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第一章(3)

次の日、鮫島は朝早くから電話のけたたましいベルによって起こされた。
昨夜は急な環境の変化にとまどいが有ったため、熟睡出来ず、頭はまだぼんやりしていた。
「はい、鮫島です。」
「櫻井だが、まだ寝ていたのかね。今日、これから第5セクションまで行ってくれたまえ。時間は・・・、あと30分以内に 準備を済ませられるか?」
「あ、はい、分かりました。」
そう言って鮫島はベッドから起きあがって、シャワールームへと行った。
「第5セクションといえば、マザー計画セクションじゃないか。」
シャワーを浴びながら、鮫島はひとりごちた。

メディカルチームはいくつかのセクションに別れていて、第1セクションは薬学部門で、ワクチンや薬剤の研究をしている。
第2はホスピタルセクションで病院をしていた。第3は病理学で第1と連携しながら、新種の病原菌などの根治の研究をする施設だった。
細菌兵器などの開発もされているという、黒い噂があったが会社としては全面否定していたので、真相はわからなかった。
第4セクションは、このところ一番利益を上げている臓器再生を研究していた。脳以外は殆ど再生可能なところまで 進んでいた。
第5セクションは、鮫島の赴任先であるマザー計画であった。
このマザー計画とは、女性が非常に少なくなって、出生率の低下でこのまま行けば人類の存続に大いに関わってくるのを阻止する 為、女児の出生率を上げるべく研究がなされていた。
しかし、現実はもっと厳しく、実際、子供を産める女性は最後の数人となっていた。それは世界中でたったの 3人しか存在していなかったのだ。
その3人も、かなり高齢になっていて60才以上であった。
このことは、完全にシークレットにされていたし、各国最高機密として、政府高官のそれも一部しか知らされて いなかった。
もちろん鮫島の会社の殆どもマザーがあと3人とは知らなかったし、自分たちの研究で女性の出生率が 将来あがるだろうと思われていた。
しかしもう、地球規模で危機的状態になっていたのだ。もう子供は生まれないという・・・。
いずれ全ての人類が年老いたとき、最後がやってくる。どうしてもそれをくい止めるため、ここのようなマザー計画が 行われていた。
そして、もっと秘密裏に計画は進んでいたのだ。
鮫島がこれから巻き込まれようとしている計画だ。

用意を調えた鮫島は部屋を出た。
既に扉の外に案内ロボットが待ちかまえていた。
そう、鮫島は実際第5セクションに行った事が無かった。その存在は知っていたが、全く畑違いの鮫島には 関係の無いことだったので、行く機会も無かったのだ。
90階までくると、そこは他とは違った空気が流れていた。
その階から95階までは、メディカルチームの第1、第3から第5セクションまであった。
第1セクションの病院施設だけは、下層階にあり、10階から20階までが、外来と入院病棟となっていた。
90階のフロアーに立つと、何故か鮫島はあの浮遊感を覚えた。
胸騒ぎのような嫌な予感だった。
案内ロボットは、メディカルチームの受付まで行って役目を終えたので、さっさとどこかへ行ってしまった。
受付ロボットのセンサーに、何時もしているように、掌をかざすと受付ロボットがアナウンスした。
「ようこそ鮫島様。お待ちしていました。このままこちらでお待ちください。すぐ担当が参ります。」
部屋へ出向かうのではなく、受付フロアーで待たされるというのは、お客様以外では珍しいことだった。
2、3分位だっただろうか、初めて見る男だった。
「鮫島君、早くから呼び立てて申し訳なかった。今日から我がメディカルチームの一員として活躍を期待してるぞ。」
一気にしゃべると握手を求めて来た。
慌てて鮫島も挨拶をした。
「あ、初めまして。よろしくお願いします。」
その男は身体が大きくがっしりしていて、そして眼孔が鋭かった。
メガネの奥の目が光っていたのを鮫島は見逃さなかった。
「自己紹介は後でしてもらおう。さぁ、こっちへ来たまえ。」
そう言ってさっさと歩いて行ってしまったので、鮫島も挨拶はそこそこに後についた。
受付フロアーのあった90階から、さらに上の階へ上がった。
そこは95階だった。空気が重苦しいと感じたのは、やはり、会社内でも機密事項の多いセクションだったからか、 鮫島にはそう感じられた。
そうして、皆がいる部屋の前まで来た。
「さぁ、ここが今日から君が勤務する第5セクションだ。入りたまえ。」
と、案内されて扉の前へすすんだ。

そこは広いスペースにいくつかのデスクが衝立で一つ一つ仕切られて、整然としていた。
部屋のカラーも落ち着いたクリーム色で床はグレーだった。あちこちにグリーンが置かれ、快適に仕事が出来そうだった。
各セクションとも同じであったが、各デスクには全てコンピュータが置かれ、それぞれが使う者によってカスタマイズされていたし、 オンラインで全セクションとも繋がれていた。
しかし、セキュリティーは絶対を誇っていたので、今までハッキングなどの事件は無かった。
特にこの第5セクションは絶対機密を扱っていたので、そのセキュリティーは特に厳しかった。

部屋へ行くと、総勢7人のスタッフがいた。案内してくれたこの男を入れると8人だ。
案内した男が言った。
「皆、今日からここに配置転換になった、鮫島晴樹君だ。」
「よろしくお願いします。前任は教育システムチームの第3セクションでプログラム開発をしていました。全く畑違いの部署ですので いろいろとご迷惑をお掛けするかと思いますが、よろしく。」
と言った所で、誰かが
「お姫様の登場か。」
と、言った。 「あー、鮫島君、改めて自己紹介する。私はこのメディカルチームの責任者、溝口壮介だ。櫻井部長から 君の事は聞いている。なかなか優秀だとね。」
今日初めて彼の笑顔を見た。さっきの眼孔の鋭さはどこへ消えたのか、柔和な表情になっていた。
しかし、鮫島はさっきのヤジも気になったが、皆の表情も冷たい気がして、自分は歓迎されていないのだろうと 感じた。
最初に外人で痩せた神経質そうな男が名乗り出て、どうやらこのセクションのリーダーみたいだった。
「私はこのセクションリーダーのブレッド・ホーキンズです。」
次に名乗り出たのが、そのすぐ下の部下
「室長の滝澤信士です。研究室室長です。」
次々とこれから一緒に仕事をするメンバーが挨拶した。
星野と名乗った男は、大きくがっしりしていた。メディカルチーム責任者の溝口より、まだ大きかった。
菊池と名乗った男は、太っていて、好色そうな奴だった。
加倉と名乗った男は、痩せ形で色黒な、一見軽そうな男だった。
二人目の外人スタッフもいた。ジョンと名乗った男は明るい感じのいい奴だった。
最後に上目遣いにぼそぼそと挨拶した男は、横田と言って、陰険そうな表情をしていた。
さっきのヤジはこの男かもしれないと、鮫島は思った。
自分が華奢なのは自覚していたので、そんなヤジも今更気にしていなかった。
しかし、ただのヤジじゃ無かったことを後で思い知らされる事になるとは、この時の鮫島には分かりようも無かった。
こうして、鮫島は新しい部署についたのだ。

第二章(1)へつづく