地図
んっつ〜ワケで、行って来たよ、槍ヶ岳&北穂高岳ッ!!マジで、ヤバかったね、ヤバすぎ。これぞ、ハードコア登山の真骨頂、的なノリで、マジですげぇ、あらゆるエンターテイメントの集大成、エンターテイメントの枠を越えた、エクストリームスポーツの極み、とでも言うべきですか、マジでヤバかったね、死ぬかと思ったもん。

 "夜明けの登山者達"
っとまぁ、最初くらいはカッコつけて本文スタート。
8月29日、手帳での時刻は0:45になっている、日付が変わったばかりの、新宿発:急行アルペン、目的地は松本。電車が出てもう1時間だ。さすがに、毎晩3時、4時に寝てるオレにとって、この眠れない、時間を潰す術も無い空間は苦痛だった。検札の駅員は、寝ている人には切符をチェックしていなかったので、オレも寝たふりとかしてればよかった、とか後悔しつつも、いや、初めての登山らしい登山なんだから、切符代くらい払ってやろう、でも5千円はイタイ、とか思いつつ、窓に目を向ければ真っ暗なまま、何の明かりも見えず、せめて列車内の電気を消してくれれば眠れたのかもしれないが、そんなワケで、電車内では2時間しか眠れなかった。
何時だったか、4時半くらいだろうか、とうとう電車は松本に着いて、まだ夜明け前の薄暗いホームには、20人程度の登山者が並ぶ。
みんな、それぞれ、顔は自信に満ちているみたいに見える。単独行の人が圧倒的に多い。オレは、どうも最年少のようだが、一体みんなの目にはどう映っていたのだろうか、外気は半ズボン、半袖では軽く肌寒いが、オレはしっかりと、自分を大きく見せるかのように立っていた。
ローカル電車に乗り、それからはバスだ。バスの中で、1時間ほど寝れた。午前6:25、バスが上高地へ。
とうとう、スタート地点に立ったのだ。荷物を背負って、1歩1歩、バスターミナルから河童橋へ向かう。気温も、松本駅のホームよりは暖かいようだ。トイレで靴下を2枚重ねにした。周りには、バスから降りた登山者が30人、40人くらいだろうか、次第にばらけていって、朝は静かだ。
川沿いの道を、橋の方向へ歩くが、左手に見える山が素晴らしい。標高、何メートルくらいだろうか、2000mか、それ以上か、上高地はちょうど1500mくらいだろうか、目的地である槍ヶ岳は3180m、1日で垂直距離にして1600m、高い場所へ行くのだ。時間にして、8時間を予定している。かなりハードだろう。
少し歩くと、河童橋が見えてくる。中学の時、修学旅行で来たのを思い出した。その時は、橋の向こう側にそびえたつ山々に、果たして目を奪われたのだろうか、思い出せない。
河童橋の周りには、幾つかの売店や食堂、宿泊施設などがある。ココで、彼女にデンワをかけた。今日、初めての会話だ。
こんな素晴らしい景色、いつか彼女にも見てもらいたい、と思った、が、みなさんにも是非見てもらいたいです(笑
そんなワケで、持ってきた食料をみすみす食堂の前で消費するのもアレなので、ココで朝ゴハン。山菜うどんを食べ、7:15分、河童橋を出発。
途中、チェックポイントなど無いが、目安として、上高地、河童橋の次は、明神、徳沢、横尾、と、それぞれ歩いて1時間程度の所に山小屋や休憩所がある。道も平坦で、横尾まで、200mくらいしか上がらないだろうか、地図にはコースタイムといって、目安となる歩行時間が書かれているが、実際はその時間の3/4程度で来てしまった。休憩を入れても、9:45、横尾に着いた。
横尾までの時間は、地図の上では河童橋から3時間10分である。横尾から、1日目の目的地、槍岳山荘までは、地図のコースタイムで約7時間だった。 なんとしても、5時までには山小屋に着いておく必要がある。欲を言えば、4時に着きたかった。日が暮れてしまったら、テントを張るのも、食事をするのも、非常に手間がかかるだろう。途中、槍沢と殺生ヒュッテ、2カ所のキャンプ場がある。もし時間が足りなかったら、どちからかでキャンプだろう。
横尾で、メガネをリーダーとする3人の一行と、少し話しをする機会があった。だいたい、どちらまで行かれるのですか?とか、どこから来ましたか?とか、そんな感じで会話は始まるのだが、メガネ一行は、横尾から3時間程度の、涸沢という、デカイキャンプ場がある場所まで行くそうだ。年は、オレより下かと思ったケド、21才。オレは、3日間のルートを簡単に説明すると、今日が一番ツライかもしれませんねぇ、と教えてくれた。オレと同い年の時、槍ヶ岳まで登ったという。ちなみに、残りの二人はけっこうイイ感じの女だった。少しうらやましかった。
