| 実は私のページは ”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 「親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました。 7月27日 私のスイート・ハートには生意気にも絶えず『結婚したい男性』などというものがいる。以前のは幼稚園の一学年上の男の子がそれで、けっこう長くて一年以上続いていたが、一月ほど前に突然ポケモンの主人公の少年と同じ名前の男の子に代わった。しかし、その子の時代はすぐに終わりを迎えたようである。また代わったと聞いたので 尋ねてみた。すると、 「竹次郎のお父さん。」という答え。 「え〜、松吉? 竹次郎でしょ?」 「竹次郎はタイプじゃないの。」 「萌のお父さんじゃないの?」 「髭がキライ。」 「じゃ、うじきつよしは?」 「たまに写真撮るくらいであんまり働かないからイヤ。それにはっきりしないし。」 「松吉の方が働かないでブラブラしてるんじゃないの?」 「初めは全然売れなかったんだよ。でも最後はよく売れたのお弁当。」 って、ドラマの筋をけっこうよくわかっているのである。 実際五歳の女の子のドラマを理解する能力をなめてはいけない。 ビバリーヒルズなんて、人間関係が結構複雑でたまにしか観ない私は観る度に 「おや?」っと思う。 「あれ? この子ってあの娘と付き合ってなかったっけ?」 「いつの話よ。時が経てば相手も代わるの。」 五歳の娘との会話とはとても思えない。 7月26日 昨日サリーのCDのところを更新しました。以前はすべてを一頁に収めてあって 重すぎたので、ページを分けて、それから少し書き足しました。サリーのCDに対して評なんて とても書けないし、コメントというほどのモノでもないし、何なんでしょう? ありは。 土曜日にBSの録画していた「親愛なる日記 CARO DIARIO」を観ました。久しぶりでしたが、おもしろい。ナンニ・モレッティのとぼけ具合というかひねくれ具合がやっぱり好き。イタリアに行きたくなってきました。 7月21日 ここしばらく結構更新しているのですが、この日記の方をつけていません。ドゥニヤ・ケ・ガーネとサリーのコーナーを少しずつ触っています。それから、リンクも少し増やしました。 梅雨が明けて上海も熱くなってきました。そろそろ熱帯の音楽もききはじめようかなっと。 7月7日 二時二十分発のウルムチ行き飛行機にのって、新彊へ。なんと五時間もかかるのです。国内線ですよ、国内線で五時間なんてやっぱり大中国。 それにしても新彊航空のスチュワーデスさんのきれいなこと。飛行機でこれなら現地はどんなだろう? と、もうわくわくしながら機上のヒトとなっておりました(ずっと寝てたけど)。で、写真を取り忘れる。ま、いいか。どうせウルムチにはべっぴんさんがわんさかといるでしょう。 七時過ぎでもまだ明るい。聞くところによると九時過ぎまで明るいとのこと。 一人目のウイグル美人を発見。 ![]() 一つ覚えのウイグル語で「ラフマット(ありがとう)」 当然向こうも「アルズマイドゥ(どういたしまして)」 7月8〜9日 ウルムチ駅。![]() 紅山公園の中で今日(8日)はお仕事(ホントに) 。 紅山公園からみる街並。街並みは特に他の街と変わらない。漢族も多いし、ウルムチの独特の雰囲気を期待してたのに。ウルムチ美人はどこにいてんねん? ![]() ウルムチにも地下街がありました。 ![]() 「ウルムチにも銭櫃(キャッシュ・ボックス)が!」と思っ たら、ニセモノみたい。英語名は「キング・アンド・クイーン」となっていました。 銭櫃、チエン・グイ、キエン・グイーン、キングエングイーン...、キング・エン・クイーン、キング・アンド・クイーン...バンザーイ! バンザーイ! って、かなり苦しい。 人民大会堂 ![]() 人民広場で踊るウルムチの人々。見えにくいけどすごく沢山の人。曲はなぜか『快楽老家』。 7月10日 バスでトルファンへ。 途中高速道路を走っているとき風力発電の風車を発見。すごい数。初めて見ました。 ![]() 火焔山 バザール バザールときくと必ずつぶやいてしまう「バザールでござーる。」 おやじのみならず中国人ガイドまで言っていた。 ![]() カザフ族の女の子(だったと思う) 歌って踊れるべっぴんさん。 