| 実は私のページは
”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 「親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました。 2月5日 日本航空機ニアミス事故について、ニュースで見ていて気になったのですが現 場が非常に飛行機の往来の激しいところである、ということから「飛行機(航空 機だっけ?)銀座」と呼ばれているんですと。 この言い方笑いません? いまどき、○○が多い、交通が激しいというのを○○銀座というような言い方を するのでしょうか? 昔はたしかに化粧品会社等、会社名の頭に「東京 銀座」と付けて売り上げが 倍増する呪文のように使われてきたという事実があります(あるのか?)が、銀 座のステイタスも落ちてきた(そう?)現在、なんか、○○銀座というと聞くと 安物の商店街のように聞こえて、バッタモン臭いと思うのは私だけでしょうか。 てなことを考えながら「銀座商店街」で検索してみると、あるわあるわ「銀座 商店街」。生野銀座、小田銀座、戸越銀座…。 ひょっとして、「銀座というのは別に東京のあの銀座の固有名詞ではなくて一般 名詞なのか?」と思い銀座の由来を調べてみました。すると、現在の銀座と言う場 所はかつては徳川将軍直轄の銀の鋳造所であったこと、これが銀座の名前の由来と のことでした。 ということで各地で真似したというか、あやかりたいと思って名付けたというこ とでしょう。まあ、むかしむかしにそう名付けたのでしょうけど、「○○の往来が 激しいので、○○銀座と呼ばれています。」なんて現在テレビでそんなことを言う センスを笑ってしまいます。 それとも日航では現在でも普通に「飛行機銀座」と呼んでいるのでしょうか。 「部長! 先ほど飛行機銀座でニアミスが発生しました。」 「なに?! 飛行機銀座でか?」 などというふうに会話しているのでしょうかね。 ところで他にどんな銀座があるのでしょう? ちょっと考えてみると、台風銀座なんていう言い方もあったような気がします。 もっと他には…。思いつきません。 2月4日 リンクのコーナーのYUTAKAさんとこの紹介文で「神出鬼没、百鬼夜行のYUTAKAさん」と形容しているのですが、「百鬼夜行」というのは人を形容する語ではないしこの表現はおかしいという苦情のメールをいただきました。 その通りです。そんなこたあ知っています。ただ単にゴロが気に入っただけです。 意味なんて無視しています。それになんとなく字面もいいし。「一人でも百鬼夜行」 でいいじゃないですか。訂正なんかするもんかい。 リンクで思い出しましたが、私のリンクのコーナーでこちらから「リンクをさせていた だきました。」と報告メールを出したのに相手にされず、何の返事もなかったところがひ とつあります。別に許可を取るつもりもなかったし返事が欲しかったわけでもないのです が相手にされないというのは「ひょっとしてイヤなのかな?」と心配してしまいますね。 返事するのが面倒だっただけでしょうね、たぶん。そう考えてリンクしたままにしてあり ますけど。 今日はずっと行きたかった散髪にやっと行くことができました。 私は現在床屋で散髪しています。しかもとっても大衆的で安いところです。 私のように短い髪型だと理想は週に一回、空いても二週間に一回は散髪に行かなければな りません(今回はなんと三週間以上空いてしまいました。)。安いところで回数行った方 がイイのでそうしているのですが、実はなかなかマメに散髪に行くのも大変なものです。 それと頭というのはなかなか自分の思ったように刈ってもらうのは難しいので本当は小 さな個人の床屋さんか、指名できるような(ある程度)高級なところに行った方がイイの です。つまり私の行くところは大衆的なので理髪師が沢山いて誰に刈ってもらえるかわか らないところなのです。ですから行くたびにどういう頭にして欲しいか伝えなければなり ません。上海にいたときはいつも同じ美容師に剪ってもらっていたのでもう何も言わなく ても同じように刈ってもらえて楽だったのに。 でも、ここのところずっとだいたいイメージ通りにできあがっていたので、この値段で この仕上がりなら別になんら問題はないと考えていました。 ところが今日は少し刈って、じゃない勝手が違いました。 まず、前回散髪に行ってからずいぶん経っていたのと、今日はプールで泳いでからその まま行ったところです(といっても、もちろん水着で行ったわけではありません。)。 これはどういうことかというと、理髪師が剪る前の私の頭を見て私がどういうヘアスタ イルを望んでいるか判断しにくいという事なのです。