1.東京〜伏木、伏木〜ウラジオストク
7/22 出発の日(\120使用)
自宅から池袋へ。池袋からハイウェイバスにて富山駅へ。ほぼ時間通りの23:05にバスは池袋を出発。途中3回休憩するとのことだったが、丑三つ時と言われる時間から深く深く眠り込んでしまったため、2回分しか記憶がない。翌23日5:50に、富山駅前着。昼頃には船の出る伏木港に向かって行き出さねばならないが、それまでの時間のつぶし方には困っている。とりあえず、円→ドルへの両替と、海外旅行傷害保険の加入(結構深刻)の二つ、することがあるだけだ。ただ一つはっきりしていることがある・・・眠い!!
7/23 日本出国日、アントニーナ・ネジダノワ号1日目(\18,430)
驚いた。ロシアに旅行するものなどほとんどいないと思っていたのに、同じようにシベリア鉄道でウラジオストク(以下、ウラジオ)からヨーロッパの方まで行くという人が、10人以上も同じ船に乗り合った。やはり同じ人間、考えることは一緒だということだろうか?とりあえず一日を振り返ってみよう。
今日は、午前中は富山で時間がたっぷりとれたので、待合室で仮眠を採りつつ、上のやること二つを済ませた。駅構内に旅行会社(名前は・・・TISだったかな?)のカウンターがあり、まずそこで保険に加入。東京海上の海外旅行傷害保険で、34日間、\17,450かかった。次に外貨両替、富山の街を歩き、富山銀行を見つけたので、そこで約\100,000をドルに替えようと思いたつ。ロシアでは円の力が弱いと聞いていたため、ドルが良いだろうということにしたわけだ。さすがにロシアのルーブルに替えることはできそうにない。係りの人が計算してくれ、800$(1$=\120.15で、\96,120)を、100$札から1$札までまんべんなく入手。昼近くなり、日本最後となる食事を、富山駅内の定食屋でとる。\980のネギトロ丼☆。向こうに行ったら、ご飯が恋しくなるんだろうなあ。12:34の電車で、富山から高岡まで。55gの大きなバックパックを背負った無謀な少年に、怪訝、好奇、微笑・・・幾種類かの視線が突き刺さった。高岡で、伏木に行く氷見線に乗り換えなければならないが、次の列車が来るのが2:00近く。とてもこんなのでは間に合わん!ということで、急遽バスを使うことに。伏木港近くまで行くバスの車内に、同じくロシア行きの船アントニーナ・ネジダノワ号に乗る人が3人乗車。一人は赤い服の男性、残り女性の二人組みだ。共に向かうも、船が見えた途端、いきなり乗船しろと言われたため、家に電話する暇も、何か入り用なものを買う暇もあらず。絨毯の引いてある廊下を歩かされ、カテゴリー3、一番船底部の部屋に荷物を置きに行くと、そこは四人部屋で左右に上下二段のベッド。上の二つはそれぞれ壁にかけられていて、左側のベッドには、誰かのバックパックが置いてある。既に乗船していたのだろうか。ホールで出国の手続き。パスポート・ビザ・乗船券を見せただけで終わり。これだけでいいの?夕方17:00。予定の16:00から1時間遅れて船は出航。船内の時計は、1時間進んでいる。ウラジオとの時差+2時間を考慮して、少しずつ変えていくのだろう。甲板で、陸地が少しずつ離れていくのを見、日本人たちと少しお話をする。これから三日間、海の旅を一緒に過ごす日本人は、なんと16人!!皆、年上かつ旅の達人のような人ばかりだが、僕は唯一ロシア語が若干(文字通り若干)できるという特殊な能力を生かすつもりだ。粗末なスピーカーから流れる船内アナウンスは、ロシア語と日本語(カタコト)が流れ、後者が僕ら用らしい。出航後、レストランでおやつが出た。むっちゃくっちゃあっまーいケーキ。紅茶が出たので助かった。夕食は洋風料理。謎の料理もあったが、味はそこそこ。食事が終わり、船員さんたちがホールでカラオケをやっている。案の定、ほとんど知らないロシアの歌ばかりだったが、一番最初に歌っていた「カチューシャ」は、以前加藤登紀子の歌で聞いたことがあった。昔のLPレコードに入っていたものを、最近CD−Rに録音し直したばかりだったのだ。しかし、夜寝る直前になっても、能登半島が見えている。これで本当に着くのだろうか?
