一回



「お疲れさまでした〜。」
「お疲れ〜。」
いつまでも明かりの消えないコンビニを背に、1人の青年が歩き出す。
20:00からのバイトだが、その日暮らしの生活は5時間の労働で事足りる。
親の仕送りのお陰、とも言えるが。
比較的人通りの多いこの道から、全くヒトが通らない「ゴーストタウン」に帰るのは、いつもの事ながら、少し切ない気分にさせる。
通称ゴーストタウン。
そこはかつて商店街として街を賑わせていた場所。時代の煽りを受け、バブル真っ只中に無駄に作られたとしか思えない大型のデパートに客を持って行かれて以来、そこが再び賑わう事も無かった。
今では、街頭さえ満足に点いていない暗い道でしかない。
元魚屋、元八百屋、元時計屋、元靴屋…。
ささやかな夢の残骸は看板だけを残し、ほぼ全てが閉店してしまった。
そのため、余りに人通りの少ないこの場所を、ふざけて「ゴーストタウン」と呼ぶ事にした。
もっとも、そんな呼び方をしているのは彼を含むごく一部の人間だけだが。
そのがらくたの夢たちに埋もれ、この街の微かな光を絶やさぬよう、闇に対するわずかながらの対抗と言わんばかりにアパートが一件。
青樹荘というのがこのアパートの名前だ。ここの建設者の名前をそのまま取ったという、いかにもありふれていそうなネーミング。
そもそも一人暮らしをするに至ったのは、親の「自立しろ」という発言によるものだが、それは小鳥遊 渉にとって渡りに船だった。
寂しくもあるが、何処か懐かしさを感じさせるこの場所が昔から好きだった。
結果として、この街に住んでしまうくらいに。
元々自宅からは駅一つ離れているかいないか程度の位置にあるうえ、親から仕送りまでさせているこの状況で「自立」しているかどうかは疑問が残るが、今の生活には割りと満足している。
意味も無く大学を中退し、ただ何をするでもなくブラブラしていたあの時期と比べて、何もかもが違って見えた。
働く意味、労働の喜び。
それはこの一人暮らしを始めて、やっとわかったモノ。
とはいえ、やはり疲れるのは嫌で結局は今日のように短時間のバイトをしているわけだ。
そんな疲労感とこの道の空気を感じながら、それを噛み締めるように歩いた…。
すると、突如子供の泣き声が聞こえる。それも押し殺すように、鳴咽と鼻をすする音だけが。
意外と近所だ。それも、室内からのくぐもった声ではなく外から直接聞こえる。それに、室内からだったらとても聞こえる声ではない。
(こんな時間に、何で子供の泣き声が?)
今は深夜 1:00で、とても子供が叱られるような時間ではない。
不思議に思いながらも我が家へと向かうにつれ、その声は大きくなる。
(アパートから聞こえてきてるのか…?)