時間が経っているので前回どのよう に剪っているか想像しにくい、それに全く整髪料もつけないボサボサ頭を見ては理髪師も さらに緊張感をなくしてしまったのではないかと思います。 さらに、今日は普段と違うということに対する自覚を私自身が持っていなかったのです。 それに私は施術中(「散髪をしている間」とのことをこう言うみたいです。この店には 「施術中は携帯電話の電源をお切りください。」と書いた紙が貼ってあります。)は眼鏡 を外すので理髪師がなにをしてようとまったくわからないのです。というのは言い過ぎで もちろん髪を切っているのか髭を剃ってくれているのか等はわかりますがどのように剪り 揃えているか細部はわかりません。 つまり施術中(ホントに一般的にこう言うのでしょうか?)にあれこれ指示をするとい うことは不可能で、始まってしまえばまな板の鯉のように「好きにして…。」と時の流れ に身を任せるしかないのです。終わって眼鏡をかけて鏡を見て「わ!」と驚くくらいが関 の山なのです。 と、いうことです。くーっ。 1月29日 インパクってインターネット博覧会のことだったんですね。私はまたイン ドの博覧会だと思っていて、千里の民博あたりでやっているらしいけどいつま でやろ? 早く行かないと終わってしまうかな? えがしらさんにでも訊いて みよう。あのヒトやったら絶対もう行ってるやろなあ、でもホンマにまだ大丈 夫かなあと焦っていました。 というのはもちろんウソです。 でもインドの地震は大変だったみたいですね。地震と聞くとやはり仕事柄ドキリ とします。でもそういえば台湾で地震があったときはその地震情報集めをさせられ ましたがインドの地震の時はどこからもまったくその要請がなかったのはなぜなのでし ょうか? 今朝はJRが七分ほど遅れてしまったため乗った電車は満員でした。しかもその七分、 遅れるのがイヤでいつもの電車より本来なら少し早く来る電車に乗ってしまったので歩く 距離が少し増えてしまって結果的には素直に遅れてやってくるいつもの電車に 乗っても単純に七分だけ会社に着くのが遅くなるだけなので大した違いはないのに そうしなかった自分がなんだかとてもせっかちに思いました。 しかし、アナウンスで確か「霜のため電車が七分ほど遅れて到着いたします…。」 と言っていたように聞こえたのですが、よく考えると霜が降りたため電車が 遅れるとはとても思えないのですが、いったい何だったのでしょうか? 普通に考えると「事故のため…」でしょうが、絶対そうは聞こえませんでした。 「しものため…」と確かに聞こえたのです。ひょっとして下のため? って、 よけいわからん。 そんなことはことはどうでもいいですね。寝よ。 1月28日 本日は親愛的寶貝のピアノの発表会。上海でも少しはやっていたものの 帰国してこちらで習い始めてからまだ少ししか経っていないのにもう発表 会に出るとは生意気千万なのですが、可愛い千金が出たいというのでそこ は親バカを発揮して親族郎党引き連れて観に行ったわけであります。 寶貝を含めて二十組の幼稚園児から小学生の演奏を観ました。こういう 子供のピアノ演奏というのを観るのは初めてでしてこのくらいの児童のレ ベルというのはよくわからないのですが、やはりみんなヘタクソで非常に 退屈でした。 うちの母親も孫可愛さにドレスまで縫ってくれた上に本日観に来てくれ たわけですが、あきれていました。 「今の先生はみんな優しいねえ。そうでなきゃきょうびの生徒はやめてしまうんやろねえ。」 ということを言っていました。 私の母親はむかし職業として邦楽をやっていて同じようにお弟子さんを 持ってもちろんこのような発表会なんかもやっていたわけで、その時のこ とと比較してこの発言でした。 そう彼女の言うとおり、二十何人全てが途中どこか間違っていました。 ノーミスで全て引き通せた子供は一人もいませんでした。上手下手以前に 練習不足であることは否めません。 もう少し厳しく練習をさせるか、みな全て曲の難易度をワンランク落と した選曲をしてとりあえずは間違えずに弾けるように完成させるべきです。 そういえばわたしは寶貝のピアノの練習など殆ど聞いたことがありませ んでした(家に殆どいないと言う説もある。)。これからは少し厳しく練 習を見てやろうかしらん、と思います。ピアノはよう弾かんけど。 昨日はオフ会でした。詳しいことは 「日日雑記」 へどうぞ。 最近当サイトへのアクセス状況が変わってきました。なぜか平日より 休日のアクセスが多くなってきました。それも極端に。これまでは会社のPC で見ていた方が休日に自宅で見られることが多くなってきたのでしょうか。 それとも最近私があまり更新をしていないから「休日に更新しているかな?」