第3章  死体は語らず



 清水 幸久老人は午前五時三十分ちょうどに竜頭峡に来ていた。昨日の一件があり、眠れない夜を過ごしたが、いつものように、ここに来ていた。湯来町の、今ではちょっと有名になった一点回帰教の本殿の横をぬけ、そこからバイクで約十五分の龍頭峡に向かう。天気さえ良ければこの滝の眺めは最高で、今までいろんな滝を見てきたがこれほどの滝は日本中どこを捜しても、他にはないだろう、と言うのが清水老人の口癖だった。この日もそう言わずにはいられない景色が見えるはずだった。
 五月に入り、ずいぶんと暖かくなったが、それでも都会とは較べものにならないほどの寒さで、ずいぶんと暖かくして、散歩に出掛けた。
 老人は毎日朝五時過ぎに家をでて、竜頭峡にやって来ている。雨の日も、風の日もである。毎朝のこの散歩をかれこれ二十年も続けている。
 夏場にはこんな所にもけっこう観光客や、若い連中がテントを張り、ここに滞在する。
老人は、そういう連中が嫌いだった。ここに来る全ての人がこの滝を汚して帰るわけではないのだが、たいていの若者はゴミを出すだけだして、知らん顔をして、帰って行く。誰かがきれいにしなければ、どんどんひどくなっていく。まったく、今の若い者は、とついぐちを言ってしまう。そしてまた、観光シーズンになり、この靜かな滝の風景も、何も分からない、若い連中に踏み荒らされるのかと思い、靜かな滝は、しばらくは見られなくなってしまうのかと思った。それにしても、最近の若い連中には腹が立ってしようがない。竜頭峡の雄大さなどをろくに見もしないで、夜どおしステレオをかけ騒ぎまわって、なにごともなかったように、帰っていく。それくらいならまだ許せるが、このへんに夜は警察が来ないことを知っていて、こちらは季節を問わず、道路でレースをやっている。そんなことをして、勝手に死ぬことに文句はないが、なによりあの車やバイクの爆音と、もし誰かを引いたりしたら大変なことになるという心配で、夜も眠れなくなってしまう。こういう問題はどこの地域でもあるだろう、警察もなんとかすればいいのに、そんなことを考えながら、滝の周りの掃除をしようと滝壷に近づいた。
 滝壷の岸に人が見えた。頭から血を流し、青白い顔をしている。
 「あっ」
老人は息をのんでしまった。声にならなかった。そこに倒れているのは、昨日から行方が分からなくなっていた、慈恵院だったのである。清水老人は一点回帰教の信者だった。二年前までは信じていなかったのだが、友人の強い勧めと、自分自身のこれからの身の振りかたなどを悩んでいた時とが重なり、本殿の集会に参加し、慈恵院の助言によって今のこの靜かな暮しができているのだと信じている。この竜頭峡の掃除も慈恵院の助言によるものであったし、何か人のためにできることをと考えていた老人は今日までこの仕事を続けてきていた。慈恵院が昨夜から行方不明になっていたのを知っていた老人は、小夜子を殺したのは、反対派の連中で、慈恵院もどこかに監禁されているのではないかと考えていた老人は、あわてて慈恵院に近づき、
 「慈恵院様、しっかりして下さい。大丈夫ですか」
まさかこんな所で慈恵院を見つけるとは、なんという巡り合わせだろう。そんなことを考えながら、近づいていった。慈恵院はまだ息があり、しきりに何かつぶやいていた。老人はその言葉を聞き取ろうと、慈恵院に耳を近づけた。
 「・・・悪かった。許してくれ・・・、こんな筈ではなかった・・・」
慈恵院はそうつぶやき、目を閉じた。
 老人は慈恵院を水から上げ、自分は急いで家に助けを求めに走った。



 靖彦が旅館に帰ったのは、午後になった。少し遅い昼食でも取ろうと、自分の部屋にも帰らず、食堂に向かおうとするとフロントに呼び止められた。
 「岩下様に、電話が3件ございました。それと、さきほどから岩下様をお待ちの方があちらへいらっしゃいます」
電話の内容の書いたメモを受け取り、フロントの指差したほうを見ると、ロビーに藤井が座っていた。
 藤井に近づきながら、メモを見ると、なんのことはない、母から一件と、残りは藤井からのものだった。
 「すまんな。ちょっと聞きたいことがあってな」
藤井は、靖彦が近づくなり言って、席を立った。
 「少し時間がほしいんだが、いいかな」
やけに低いものごしで言ってから、靖彦の腕をつかんで、小さな声でつぶやいた。
 「どこか二人で話したいんだが」
