−−−世の中には、2種類の人間しかいない、山に登る人間と、そうで無い人間である。

卒研の時間、一緒に作業してるアニキ、と呼ばれている山岳部の友達から、山のすごさを知った。いかに山がハードコアであるかを。中でも彼の話の中で、一番ヤベェ、と思ったのは、北海道にある大雪山の話である(大雪山、正確には山の名前では無い、旭岳を中心とした一帯のコトを指すのだ)。彼が登ったのは、夏らしいが、一面雪に覆われていて、吹雪にあったそうだ。運良く石室を見つけ、そこで一夜を明かしたが、ヘタをしたら死んでいたかもしれなかったらしい。それほどハードコアだ、と。
それから、オレの心には火がついた。友達のカズホを誘ってみたが、彼は乗り気では無く、結局、一人で山に行くコトにした。

山に行くにあたって、オレにはそれなりの準備が必要だった。まず、道具を買いそろえなければならない。クツ、テント、ザック、寝袋、雨具、それなりの服装、食料、野外で調理するならその道具、コンパスにナイフ、その他。
そして、どの山に行くかも決めなければならない。とりあえづ、大雪山に行ってみたかったが、北海道は千葉から遠く、旅費だけで相当かかりそうなので、断念した。谷川岳が近いので、そこに予定していたが、どうせ登るなら、ハードコアな山が良いのだ、小学生が行くような山はゴメンだった、それに、なるべく人がいない山がよかった。結局、槍ヶ岳、穂高岳に決めた。人は多そうだが、ハードコアな山には違い無いだろう。
オレは、槍ヶ岳のガイドと地図を買い求めた。

以前、何かの本で読んだコトがある、世界的に著名な登山家が、何故山に登るのか、という問いに対し、そこに山があるからだ、と。有名な話らしいので、コレを読んでる皆さんもきっとどこかで耳にしたコトがあるだろう。
オレにとって、山に登るにあたって、それなりの理由があったのか、というと、別に大した訳は無い。
都会の生活に溺れきっているオレに取って、精子をかけるコトは良くするが、生死をかけて何かに望む、というコトはまず無い。何もせずとも、1日がだらだらと過ぎてゆく。金でモノを買う。メシを喰う。やりたいコトをする。このまま何もしないままハタチになるのは、なんとなく忍びなかった。カラダの中にたぎる、反発の血を音楽に向けるだけでなく、本当の意味での、ハードコアなコトがやりたかった。
夜中にバイクを走らせる時だけ、生きてる実感が沸く、という話を聞いたコトがある。たしかに、彼は生死の狭間にいるコトにはいるが、あくまで、それは都会の守られた環境の中での反発に過ぎないと思う。
閉塞的な都市生活に対する反発、自然への回帰。
っていうか、正直そんなのど〜でもイイ。カッコつけた理由なんて無い。ただ登ってみたいダケ。
山がスキなワケでも何でも無く、アルピニズムがどうこう、なんて毛頭語る気は無い、オレの中には、そんな美学は無い、ただ、純粋な欲求のみが存在する。
現在、エクストリームスポーツと呼ばれているようなもの、スキーにスノボーに、スケボー、インラインローラースケート、BMX...その様なものは、ほとんどがトリック、技術を競うものである。
登山に技術がいらない、と言えばウソになる、が、結局モノを言うのは、体力と精神力だ。
何十キロもある荷物を支えるパワー、それを背負って、1日に8時間あるく強靱な足腰、険しい岩場において体重を支える腕力、そしてスタミナ。
忍耐力、孤独にうち勝つ勇気、決断力、判断力、達成しようという意志、執念、根性。
まさに、登山こそが究極のエクストリームスポーツだ。
まさに、登山とは自然との闘い、そして、自分との闘いである。

こうして、オレは山への第一歩を踏み出した。