と見に来られるのでしょうか? それにしても相変わらず「糸屋の娘」のリンクから来られる方がコンスタントに多い。麻さん、ありがとうございます。 1月26日 なんとあの不気味なメール、○○○ーさんのところにも来ていたそうです。 するとやはりHPを見て出したメールのようですね。中国関係のサイトを選んで出したのでしょうか。他にも届いた方いらっしゃいます? でもなんと言う偶然でしょうか。私がたまたま上海にいて、しかも163で ネットに接続しているときに163のメールを使って届いたなんてなんか偶然とは思えずにビビってしまいました。 しかし、今日も少し○輪○で検索していたらなんと日本語のサイトもあるようです。だったらなんでわざわざアメリカの中国語サイトを紹介してこなくてもその日本語のサイトでいいと思うのですが。 それから、昨日の日記の訂正。 えざわたみさんは、中国の女優じゃなくて歌星に、子供をすでに産ませたのではなくて、三月の予定だそうです。 1月25日 上海出張中にgooのメールアドレスに中国から一通のメールが来ていたのですが文字化けで読めませんでした。エンコードを変えてもダメで読むことは不可能かとあきらめていたのですが、本日またエンコードをいろいろ変えてみて いたら件名だけなんとか読めました。 ところがその件名は「大陸公安精英対公安渣子的厳正通告 」となっています。 これってすごくインパクトのある件名ではございませんか。 もちろん最近は大陸で何も悪さをしていないので私に対する通告でないのは 明らかです。たぶん。おそらく…。 だけど気になるじゃないですか。なんとか本文を読もうといろいろ試してみましたけどだめです。しかたがないのであきらめてそのメールに書いてあったURLをクリックしてみました。 すると、アメリカ国内にサーバーを置く中国語の新聞のサイトにたどり着きました。一見するとフツーの新聞のような体裁をとっていますがよく見るととても大陸では書けないような内容が沢山掲載されています。○輪○の例の事件のことも多く取り上げられていますし江○民を貶す文章も数多く見られます。 どうやら○輪○集団が作っている新聞のようです。かなりふざけたというか子供じみた江○民批判をしていたりと、内容的には低俗なものも多くてどこまでが事実なのかよくわかりません。例えば彼がある女優に子供を産ませた、というのが頻繁に出てきますが事実なのかどうなのか。 しかし、どうしてこういうものが私のアドレスに送られてきたのか? と、そちらの方が興味あります。 発信人のアドレスは163.netのフリーメールなので、ひょっとしたらそこから送られたのか? と考えました。なぜなら私は上海でそこのプリペイドカードでネットに接続していたからです。そこでそのサイトに行ってみましたがおそらく違うだろうということがわかりました。 このメールについてのことがそのサイトに告知されていました。それを読むと、「何者かがこのフリーメールのアドレスが発信人になるようにニセの設定をして沢山の「反動的」メールを流している。」とのことなのです。かなり問題になっているようです。 それによく考えるとその163.netを使って接続していたといってもgooのメールアドレスは教えていないし、接続してメールを読みに行ったことはあるけどメールを送信したことはないのです。だからその会社にメールアドレスを知られるはずはないと思うのです。 でもそれを言えば、別の方法でも私のメールアドレスが知られることは考えられないし、HPを見てメールしてきたとも考えられません。ちょうど上海にいた十日間の間に何者かがたまたま私のHPを訪れてメールをしてくるというのは可能性としてはかなり低いと思うのです。 そうすると、やはり私が上海でネットに接続していたときにどこかで私とすれ違うかして、後を付けてフリーメールのアドレスを突き止めた(うまく表現できませんが、とにかく上海で接続していてメールアドレスを知られてしまった。)というふうに考えるのが自然です。私はそのへんのところは詳しくないのですがそういうことは可能なのでしょうか? 可能であるとすればまず○輪○には私のHPの存在を知られており、また逆にそれをマークしている中国政府のどこかの組織からも監視されていたりする可能性もあるのでしょうか。 少し怖いので部分的に伏せ字にしたのでした(もう遅い?)。 1月24日 この間の日曜日に不注意から右膝を痛めてしまいました。宝貝と遊んでいて飛び上がって片足で着地したときにしくじっちまったのです。前十字靱帯が切れているのを忘れてしまっていました。 着地した瞬間にちょうど劇画などで突然出てくる白黒のレントゲン写真みたいなショッキングな絵、膝の骨がズルッとずれて「グキッ!」と文字が入っているそんな映像が浮かんでくるような感じでした(ようわからん。)