中央海軍博物館。学生料金は5p。軍艦の模型や大砲などが陳列され、日露戦関係のものもある。その近くにある文学博物館にも行ったのだが、入れない。ガイドには、団体エクスカーションで、予約しなければならないと言う。そこは諦め、小ネヴァ川のほとりでしばし休憩。スニッカーズでささやかなобед。これ、ボリュームはあるのだが、歯にくっつくんだよね。近く−と言っても1q位ある−のヴァシレオストラフスカヤ駅から、メトロで一駅。プリモルスカヤに到着。海に行けるのだ。2、300m、スモレンカ川沿いに歩く。ここは、小ネヴァ川から流れてはいるが、海からの風で、流れは止まっていて、あまりきれいではない。が、まだ天気も良く、気持ちよく散歩することができた。そして、−!フィンランド湾の奥だが、紛れもなく海。大西洋とつながっている。これで、完全な大陸横断の達成だ〜っ!海が好きで、何時間見ていても飽きない僕は、泳いだり、日焼けに勤しんだり、犬に、海に投げた棒を取ってこさせたりして遊ぶ人々やはしゃぐ子供たちを見ながら、あるいはここにも持ってきた双眼鏡で遙か遠くを眺めながら2時間くらい過ごしてしまった。右と左からは、湾だけあってまだロシアの陸が見えるが、ほぼ正面にも、建物が彼方に見えたりする。まさかスウェーデンのストックホルムではあるまいが、フィンランドのヘルシンキくらいは見えても良いかも知れない。300qほど先だが。最後に水をなめたが、しょっぱくない。つまんないの。16:00を周り、再びガスチーヌイ・ドヴォールへ。”京都”に行こう。かなり早いが、まず捜す。フォンタンカ川沿いの77番地。だが、76と78の間をいくら注意深く見ても、一向にそれらしき看板がない。どうしてだ?と思う内、この国では通りの片側が偶数、もう片側が奇数だと思い出す。川沿いの道なので、それに気付くのが遅れたのだ。雨が降り出したので、急ぐ。ようやく見つけ、中に入ると、障子が見えたり、純日本的な雰囲気。しかし、他に客はいない。ビール、ご飯、味噌汁、トンカツを頼む。間違って、アルコールなしのビールを頼んでしまい、ちょっとショック。それが冷める間もなく、ご飯、味噌汁の後、トンカツではなく串カツが出てくる。間違えたのだろうか。オーダーを取るとき、一度向こうが串カツと言ったのを訂正したのだが、それでも間違えられた。しかし、量がすごい。大きいのが4,5個も刺さっている串が3本も来るのだ。何とか平らげたが、味は下の中といったところ。特にカツは、油が多く、肉も質が悪くて硬い。音楽も全くない。まあ、客一人だけのためには、生演奏はもったいないのはわかるが。これで332pもとるのだから、法外だ。やはり、海外の日本料理店はこのようなものなのだろうか。それとも、ただ運が悪いだけなのだろうか(しつこい?)。雨はまだ止まないので、センナヤ広場駅からメトロで帰ろうと思ったが、この駅の入り口は今月いっぱい使えないらしい。乗換駅のサドヴァーヤ駅から入り、そちらのホームから乗る。この駅周辺はあまり治安が良くないのか、怪しい人が多く見られる。警官の数も多く、常に目を光らせている。実際、目の前で女性が捕まっていた。それに、何だか臭い。何だこの匂いは?ともかく、無事にホテルに帰り着いた。入り口の店で、36枚撮りのフィルムを一つ買った。今日持ってきた最後のフィルムを入れ、7枚撮ったので、後3日、ちょうど良いくらいだろう。明日は晴れたらペテロパヴロフスク要塞。そうでなければ郊外に行こうと思う。理由はまた明日。芋川さんが、郊外のペトロドヴァレェツに行ったらしいので、同じところもつまらないから、地球の歩き方に載っている2都市プーシキンとパヴロフスクに行きたい。