 「食堂じゃあ駄目ですか。まだ昼食を食べていないんです。あぁ、駄目ですか。それじゃあ、僕の部屋に行きましょうか」
靖彦は、藤井が自分を睨みつけるのをを見て、わざと、戯けて言った。藤井のこんなに真剣な顔を見るのは、高校の時のあの事件以来だった。藤井の顔には、事件が何か進展したことを思わせるものがあった。
 急いで部屋に帰ると藤井は、
 「これは独り言だからな。別に捜査の秘密を漏洩している訳じゃないんだ」
自分に言い聞かせるように、つぶやいた。この男は根が真面目なだけに、こういうことは本意ではないらしい。そういった後も靖彦に捜査の秘密を洩らすことをためらって、しばらく黙っていた。靖彦は藤井の心情を察して、しばらく黙っていたが、少しかまをかけてみた。
 「もしかして、慈恵院の死体が見つかったんじゃないですか?」
 「ど、どうして知ってるんだ」
藤井は驚きを隠せない様子で目を白黒させて言った。
 「半分は当てずっぽうだったんですけど、半分は分かっていました」
そう答えると、
 「半分って、おまえ、なんで・・・」
藤井はまだ信じられない様子で、靖彦を見ている。
 「だって藤井さんがそんなに悩むようなことで、僕に関係すること、そして昨日から慈恵院の行方を捜している藤井さんがここに来ているってことですよ。事件に関係することでもなければ、ここに来るはずがないですよね。まあ半分はあてずっぽでしたけど。」
靖彦がそう答えると、藤井は落ち着かない様子で喋りはじめた。
 「慈恵院の死体が今朝早く、竜頭峡の滝壷で見つかった。発見者は散歩に来ていた老人で、信者だそうだ。老人が見つけた時にはまだ息があったらしい。その後家に戻り、他の信者たちに連絡を取り、竜頭峡に向かったらしい」
 「時間は、何時ごろの話ですか? それから、慈恵院の死体の状況はどうだったんでしょう」
靖彦が聞くと、
 「時間は老人が散歩に出たのが五時、バイクで十五分で竜頭峡、まあ発見が五時十五分、死んじまったのが五時三十分くらいだろう。死体の状況は、これがまた信じられない話でな、信者どもが動かして本殿に運んでいたんだ。慈恵院の行方を追ってもう一度、一からやり直そうと本殿に行ったのさ、そしたら線香の匂いがするだろ。不思議に思って行ってみると慈恵院とめでたく御対面ときた。あきれてものも言えんぜ。まったく」
藤井は怒りを通り越えて、あきれている。
 「その死体を運んだのは誰なんです? それから、その後慈恵院の死体はどうなったんですか」
靖彦が訊ねると、
 「そこからが大変だった。信者たちは死体を渡さないと言って、本殿に立て篭り、こっちは、なだめるのに苦労したんだ。それから死体を運んだのは、発見者の老人ともう二,三人らしいんだが、それを言ってくれないんだ。その行為は犯罪なんだといくら言っても聞き入れない。おまけに慈恵院は死んだのではない、どこかに復活し、また本殿に戻ってくるとまで言うんだ。どうすりゃいいんだ、いったい」
すっかり参っているらしい。本殿に立て篭ったいた人達は警察に連行され、事情聴取を受けている。藤井の話によると、その中に岡崎も含まれているということだった。靖彦は驚いて、
 「岡崎が・・・」
自分の妻を殺したかも知れない慈恵院の死体を本殿で守ったというのである。靖彦には、全く理解できなかった。と言うより、理解したくなかった。小夜子が結婚するとき、岡崎が景山に、「結婚すれば、夫婦修業ができる。そうすれば、小夜子にも神が入り、俺も神に近づける。今は結婚のことより、そっちのほうが大切だ」と言ったそうだ。この宗教では、女性にのみ神が降りてきて、信者が独身の場合には、ただその助言を守るしかない。それが、どういう理由でか、結婚をして夫婦で修業をすることにより、旦那が神を呼ぶ使いとなり、奥さんの中に神が降りてくるようになるのだそうだ。さすがに岡崎がそう言った時は、景山も驚いたらしいが、靖彦にとってこれほど岡崎が憎いと思ったこともなかった。それでは小夜子は岡崎に利用されているだけではないか。そのことを景山から聞かされた時、小夜子と別れたことを心底後悔した。少なくとも靖彦なら、小夜子を利用しようなどと考えたことはなかった。
 「その岡崎だよ。岡崎が慈恵院の死と、何か関係があると思うか?」
 藤井は何かを考えている様子の靖彦に訊ねた。