。 踏ん張らずにわざとコケたので少しはマシでしたがその場でもけっこうな痛みがありました。それでもその日はマシでした。問題は次の日で通勤もけっこう大変でした。いまはずいぶんマシになりましたけど。 それでもすごいのはあのサポーター。こんな状態でもあのサポーターを装着すればクリアステッパーで走ることが可能なのです。そもそもアレを着けていれば痛めなかったでしょう。 ところで、月曜日に十日ちょっとぶりで会社に行ったらPCが新しいのに替わっていました。出張でいなくてもきちんと作業が終わっていて感心なのですが、もちろんのこと前の端末で施してあった個人的な設定というのはもちろんされていないので自分でいちからしなくてはなりません。具体的に言うとフォントおよびIMEやユーザー辞書です。IMEは日本語はAtokで中国語はMSPYです。中国語フォントも入っていないのでHPも見られません。しかし今度のOSはNTで勝手にインストールできないような設定にしてあるのです。社内のシステム管理部署に電話して管理者用IDをもらってなんとかインストールしましたが、いまどき中国語くらい標準装備にしておいて欲しいものです。時間をかなり無駄に使いました。 と、全てインストールしてから試してみると、メールでの中国語入力は可能なのですが、ワード、エクセルでの中国語入力ができません。もちろんオフィス2000が入っているのに。HPでの検索にはなんとか入力出来ます。 これはいろいろ試しましたが、うまくいきません。しかたがないのでグローバルIMEを入れようと思ってMSのサイトに行きました。だけど、簡体字は無事にインストールできましたが、繁体字の入力方式がピンイン入力じゃなくて私の出来ない方式のしかないのです。以前は繁体字もピンイン入力のがあったのに。なぜ? しょうがないのでとりあえずまたMSPYを入れ直しましたが、やはりワード、エクセルでは使えません。ということで現在非常に不便をしています。 1月23日 週末にCDをざっと聴いてみました。予想通り良かったのが林憶蓮。まだ一度聴いただけなのでなんとも 言えませんが、いまひとつだったのが張恵妹でした。 あと斯琴格日楽が気に入ってずっと聴いています。「民謡ロック」などというとかなり キワモノのように聞こえるのですが、非常にカッコイイのです。ほか、予想外に良かったのは趙詠華で、この人はずいぶん昔に日本盤を買ったことがありますが一、二回聴いただけで ほうってあります。しかし、上海に赴任したばかりのころ実は空港でよく、というか一時期ずっと 『最浪漫的事』のMTVが流しっぱなしになっていて、出迎え見送りの時には一日何十回と聴いたものです。 それで聞き飽きて結局CDを買わなかったのでずっと彼女を聴いていませんでした。 そうそう、お茶の話ですが、なんと無印良品に文山包種が売っていました。 30gが三百八十元という価格で。また阪急系のスーパーでも売っていました。私があちこちで おいしいと言いまくっていたからというわけではないでしょうが、日本にも出回ってきたようで 嬉しいことです。一応二つとも購入しましたので飲み比べて見たいと思います。楽しみ楽しみ。 そういえば今回の上海出張で君山銀針を買ってくるのを忘れていました。家のストックが切 れていたのでした。次回まで我慢しなければなりません。 先週末は某所で春節オフでした。もちろんカラオケでしたけど、喉の調子がすこぶる快調だ ったのです。上海出張時は全然だめだったのに、どうしてでしょう。空気とか気候とかが関係す るのでしょうか。わずか数日しか違わないのに。 1月19日 予定通り無事に14:50浦東国際空港発のJALに乗って日本に帰り着きました。今回も旅行社がアップグレードしてくれたので行き帰りともビジネスでした。しかしいつも思うことですが、男性パーサーは感じが悪い。 帰りは尼崎行きのバスが抜群のタイミングだったし、バスを降りると電車の接続も見事で待ち時間なしで家まで帰れました。 今回の出張の段取りの悪さはひどいものがありまして大変でしたが、いろいろと現地で調整した結果仕事はまあまあなんとかなったというところでしょうか。 購入リスト 不顧一切 張恵妹 男人的愛 劉徳華 新世紀 斯琴格日楽 2001蓮 林憶蓮 従今開始 王傑 這天 萬芳 談情看愛 辛暁[王其] 刻骨銘心 高勝美 十二楼的莫文蔚 莫文蔚 海浪 黄品源 再一次想[イ尓] 李克勤 遇見 鮑比達&蔡琴 撈針 容祖兒 愛上孤独的男人 李翊君 何日君再来 李翊君 天使兄弟小白臉 任賢齊 I'm OK 陶[吉吉] 有多美麗有多美麗 彭羚 譲我説[言荒] 張柏芝 Love Cindy 趙詠華 英文紀念專輯 [登β]麗君 臺語金曲 オムニバス 臺語百萬金曲 苦恋夢 陳小雲 臺語百萬金曲 臺語大對唱1 オムニバス 臺語百萬金曲 臺語大對唱2 オムニバス 臺語百萬金曲 愛情一陣風 陳百潭 その他CDおよびVCD 1月17日 朝出かけるのに早めにロビーに降りてくるとホテルの全従業員が(というわけはもちろんないでしょうが)並んでだれかを送り出す準備をしています。