 どうでも良いが、ノートの残りが少なくなったので、字を小さく書いている。これから1日1頁位にしないと足りない。ルーブルも、もうほとんどない。石川さんも言っていたが、どうせ日本に帰っても物価が高いのだから、ケチらずにどんどん使ってしまおう。これまでおよそ400$。500$位まで、使っちゃおっかなー。お土産に50$、生活に50$、1,200pか。3日間だから、今の手持ちも合わせると、1日500p。いろいろ買いまくろう。バックパックもかなり空きができたことだし。

8/22 ペテ6日目(203.3p+35$)

 天気は曇り。時折雨もぱらつく。ジェジュールナヤに、明後日ホテルを発つと伝える。そうホテルカードに書いてあったのだ。ホテルだけでなく、もうすぐロシアからも出ることになるのだ。とりあえず、昨日と同じキャロルズでзавтрак。クラブバーガーセット58.3p。今日はハンバーガーとポテトを5分待たされる・・・って、ジュースだけじゃん。朝食後、両替をしにОбмен валытыを捜す。その間に、もう一つキャロルズを発見してしまった。これで3つ目だ。1$=24.5pのところが一番良いレートのよう(日曜なので、他にはあまりやっていないからだという説もある)だったため、40$→980pを手に入れた。天気が良いとは言えないが、明日もどうなるかわからない。ペトロバヴロフスク要塞に行こう。メトロでゴリコフスカヤまで乗り、そこからは歩きだ。方角が分からないが、やはり人の流れに従うと、それらしき水上の城塞が見えてくる。イメージは、ペテのクレムリンと言う雰囲気だ。ただし、入場料は無料。だが、いくつかの建物に入るには切符が必要で、セット料金のみ、学生は1.5$。クレムリンより遙かに良心的だ。0.5$がないため、全てルーブル払い。38p取られる。まず、メインで中心にあるペトロバヴロフスク聖堂。いわゆるロシアの聖堂だが、ニコライ2世らの墓もあり、また、造幣局が要塞内にあるため、コインやメダルなどの展示もある。クレムリンと同じように、いくつかの展示館を一つの切符で済ませるため、切符に番号を振り、入るときにそこの番号のところを千切るシステムだ。聖堂を出たところで、要塞の出口が見えたため、一旦外に。いよいよ大いなる目的を果たすときだ。さっきから、ばばばば・・・という音を立てて空を飛んでいるヘリコプター。北側の広場から、それに乗れるのだ。聞くと、35$。100$札出して、お釣りで財布が分厚くなってしまった。ただでさえ、両替したばかりだったのに。値段は情報とは違うが、そんなことはもう慣れっこだ。次のフライトまで30分位あるので、中で待っていても良いという。いざというときのためだろうか、名前とパスポート番号を記帳する(思えば、オスタンキノ・テレビ塔の時もそうだったのかも)。他には日本人も一人いた。ノザワさん。席の移動ができなかったのと、下りてから僕は写真を撮っていたので話はしなかったが。ヘリは20人乗り。12:30。予約していた人も無事乗ったようで(全14、5人)、ドアが閉められ、ローターが回り始める。周りの草が風にたなびき始め、更にモーターは回転音を高める。浮いたー!フラフラしているが、突然、上昇。あっと言う間に要塞が小さな窓から一目で見られるところまで来た。ネヴァ川に沿って、少し上流へ。スモーリヌイ修道院が見え、そこから急旋回。左45度から右45度へ!死ぬかと思った。左側の席だったため、ようやくエルミタージュやイサク聖堂が見え、今度は急上昇。Gにつぶされそうになったが、後には、視界に、昨日見た海が!再び一回転し、もとの場所に戻る。要塞を空撮し、ゆっくりと降下。着地。ホンの10分ほどだったが、モスのオスタンキノ以来の感動だ。空の旅っていいねぇ。最後に、パイロットの人の好意で、コクピットで操縦桿を握った姿を写真に撮ってもらい、もう一度要塞に入る。