 「よくわかりませんね。たしかに、宗教を信じている人達にとっては、その教祖の慈恵院が死んだということは信じられないくらいのショックでしょうね。だけど自分の妻を殺したかも知れない奴のために、自分を犠牲にするなんてことができるのか、とも思いますけどね。もっとも、岡崎にしてみれば妻よりも宗教と考えていたようですけど・・・。」
 「妻よりも宗教ねぇ、ちょっと信じられんなあ」
靖彦の言ったことに賛成できないといった口調で言った。
 「ある意味では藤井さんと変わりませんよ。藤井さんだって何かのために家庭を犠牲にしているんじゃありませんか? 例えば仕事とか他の女性とか・・・」
 「ばかなことを言うもんじゃない。私は家庭を中心に仕事とか他の女とかを・・・、ちがう! 何を言わせるんだ、まったく。しかし、そう考えると納得できるような気もしてきたが・・・」
どうやら藤井にも岡崎の気持ちが分かってきたらしい。相手を宗教から仕事か女性問題かにすり替えているのだが。靖彦は真剣に考えている藤井を見て、おもわず笑いだした。藤井も何がおかしいのか分からないまま、一緒になって笑った。
 しばらく笑っていたが、靖彦は藤井に訊ねた。
 「岡崎の家にいた連中はどうしていたんです?」
 「本殿にはいなかった、というより岡崎の家に全員いたようだ。本殿にいなかったし、岡崎の家には一応刑事が張り込んでいる。なにかあったら、連絡がきているはずだしな。」
 「そうですか、さすがにぬかりはありませんね。でも念のため、もう一度確認をとってもらえませんか。それから、死体の解剖結果がでたら教えてもらいたいんですが、当分のあいだここに泊るつもりですから」
靖彦は学生時代の友達を信じたかった。彼らはこの事件とは関係のないものとして考えたかった、確認さえすれば、遠慮なく犯人を捕まえられる。たとえ犯人が友達の中にいたとしても、やはり黙っているわけにはいかないだろうが、後で後悔するようなことだけはしたくない。
 藤井はそこまでは教えられないと言っていたが、最後には渋々承知して帰っていった。
藤井が帰ったあと、ずいぶんと遅い昼食をとることにしたが、このあたりにしゃれたレストランなどないことは分かっているので、しかたなく旅館の食堂にむかった。



 それから二,三日は何も変わったことはなかった。旅館に藤井から、慈恵院の解剖結果が出たことを伝える手紙が届いた。手紙には次のように書かれていた。

 慈恵院 死体解剖結果について

 かねてよりの依頼の件について、少しだが先に知らせる。死因は後頭部打撲による脳内出血。その他、滝の上から落ちたときに付いたと思われる打撲痕が全身に有り。警察では慈恵院の死は事故だったと見ている。岡崎 小夜子の件で、逃げ切れないと諦めた慈恵院が、竜頭峡の崖上から飛び降りたものと思われている。崖の上は岩場で、慈恵院の足跡はおろか全く何もなかったが、ただ一つだけ、慈恵院の身につけていた上着が見つかっている。
 もう一つ、慈恵院の死体を本殿に運ぶのに、岡崎の家にいた連中は関係していないようだ。あの時岡崎が出てきて後を追おうとしたが、まさか慈恵院の死体が見つかったとは思わなかったし、他の連中が気になっていたので追わなかったそうだ。岡崎の家からは岡崎本人以外、誰も外には出ていない。
 警察では岡崎 小夜子殺しの犯人を慈恵院と断定。捜査本部も、慈恵院の自殺、もしくは足を滑らせた等の原因による事故死という結論に達したため、解散することになった。

という、短いものだった。靖彦はこの短い文章から藤井が何を言いたいのかを考えた。捜査本部が解散ということになると、当然藤井も他の事件を担当することになるだろう。この事件から警察は手を引く、そして誰もが犯人は慈恵院で、その慈恵院が死に、この小さな町から一つの宗教団体がなくなり、昔のように静かな町に戻っていくと考えるだろう。この宗教が町にいることに反対している人達にとっては、願ってもないことだろう。しかし、慈恵院の死因を見ても簡単に事故と片付けてしまっていいものだろうかと思ってしまう。小夜子と慈恵院との間に何があったのか、仮にも宗教団体の長である慈恵院が人を殺さなければならないほどの深い理由があったのだろうか、あったとして、その理由とはいったい何なのか、慈恵院が自殺をしたとすると、まず考えられることは、藤井が言うように、警察の追跡から逃げ切れないと諦めたため自殺。この考えが一番楽な考え方だとは思う。だが、果たして慈恵院は一人で逃げていたのだろうか?