ウイグル族の女の子たち 舞踊を披露してくれた女の子たち。出番前の緊張した面もちを...緊張しとらんなぁ。 ![]() はい、ポーズ。 もう、可愛くて可愛くて...。 おっちゃんと一緒に帰ろうか? 7月5日 実は東ティモール問題がずっと気になっているのです。ティモールというのはマレー語(インドネシア語)で『東』という意味だったと思います。 八年前にマレーシアで車に乗っていてどこまで走っても同じ方向に『ティモール』という標示が出ているので、「ティモールというのはよっぽど広い場所なんですね。」と訊くと 「ティモールというのは東という意味だよ。」 と笑われたのを覚えています。 だから東ティモールというのは東『東』になってしまいます。それは別にいいのですが、マレー語ではどう表記するのかが気になってしょうがないのです。英語では『east timur』なのでしょうね。マレー語では『timur timur』と言うのでしょうか。書くときは『timur2』とか書くのでしょうか。 すみません、深刻な問題なのに、こんな事を気にしていて。 おお!ペプシの缶にフェイの顔が。あの眼で見つめられながらペプシを飲むのも少し照れちゃうなぁ。(なんで照れんねん。) 7月4日 サリーのところに紹介文をやっと作りました。でもあわてて作ったのでまたそのうちきちんと作り直します。 あと、ドゥニヤ・ケ・ガーネにインドネシアの音楽紹介を始めました。とりあえずはダンドゥットとクロンチョンです。次の更新ではマレーシアをしようと思います。 もう7月なんですよね。早いものですね。7日から11日までウルムチに行って来ます。ウルムチ路ではありません。帰ってきたら14日から一泊で香港です。 7月1日 昨日、マイ・ハニーが七夕用短冊を準備しているのを盗み見したらなんと、「可愛いミュウになっていっぱい進化したい。」と書いてありました。 う〜ん、ぴかちゅうが好きなのかと思っていたら、なりたいのはミュウなのか...じゃなくて、我々のこどもの頃って、こんな事を書かなかったと思うのですが。なりたいものなら「プロ野球選手」とかで、欲しいものなら「天体望遠鏡」とか「新しい自転車五段変速」とか買って貰えるかどうかは別にして、こう書いたような気がします。「ジャイアントロボが欲しい」とか、「ウルトラマンになりたい」とかって書かなかったと思うのですが。 ちなみに彼女去年は「キティちゃんになりたい。」と書いていたような記憶があります。私は親としてどう反応すればいいのでしょうかね。キティちゃんとミュウとを比べると同じようなものでしょうが、「いっぱい進化したい」というところに上昇志向のようなものを感じとって喜ぶべきなのでしょうか。 (右の写真は6月30日現在の上海のある道路です。 川ではありません。) 6月30日 しかしよく降ります。 上海の梅雨入り後の雨量は過去126年で最高ということです。 (「雨量!」ってなんかかけ声みたいね、関係ないけど。) ![]() しかし126年ってほんまかいな?と思います。126年前の統計がこの国できちんと残っているの? と思うのです 。昨年の暑さは50年振りの、と言われていたが、あれもなんか信じ難かった。50年というのがゴロがいいからそう言っているだけと違う? と私は疑っていたけど、今度は細かく126年と言っています。 聞こえていたのかしらん。 ![]() 『ディック・アンド・カーボーイ』になんでこんなに惹かれるのだろう。 とずっと不思議に思っていましたが、昨日久しぶりに『甲斐バンド』を聴いていてハッと気づきました。 初期の『甲斐バンド』だ。 そう、私は歌謡曲っぽいロックが好きだったのです。言い換えるとバンド形式で演る歌謡曲。ってこんな風に彼らをジャンルわけしていいのでしょうか? そうそう、亜州(なぜか「洲」じゃない)明星総覧のサリーのところにリンクしていただきました。Webマスターの岸上さんから直々にメールが来て恐縮しました。どなたかが「サリーのページができたよ。」と言って下さったようです。有り難いことなんですが、サリーの部分は全然まだできていないのでお恥ずかしい限りなのです。 これからなんとかしていかなきゃと思い続けてはや二ヶ月。 6月28日 来月の24日にP−ラムリーの記念切手がマレーシアで発売されるという。彼は喜劇俳優、歌手、作曲家、映画監督と何でもこなすマレーシアの国民的英雄です。