多分、ジャンル的には童話だと思います

そこは無数の塔がそびえ立つ不思議な街でした。
そのほとんどが長方形で、その中に人が住んでいました。
道という道は全て硬く、土の上から石のようなもので覆い被されていて、川は灰のような色になってしまい、人間以外の生物のほとんどがそこで生命を育むのを止めてしまいました。
そこに、少年が一人住んでいました。
少年はそんな世界を常に嫌っていました。
「どうしてこんな世界があるのでしょう。鳥は囀ることを止め、緑は生命を育むことをやめさせられ、そして人間は支配者のように振る舞う。」
巨大な塔の最上階で、少年はいつも嘆き悲しんでいました。
そんなある日、いつもふさぎ込んで、塔から出ようとしない少年を不憫に思った神様が、一つの箱を少年に渡しました。
「これは何ですか?」
少年が神様に聞くと、こう答えました。
「この箱は、今、お前がもっとも望むものを与えてくれるものだ。」
少年は、さっそくその箱を使うことにしました。
その箱の中には、少年がもっとも望むもの、少年にとっての理想境がありました。
そこには個人を証明するものはなく、また、個人をかたちどるものもほとんど全てがない、何もかもが不明瞭で、何も見えない世界。だからこそ皆が平等でした。
皆が仲良く、楽しそうに会話をしてるのを見て、少年も仲間に入りたくなりました。
すると、その世界の住人達は少年を招き、そして歓迎してくれました。
少年はそこの住人と色々なことを話し、そして色々なことを聞きました。
全ては自分を必要としてくれ、そして自分も全てを必要と思える、そんな素晴らしい世界でした。
少年もそこの住人となって、はや一年が過ぎ去りました。
月日が流れるに連れ、少年は一つの疑念に駆られます。
余りに心地良すぎる世界に、少年は心が離れていきました。
「ここでは全てが私の思い通りです。しかし、果たしてそれは良いことなのでしょうか?」
少年が口に出すと、その世界の住人は少年の思い描いた慰めを、口にしたのです。。
それがまた、少年を苛立たせました。
何もかもが思い通りに、それは何もかもが思った通りに行かないのと同じくらい、少年の心を傷付けました。
少年はその世界から抜け出し、再び塔の最上階に戻りました。
すると、神様が再び少年の前に現われ、怒りもあらわにこう言いました。
「どうしてその世界から抜け出した?そこはお前が望む通りの世界だろう。」
少年は臆することなく、言いました。
「確かに、箱の中は私が望んだ世界です。しかし、あれはもう違う物です。」
「何が違うと言うのだ。」
神様は因縁を付けられたと言わんばかりに、少年に再び問い掛けました。
「あれは私の望みをすべて叶えてしまいました。しかし、あれは既に望んでいない、望んでいたものだけを叶えたのです。」
少年はその塔から遠くを見回しながら神様に言いました。
「私の望みは、現実から逃げるものでした。ですが、現実から逃れた所で辿りついた場所は、私を堕落せしめる場所でしかなかったのです。だから、私はこの場所に戻り、別の世界にではなく、この汚れてしまった世界に新たな望みを持ちたいと思います。」
少年の強い決意に、神様はそれを認めました。
「よし、ならばそうするが良いだろう。そして、二度と箱の世界に入り込むことは許さん。但し、箱はそこに置いておきなさい。その誘惑に負けた時、私はお前を二度と箱から出さない。」
「ありがとうございます。」
少年は跪いて頭を下げた。
その時神様は、少年に悪戯をしました。 少年に永遠の命を授けたのです。
そして、少年がそれに気づいたのは何年も後の事でした。
少年は塔の外に出ても、結局は何にも望みは持てず、再び塔の最上階で過ごしていました。
そんな永遠の時のなかで、少年は箱の誘惑に幾度となく引かれ、そしてその誘惑に打ち勝ちました。しかし、その誘惑は遠ざけてはまた近づき、離れては寄ってくるのです。その時間は少年に苦痛を与え続けました。
「神様、もし聞いておられるなら、御出でください。」
幾日も幾年も祈り、呼び続けましたが、結局神様は現われませんでした。
永遠の誘惑に少年はなす術も無く引きずり込まれて、再び箱を使おうとしたその時、神様は現われました。
「今、箱を使おうとしたな?」
神様はまるで勝ち誇ったかの様に言いました。
「しかし、私の命は果てることがありません。いずれ朽ちる命なら、悔いを残さぬよう過ごすこともできましょう。ですが、こう絶えることなく続く誘惑に勝てる者がありましょうか?」
少年は必死に訴えるも、神様は聞く耳を貸しません。
「黙れ。ならばその誘惑に打ち勝つものを見つけられなかったお前が悪い。そうやって、ただ何もかもを転化し、他人のせいにするような奴の言うことなど、聞く気にもならん。」
神様が言うと、少年は箱の中に吸い込まれてしまいました。
そして神様はその箱を持って、再び天に昇っていきました。

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