 靖彦は疑問を感じた。どうやって逃げていたのだろう。あの日は晴れていて、月も出ていたが、あの山の中を、慣れているとはいえ懐中電燈もなしで歩けるはずがない。見つかったのは、慈恵院が着ていた上着が見つかっただけだと書いてある。ということは、逃げているときにどこかで懐中電燈を落とし、あやまって崖から落ちたことも考えられる。だとしたら、なぜ上着を脱いだのだろうか? 考えれば考えるほど、靖彦は頭の中の迷宮に深く深く入り込んでいくようだった。
 そのとき、靖彦は何か大切なことが書いていないように思った。慈恵院の本名と年齢である。この二,三日のあいだに、岡崎たちに慈恵院のことについて、ある程度聞いていた。しかし、靖彦が慈恵院について知っていることは、女性にしか神が入らないと言っていたから、女性に間違いはないだろうということと、何でも分かるすごい人だということ、岡崎たちも、本名・年齢(見た感じでは、六十才くらいだが、はっきりとしたことは分からない。)は知らされていないこと、そして、竜頭峡で死んだということくらいである。慈恵院のことをまったく知らないといってもいいくらいだ。靖彦は詳しいことを聞きに行くことにした。藤井もたぶん、それを期待して、こんなに短い文章にしたのではないだろうか。靖彦はそう思った。手紙では言いつくせない何かがあるに違いない。そう考えて、急いで旅館をあとにし、廿日市警察署を目指した。



 廿日市警察署は国道2号線上にあり、広島市内から廿日市にぬけて、ほんの10分ほど走ったところにあった。靖彦は藤井を訪ねたが、藤井は会議中ということで三十分程度待たされてしまった。藤井は会議がおもしろくなかったのか、不機嫌そうに近付いてきて、
 「岩下か、どうしたんだ」
 「どうしたんだじゃあありませんよ。あんなに短い文章で何が分かるっていうんですか、それに小夜子と、慈恵院の関係について、何か分かったんですか?」
靖彦も三十分以上待たされていたので、これくらいのことは言ってもかまわないだろうと、少しふてぶてしい態度で言った。
 「まあそうむきになるなよ。こっちも今日の会議で捜査本部は解散するし、もうこの事件にはあまり、人手は取れんのだから。しかし、やっぱり来てくれたか。もう少し、お前さんと話がしたかったもんでな。どうだ、少しつきあってくれ」
藤井はそう言うと、署内からさっさと出て行った。そして、近くの喫茶店に入ると、さっそく写真を3枚取り出した。慈恵院の死んだときの写真だった。確かに、後頭部にひどい傷があり、体のあちこちにも無数の打撲痕が見られる。
 「一つ聞きたかったんですが、慈恵院の本名と年齢は分かっているのですか?」
靖彦が写真を見ながら訊ねると、藤井は少し困ったように、靖彦の顔をみて、
 「実はな、分かるには分かったんだが、どうもはっきりしないんだ。慈恵院の本名は松尾 恵、年齢は五十八才、本籍地は広島県広島市で、戦争の時に両親を亡くしている。それからどこをどうしていたのかは、分かっていない。それと、岡崎 小夜子との関係なんだが、これもいまひとつよく分からないんだ。旦那のほうに話を聞いても的を得ないし、他の信者たちに聞いても、あの二人が争っていたというようなことは聞いたことがないということだ」
 「そうですか。それで藤井さんは僕を呼んだんですね。僕も小夜子の事件から、いろいろと聞いてはいるんですが、やはり宗教の壁に邪魔をされているってとこです。みんな変に団結しちゃって、何も話してはくれません。それに、警察で調べてもその程度しか分かっていないんだから僕が調べても、分かるはずがありませんからね」
 警察の組織力で調べても、何もでてこなかったのだ、一人の人間が組織的な力に対抗できるわけはない。しかし、組織的な目でしか考えられないことが、あくまでも私的な目で追求していくことによって、物事の本質が見えてくる場合もある。靖彦はいつもそう考えている。警察にしても、事件の手がかりになることの大半は、一般市民からの通報や、聞込みによって成りたっていると言えなくもない。靖彦はあくまで、自分のやりたいようにやるつもりでいた。