アパートまで残り5メートルも無い所で、ようやくそれがアパートから発している事に気づく。
アパートに入ろうと曲がった所で、その泣き声の発生源を見つけた。
暗闇の中で辛うじて浮かび上がる二つの人影。
子供だ…。
アパートのライトが全て点かず、はっきりと識別は出来なかったが、白のTシャツにジーンズ生地のハーフパンツのしゃがみ込んだ少年と、そこで困ったように立ち尽くす白いワンピースの少女だった。
いや、それは「少年少女」というにも幼すぎる、10歳前後の子供たちだった。
渉は、そんな2人を見て戸惑う。
(何故、こんな時間に子供が、しかも自分の家の前に…。)
声を掛けるに掛けられない渉を、女の子の方が気づいた。
「?誰ですか?」
名乗る時はまず自分から…などと今時の口うるさいオヤジじゃあるまいし、と気を取り直して、
「ここの住人…いや、ここに住んでるんだけど…。」
出来るだけ女の子にもわかるように答えた。
「そう…。」
と大袈裟にため息と共に返事をし、男の子の方に顔を向ける。
(こ、子供だから…。怒っちゃ駄目だ…。)
この歳になってまさか年端も行かない子供に馬鹿にされるとは思わなかったが、それも子供だから…と諦めた。
「ところで、君たちは?何をやっているの?」
「別に…見ての通りよ。言葉で説明するのは難しいけどね。」
(う〜ん…マセガキと言うか…。今時の子供の言語レベルを侮れないな。)
と、思わず感心してしまった。
そんな感心してる渉の横で、男の子はまだ泣いている。女の子は聞こえてるのか聞こえてないのかわからない状態だ。
渉はズボンからティッシュを取り出し、少年に差し出しながら聞く。
「はい、これ…。何で泣いているのかな?」
少年の代わりに少女が受け取って、
「ありがとう。」
と笑顔を渉に向けた。
(なんだ、こんな顔も出来るんじゃないか…。)
少しホッとした面持ちで、2人の様子を見る。
「はい、チーンして…。」
などの台詞を聞いていると、何だかほのぼのしてくる。
そこで、渉は近くの自販機にジュースを買いに行く。
しばらくして、渉は三本の缶ジュースを手にして戻ってきた。
「泣いた後って何か飲みたいと思わない?」
2人にオレンジジュースを差し出す。
(何でこんな爽やかなお兄さん演じちゃってるのかなぁ…。)
苦笑しながらも、自分の分のオレンジジュースを飲む。
2人はおずおずとジュースを飲み始めた。
渉はジュースを飲み終えるまで待って、再び質問を始める。
「2人の名前は?」
女の子が
「私はチサト。」
と即答し、男の子がそれに少し遅れて
「センリです…。」
とか細い声で答えた。
「そうか。俺の名前は小鳥遊 渉。そこの表札に書いてあるけどな。」
そう言って、2人が経ってるドアの近くの壁を指す。
「で、センリ君は何で泣いてたのかな?」
センリはその理由を思い出したのか、また泣き出しそうになったがそれより早く、チサトがそれを止めた。
「家が、燃えちゃったのよ。」
泣きそうなセンリをかばうように抱きながらチサトが答える。
それにしても、家が燃えたというのは冗談にしては度が過ぎている。
「え、燃えた…って火事で家が無くなったってこと?」
「無くなっちゃった…。お父さんとお母さんも居ない…。」
渉は絶句してしまった。どんな天才子役でも、こんな演技が出来るものなのだろうか?と疑ってしまう。
(どうする?迷子にせよホントの事にせよ、やはり警察に連れて行くしかないのだろうか…。)
「保護者…もしくは代理の人は?」
扱いが事務的になってしまう。これ以上、情をよせたくないからだ。面倒な事に関わるの嫌なのだ。
「居ないわよ。そんなの。」
そんな渉の気配を察してか、チサトの応対はつっけんどんなものに戻ってしまった。しかしそんなことを渉は意に介さず話を進める。
「そうなると、警察に連絡…その後に何処かの施設って事になっちゃうなぁ…。」
警察、と言う単語にセンリが反応した。
「お、お姉ちゃん。僕たち死刑になっちゃうの?」
涙目で、チサトに訴えかけるように問いかける。
(何か重大な勘違いをしてるみたいだなぁ…。って、え?)
センリの今言った台詞を、反芻してみた。
(おねえちゃん?)
2人の顔をよく見ると、とてもよく似た顔だった。背格好も大体同じくらいだろう。
違うとすれば、2人の服装と髪型ぐらいだ。
(双子かなぁ。ここまで似てればそうだよな…。)
「大丈夫よ。私たちは何も悪いことなんてしてないでしょ。」
気がつくと、チサトが優しい顔でセンリをなだめていた。
「う、うん…。そうだよね。僕たち、何も悪いことしてないもんね。」
センリは手のひらで思いっきり目をこすり、怖いことはない、といった表情を姉に向けた。
渉は一人、取り残されてしまった…。
だが、勿論そのままで良いはずがなく、渉は三度目の質問を始めた。
「こほんっ。それで、君たちはどうする?保護者が居ない、行く宛ても無いじゃこのままほっとくわけにはいかないんだよね…。」
爽やかお兄さんの後は、偽善者か…。と思わず呟きそうになって、不意にチサトが渉に声を掛ける。
「私たち、何処かのシセツに行かなければいけないの?」
「まぁ、いけないって事はないけど…。現状ではそうだね。」
2人は沈黙した…。となると、自分も沈黙せざるを得ない。
(参ったなぁ…。だけど常識で考えてこんな事って有り得るか?)