でも、大丈夫じゃ無いですか?強そうだし、と、生まれて初めて、人から強そう、って言われてゴキゲンだったオレは、クツのヒモをしっかりと結び直し、北へ、足を進めるのだった。
そうか〜、涸沢か〜、色々な人が集まるんだろうなぁ、と、実は行ってみたい一つの場所だったが、まぁ、とにかく初日は槍ヶ岳まで行かなければどうしようも無い、ちなみに、槍岳山荘というのは、槍ヶ岳の山頂まで30分程度の場所にある。殺生ヒュッテは、その槍岳山荘まで40分くらい、槍沢から殺生ヒュッテまでは3時間くらいだった。
上高地から横尾まで11kmある。横尾から槍ヶ岳まで、11kmだった。
ここまで、ほぼ時速4kmのスピードで来ている。これからは、一気にスピードが落ちるだろう。疲労は次の日に持ち越したく無かったが、とにかく、1日目は根性だった。そう、1日程度の山登りなら、根性でどうにでもなるものだ。しかし、3日、というと話は別だ。だが、やはり、限られた時間で戻るには、1日目から無理をしなければならなかったのだ。
っというか、3日ある1日目の、まだ最初の3時間でこんなに文字を書いていては、先が思いやられる、先を急ごう。
そういうワケで、12時チョット前に槍沢ロッジに到着。ココで、老夫婦と会話。彼らの自慢話を一通り聞いた後、クツを脱いで、足を良くマッサージしてやり、再び歩き始める。老夫婦の目的地は、殺生ヒュッテらしい。この後、3時間ほど、行動を共にしたワケでは無いが、ほぼ同じペースで歩いていたので、休憩する度にすれ違った。
そんなワケで、かなり疲れて、4:40、とうとう槍岳山荘に着く。殺生ヒュッテから槍岳山荘には、実に1時間かかった。途中、寒くなって来たので、ずっと半袖、半ズボンだったので着替えた。3000mでは空気も若干薄くなる上、さすがに太陽も沈み初めていたので、気温もぐっと低くなる。体力がどんどん削られて行くのを感じた。かなり息切れして、なんとか山荘のベンチに腰を下ろした(落とした、というべきか)時には、さすがにクタクタだった、充実感とか達成感の前に、疲労感、だが、それもビールの自販機を目にするまでの話だ。
350mlで500円、普段の2倍の値段だが、まさかこんな所で飲めるとは思わなかった。っとはいっても、すぐ買って飲んだワケでは無く、日が暮れるまでにテントを張る必要があった。時間はギリギリだ。山荘にテントの届け出を出す。テントを張るのはタダでは無く、だいたい金がかかる。500円だった。テント場は、山荘から少し歩いた場所で、途中、公衆トイレを挟む。トイレといっても、ただ小屋の中の掘られた穴に毛の生えたようなもので、近寄るとヒドイ臭いだ。トイレを過ぎると、岩場になり、そこがテント場になる。ゴツゴツした、小さい石をどけて、なんとかテントを張るスペースを確保する、前々からテントを張る練習はしていたので、スムーズにコトは運んだ。中にマットをしき(マットが無いと、下がゴツゴツして眠れないだろう)、手足を伸ばすと、やっと1日が終わったなぁ、という感じになってきた。
テントを張り終わったオレは、山荘にビールとカップラーメンを買いに行った。夕食はフリーズドライの五目御飯と魚の缶詰だったが、8時間も歩いたし、昼は歩きながらのカロリーメイトなのだ、ハラが空いていて当然だろう。
カップラーメンのお湯は山荘で入れてもらえるが、フリーズドライのお湯は自分で沸かさなければならない。ランタンを買う時に、ガスコンロと迷ったのだが、ガスコンロは非常に燃料を喰うのだ、実に、ランタンの7倍のガスを消費する。ランタンは7時間持つが、ガスコンロは1時間で使い切ってしまう。
もっと大人数で行くのなら、ガスコンロは必需品かもしれない、しかし、160mlのお湯を沸かすには、バイト先から拝借して来た固形燃料で十分だった(牛タンの塩焼きとかに使うアレだ)。お湯を注いで15分待つと、五目御飯が出来上がる。自分の為のささやかな一杯、一人で食べるメシはおいしく無いものだが、おいしいハズも無いが、実際おいしく感じられたように思える。
食べ終える頃には、すっかり日がくれて、一気に気温が下がって来た。夜が心配だ。なにせ、持ってきた寝袋は夏用、しかも平地でのキャンプ用のペラペラのヤツなのだ、下はユニクロの長ズボン(レディース)に、上はクロロファイバーのアンダーシャツの上に、無印の白×黒のボーダー長袖、フリース、テフロン加工のしてあるアウター、かなり着込んで眠った。
電車とバスの中では3時間しか眠れなかったのだ、6:30、オレは眠りについた。
目が覚めた。
マグライトで時計を見ると、9:00ちょうどだった。トイレに行きたくなった。ビールを飲んだからだろうか?
