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渉の部屋にようやく明かりがこもる。
「へぇ。意外と奇麗なのね。」
「余計なお世話だよ。」
少し憮然とした調子で渉が答える。
2Kと誰がどう見ても狭い部屋だが、渉にはそれで事足りる。
2人はまだ玄関の所に立っている。
「何してんの?上がりなよ。」
「おじゃましま〜す。」
ここでもやはり、2人は同じタイミングで喋る。残念ながら、2人が同時に靴を脱いで上がれるほど広い玄関ではないので、行動までは同時に出来なかったようだが。
取り敢えず2人は、ベッドに腰掛けている。
「ベットが良い?それとも布団?」
「ベット!」
いい加減、この双子のシンクロ現象にも慣れてきた渉は、特に気にすることはなくなった。
「それより先に、バスルーム貸してもらえる?」
チサトの図々しさは、既に立派なオバサンになれる程のものだ。渉は頭を抱えて
「じゃ、そこにある赤いかごに洗濯物入れておいて。2人がお風呂に入ってる間に洗っとくから。」
と答えてTVを点ける。これは癖で、特に見るわけではない。
電気製品などは母が渉の「いらないから」の言葉を無視し、「有っても無駄にはならないから…。」と無理矢理置いて行ってしまった。
双子達のはしゃぐ声を尻目に、布団を引き始める。
引き続き、バスルームからも2人の楽しそうな声がもれてくる。
一通りの作業を終え、冷蔵庫からビールを取り出そうとした時に…。
「パジャマ…あ、代わりになるものでも良いから、何か貸してもらえませんか?」
風呂場から反響する声が聞こえてきた。
どうやら双子というのは図々しさも似るらしい。
もっとも、センリの方が物腰は数段柔らかいが…。
「じゃ、バスタオルと一緒に、このかごの中に入れとくから。」
良いながら無地のTシャツを二枚かごに入れる。
「ありがとうございます。」
チサトとは違った意味で、強気で出れない雰囲気をセンリはかも醸し出している。
取り敢えず今のうちに洗濯をするか、と脱衣かごから2人の服を取り出し、全自動洗濯機に放り込む。すると、チサトのワンピースの裾の端が焦げているのがわかる。
渉はそれを特別気にしないでそれも洗濯機に放り込む。
洗濯も後は待つだけで、やっとビールに有りつける…と思ってふとTVの音が気になった。
「…たあと、男は火を付けそのまま逃亡したもよう。なお、長男…。」
「うわっ!?」
バキン、という音と共に、けたたましい声が鳴り響く。
「ちょっと、おい!今は夜中なんだから、静かにしてくれよ…。」
今は風呂場に確認しに行くことも出来ず、抗議の声を上げることが渉に出来る唯一の抵抗だった。
一段落ついて、2人はようやく眠ってくれた。
渉は解放された気分に浸る。
(子育てって大変なんだろうなぁ…。)
なんて思ってる自分に気づいて、思わず苦笑する。
(明日は警察に連れて行かなきゃ…。)
不意に、今のうちに2人を見ておきたい気持ちに駆られる。
セミダブルのベッドで仲良く眠っている2人の顔を覗き込む。
安らかな、見ているこっちが幸せになるようなそんな顔だった。
(これが、天使のような寝顔って奴かな…。)
渉は満足そうに微笑む。
(まさかこの2人に脅迫されました、なんて言っても誰も信じてくれないだろうな。)
取り敢えず満足した渉は、普段は使うことも無い客用の布団の上で感慨に耽る。
渉の生涯で、これほど不思議な日も無かった…。いや、多分誰にもないだろう。
床について明日になるのが勿体無いと感じた……。
渉は夢の中に居る…。
それは渉自身気づいている。
だが、余りにもや靄がかすめていて何かわからない…。
声だけが聞こえる…。
子供の声…。
だが、何と言ってるかまでは理解できない。
(俺に話し掛けているのか?)
まだ聞こえる。
(何て言ってるんだ?)
その声は、いつまでも、いつまでも渉の脳裏から離れることはなかった…。
ぴぴぴぴっぴぴぴぴっ……。
うっかりセットしてしまった目覚ましが鳴る。
「う〜ん…。」
もぞもぞと枕元を探るが、いつもの位置に目覚ましが無い。
そこでようやく気づいた。渉がいつもの場所で寝ていないことに。
見るからにだるそうにベットの上にある目覚ましを止める。
「くはぁ〜ふ…。」
双子はまだ眠っている。
「以外と神経図太いのな…。センリも…。」
昨日は結局風呂に入れなかったため、目を覚ます意味も含めてバスルームへ向かった。
(ここまでが、4/24に送ったもの)
バスルームへ入ると、不意の光が寝ぼけ眼に襲い掛かる。
強い光に目を閉じ、一歩踏み出すとヌルリとした感覚があった。
奇妙に思い、目を開けると、そこは惨澹たる結果になっていた。
「なんじゃこりゃ…。」
渉は思わず呟くが、うまく声が出せずに、ドスの聞いた、低くうわずったものになった。
かなり強烈にバスルームの改装が行われたらしい。
当たり一面を覆うのは、赤よりも暗い色。
「血…血か?」
そこには鈍い光を放つ赤黒い部屋が有った。
血が滴るシャワー、天井…。
渉は必死になって目を擦る。
が、やはりそこには…
普通のバスルームが、当然と言わんばかりにあった。
ピンク色のタイルが壁を敷き詰めている狭い空間に、朝日が射している。そして、その朝日の光を鏡が渉の方に反射する。
(これを見間違えたのか…?)
そんなことは余程疲れていない限り有り得ないとは思うが、目の前に「普通のバスルーム」と言う現実がある以上、渉はそれを受け入れることしか出来なかった。
目覚ましにしてはこれ以上と無い光景を目の当たりにした渉は、思考能力を奪われ流れ作業で体を洗う。
(なにやってるんだろう。)
ただぼんやりとした表情で正面の鏡を見据え、声には出さずに呟いた。
シャワーを浴びて渉は一連の作業を終えた。
次は俯いて、頭を洗いだす。その作業は淡々としていてあくまで静寂を守り通している。
「ふふふ…ははは…。」
子供の声がバスルームに直接反響する。
(何だ?アイツら起きたのか?)
しかし、それはバスルームの外から聞こえてきたものでは無いということに渉は気づいていた。
「ははは……。」
体は恐怖と言う鎖に縛られる。それも、決して身動きが出来ないように。
そして、緊張が辺りを包み込む。
(こういう時の時間ってやたら長く感じるんだよなぁ。)
何処か呑気とも言えるが、そうやって恐怖をごまかすことが渉に出来る唯一の抵抗だった。
渉にとっての長い時間が過ぎた。
その緊張感に絶えられなくなり、顔を思い切りよく上げる。
鏡に映ったのは喜劇とも思えるほど脅えていた自分の顔だけだった。
再び子供の声が聞こえた。
しかしそれは、この商店街を通学路にしている小学生の声だった。
(そうか。窓を開けっ放しだったんだ。)
窓を閉めて、頭からシャワーを浴びる。
不意に笑いが込み上げてきた。
「ふふっ、ははははは…。」
渉は力無く笑うことしか出来なかった。