センリは不安そうな目を、今度はチサトではなく渉に向けた。チサトは相変わらず不安を顔に出さない。
(何か前にもこんな事が有ったような…。)
渉は、故意に記憶を探り始める。

それは俺が一人暮らしを始める前に見た、駅前のベンチの下で戸惑ったように座り込む一匹の小犬だった。
他にも良心の呵責苛んだ人がいたらしく、ミルクやら何やらが置いてあった。
その時は、
(それで「良いことした」とか思ってんのか?)
という感想を抱いた。もっとも、小犬からしてみれば餌を貰えるだけ有り難いのだろうが。
だが他人に批判的な意見を思っていたとして、自分が小犬の為に何かをする気にはならなかった。
(俺はお前にしてやれないよ…。というのは言い訳がましいかな。俺は、お前に何もしてやらないのだから。ただ、俺がお前に何かしなけりゃいけないわけでもないしな…。)
そう思った時、小犬と目が合った。
小犬は吠えるわけでもなく、ただこっちを見るだけだった。
俺は特に思うことも無く、目をそらして通り過ぎて行った。
ただ、その小犬がどうなったかが気にはなったが…。

(そうか…あの時に似てるんだ…。)
だがこれは犬ではなく、簡単に家におくわけにはいかない。
しかし、あの時と決定的に違うのは、犬と人間ということではなく、渉がこの双子達の為に何かしたいと思ってる気持ちだ。
(だけど、ここは、警察に連れていかなくちゃ駄目なんだ。)
渉は目を閉じ、自分にゆっくりと言い聞かせるように語り掛ける。
(情に流されるのが悪いとは言えない。だが、ここは一刻も早く警察に届けることが、ベターなんだ…。)
「よし、それじゃ警察にいこっか?」
渉の中で、早く踏ん切りをつけたかった。このままずるずると朝までここに双子に居られて、近所の人に出てこられる前に、せめて自分で警察に連れて行きたかった。
渉が2人の方に目をやると、センリは俯いて黙り、チサトは特に表情を変化させていなかった。
「頼むよ…。2人がそうして黙っているのならこっちは警察を呼ばなくちゃいけないんだ。それに、俺が警察を呼ばないにしても、近所の人は遅かれ早かれ明日には気づく。」
2人とも、相変わらず沈黙を続けている。
ここはやはり、心を鬼にしなければいけないところなのだろう。
渉がもう一度口に出そうとしたそのとき、
「わかった。うん、ゴメンね。」
センリが急に明るい顔で立ち上がった。
「どうも、お世話になりました。行こう、お姉ちゃん。」
そう言って彼女の手を取り歩き出した。
「あ、ちょっと!」
渉が引き止める。すると彼らは同時に振り向き、
「なあに?」
と同時に、笑顔で答える。
こういうところを見ると、ますます彼らは双子だと認識させられる。
「君たち、何処へ行くの?」
すると、2人は一度顔を見合わせてチサトが
「お父さんとお母さんが居るトコ。」
と答える。
何だかうすら寒くなった。
多分これは、渉が2人の話を信じてると確信しているから出る台詞だ。
すなわち、脅迫。人質は自分達の命。
渉は、正直な話この10歳前後で脅迫までする子供たちに魅了されてしまった。
理解不能、というカリスマに。
「わかった。取り敢えず今晩はここに泊まってもいいよ。」
センリとチサトにとって計画通りの事で有ったのにもかかわらず、2人ははしゃいでみせている。
少なくとも、渉にはそう思えた。
(末恐ろしいガキどもだ・・・。)



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