はじめての一人暮らし

僕が高校生だったころ、近所に関西人らしき夫婦が住んでいました。

どこに住んでいるのか詳しくは知らなかったのですが、当時近所の

スーパーに行くと僕はいつもこの夫婦と一緒になりました。

僕は高校の部活を終えてアパートに帰る途中スーパーに寄っていた

のですが、いつも僕が駐輪場に自転車を止めているとき、その夫婦

がちょうどカートにカゴを入れるというタイミングでした。旦那さ

んが背を伸ばして一番上に積まれたカゴを取っている間に、奥さん

はカートに片足をのせて、すいすいと走らせてひとしきりあそんで

いるのがスーパーのドア越しに見えていました。

僕が茨城の田舎の高校に通うため一人暮らしをはじめてから、平日

はほぼ毎日彼らにあっていたことになりますが、最初の数ヶ月間は

話をしたことはありませんでした。

ただ、彼ら(特に奥さんの方)が大声で話しているのを聞くと、明

らかに関西弁でした。僕は彼らのことをなんとなくうっとおしく感

じていたものです。耳につく関西弁。きょろきょろして人の買い物

カゴをのぞくこと。そして傍若無人なふるまい。

たとえば、野菜コーナーで、狭い店内で聞こえよがしに、

妻:「わあ、見てみい、あんたあ、このセロリくさってんでえ!」

夫:「うわ、ほんまや。腐ってドロドロやがな。セロリちゃうでこ

れ。ほとんど液体になっとるがな。なんでやねん。どないな

っとんねん」

妻:「きっと昨日の地震のせいやで」

夫:「えっなんで?」

妻:「これがほんまの、液状化現象…」

そういってひとしきり2人で爆笑するのでした。

僕はそういう2人の会話を聞くたび

(なにがおかしいんだろう、こいつら馬鹿じゃないか…)

と近くで聞いていていらいらするのでした。

当時僕は勉強と部活を両立させなければというプレッシャーで常に

苛立っていたので、能天気な彼らの行動がいちいち勘にさわったの

かもしれません。

そんな僕がその奥さんと会話をするようになったのは、僕の独り言

がきっかけでした。その日、安売りのワゴンコーナーで大サイズの

とんかつソースが100円均一でした。僕はとんかつソースでどん

ぶりごはん2杯食べられるくらいとんかつソースが好きなのです。

100円は安い!と思って裏側の賞味期限を見てみるとなんと賞味

期限が2週間先でした。

「2週間じゃ食えないな…」と僕が呟くと、

たまたまとなりでウスターソースを物色していた件の奥さんに、

「おにいちゃん、それ、あと3年くらいは食べれるで」

と、いきなり話しかけられたのです。

「えっ?」と僕がびっくりして向き直ると、

「にいちゃん、賞味期限を信じたらあかんで。大企業の製品ほど、

短めに書いてあるもんなんやで。そのソースやったら、5年もつと

ころを賞味期限は2年にしてあんねん。せやから、あと3年は食べ

れんねん」と得意げに教えてくれたのです。本当かな、とちょっと

疑ったのですが、奥さんがあんまりにも自信満々にいうので信じて

僕は買うことにしました。

その時以来、僕は時々その夫婦と話すようになりました。奥さんに

よると賞味期限は大体表示の1.5倍までは大丈夫ということでし

た。僕は奥さんにその他にもいろいろな買い物の知恵・料理のこつ

などを教えてもらうようになっていました。良く話すようになると、

彼らの言葉や態度は余り気にならなくなってきていました。

ところが、そんなある日、僕は試合前の部活でくたくたに疲れてい

たので、惣菜コーナーで惣菜を買ってその日の晩ごはんと次の日の

朝ごはんをすますことにしました。

僕がカニ風味サラダと鳥の南蛮焼きを買おうと、レジに並んでいた

ときでした。

例の奥さんが僕の後ろに並んできて、僕のカゴの中をのぞき込みま

した。

「あれーお兄ちゃん、この鳥の南蛮焼き、いつ食べんのん?」

「ああ、これ、明日の朝食べようと思って。賞味期限今日までです

けど、大丈夫ですよね。」

すると奥さんは、レジコーナー全体に響き渡るような声で、

「あかんあかんお兄ちゃん。スーパーの惣菜なんて、売れ残ったら

次の日また 賞味期限一日直して売り直すんやでえ。こんなん信

じたらお腹壊して死んでまうで。」

と言ったのでした。

次の瞬間レジコーナーは店員も客もしーんと静まり帰り、僕ら3人

には痛いほどの視線が注がれたのでした。ぼくはいたたまれなくな

り、よっぽど走って逃げ出そうかと思いました。

その日以来、卒業してその地を離れるまで、めったにあのスーパー

には行かなくなりましたが、たまに例の夫婦と会ってしまうと、彼

らは全く以前と変わらず親しげに話しかけてきていました。

僕がなぜスーパーに行かなくなったか、あの夫婦は未だに気づいて

いないことでしょう・・・。


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その1
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その3
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その5
その6
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