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第二章(1)
次の日から、鮫島は目が回る様な思いをした。
何せ、全く医学知識が無い上に、見るもの聞くもの全く初めての体験だった。
先ず、鮫島に第5セクションの概要説明は室長の滝澤が担当した。
鮫島は滝澤だったので、内心ホットしていた。
それというのも、滝澤は若くして室長という役職に就いているにも関わらず、好青年で鮫島に対しても 大変、親切に対応してくれていた。
彼ら第5セクションのメンバーは、全員医学博士だった。鮫島を除いては。
そう言う意味でも、鮫島にとって居心地の悪い状況でもあった。
しかし、鮫島に与えられた仕事は、DNAの解析プログラムであったので、プログラムという意味では 鮫島の専門分野でもあったが、なにせ、医学用語から勉強しなければならなく、部屋に帰ってからも まるで学生の様に勉強しなければならなかった。
鮫島は部屋でDNAの塩基配列の一覧表を見ながら、今朝の事を思い出していた。
滝澤からマザー計画について説明を受けたのだが、その話しは衝撃的であった。
赴任してまだ三日しか経っていなかった。今朝、滝澤に別室に呼ばれ、室長室だったのだが、 漠然としていたマザー計画について知ることとなった。
「鮫島君、君はマザー計画についてどれほどの知識があるんだ?」
「いえ、殆ど知りません。」
「そうか、なら今から説明することは全て最高機密だから、心して聞くように。」
その話しとは、
「我々人類が生殖機能を著しく低下させているのは、君も知っていると思うが、それは思いの外 深刻な状況にある。
我々男子の生殖細胞は殆ど働いていないのは知ってるだろう?
それに、ここ50年間というもの女性が生まれていないんだよ。
原因は分からないんだ。マザーが受胎してもXXの染色体を持った胎児は成長せず、全て死んでしまう。
マザーの体力も限界に来ているし、早急に計画を進めなければ、人類の存続に関わってくる状況にあるんだ。」
そこまで聞いて鮫島は不思議に思ったので
「で、何故、私がそのマザー計画に呼ばれたのですか?門外漢なのに・・・。」
「いや、君はとても優秀だと聞いている。早急にDNAの突然変異が何故起こるのか解析プログラムを組んで欲しいのだよ。」
「はぁ・・・」
「DNAは21世紀には、かなり解析が進んでいたが、突然変異というのが起こるその原因がこれと言ったはっきりしたものが 見つけられないのだよ。いや、ダイオキシンや化学物質とか要因が分かっているのもあるのだが、 マザーの体内で死んでしまうXXの染色体を持った胎児の死亡原因が、DNAの突然変異で、細胞内でアポトーシスが 起こっているんだ。
アポトーシスというのは、細胞の自殺なんだが・・・。それで流産になってしまう。それも妊娠2ヶ月以内にそれが 起こるのだよ。」
「それで、私がその解析プログラムを・・・。」
「そうなんだ、普通、生殖細胞にはアポトーシスは働かないんだが、どうしてか働いてしまうのだ。」
そうは言っても鮫島はDNA解析を理解していなかったから、いくらプログラムを組めても 元の知識が無いのに、いったい無謀もいいところだと思っていた。
鮫島の怪訝な表情に気が付いたのか、滝澤は表情を和らげながら
「いや、君には追々やっていって貰ったらいいんだ、とりあえず、マザー計画について予備知識として聞いてもらったら いいんだが、そうだ、このDNA塩基配列表を渡しておこう。」
それが今鮫島が見ていたDNA塩基配列表だった。
C・G・T・Aの羅列が鮫島の気分をもっと憂鬱にした。
一覧表を閉じて鮫島は伸びをして、窓の側まで行った。
110階の部屋から見えるものは、どこまでも続くビルの町並みで、空気が悪いのかぼんやりと下界が 霞んで見えた。
ふと、鮫島はこちらへ来てから一切外に出ていない事に気が付いた。
何故か、もう外の世界へ出られないような、嫌な気分が押し寄せて来た。
また、あの浮遊感がおそってきたのだ。
今度は立っていられなくなり、その場に倒れ込んだ。頭の中に声が響いた。
「もう、後には退けない。お前は捕らえられたのだ。可哀相な奴だ・・・、はっはっはっはっは・・・・・」
誰か分からない奴の笑い声が頭の中に響いて耳から離れなかった。ガンガンとひどい頭痛がした。
鮫島はそのままその場所につっぷして眠り込んでしまった。
気が付けばあたりはすっかり日が暮れて、部屋の自動照明が点灯していた。
重い頭を起こして、鮫島はすっかりお腹が空いているのに気が付いた。
最近頻繁に発作が起こる。以前も病院で調べたが原因は全く無く、病気や精神的な原因でも無かった。
鮫島は急な環境の変化で、ストレスが原因だと自分で納得するようにした。
そうでないと、頭の中で聞こえる声があまりにも鮮明なのが、不気味で仕方なかった。
幻聴を聞くほどひどい状態であるのが、原因が分からないし、異常が無いと言うのが納得できないでいた。
その日は、簡単に食事をして早く寝ることにした。
次の朝、グリーンイグアナに起こされた。
顔の上に乗ってきて、飛び起きたのだ。
朝からイグアナは鮫島にまとわりついてきて、離れなかった。まるで最後の別れを惜しむような そんな気がした。
鮫島は考え過ぎだと、悪い予感がするのを振り切って、準備にかかった。
「随分ストレスが溜まっているようだ。一日休みをもらおうかな」
鮫島はイグアナに話しかけるようにひとりごちた。
出勤した鮫島は、いつもと雰囲気が違うのに気が付いた。
心なしか、皆の表情が厳しいのだ。
簡単に会釈だけして自分の席に着いた。するとすぐに滝澤室長から部屋へ来るようにと指示があった。
ノックをして室長室へ入っていった。
部屋には第5セクションのリーダーであるブレッド・ホーキンスもいた。
赴任した時に挨拶しただけで、神経質そうな印象しか残っていなかった。
彼はますます神経質そうに眉間にしわを寄せて、下手すると滝澤の方が堂々としているように見え、 彼の方が上司みたいだと鮫島は思った。
ふと、彼の右手に注射ガンを見つけた。麻酔薬を仕込んだ小さなガンだ。暴れる患者に動物を捕らえるときのように して、麻酔薬を打ち込む用になっている。
そのガンの先が自分に向けられている事に気が付いて、鮫島は反射的に後ずさった。
ピシッ。
麻酔薬が鮫島の太股に命中した。これは速効に効いて、もはや鮫島の目は霞んでしまっていた。
「なぜ・・・、わ、私を・・・・」
そのままその場に倒れこんだ。
意識が薄れて行く中で、鮫島はまたあの声を聞いていた。
「お前はもうとらわれの身・・・・」
そのまま、真っ暗闇の世界に落ちていった。