 「僕はまだ、この事件から手を引きませんよ。何かが足りないんです。事件の本質というか、核心部分は何も分かっていないように思いますから」
靖彦が言うと、藤井も事件について考えはじめた。
 「俺も捜査を終わらせるにはまだ早いと思っている。この事件にはまだ何か裏がありそうな気がしてならないんだ。そこでだ、おまえに頼みたいんだが、今後の捜査で分かったことがあったら、俺に伝えてほしいんだ。もちろん、その代わりに俺が掴んだ情報も、おまえの耳に届くようにするから。警察の力がいるところでも、力になるしさ」
 藤井は、靖彦がこの事件に関して何をしてもいいが直接自分からは何もしない、といっているのである。しかも事件の核心部分が分かれば警察が関与するともいっている。靖彦のほうも別に警察が手柄を立てたところでかまわないし、自分で事件の本質を見極めたいと考えていたのだから、べつにどうでもよかった。
 「分かりました。それじゃあ僕のほうは、とりあえず湯来町を離れます。少し調べてみたいことがありますから。何かあったら、家のほうに電話を入れてください。母も楽しみにしていると思いますから」
 「ははは、そういえば母上様は元気でいるのかい? どうも俺はお前の母上は苦手でな、この前も電話をするのにしばらく悩んだんだぞ」
 「あの人の相手を得意だという人は聞いたことがありませんよ。たいした人ですからね、あの人は」
 そういって、藤井と別れた。
 靖彦は慈恵院の育った環境が気になっていた。どういう環境で生活をし自分を神だと思えるようになったのか、戦争で両親を亡くしその後、どこでどうしていたのか、そのことが事件と関係があるとは思えないが、慈恵院のことを岡崎たちから聞けない以上自分で調べていかなければならない。そう考えると同時にいてもたってもいられず、広島市の市役所に向かった。



 市役所で、靖彦は慈恵院の戸籍を調べてみた。はじめは他人の戸籍を調べることを渋っていた戸籍係の人も警察からの電話と、藤井のサイン入りの手紙を見て納得した。しかし、戦争中の記録は殆どが原爆で、あるいは戦後のごたごたの時に無くなってしまっていた。戸籍係の話では戦後まもなくの記録はあって無いようなものだということだったがまさにそのとおりだった。いくら調べても靖彦の捜している資料は出てこなかった。二時間ばかり調べて結局何も出てこなかった。靖彦が諦めかけていたところに戸籍係が
 「戦争中の資料はありませんが戦後の資料ならあるんですがねぇ」
といった。
 「はぁ。できれば戦前、もしくは戦時中の資料が見たいのですが、戦後の資料というとどういったものなんでしょうか」
 「そうですねぇ、原爆に関するものが一番多いんじゃないかと思うんですが、それではだめなんですよねぇ」
 「はぁ、この他になにか戦争中の資料のようなものはありませんか。たとえば戦争のことを書いた手記のようなものとか、当時の政治や経済についての本でもかまわないのですが・・・。」
 「そうですねえ、まあ捜してはみますがあまり期待はしないでくださいよ」
諦めかけた靖彦に追い討ちをかけるように言った。そして、ここではこれ以外に資料はないと言って二,三冊本を貸してくれた。その本は、戦後の広島の復興を書き記したものと、原爆の体験手記、そして、当時の広島の軍事目的という本だった。靖彦はしかたなく、その本を借り、暗い気持ちで帰路についた。