誰かその時期にマレーシアに行く人がいらっしゃったら、買ってきてくれませんか。私は八月に行くと思います。残っているでしょうか。 本日張学友のコンサートの模様をアップする予定です。 6月25日 ずっと雨ですね。 十年以上前の梅雨のある日大学の所属していたサークルのノートに「雨の降る日は...」という書き出しの記述がありました。 「あれ?うちのサークルにも(ラグビーのサークルです。)こんな 文学的なことを書くひとがいるんかいな。」と思いながら続きを見ると、「...天気が悪い。」と書いてあってこけました。 なんか、ふと思い出しました。 6月22日 昨日少しのどの調子が良くなってきたのでカラオケに行きました。 私は通常、高音を張り上げるタイプの曲が好きでよく歌うのです。 以前松山千春が「歌をうまく歌おうと思ったらでかい声で歌えばよい。」と言っていました。大きな声で歌うにはキーの設定が重要になります。キーが低いと大きい声で歌えません。 私はキーをその曲の最高音部分が私の音域の一番上になるよう設定しています。つまり自分の一番高い声で歌えるようなキー設定です。そのため現在のように高音が出ない時には本当に歌える歌がありません。こういう時にも歌えるようになごみ系の歌を覚えなきゃ、と思った次第です。 でもこういうときには歌わなけりゃいいのですよね、本当は。 6月21日 『南寧湾節だよ人生は?』 会社の新しい運転手さんは非常に音楽好き且つ親切な人です。以前は欧米系の会社で運転手をやっていたので洋楽のテープもたくさん持っています。今度は日系の会社なのでということでテレサのテープをたくさん用意して毎日かけてくれるのです。乗る人に合わせて選曲を考えるとはとても中国人とは思えない心配りです。 日本語のテープも持っていて、中にライブでテレサが『浪花節だよ人生は』を歌っているのがあって、それをかけているときに私にこう聞いてきました。 「ナニワって何のことですか?」 「まあ、地名ですね。」 「やっぱりそうですか。どうして日本の曲で中国のナンニンワンを歌うのですか?」 「はあ? ナンニンワン?」 「そう大変貧しい地域です。」 「ああ、崔健も歌っていた南寧湾ね。ちゃうちゃう、大阪のことや(ってなんで急に大阪弁やねん)。」 彼は浪花節のことを南寧湾節だと思っていたようです。たしかに歌を聴くと「南寧湾〜、あ、節だ〜よっ、女の、おんんなあのお〜...」と聞こえますね。 6月19日 みなさんオフを楽しんでいらっしゃるのでしょうね。はからずも美女に弱い踏台というのをばらしてしまいました。 ヨーコ・ハマさまにせっかくお会いできたのに、声をつぶしてしまっていてあまりお話しできませんでした。シンガーは喉が命なのに(誰がじゃ!)こんなになって情けない。 ![]() しかし風邪でもなさそうです。ここのところずっと睡眠不足だったのでそのへんが原因でしょうか。ささやき声しか出ず、たまに八百屋のおっちゃんのダミ声みたいなのが出たり出なかったりという状態でした。 ささやき声しか出ないと日本語は大丈夫なのですが、中国語だと有気音と無気音の区別が付けられなくなってなかなか通じません。 というわけで、ヨーコ・ハマさま、私の玉を転がすような美声をお聞かせできずに残念でした。 6月16日 昨日は香港に日帰りで出張に行ってきました。思いの外疲れてしまいました。なぜでしょうか。片道二時間です。大阪にいたときは東京日帰り出張だってしたことがあります。三時間新幹線に乗って大阪〜東京を往復するのです。普通考えるとそちらの方が疲れるように思うが、今回の香港日帰り出張の方が辛かったのです。 両者の違いは移動距離。人間の体は物理的な移動距離に何かしらの影響を受けるのではなかろうかと思います。今回は時間はともかく移動距離が長かったのでよけい疲れたのでしょう。その証拠に我が社の出張旅費規程にも日帰り出張の場合、距離による手当の差があります。 てなことを考えながら、昨晩眠りについたが今朝起きるとのどが痛くて声が出ません。なんのこたぁない。ただ風邪を引いただけでした。 6月15日 先週末いくつかサーチエンジンに登録しました(今ごろかい!!)。登録できてるかどうか確認のため検索したら、あるものですね、同じ名前のHP。 『親愛なる日記』という日記のページと『Caro Diario』という名前のイタリアもんのページでした。