200$払えば、スカイダイビングもできるらしい。まあ、ある程度の訓練は必要だろうが。要塞で、かつての政治犯の監獄跡や技師の家、兵士の家など、博物館になっているいくつかを見て、天文学博物館も見、要塞の川側の岸(砂浜で、ビーチバレーや水浴びをしている人が!)で少し休み、外へ。ヘリで大量に写真を撮ってしまったので、昨日買ったのに変えると、何故か突然シャッターが効かなくなった。これまで何度も同じことがあった。・・・ったく、一体何十年前のカメラだ、これは?フラッシュが焚けるのにも30秒位かかり、1枚1枚撮った後も、全部撮った後も、手でフィルムをまかなければならないし。新しいのを持ってきても、何かあったときに嫌だというのでこれにしたのだが、ここまでとは思わなんだ。そういえば、こちらでもカメラを売っているが、2,000p前後する。一番安いのでも、4、500pだった。買うのもヤだしなあ。次は巡洋艦オーロラ号だ。そこに着く前に、ようやくカメラが息を吹き返し(ショック療法?)、ロシア革命の始まりを告げた軍艦を収めることができた。タダで乗ることができ、中は昨日の海軍博物館の分館らしく、いくつか似たような展示があった。それから、メトロで渡っていたネヴァ川を戻り、マルス広場へ。ロシアで4回目の永遠の炎がある。モスクワのは、ここから運ばれたらしい。16:30だ。まだ早いが(いつも早いな)、他に行くところもないので今日はホテルの近くの市場へ行って、久しぶりにピロシキか何か買って部屋で食べよう。・・・が。市場の入り口(大都市の市場は建物状になっているようだ。最近のことか?)に、19:00までと。今は−19:05。ほとんどが店終いをしているところだった。泣く泣くホテルに空腹で戻り、この間も入った、同じ階のビュッフェCAMELへ。思うところがあって、前と同じサリャンカとビーフステーキとビール’ネフスキー’をオーダー。すると、懸念通り、サリャンカは中身が違う。前回はハムのようなものだったが、今回は鶏肉の皮のようなもの、じゃがいもが入っている。しかも、妙に早く来た。その日仕入れた具を入れて常に煮込んでいるのだろうか。値段も107pと、前より12p高い。何故?いっか、お腹いっぱいだし。ロシア語では、空腹のことを’すいた’と言う(女性形だが)。今日は、あまりたくさん見て回ったわけではないが、ヘリは最高だった。明日は郊外のプーシキンとパヴロフスクに行こう。今気付いたが、ロシア滞在も後2日で終わりだ。最後の日は、午後になったら空港に行きたいから、実質的には明日でラスト。楽しもう。
 ・・・もう一個位フィルム買おうかな。しかし、これで完全に300枚を越えた。現像代が怖い。このホテルでも、アンガラと同様、夜、女性からお誘いの電話が。ここでは、知り合いでも23:00過ぎたら中には入れない。それをものともしないほど、巨大なマフィアの影が・・・。毎日しつこいので、受話器を外しておこう。

8/23 ペテ7日目(796.3p)

 月曜日。PTPで、例の1分間で1日の番組表を言う番組をやっている。マカロニなどのたくさんのパスタが参加賞のようだ。ふと気付くと、いつも外でやっているその会場は、あのВВЦではないか。生だろうから、この時間に行けばやっているのだろう。聞き慣れた声の男性中年アナウンサーうるさいほど喋っている。今日、クイズで勝ったのは、10代の少年。3/4位しかできず、アナが超速で言って、景品のテレビはお預けをくっていた。
