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9月25日
晴れ

麻雀放浪記(麻雀してないけど。グェ)


「フザケルナー!!」


加賀丈ふんする「ドサ健」ばりのセリフから、僕の放浪は始まった。


僕は行動に移すのが早い。

「じゃー良いか、僕は東京に帰ろう」

「そう思っているなら、何の未練も無い」

「ここに居る事がアホらしい」

僕は荷物をまとめ、嫁さんに送ってもらい新幹線に乗った。

希望も当ても、まったく無い新幹線。


新幹線を大宮で降り、池袋へ。

仕事でのトラブルを抱えたまま、実家には帰れない。

僕は一通の携帯を弟に入れる。

「今、池袋。仕事辞めたから」

そして、一方的に僕は携帯を切る。

「ちょっと、どうしたの〜・・・・」弟の声が脳裏に焼き付く。

今日から僕は流民。

妻子ある身で無職だ。

でも、そんな事はあんまり気にしてない。

自分の生き方を見直す時だから。



住み慣れた街、池袋に僕は立っていた。

昔から汚い街だけど、僕は落ち付く。

荷物をロッカーに預け、僕は雑多の中にまぎれて行く。

何処をどう歩いたのか覚えていないけど、この日の晩は漫画喫茶に泊まった。

自分自信、「何やってるんだ」って思うものの、妙に安堵感。


つづく

また、放浪の旅に行ってきます。



9月24日
晴れ

僕は何処で、階段を踏み外したんだろう?

さ迷いながら。沢山の人と会い、心配の電話を貰った。

僕は何をしているのだろう。


明星ビル火災でショックを受けたけど、

WTCの崩壊は、スケールのデカ過ぎるショックだった。

でも、んな事は関係無いかな。

自分の事でせい一杯。

世界的悲劇より、自分の事。

だらしないけどこの一月、放浪して色々考えた。

答えは見つからないんだけどね(グェ)



9月5日、仕事上些細な事から僕は福島を離れた。

僕が福島県に来て10年、その全てを否定されることを言われた。

僕は悲しくなって、放浪の旅に出たんだ。

自己弁護ってとられちゃうかもしれないけど、ホント悲しくなった。

そして、Tシャツ交換の旅が始まった。

石川新宅訪問(渡辺篤風)から・・・・。

ありがとう!!石川さんの奥さん(石川さんじゃないよ)

そら豆とパスタ最高!!。

ご馳走様でした。

あっ!これはお盆の時でした(グェ)



ホントの放浪記につづく。