外に出ると、すごい霧で、視界は2m程度だ。コレはヤバイ。気温もすごく寒い。岩場を出て、右手にトイレがあるハズなのだが、うまく見あたらない。見つかったのは物置小屋だ。仕方無いので、そこで立ちションする。さて、帰り道だが、オレは迷子になってしまった。コレはヤバイ。後ろのほうに、ぼぅっと、山荘の明かりが見える。山荘まで引き返して、誰かに助けてもらおうか、でも山荘までたどり着けるかも、正直不安だった。そう、本当に不安だった。このまま崖から落ちたりしたら、間違いなく死ぬだろう、落ちて死ななくても、この寒さでは凍死してしまうかもしれない、とにかく、テントに戻らないと、本当に死ぬ感じがした。ヤバイ。ハードコアとか何とか言ってる場合じゃ無い!!
ライトの明かりを頼りに、小さい歩幅で歩く。テントを張るスペースには、番号が岩などに書かれている。オレは4番だった。
なんとか3番を見つけ、次に5番を見つけた。4番はその上にあるハヅだ。少し登ると、緑色のフライシートが見えて来た。テントに戻ってこれたのだ。
フライシートとは、雨や風を防ぐ、テントの上にかぶせるシートのコトである。もちろん、ただかぶせただけでは飛ばされてしまうので、しっかりと固定するのだが。このフライシートをするかしないかで、テントの中の温度は随分違うものだ。
そんなコトがあって、すっかり目が冴えてしまった。テントに戻って、安心して、さぁ、また寝るか、という気分にはなれなかったのだ。もう一度、念入りにストレッチをして、出入り口をしっかりと閉める。とても寒い。寒いので、雨具を付けて寝るコトにした。随分違うものだ。
テントは、完全に密閉されると、オレが汗をかいた分だけ、それが水滴となって、少し湿っぽくなる。寝袋を冷やさないように、カラダに巻き付けるようにした。
一体、1日目の夜で、何文字書いたことだろう、このままでは先が思いやられる、急ぐとしよう。
さて、なかなか眠れないオレだが、さらに眠れない要素が加わった。風である。
バタバタ、と、フライシートを容赦なく風がたたきつける。この音が精神衛生上イイハズも無い。実際、一人で、孤独で、寒く、不安で、そんな夜だった。家にいる時、眠れなければ本を読むなり何なりして、時間を潰せるだろう、しかし、テントの中、限られた装備で来たオレには、そんなものは無かった。ランタンのガスも無駄使い出来ないだろう。
結局、何時に寝れたのか、0:00を回ったのはたしかだった。
そして、2日目の朝をやっと、迎えられた。

 "標高3180mの朝"
っと、カッコつけたサブタイトルでスタートした8月30日、午前5:00、時計のアラームで起床。槍ヶ岳の山頂で、朝日を拝む為だ。
クツは、夜露に濡れない為にテントの中にしまってある。少し水を飲んで、アメ玉とカロリーメイトをポケットに入れ、5:15、槍ヶ岳の山頂に向かって歩き始める。筋肉痛は特に無かった。
槍ヶ岳山頂への道は、険しい。1日目は、登る、というよりは歩く、といったほうがふさわしい行程だったが、まさに登る、といった感じだ。鎖やハシゴが所々ある。オレ以外にも、何人か山頂目指して登っている人がいる。バランスを崩して転落したら、死ぬかもしれない。気を引き締めて、少しづつ上へ、上へと登る。
が、ココで、なんと、朝日が昇ってしまった。なんとも残念である。同時に、上から降りてくるグループもある。なんてことだ!!