 今日も9:30にホテルを出て、キャロルズで58.3pのクラブバーガーセット。ここのキャロルズも、何日か使ったが、これで最後だろう。今日は何も待たされず、気持ちよく朝食を済ませる。昨日まで寒かったので、その教訓を生かし(遅い?)、フリースのジャンパーを羽織っている。メトロでプーシキンスカヤ駅まで。そして、地上に出てすぐ左に行くと目に付くヴィチェブスク駅から近郊列車でプーシキンまで行こう。だが、何となく雰囲気が違う。多少なりと経験を積んだ僕には、長距離列車用という感じがするのだ。案の定、メトロの出口から見て建物の裏に、近郊行き用のカッサとプラットホームがあった。プーシキンまでは6p。\30だ。25q位だから、1q1円程度だ。楽しいね、そういうことを考えるのは、いつになっても。10:38に列車があるはずだが、ちっとも来ない。それどころか、次の51分のも、来る気配もない。時刻表を見ると、よくわからない欄に、土、日曜と書いてある。ひょっとしてそれは、土日しか運行しないと言うことなのか。すると・・・10、11時台は軒並みないではないか!一番すぐのもので、12:00ジャスト。しゃあねぇなあ。待合室で読書だ。『戦争と平和』の第4巻の、100頁位が読み終わった。11:30頃、ホームに。一週間位ぶりに。肉入りピロシキ(8p)を食べ、12:00発の列車が来ているようなので、乗り込む。定刻に出発し、到着は12:30前後だろう。と、言っても、アナウンスも全くされず(時々聞こえることもあるが、声と思えないほど小さく雑音混じり)、駅名を示す看板もほとんどない。いくつ目なのかも確かめずに乗ってしまったので、いつ下りるのかもわからない。仕方なく、30分位たって、人が多く下りる駅の二つ目で下りてみる。駅舎を回り込んでみてみると、
プーシキンの文字が!今日はカンが冴えてるなあ。ここは昔ツァーリスカエ・セロー(皇帝の村)と呼ばれていて、今はプーシキン村。しかし、駅名はジェッツカエ・セロー(子供の村)で、カッコしてプーシキンと、切符売り場にはあった。だが、来てみたものの、右も左もわからず、おのぼりさん状態。地図を売っているところはないかと、30分ほど捜して、ようやく一つだけ見つけた。それには、地球の歩き方に載っているペテ近郊の3都市(前から3つ)の地図があり、これからパヴロフスクにも行こうと思っていたため、ちょうど良かった。少し歩き出してから、ふと気付く。果たして、パヴロフスクに行く時間があるだろうか。今1:30。・・・ないな、諦めよう。諦めるとは、言葉の帝王と書くのだ。恥じることではない。再び歩を進め、ちょっとした広場に行き着いたので休憩。目の前には、いくつ目だろうか、レーニン像が。地図ではその横に博物館があるらしいので行くが、工事中。次は、村の名の由来である、ロシア人の心とでも言うべき詩人プーシキンの記念館へ。ガイドでは、火曜が休みとあったが、月曜日もコンスタントに休みらしく、彼がここに住んでいたという記念碑だけをフィルムに収め、歩行再開。右手に見えてきたのはアレクサンドル宮殿。博物館があり、学生は40pと、荷物預け代1pで、皇族たちの生活の跡が垣間見られる。次はいよいよこの街の目玉、エカテリーナ宮殿だ。プーシキンも学んだという学習院は外観だけ見て、25p払い、エカテリーナ公園へ。この中に、青と白の壮大な宮殿がある。そこに入るのにまた94p、撮影代90pとられて、足にはアレクサンドル宮殿のところでもそうだったが、靴にカバーを掛ける。他には、モスのトルストイの家、ゴーリキーの家もそうだった。宮殿内部は、真っ金金だった。それぞれの部屋が、いろいろな色(洒落ではない)を基調に、金の要部、そして絵画が天井、壁に。すっごいな、ここは。エルミタージュの一室に、金の孔雀があるきらびやかな部屋があったが、ここは全ての部屋がそんな感じだ。それにつけても、団体エクスカーションの鬱陶しさよ。ただでさえ、通路は狭く区切ってあるのに、あれでは、個人で訪れたものは絶対に良い印象が残らないだろう。エルミタージュでも結構日本人団体がいたが、ロシア語、英語、日本語、ドイツ語、etc。