朝鮮大学校訪問記

 

●このページについて

 私たちは、「ぱす」大学関係記事製作のため、1999年11月30日に日本でも唯一の民族系大学校、朝鮮大学校を取材いたしました。この記事は実際の本には、掲載されていません。問い合わせに対しては、個別の対応をしてきましたが、このことはすべての読者や朝鮮大学校関係者に対し、不信感を与えることにつながると判断し、掲載することにしました。語句には細心の注意をして書いたつもりですが、差別などを含む表現がありましたら、訂正しますのでメールください。このページは、あくまでも一教育機関としての朝鮮大学校紹介ページであり、朝鮮人、韓国人、および在日の方々の思想や文化、その他の生活に関して否定するページでも、肯定するページでもありません。また、校内の写真を掲載することは、コピーや転用防止のため、あえて控えさせていただきます。眼が疲れるかもしれませんが、ご了承ください。

 


 西武国分寺線鷹の台駅の西、武蔵野美術大学と玉川上水に挟まれた中にこのキャンパスはある。大学レベルでの民族学校では、日本でも唯一の学校である。創価大学付属高校、白梅女子短期大学などまわりには学校が多数あり、賑やかな「たかの街道」だが、この周りにくると緑にもかこまれ、静かになる。

 

 日本には約60万人の在日朝鮮韓国人が住んでいるが、この朝鮮大学校はその人々の中でも北側つまり朝鮮民主主義人民共和国に故郷があるという、彼らのための大学である。学生数は約1500人。全寮制で授業を受けるときは制服で、男性は黒いジャケット、女性はチマチョゴリと呼ばれる民族衣装をきる。大学内に寄宿舎があるため、ジャージ姿の学生も多い。在校生のほとんどは朝鮮高校の出身者であるが、日本の高校の出身者(編入生と呼ばれる)も一握りだがいる。政治経済学部、文学部、歴史地理学部、経営学部、外国語学部、理工学部、教育学部、体育学部の8学部に分かれている。

 

 私たちは、1999年11月30日に、普段はなかなか入ることのできない朝鮮大学校のなかで取材することができた。ここではその様子を書くことにする。13時25分、約束の5分前に私たちは朝鮮大学校に着いた。取材に関しては、学生委員会の学生2人と部長の先生がついてくれることになった。構内に入る前に、校門横の応接室で取材の流れ的なものを確認。13時45分、いよいよ構内に入る。

 

 まず、最初に訪れたのは食堂である。昼食時間開始から30分以上経ってしまったあとで、さすがに学生は少なかった。当初、取材許可が下りない可能性もあるという話しだったので、中を見れただけでも感謝しなければならないのかもしれない。(試食してみたいなどといえる度胸はとても我々にはなかった。)儒教の精神からであろうか男女別々になっていて、異性と食事することはできない。学生はここで朝、昼晩の三食を食べる。メニューは残念ながら選べない。学生食堂というより給食をみんなで食べるという感じ。ちなみに取材当日のメニューは、白飯、長ネギとしいたけのスープ、ほっけ、酢の物、ラッキョであった。キムチは毎食おいてあるので自由に食べることができる。

 

 次に行ったのは、記念館。普段は入れないそうでわざわざ開けてもらった。3階建てで1階が自然史博物館、2階が歴史博物館、3階は狭めの講堂のようなものがある。展示物はレプリカが多いとはいえ、貴重なものが多く、全国の博物館からも展示の依頼が絶えないという。屋上からは学内が一望できる。

 

 途中、掲示板に寄る。学生委員会の部室のそばにあるのだが、100%、98%などと書かれてあって横に学生の名前が書いてある。これは昨日どれだけ朝鮮語を話したかによって表彰される。3世時代に入り、日本語が話せても、自分たちの言葉が話せない人が増えてきてしまっている状況のなかで、語学を身につけることは重要課題になっているらしい。自分は、今回生まれて初めて民族学校の校内に入ったが、一番の驚きだった。語学を覚えるために、一番てっとり早いことは習いたい国に行くことであるというが、あえて鎖国的な状況をつくることによって、それをで実践している。

 

 図書館は2階建て。朝鮮関係の本を中心に約10万冊。閲覧室はともかく、書庫はかなり狭い。そのため書棚がかなり高く3メートル以上はある。この書棚の高さは多摩一かもしれない。日本の新聞はあるが、雑誌は置いていない。今はまだ書籍をオンラインで処理できないので在庫管理が大変だそうである。書籍が古いがこの図書館や講堂は、創立当時の学生自らが材料を持ってきて作ったもので、そう簡単には改装したり、ましてや解体できない。本は毎年増えるため、複雑な心境だという。

 

 売店に行く。ここも大学生協のようなものだ。広さは街中のコンビニ程度。飲物(ジュースは110円)やお菓子、文房具が主で市価の1割引き程度で売られている。生活用品も多くおいてある。故郷からの輸入品は、土産と文具だけで日常品には見られなかった。朝鮮大学校オリジナルグッズはB5版原稿用紙(200円)だけ。また2階には床屋(なんと無料!)と隣に激安のクリーニング店(スーツ上下460円)がある。

 

 最後に、体育館を見学。こちらは最近建てたばかりらしく、他大学よりは狭いがそれぞれがクラブ活動をしていた。16時からがクラブ活動の時間らしいが、どのクラブも活発で学生の半分以上は何かしらの団体に属しているという。民族舞踊部もあり、練習を見せていただいた。

 

 さて、気になる卒業後の進路だが、一般の日本の大学で起こっているような「就職超氷河期」はない。卒業生は直接、在日朝鮮人社会を担って行く作っていく人になるらしい。現在の在日社会は、警察以外は独自のシステムを持っているという。この朝鮮大学校は、いわばエリート養成学校なのである。そういうことから考えれば、今までのことも納得できる。

 

 校門を出たのは17時30分。もう真っ暗になっていた。かれこれ4時間ちかく滞在していた計算である。いろいろ思うことはあったが、ここで書くことはやめる。最後に協力していただいた方々に感謝いたします。

 

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