まぁイイや。
山頂への最後のハシゴを登る時は、さすがに汗をかいてきて、雨具の前のファスナーを開けた。いよいよだ。
見ると、前方に朝日が、まさに顔を出した時だった。空気は肌寒いが、なんとも太陽の光は暖かく感じる。心が温かい。思わず、涙が出た。美しい。今でも脳裏に焼き付いている。素晴らしかった。
山に魅せられる人の気持ちが、わかったような気がする。昨日の行程など、その美しさの代償としては軽いものだ。
山頂には、全部で10人くらいの登山者がいた。端のほうに、小さい祠みたいなのがある。槍ヶ岳、3180mという立て札もあった。
何分いただろうか、その場を動けずに、しばらく時間が経った。
テントに戻って、またメシの支度を始める。朝は昨日の残りの魚の缶詰と、白米のフリーズドライ。天気はとても良かった。外気も暖かい。
テントをたたんで、ストレッチをして、いよいよ出発する。まだ朝食を食べている、若い男は、今日は南岳まで、と言っていた。荷物が30kgを越えたらしく(一体何が入っているのだろうか)、大キレットを越えるにはあと1日必要らしい。
2日目の行程は、槍ヶ岳から、ひたすら南下する。3日間の中でも、一番ハードな道のりになるだろう。槍ヶ岳、大喰岳、中岳、南岳、そして、南岳から、大キレットと呼ばれる、登山ガイドでは「ベテラン向き」のコースを越える。大キレットを越えると、北穂高岳だ。槍から南岳までが3時間、南岳から北穂までが3時間20分となっている。いわゆる、山から山へ歩く、縦走、というヤツだ。
初心者が、単独行で、しかも縦走、しかも大キレット、となると、さすがに他の登山者は舌を巻いたりはしないが、驚いて、偉いねぇ、とか、すごいねぇ、とか誉めてくれる。山登りをして誉められるなんて、なんてイイ気分なんだろう!親は無理だからやめておけ、とか、自然をなめるんじゃ無い、とか、ロクなコトを言わないが、いくらそんなコトを言われたトコロで、オレは親と約束した安全なルートを歩く気は最初から無かったのだ。
ちなみにキレットとは、切り込みの鋭い尾根のコトを指す言葉だ。
南岳までは、たいしてハードな道では無い。次々に山の頂を越えてゆく。そして、右手にはあまりに素晴らしい光景が広がっている。今まで見てきた山は、鋭く、高く、男性的、という表現が似合っているだろうか、そんな山が多かった、槍ヶ岳はまさにそうだろう、しかし、右手に見下ろす山は、そういう意味で、女性的な山だった。丸みを帯びた尾根、森林のある場所もあれば、土がのぞいている部分もある、今、自分が立っている岩に比べて、柔らかそうな感じがした。
ふ、っと、キモチの糸がゆるんだのか、あまりにキレイな風景に感動したのか、涙が出てきた。30分くらい、ずっと泣いてたかもしれない(笑)、誰ともすれ違わなかったが、少なくても、この涙を流すコトで、昨日の緊張感がほぐれて、ストレスが発散出来たと思う。朝見た、槍ヶ岳からの太陽も重なって、山では水は貴重なのに、かなり涙が出たと思う。
ずっと、何故、自分はこんな苦労してまで山に登らなければならないのか、考えていた。最初に、ただ登ってみたいだけ、純粋な欲求、とは書いたものの、1日に8時間も歩くのだ、やはり色々と考えてしまう。
出発する前日に、立ち読みした本で、山に登るのは、そこに山があるから、の話が書いてあった。そびえ立つ山が、人間に対する挑戦でなくして、一体何であろうか?っという感じで、まさに、槍ヶ岳の存在は、オレにとっては挑戦だったように思える。
オレは、この南岳に行く途中で、本当の答えを見つけた。何故山に登るのか。それは、登った人にだけしか、ワカラナイものだろう。
オレは間違って無かったのだ。
こうして、南岳までの道のりは、精神的にも良いものだった。天気も素晴らしい。この調子なら、大キレットを越えられるだろう。