月曜日なのになあ。その後、公園を歩き、池で10分ほど座って休み、エルミタージュ(ここでは文字通り隠れ家)を見て、これでは隠れられないだろうと思ったりしながら、外へ。16:00だ。戻り始めよう。駅のカッサで6pの切手を買い、5.3pのマロージェナエを食べながら列車を待つ。5時5分ほど前に来た。混んでいて、座れない。やはり30分近く立っていたが、往路も復路も、切符の検査に来ない。ホントに良いのか?ペテに戻り、そろそろ夕食にしよう。ロシア最後のужин(夕飯)だ。記念すべきカフェは、ガスチーヌイ・ドヴォール・デパートの向かいにある、ネフスキー40。ネフスキー通りの40番地にあるからだろうか。0.5gのビール’バルチカ’とスープサリャンカ(ペテでは、これが最もメジャーらしい)、牛フィレ肉の料理(名は忘れたが、ホットメインの一番上にあったので、この店の特製のようなものだろう)。46、102、262pで計410p。高いが、メインのフィレ肉は、レアに焼いてあって歯ごたえがとても良い。店員も良く気が付いて当たりも柔らかだし、英語のメニューを出してくれたりする。 ラストで、良い思いができて良かった。ホテルに戻り、36枚撮りの(多いが、少ないよりはましか)フィルム、スニッカーズ2つ、ポテチ(日本に持って帰ってロシアのお菓子だと自慢しよう)を65、10×2、9pで購入。残りは150pとちょっと。明日は出発日。午前中はガスチーヌイ・ドヴォール当たりでカードで買い物をし、13〜14:00には空港に向かおう。トルコの地震では、生存者の救出から、ブルドーザーでの掘り起こしに作業の中心が移ったらしい。そう言う時は、必ず来るのだ。決断をする人は、大変だろう。
 ロシアももう、終わりなんだよなぁ。

8/24 ペテ、及びロシア最終日、帰国[18:40発、翌9:15成田着、アエロフロート](431.8p+214$)

 いよいよ今日で最後だ。早く起きた(6:30)ので、ボーっとして、荷造りを始める。PTPをつけると、この国ではCMに音楽を使う、と言うか、音楽のCMが多く、ニュースの合間に3,4分流れる。この時間帯は決まっているのか、2,3曲、モスから毎日のように聞いていたが、それも終わり。例のクイズ、年配の女性に勝って番組読み上げに挑戦したのは若い女性。56秒で全部言え、テレビを手に入れていた。見ているこちらも幸先良い朝だ。それが終わってもまだ8:00。のんびりいこう。10:00過ぎ位まで、テレビドラマ(何度か見たアクション・サスペンス)を見たり、ソファにずっしりのしかかったりして過ごす。昨日で、残りのルーブルが150ちょっとになっていたが、ドルの残りは230$前後。何故だ?計算では、ちょうど500$位使って、300$以上残っているはずなのだ。まあ、ちょっとずつ見逃していたのだろう。旅にはよくあることだ。こんなことを書いている間に、青のボールペンもご臨終?だんだん薄くなってきて、ついにはインクが出なくなりそう。虫の息だけあるので、なくなり次第赤に移行しよう。そちらはたっぷりあるので。荷物を片付けていると、ありふれた言い方だが、持ってきたものの一つ一つにたくさんの思い出が詰まっている。古いカメラ、拾った会話集、インクのない黒ボールペン、一度も着なかった雨具、大活躍の衣類圧縮袋、アルバート通りの似顔絵、一冊使い切った大学ノート、電卓、地球の歩き方(もうボロボロ)、読み終わった『夢にも思わない』と『戦争と平和』第3巻、まだ途中の第4巻、ホテルや列車で履いたビーチサンダル、かなり残った単3電池、足りなくなって買い足したフィルム、踏み洗いしたがなかなかきれいにならなかった洋服・・・。さあ、感傷に浸らず、片付けなければ。