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第一章(1)
鮫島晴樹はいつものようにモノレールに揺られて会社に向かっていた。
モノレールの外に見えるのは、無機質なビル群と灰色の空が僅かにビルの隙間から 見えるだけだ。乗り心地はいいが、乗っている他の人達の無気力な顔を見ているより、 殺風景でも外の景色の方がいくらかましだと鮫島は思っていた。
会社へは月に1度出勤すれば良かった。殆どは通信でしていたので在宅勤務が 主体となっていた。
彼の仕事は教育システムのプログラムを組む事だった。 ありきたりの仕事で特に面白みが有るわけで無く、それほどやり甲斐が有るとも 思っていなかったし、はたして自分の作ったソフトでどれほどの成果が有るのかも 大して興味を持っていなかったのだ。
今回、前の出勤から1週間しか経っていなかった。なにかミスでもしたのかと思ったが、 それならテレビ電話でも事足りるし、緊急という訳でも無さそうだったが、とにかく出勤 命令が出たので、モノレールに揺られていたのだ。憂鬱だった。次の駅か・・・、と思っていると、また来たのだ、あの浮遊感が。 声が頭の中に入ってきた。モノレールの中はひどく静かで、中の声が人に聞こえるのでは 無いかと思うほど大きく響いて来た。
「もうすぐだ・・・。お前は・・・。」
誰かいるのかと振り返ったが、やはり誰も居ず、鮫島は自分の頭の中の声だと改めて気が付いた。
しかし、駅に着いて急に浮遊感が取れ、いつものように改札でカードを差し込んで通り抜け 駅の外に出た。
このところ年中曇ったように空はどんよりとしていて、人はせわしなく歩いていた。
みな中性的なファションをしていて、一見女性と見まがうばかりの美しい人も居たが、そんな 綺麗なのに限って、全くの男性で有ったりした。
鮫島自身も一見ひ弱い身体付きが嫌で 鍛えたりもしたが、もともとあまり筋肉質じゃなかったので対した効果も無く、このままでも 何不自由ないのだから良いかと思っていた。いつもの様にセンサーに、華奢な掌を押しつけて、セキュリティー解除して会社のビルに入っていった。
ビルの中は薄いグリーンの絨毯に敷き詰められ、壁はクリーム色で空調が気持ちよい空気を作っていた。
外はいつも鬱陶しく空気もあまり澄んでいる感じがしないが、かえってビルの中の方が空気が気持ちよかった。
こういった空調のシステムも鮫島の会社で組まれていた。
色んな分野があり、彼のような教育システムチーム、ビルなどの総合メンテナンスシステムチーム、 環境システムチーム、そして今話題の臓器関係の開発のメディカルチームに別れていた。
良いブレインはどんどんヘッドハンティングされて、会社の形態も様々な形を持つ様になってきた。
彼の居るチームでは、IQの優秀な人材を早くに発掘して、いずれは自社のブレインに迎えるべく、 人材育成を目的としていた。特にメディカルチームには優秀な人材が必要で、ここをどれだけ 他社と差をつけられるかで社運がかかってると言っても言い過ぎではなかった。鮫島には関係のないことだった。そう、昨日までは。
エントランスに行くと受付ロボットが出迎えてくれる。
ここでも掌をセンサーにつけると ロボットが無機質なそれでいて女性の声で、所属している教育システムチームの櫻井部長の部屋まで行くようにアナウンスした。
社員を識別してそれぞれに応じた対応をするようになっていた。これは総合ビルメンテナンスチームの 開発によるものだった。
鮫島は、普段直接部長とは話しは滅多にしないので、何だろうと思いながら エレベータに乗った。80階を押して、そして一人ごちた。
「部長が直々になんだってんだ」
自社ビルは高い方で120階まであった。大抵のビルは50階以上あったし、どこのビルでも お偉いさん達は高層階にいた。ここでも例外ではなかった。部長以上は80階より高い階層に いたので、普段会うことすら無かった。
エレベータはスムーズにGを感じさせずに止まった。久々に来た80階で降りた鮫島は 一瞬迷いそうになったが、指定の部屋への案内ロボットが待機していた。
小さいロボットだがイヌの様に愛嬌があって、鮫島はこのロボットは好きだった。
「鮫島氏を連れて参りました」とロボットが報告した。
ドアの前に立って襟をただしながら、ドアが開くのを待った。ドアは中からのロック解除で 開けられる。ドアが開いて、広い部長の部屋が目の前に広がった。
「あぁ、鮫島君。すまないねぇ、 呼び出して。」
この部長と言うのはなかなか腰が低く、役員には珍しい温厚なタイプだった。
鮫島は、しかしこの温厚な部長の目が鋭く光っていたのを見逃さなかった。
嫌な予感がした。こんな時はよく当たるのだ。鮫島は静かに部長のデスク前まで進んだ。
部長の口から出た言葉は、鮫島の予感が当たらずも遠からずだった。
「君は今日からメディカルシステムチームの溝口君の所に移動だ」
「ぼ、僕がですか?」
と思わず聞き返した。
それぐらい驚く事だったのだ。
それというのも、メディカルチームの所属部員は殆どが医学系の専門家ばかりで構成されていた。
そんなところに、全くはたけ違いの鮫島が行っても、はたして何の仕事があるのだろう。
彼には全く医学知識は無かったのだ。