そのうちご挨拶に行こうと思います。 6月13日 昨日私の『最愛の女性』の寝顔を眺めていたら「ああ、この子もいつかはお嫁に行ってしまうんだなぁ」としみじみ思ってしまった(そんなことを考えるのはまだ早すぎる?)。 式の前日に「お父さん、今までお世話になりました。」なんてまじめに言われたら泣いてしまうなぁ、などと考えていたら自分の時のことを思い出してしまった。 といっても、私は男なので父親に手をついて挨拶した記憶もないし、母親にかしこまってなにか言っかどうかはっきりした記憶がない。ただ、母親に関することでおもしろいことを思い出した。 確か式の一ヶ月くらい前(直前までマレーシアに出張に行っていたので、たぶんその前の話だと思うので半月から一月前くらいだったと思う。)の夜に突然私にけっこうな金額の預金通帳と印鑑を差し出しながら、ひとことこう言った。 「結婚式までにこのお金で身辺をきれいにしてしまいなさい。」 私は呆然としてしまった。当時の私にすれば(今でもそう)けっこうな大金である。 こんなお金でカタを付けなきゃならない女性って? それに結婚前に複数の女性とつきあっていると思っているの? 仮に(あくまでも仮定の話してある。)複数とつきあっていたとしても(あくまでも「としても」の話である。)、当時私は独身であったので別れようと思えば簡単に別れられるはずである。 「母親は私がどんな女性とつきあってどんなトラブルを抱えていると思っ たのだろう?」 「そもそも息子のことをどう考えているのだろう?」 と呆れながらも、こう答えた。 「ありがとう。こんなにたくさんもらっていいの?」(笑) だって、下手なこと言って気が変わっても困るもの。貰えるのなら貰っておかなきゃ。 母はさらに一言。 「これでも足りなければ、また言いなさい。」 この問題はその後もずっとひっかかっていて、母がどういう意味でこれらの言葉を言ったのかそれが気になっていた。 ところがその五年後に真相がわかることになる。上海駐在が決まって赴任までの間に実家へ帰ったある日、母が私に餞別(今度は餞別として一般的な?金額)を手渡しながら一言。 「赴任までに日本国内の関係をきれいに精算して行きなさい。」 この一言で長年の謎が解けたのである。この時の方が状況的には複雑(妻子がいるわけだから。)で、物価も上昇しているはずなのに金額は餞別程度である。本気で言ってるのではないことはすぐわかる。ということは、前回のも母独特のシャレだったわけである。私に太太に内緒のへそくり口座をくれただけのことだったのだろう。 しかし、何かおもしろいことの一つも言わないと餞別も渡せない母っていったい? と思う。今度帰任するときにはどんな台詞を考えてくれるのか楽しみだなと思ったけど、 よく考えると帰任の時は帰ってからしか会えないのでそんな機会はないことに気が付いた。 この年になっても親からのお小遣いを期待する踏台っていったい? と思わないでください。私はただ、母の台詞に期待しているだけなのである。 (しかし、こんなとこまで読んでくださる方がいらっしゃるのですね。) 6月10日 一昨日は我的愛対[イ尓]説のお話を二つ増やし、昨日はサリーのところを少し更新したのですが、ここに書き込もうと思ったら出来なくなりました。何度試してもタイムアウトでした。 上海は梅雨です。 6月11日 今日は細かいところをいくつか直しましたが、時間ばかりかかりました。ゲストブックも見る書く一体化しました。 途中失敗して途方に暮れているところオンネルさんが書き込みに来て、どうしようかと焦りましたが、でたらめにさわっていると直りました。 こんなことでよいのでしょうかね。 6月7日 出張してたり、お客さんが来たりで忙しくて全然更新できませんでした。 香港でデジタル・カメラを買ってしまいました。よってそれを使いたいがための更新をしました。 自己紹介ページにコレクションとギターの写真を載せました。まるっきりの自己満足です。ちゃんと更新しなきゃ。 5月24日 リンクをやっと作りました。 明日は久しぶりに中カラ仲間と中カラします。今日は一人で練習に行くか、家でVCDで練習するか迷うところです。 5月26日 昨日中カラしに行って来ました。4月に強力なメンバーの一人が帰国されてしまったので 中カラする機会が減ってしまいました。 そう、彼に頼りすぎていたのでした。 