スニッカーズで朝食とし、歯を磨いて洗面用具等も全て詰め込むと、パックには、4,5g分の空きができた。ここにマトリョーシュカなどを入れよう。ドラマも終わり、身支度も完了。軽くなっているはずの荷を背負い、部屋を出る。ジェジュールナヤにキーを返し、礼を言う。これでチェックアウトだ。一週間以上家にしたホテルともおさらばだ。1階に荷物預け所があったが、鍵がかかっていて開かない。荷物は一旦、モスクワ駅に預けることにしよう。コインロッカーだが、10.5p。しかし使い方がわからない。4つのダイヤルを適当に合わせ、扉を押しつけたら、閉まった。番号は・・・何だっけ?−なんて。確か、A123にしたはず(何と安直な)。まあ、何とかなるだろう、しなければ。とりあえずお土産を買いに、メトロでガスチーヌイ・ドヴォールへ。このデパートには、何でも売っているのだが、高そう。街で捜し歩くことに。30$をルーブルに替えて、絵1枚250pと大きなマトリョーシュカを4つ54$(50$+100p)も購入。バッグに入るかどうか怪しい。無駄に歩き回ったせいか、時計は12:30を指している。昼御飯は、2回ほど利用したドヴォール内のファーストフード店キャロルズ。キャロルズ自体は6回目か?クラブバーガーセット58.3p。これがルーブルを使う最後かな?13:20。駅に荷物を取りに戻り、意外にも僅かに空きを残して全部入った。駅までの途中で、マトリョーシュカの入ったビニール袋が破れ(ものすごく脆い袋!)、大変だったが、何とか抱き抱えて持っていった。そろそろ空港に向かおう。まずはメトロでモスコフスカヤまで行く。メトロも最後!国際線のプールコヴォII空港へは、そこから路線タクシーが出ている。プールコヴォIIの字を捜すと、メトロの近い方ではなく、遠い方の出口(道の反対側)に見つけた。もう車はいたが、まだ誰も乗っていない。この路線タクシーというものは、バスの路線を走るミニバンで、マルトルーシカと呼ばれている。4p(これで本当にラスト!)で空港に直通だ。店員まで乗った後、出発。20分もかからなかったろう。プールコヴォII空港前のロータリーは、空港によくあるように、車で埋め尽くされている。ディパーチャーの建物に入る。少し戸惑ったが、両替をしてルーブルを全てドルに戻し(ルーブルは国外持ち出し禁止なのだ)、プールコヴォIIの写真を撮り、税関、チェックイン。チェックインがいつ始まるのかわからなく、税関を通った後で戻るのは嫌だったため、ずっと待っていたが、2時間前の16:40頃、始まる。そう言えば、2時間前という情報をどこかで見た、忘れていては意味がないが。大きな荷物は制限15sを越えていて、機内持ち込み不可。小さい方を切り離し、大きい方だけ預けることに。パスポートチェック等を済ませ、デューティー・フリー・ショップへ。ウォッカなど、最後のお土産を買った。164$。そんなに持っていないので、カードで。税関で気付いたが、残りの手持ちはたったの184$だった。帰ってから、ちゃんと精算してみよう。・・・って、184$なら164$は足りたが、1$札ばかりだったので、出すのが億劫だったのだ。ともあれ、出発ロビーへ。周りはもう日本人だらけ。もうロシアも見納めなんだよな。出発予定時刻の15分前になってようやく搭乗。アエロフロートと横に大きく書かれた機体は、ジャンボジェットとまではいかないが、なかなかのもの。チェックイン時窓側の席が良いと答えたので、席番号は36K、右の窓側だ。窓から見える空港の建物には、サンクト・ペテルブルグと、英語とロシア語で書かれている。間もなく、轟音と言っていいエンジン音が耳を聾し、出発だ。スピードが出てきて、機体が持ち上がる。アナウンスは、ロシア語、英語、日本語(たどたどしい)の順に流れる。