 靖彦はその本を借りて帰り、家でその本を開いて驚いた。長年広島に住んでいながら、原子爆弾や、戦争中、戦後のことなど殆ど知らないといってもいいほど、何も知らなかった。その本には原子爆弾が広島にどうして落とされたのか、原子爆弾が落とされた後の広島がどんなにひどい状況だったか、どうやって広島が復興していったのかなど実にさまざまなことが書いてあった。靖彦はひとしきり読み終えた後、興奮して眠れなかった。広島全体について書かれている本も勿論だが、原子爆弾を体験し、今でもなお苦しみ続けていることが分かる体験手記には、恐ろしささえ感じてしまった。その原子爆弾の体験手記の編集委員の中に新田 太一朗の名前があるのを見つけた。彼も広島の原爆にやられた一人だったのだ。手記を書いた人の名前の中になんと松尾姓の人物があった。松尾 智、島根県の江津市という住所になっている。靖彦は驚いてしまった。湯来町の実力者である新田氏と慈恵院の本名の、松尾姓の人間が同じ本の中に出てきたのである。なにか関係があるのかも知れないという思いがした。手記の中で新田氏は自分の経歴を簡単に説明していた。新田氏は海軍将校として呉市にあった士官学校に所属していた。広島に原子爆弾が投下される前日、上官に頼まれていた補給物資の調達のため市内に来ていた。知り合いの家に一泊し、物資の受け取り場所へ向かう途中、原爆が投下された。その後市内を離れ、いったん湯来町の実家に帰り、三日後呉市の士官学校に帰ったと書いてあった。原子爆弾投下後の広島市内の惨状が目に見えてくるようだった。

 (ひどい、こんなことがあったなんて)

 靖彦はどこにもぶつけることのできない怒りを感じていた。戦争が科学を進歩させていると何かで読んだことがあったが、それは戦争を正当化するための言い訳に過ぎない。科学の進歩とは科学が人類に貢献した時にこそ使われるべきである。戦争で、たった一発の爆弾で何万、何十万の人間が死んでしまうようなものを開発したことが科学の進歩などではない。そんな暴言を許すわけにはいかない。戦争だったと言えばそれまでだが、それが現在もまだ後遺症に悩まされている人がたくさんいるのである。いまだに保証もなく暮している。一方で政治を動かしている人達は私腹を肥やしている。どういうことだろう。そうやって考えてみるとまだまだいろいろなところに矛盾があるように思える。
 靖彦は新田氏と島根県の松尾姓の人物が無関係だとは思えなかった。編集委員の中に新田氏の名前があるのだ、何か関係のある人物に違いない。そう思うとどうしても島根県へ行き、事実を確かめたいと思った。
 その日のうちに準備をすませ、出発を明日に決め自分を落ち着かせようと、母にコーヒーを頼んだ。しばらくして、母がコーヒーを部屋に持ってきてくれた。これはかなり機嫌がいい。しかも、コーヒーは二脚用意してあり、母もそのまま靖彦の部屋に座りこんでしまった。
 「小夜子さんを殺した犯人の死体が見つかったんですってねぇ。ほんとに何であんないい娘さんを殺しちゃったんでしょう」
 母は事件のことを気にしていないようで、本当はとても気にしている。機嫌がいいのではなく、いっこうに動こうとしない息子に腹を立てていたのである。事件がどうなっているのか知りたくてしかたがないのだ。
 「小夜子を殺した犯人の死体が見つかったと新聞には書いてありましたが、僕は何かが違っているように思うのです。それを調べに明日、島根県へ行くつもりです。」
 靖彦が言うと母はあきれたように、
 「でも警察も捜査を終了したんでしょう。いまさらあなたが何を調べるっていうんです。そういうことは警察にまかせておけばいいのです、あなたには仕事だってあるのでしょう。いつまでもそんなことばかりやっているから、ごくつぶしなどと言われるのですよ」
と言って靖彦を睨んだ。
 「しかし、小夜子を殺した犯人が別の人物で、その人物が今では警察からも追われず、普通に生活をしていると考えると腹が立ちませんか」
 「それはそうですが、なにもあなたがやるべきことではないでしょう。」
靖彦の説明に母も納得したようだった。その時、母が靖彦の借りてきた本を見て言った。
 「あら、あなたもやっと勉強をするきになったのねぇ。この体験手記、どちらの方に借りたの」