それで、上海に中カラファンがもっといるはず、新しいメンバーを募集しなくちゃ、ということになりましたが、やっぱりここに中カラのコーナーをつくって、 日程調整用の掲示板でも設けましょうかねぇ。 5月20日 本日「上海市環境状況公報」を入手してくれと事務所の女の子に頼んだら、案の定 「どこに売っていますか?」だって。ホントに進歩のない人。 「政府の関係部門に聞いたら?」と言っておきました。 しばらくして、私のところにやってきてこう言いました。 「あるにはあるけど、一般の人にあげられないって。」 私はムッとして、 「あのねぇ、公報よ、公報。一般の人が見られなかったら誰が見るの?」 と言いながらも、まあいいか、インターネットで見られるでしょう、と思い深く追求せずにネットで探すと簡単に見つかりました。 「見て、ネットで公開しているものをなんで一般の人に渡せないの?」 と彼女に言うと、 「そうです、公開はしているけど一般の人には渡せない、幹部の許可が必要と言われました。」 と彼女。 「あなたそれでそうですかと電話を切ったの? それじゃ幹部に代わってくれってどうして言わないの? それで納得したの?」 と怒ってしまいました。 ネットで公開している物を渡せないと言うことは、印刷のコストが勿体ないと言うことでしょうか? それならインターネットで見てくださいとURLを教えるぐらいのことをすればいいのに。そう思いませんか? う〜ん。ここはこんなことを言うコーナーではないはずなのに。 5月19日 先日私の最愛のひとが彼女の母親と買い物に行き可愛い羊のぬいぐるみをみつけてたいそう気に入り、購入してきました。そして、その母親曰く「マリン」という名前にすると言うので羊に「マリン」は似合わないから別のを考えなさいと言って、結局「ハイジ」になったということです。 私はそれを聞いてあきれてしまいました。羊は山でマリンは海だってそんな常識的なことを言わないで、羊に「マリン」という名前を付けるセンスを認めてあげなさい、とその母親に文句を言ったのですが、別に親愛的宝貝は「マリン」が海という意味だとはわかっていない、と口答えをするのです。 私の言いたいのは、意味を知らないで付けた名前にせよ名前を考えるというクリエイティブな行為をするときに母親からこれはこうだからこうしたほうがいいなどと言われると、以後自由な発想をするということができなくなる。そうやってこどもの創造性というものがなくなっていって、つまらない大人になっていくのですよ、ということなのです。 羊に「マリン」のどこが悪い。犬に「ネコ」という名前を付けたって、ネコに「ポチ」だっていいじゃないですか。亀に「ミルフィーユ」と名付けるセンスだって私は大好きです。 更新日記で書く内容ではないのですが、書く場所がないのでここに書いてしまいました。 5月16日 我的愛対[イ尓]説のお話を12日に一つ増やしました。そのほかにもすべきことはたくさんあるのにやってません。駱駝老師ごめんなさい。 なんかしらんけど忙しい、昨日はアテンド、今日は出勤です。 掲示板にはよく人が来てくださってうれしいことですね。 現在のBGMはなぜか”チープ・トリック”です。あっ、さっきまで聴いていた中国の”新袴子(ニュー・パンツ)”という名前のバンドもごくいいです。 5月10日 我的愛対[イ尓]説のお話を二つ増やしました。ブラウザの幅の話は難しくて、作業が進みません。 リンクも作らなきゃいけないのですが、進みません。 仕事もしなきゃいけないのですが、進みません。 迪克與牛仔(ディック・アンド・カウボーイ) のアルバム、他人のカバーばかり入っているやつすごくいいです。今横でかけていますが、むっちゃカッコイイ。 5月7日 本日、駱駝老師のところの掲示板にここのページのURLを公表しました。沢山の方が見に来て下さいました。それまでは全く誰にも知らせていませんでしたので、私が自分で見に来るのと、おそらくGeocitiesのご近所の方がのぞきに来て下さるぐらいでした。やはりいろんな方が来て下さるのは嬉しいものです。 まだまだ皆様にお見せできるようなモノではないのに公開してしまいましたので、これからがんばって手を加えていかねばと思っています。 |
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