ペテの街、そして昨日行ったプーシキンを上から眺め、水平飛行に入る。ヘッドホン、スリッパをもらい、飲み物は、最後は優雅に白ワインを頼む。時計を5時間進めると、もう日付が変わる。9時間30分の空の旅。シベリア鉄道さながら、食べて寝て終わるだろう。国内線→国際線(30人乗りの小型機)乗り継ぎで4日かける石川さんや太田さんがうらやましがるだろう。こちらは一眠りで成田だ。2,000年問題の影響がないことを願おう。食事は、黒パンや普通のパン、ドーナツ(ちょっとパサパサ)、サラダ、ササカマなどが出、何と、ビーフストロガノフまで!味はやはり機内食・・・。ビール、紅茶も飲み、隣の席に誰もいないので、テーブルを二つ使ってしまった。今、高度10,100m、時速520q、-55℃らしい。行きは3日かけて日本海を渡ったのに・・・。

8/25 日本帰国日(\4,410)

 東京の時刻でAM7:00。アナウンスが入り、後2時間で到着だという。夜は、後ろの人が何十回も蹴っ飛ばしてくれたおかげで、ほとんど眠れなかった。全くもう。なんてマナーの悪い日本人だ。外では、ユーラシア大陸が終わりを告げ、海岸が見えてきた。朝食は、パンと生ハム、キュウリ、トマト、そしてヨーグルト(ロシア語では”いおぐると”)。海の上に、綿を千切って浮かべたような、真っ白い、あるいは、所々に埃を履き集めたように灰色の雲が、ポツポツと見える。東京は、35℃だとか言う話を小耳に挟んだ。ペテでは最低5〜6℃だったから、30℃違うわけだ。すごいなあ。でも、これまでの一ヶ月も、環境の変化の連続だった。が、最終的には楽しい旅だった。「人は辛い思いをしても、楽しいと思える心がある。だから、一度でも幸せだと思える瞬間があれば、その人の人生は幸せだった」と言うミッシェル・ド・ラップ・ヘブンの言葉がある(笑)が、本当に幸せだった。そして、その言葉が過去形ではなく、これからも続くであろう友誼ができたし、確実に将来実を結ぶ多くの経験をした。などと書いている間に、8:17、日本列島が見えた!もう1時間位だろう。ヘッドホンを回収、後20分で着くという。これから下降開始。東京は今、24℃だとか。蒸し暑いのは嫌だ。飛行機は、雲のギリギリ下を飛んでいる。海に出た。太平洋だ。ここから逆向きになり、成田に向かう。離陸と並んで、飛行機事故のほとんどの割合を持つ着陸は、今まで感じたことがないほどスムーズ。やっぱり、腕はいいようだ。停止し、扉が開く。スチュワーデス(フライトアテンダントと言わなければならないのだったか?ロシア語では、女性形はスチュアルデッサ、男性形がスチュアルデス)に、最後のロシア語、”Спосибо!=すぱすぃーば”で感謝を伝える。リムジンバスでターミナルビルへ。荷物を受け取り、税関を通過、入国管査も終了。これで再入国の手続きは終わり!帰ってきたのだ!ドル→円の両替をしようと思ったが、両替所が、12:00に開くという。また言葉の帝王だ。後は、自宅に向かうだけ。とりあえず、出発の地、池袋へ、10:16の成田エクスプレスで行こう。\3,310だった。ロシアの100倍だな、こりゃ。ここまでで思ったのは、服が体にべっとり付くような湿度と温度の高さ、そして、エスカレーターの遅さだ!特に後者は、遅すぎてキレる寸前だった。家に着いたのは、12:30。お土産、荷物を片付けなければ。だが、それも旅の楽しみの一つ。楽しんでしまえばいいのだ。
 今は何度言っても足りないほど、充足感がある。もう地球が滅んでも、本当に構わない。最後に、お世話になった人たち全てに、無限の感謝を捧げたい。
 1,000q近くを歩いた
は、底が磨り減って真っ平らだ。

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