南岳でトイレを済ませ、水を買い(1リットル200円だ)、いよいよさらに南に踏み出す。11:00ちょうどだった。
南岳山荘を出ると、すこし登った後、急に切り立った絶壁、鋭い岩場が眼下に広がる。鎖やハシゴをたよりに、少しづつ降りていく。
下り、というのは、体力的にはたいして疲れない。ゆるい坂道を降りるのと、かなり角度のあるガレ場(大小の石が混じる、足場の悪い場所)を降りるのと、険しい岩場を降りるのでは、全然違うが、それでも、険しい岩場を降りるのは、両手を使って、足の負担を軽くしてやれるので、筋力的にもラクだった。ただ、気を緩めて手もゆるめると、谷底にまっさかさま、というコトになりかねなかったが。
岩は硬く、鋭い。指の皮はどんどん剥けていき、血が噴き出して来る。バンドエイドをたくさん持ってきてよかった。時々、足を止めては休憩する。スピードが遅いので、なかなか南岳から先に進んでいないように思えた。
まぁ、よくもこんな場所がコースに入っているなぁ、と関心すると同時に、軽い、コノヤロ〜的なのが混じった思いで、少しずつ下って行った。1時間ほどで、一番低い場所に着く。ココで、ザックを降ろして休憩だ。カロリーメイトをかじり、少し水を飲んだ。水は1.5リットル持っている。大キレットを越えないと、補給は出来ない。3時間半の行程、水は貴重だ。
高山でしか見れない、そんな植物が多数あった。みんな、なんとか太陽の方を向いていて、強い風に吹きさらされているにもかかわらず、その生きる姿は健気だ。松や、白や紫の花、名前は知らないが、そんな植物を見ていると、気が落ち着く。
後ろを振り返ると、南岳は相変わらず太陽の光をあびて、堂々とそびえ立っているが、前方の北穂高岳は霧に覆われていて、その頂点が見えない。雨が降っているのだろうか、少し不安がよぎる。
途中、すれ違った二人組に天候のコトを聞いたが、雨は降っていないらしい。行く手を遮る雲は、不安に満ちた色だ。
さらに1時間半歩くと、いよいよ最後の大詰めの場所にさしかかる。ここから1時間は、ひたすら登りっぱなしだ。所々、鎖やハシゴがあるだろうが、何も無い空を背に、手と足で登って行かなければならない。ミスったら、一体何メートル滑落するだろうか、一瞬たりとも気が抜けない。
休憩をする時も、座れそうな場所をやっと選んで、慎重に腰を下ろす。再び立ち上がる時、バランスを崩さないように、やはり慎重にならなければならない。辺りはいよいよ霧に覆われて来て、視界は20m〜25mくらいか。上を見上げると、ペンキで○や×が書かれている。それを頼りに、また登って行く。
霧のせいで上が見えないが、ふ、っと、急に北穂はその頂を見せた。もうあと20mくらいだろうか。手に力が入る。
最後のハシゴを登り終え、とうとう山荘に着いた。大キレットを越えたのだ。ベンチに座っている、他の登山者から、お疲れさま、と声がかかる。霧で、来た道は全然見えないが、晴れていれば素晴らしい光景が目に飛び込んで来ただろう。残念だ。
ココで、カップラーメンを400円で買い、水をまた補給した。時間は14:10だった。テントを張るには、少々早い時間だ。足も疲れていないので、まだ歩けるハズだ。
今後のルートだが、2つの選択肢がある。東の涸沢(メガネ一行が1日目に目指した場所だ)と、南の奥穂高岳である。実は、奥穂は行きたい場所の一つだった。しかし、奥穂を越すと、前穂高岳、あるいは天狗のコル、といって、またハードな山道が続く。天候もあやしいので、キケンだった。一方、涸沢は標高2350m程度の場所にある。前日、3000mの風と寒さに正直懲りたオレは、出来れば涸沢に迂回したかった。今日、涸沢に着けば、明日はとても楽な行程だろう。このまま奥穂に行くと、またテントは3000mの吹きさらしの岩場になる。疲労も溜まって来るだろう、果たして、3日目、過酷なコースを歩けるか心配だった。