 「えっ、これですか。今日市役所へ行って借りてきたのです。ご存知なんですか」
靖彦は驚いて、母に訊ねた。
 「ご存知だなんてあなた、失礼ですよ。この本の編集をした方が私の生家と親しくおつきあいをしていましてね、この本もその方にいただいた物がどこかにあるはずですよ。どこにやったのかしらねぇ」
母の会話の内容がずれてきた。靖彦はあわてて母に訊いた。
 「その人の名前は、どういう人ですか」
 「ええっと確か、新見とか何とか言っていたのですけど。まあ私も小さかったですしねぇ、あまり憶えてはいないのですけど」
 「新見ではなく新田ではありませんか。新田 太一朗、この本の編集委員をやっている人なんですが」
 「そうそう、新田さんですよ。私も小さい頃よく遊んでもらいました。」
母は懐かしそうに言った。まさかこんなところにもつながりがあるとは思ってもいなかった。よく考えると母も戦争中には生まれていたのである。当時のことを聞くのになぜ思いつかなかったのだろう。靖彦は当時のことを母に聞いてみた。
 「あの頃は本当に何もない時代でねぇ。今の若い人達には想像することもできないでしょうねぇ」
名誉のためにいっておくが、旦子の年齢は五十代の前半である。戦争中のことは旦子の両親から聞いて知っている程度で本人は学童疎開を経験しているくらいである。しかも旦子の父親が海軍の将官で当時としてはずいぶんと豊かな暮しをしていたのだそうだ。
 「そうそう、新田さんのことでしたね、あの方は陸軍の教官か何かをやっていらしてね、私の父と何かの時に出会って、それ以来うちに遊びに来たりお酒を飲みにいらしていたんですよ。懐かしいわねぇ、本当に」
そう言って、コーヒーに手をつけた。旦子は数十年の昔に旅に出ているようだった。靖彦のことなど気にもしていないようすですっかり自分の世界に浸っている。靖彦はもっと詳しい話が聞きたかったのだが、この調子では当分聞きだせそうにない。母はそれから三十分近くも喋り続けた。
 「ですからね、今の暮しを本当にありがたいと思わなければいけませんよ」
この言葉でやっと落ち着いたようだった。持ってきたコーヒーもすっかり冷めてしまっていた。
 「それでですね、新田氏はどんな人でしたか」
それまで口をはさむことを許さなかった母だったが、やっと質問をすることを許された。靖彦は新田氏についてできるだけ知りたかった。
 「そうですねぇ、とてもいいかたでしたよ。私ともよく遊んでくれましたし、なにより、父が気にいっていましたからねぇ。いい人だったのですよ、きっと」
 「他に何かありませんか、当時、どんなことをしていたのでしょう。誰か知っている人はいないのですか」
いくら母に聞いてもさすがに数十年も昔のこととなるとなかなか思いだせそうにない。靖彦が諦めかけていると、突然母が言った。
 「そうそう、市内に知り合いがいるとかっていってましたよ。名前までは憶えていませんけれど」
母が思いだすことができるのは、どうやらここまでのようだ。しかし、おおきな収穫である。今まで行き詰まっていただけに、非常に嬉しかった。母は息子がなぜ喜んでいるのか全く理解できなかった。小夜子の事件をほったらかしにして突然原爆の体験手記などを読みふけっているのである。またも息子に騙されたのかと嘆かわしささえ覚えた。おまけに今度は島根県に行ってくるというのである。もうすっかり呆れかえってしまい、小夜子の事件についても何も言うまいと決めた。
 靖彦は新田氏がとても近くの存在にさえ思えた。今まで会ったことさえなかったのだが、これで新田氏に近付く口実もできた。なんとか先に進めそうな予感がした。新田氏の知り合いというのが松尾という人物ならば、慈恵院と新田氏につながりができる。そう考えると、今すぐにでも島根県へ行きたかった。幸い母も昔を思いだし、淡い感傷に浸っているのか、島根へ行くことにも何も言わなかった。靖彦ははやる気持ちを押さえ、冷静を装って母のもとを去って行った。