夜中、小さな船は異様に揺れた。7/24 アントニーナ・ネジダノワ号2日目(0)
二日目ももう、日記を書いている現在では、夜。船旅もあと数時間で終わりだ。今朝食堂に行くと、そこの時計がまた一時間進められていた。これでウラジオと同時間帯だ。すこし船のことを書いておこう。定員80数名のアントニーナ・ネジダノワ号は、写真で見るより遙かに小さい。これで日本海の荒波を乗り越えられるのだろうかと心配したが、それは杞憂に終わりそうだ。すごく揺れるが・・・。しかし、その甲板には隙間がなく歩くのに苦労するほど日本車が乗っている。ナンバープレートは外されているが、これはもしや・・・!乗船の時、案内書を見ると手荷物のチェックをされるとあったが、全くない。いいのか?そうそう。聞く所によると、一人、乗れなかった人がいるらしい。伏木ではなく、間違えて新潟港に行ってしまったとか(そもそもこの船、普段は新潟出航で、二週間に一本の今回だけ伏木発だとも聞く)。この時点で一人脱落とは・・・!出航が1時間遅れたのもそれが原因か?ともあれ恐れていたよりは悪い船ではなかった。部屋によっては、クローゼットの鍵がかからなかったり(それで揺れたために夜は扉がバタンバタンバタンバタン。椅子で固定したものの、その椅子さえも倒れる始末)、電気がつかなかったりはしたが、ベッドもしっかりしていて(毛布もある)、お湯、シャワーもちゃんと出た。四人部屋に二人だったので、なかなか快適に過ごせた。料理(三食+ティータイム)は、質・量共に「大」だった。ナプキンを膝に乗せることや、ナイフ・フォークを外側から使うこと位しかマナーを知らない僕らは、初め若干緊張気味だったが、とりあえずまともな食事が出る今の段階で元気を蓄えておこう。
知り合った人たちはほとんど、ウラジオに一泊してすぐにイルクーツクに行くらしい。そしてそこからモスクワに行ったり、ヨーロッパのあちこちに飛んだり、大陸を南回り(インドとかを通る)で半年くらいかけて戻る人もいるとか。とんでもない人たちだ。ウラジオで3泊する僕はそこで皆と別れる。寂しい気もするし、気が楽だとも感じる。もしかしたらモスクワあたりで会うかも知れないが。この後、メールアドレスの交換をする予定。ルームメイトは、鳥取の医学生(4年生、医大は6年制らしい)の山田さん。かなり船酔いしていた。何かと話題の早稲田大学の人が二人いた。一人は社学の9年生(!!休・留学のため)。もう一人は政経の4年生で、大魔神(横浜の佐々木)に似ている。名前は、田中さんだったかな?バスで会った赤い服の石川さん。大陸を駆け巡って、来年1月に帰国するという野中さん。横井さん、保科さん、他、名前は聞くのを忘れたが、母娘連れ、美大三人組(男二人女一人)、女性二人組(一人は英語の先生だとか。先生というのは、旅に出るには最も都合の良い職業なのかも知れない)、少し年配の女性、フランス人の女性二人、が、話した人たち。女性も意外に多く、17人中7人が女性だった。
今日は昼間することがなく、皆寝てばかりいたので、夜は眠れそうにない。サロンで話でもしようと思う。美大の男性二人が、フランス女性二人と共に踊っている。憎めない美大二人だが、彼らを見ているとこちらまで楽しくなってくる。山田さんも参戦したが、疲れが出ていた。二日酔いと船酔いの最強タッグだけは防ごう。(注)同じ船に乗った人、もしこれを見たら、メール下さい。