奥穂高には行きたかった。ハードコア登山を締めるにふさわしい山だ。
だが、大方、大キレットを越えている時に決めていたのだ、涸沢に迂回する、と。根性だけでは、筋力の疲労はどうしようもならない。もう15時間近く歩いていた。
登り道、というのは、足が曲がっている状態から、伸ばす運動をする。息切れはするが、なんだかんだで、根性でどうにかなりそうだ(本当かよ
一方、下り坂、下りのガレ場、というのは、足が伸びている状態から縮める。息切れはしないが、普段の体重プラス10kgの重さが、1本の足に全てかかるのだ。年寄りの登山者はストックを持っているが、あれがあったら楽だろうなぁ、と思ったものだ。前回、燧ヶ岳に行った時に、下りの恐ろしさ(笑)は良くわかっていたので、奥穂を諦めるしかなかった。
こうして、涸沢に降りた。次第に、大きな植物が生えて来る。それと同時に、大量のハエ、羽虫が出てくる。少し足を止めると、近くに寄ってくるのだ。正直とてもウザかった。途中、すれ違った女の子は、鼻の穴に入っちゃいました、などと言っていたが、オレは目の中にパーツが入りました(笑)。マジでウザかったです。
太陽も沈みかけた頃に、涸沢に着いた。ひたすら下り道だったが、さすがに足が疲れて来た。テントを張って、山荘で生ビールを飲む。800円だったが、すごくおいしかった。2分くらいで全部飲んだ。ゴキゲンなまま、夕食の支度をした。
すぐ暗くなったので、ランタンに灯りをつけた。昨夜は、ランタンを使う前に寝てしまったので、この道具の素晴らしさがわからなかったが、非常に暖かいのだ。ストーブとしても使えるかもしれない。一気にテントの中の温度があがる。2枚重ね着していたが、暑くて汗をかいたほどだ。夜、寒かったら、時々ランタンを使えばイイだろう。
しかし、このランタンを倒してしまい、テントに3カ所も穴を開けてしまった。熱で溶けてしまうのだ。バカみてぇ。まぁ、最初はこんなもんだろうか。それにしても、もったいない。千葉に帰ったら、修理キットを探してみよう。
靴下が汗ですごく湿っている。綿のシャツもだ。干すロープを家に忘れてしまったので、クツのヒモで代用する。新しい清潔なシャツに着替える。いよいよ、明日は千葉に帰るのだ。都市生活からの逃避、などと書いたが、やっぱり家は恋しいものだ。何より、人との会話に飢えていた。すれ違う登山者と交わす、天気や道や装備、自分の体験についての会話だけでは、物足りない。まぁ、いずれにせよ、明日は帰れるのだ。
夜は、やはり冷えたが、風も無く、良く寝れた。トイレに行く時も、テントの中でランタンを付けたままにしておいたので、迷わずに済んだ。ストレッチをして、うすっぺらい寝袋にくるまった。

 "帰路"
朝6:00に起床。今日も天気は素晴らしい。テントのフライシートをはずし、よく干してやる。メシの支度をするが、足がすごく疲れている。やはり、昨日北穂から涸沢に下る時に、無理をしたようだ(ハエがウザかったし
8:00、しっかりと筋を伸ばしてやり、横尾に続く道へと下る。涸沢から横尾までは約2時間、横尾から上高地は、行きと同じで3時間だ。実際は、かなり休憩をしたが12:50に上高地に着いた。歩くのと走るのでは、使う筋肉が微妙に違うようだ、走れる場所は走った。
足取りは決して軽いとは言えない。しかし、家に続く道なのだ、少なくても心は軽かっただろう。
こうして、松本からは高速バスで新宿まで3時間とチョットだ。同じ3時間、人間の足と機械とでは、偉い差だ。もちろんだが。だが、20時間に及ぶ3日間の行程は、多分1生忘れるコトも無いだろう。
山に登って来て、何を感じて、何を思ったのか、一番大切な部分は書いて無い。人それぞれ、感受性は違うだろうが、多分、だいだいみんなが同じようなコトを思うのでは無いだろうか。

なぜなら、世の中には2種類の人間しかいないからだ、そう思える人間と、思えない人間とで。