昨晩からものものしい警備を始めていたのでガードマンに訊くとイタリアの総統(もちろん首相のことです。)がくるとのことでした。果たして九時前に降りてきて浦東視察に出かけていきました。 ![]() 1月15日 今日はキックオフミーティング。ようやくこれでこの仕事が正式にスタートすることに相成りました。いろいろ細かいところでは不満というかどうしよう?ということもありますけどまあやれやれというところです。 昼食は先方の招待でよばれましたが、調子に乗って乾杯をし過ぎてへべれけになってしまいました。部屋に帰って即ベッドに沈みました。目が覚めると夕食の時間。何も食べたくない。気持ち悪いし、頭イタイ。 しかし、中国語。普通の何気ない日常の会話で聴き返したりと、なんだかやっぱり実力が少し落ちているよう。先日の会議でよく聴き取れたのはただ単に今回の仕事の内容をよく理解しているからだけのようです。そりゃそうですよね。日本に帰ってから上達しているワケがありません。 17日の予定も一応埋まりました。やれやれ。 1月13日 昼間は新人さんINBOちゃんと会ってCDを買いに行き、避風塘で飲茶してからマッサージに。 晩飯は中方の実行部隊の招待でドイツのビアホールでした。今回のことでこの団体はかなり申し訳なく思っているようでいわばお詫びのために催された会です。従って彼らは飲まされることを十分予測しておりその上でビアホールを宴会場所として設定してきたのです。なかなか頭がよい。しかし、こちらは日本酒を用意してありました。ま、私は飲みませんでしたけど。 ということで食事のあと、他部署マネジャー(昨日怒っていると言った。)が腰が痛いと言っていたのを思い出したのでマッサージ(もちろん健全な)に連れていきました。たいへん喜んで大満足のご様子でしたので、ほっとしております。しかし本日昼間にも同じところで同じメニューをこなしたので私はなんというか、馬鹿みたいです。あまり続けてマッサージすると体にもあまり良くないと言いますしね。 1月12日 仕事が順調と昨日言いましたけど、昨晩遅く同じプロジェクトの他社の方が日本から来られてミーティングしたのですが、驚きました。 来週からの予定が全体会議以外は全く入っていないことがわかりました。こちらの希望はすべて先方に伝えてあるのにまったくアレンジしていないようです。愕然としながらも、本日(12日)に中になんとかアポを取って予定を埋めないと15日以降は上海にいる理由がなくなってしまいます。 春節前の忙しいときにいろんなところに無理を言って訪問・ヒアリング調査の予定を入れました。今日の昼間はきちんと仕事があったのでその合間を縫ってのやり取りで、文法無茶苦茶なFAXを送ったり、もう考えたりしているひまがなかったのであわただしくやっつけてしまいました。中国語をちゃんと書く勉強もしなけりゃね、と思うような出来事が今年になってからもうこれで二件目です。 一応16日と18日は予定が埋まりましたが、17日が空いています。別に空き時間を埋めるのが目的ではありません。念のため。しかしやらなければならない内容としても1〜2日分残っているのです。これは月曜日の全体会議ででも詰めなければなりません。 最悪それらをやり残した場合次の出張に繰り越せばイイのですが、今回の出張に来ているヒトの中でとても真面目で気むづかしい他部署のマネジャーがいて、このひとはかなり怒っていて機嫌が悪いのです。17日が空いてしまうようなことがあればなんと言われるかわかりません。 1月11日 上海に来ています。昨日は着くなり関係先を回ってスケジュールの段取り。ホントになんて面倒な。もともと直接やりとりをしていれば話は早いのに、間にいくつもの団体が入っているからややこしくてたまらない。 本日は午前中の予定はなく、午後から仕事のため朝はゆっくりでした。九時前に起きて九時過ぎからジムでトレーニング。日本人が多いホテルなのと時間が遅いのとで始め客は私一人でした。 まあ日本人はあまりホテルのジムでトレーニングなどしないのでだいたい出会うのは西洋人の客なのですけど。で、西洋人というのはこういうところで会うと知らない同士でも挨拶を交わすので私は緊張するのです。私は知らないヒトと挨拶を交わすのは苦手なのですが、しないワケにもいかないしそういうときにドギマギするのも情けないと思うのでいつも努めて自然に振る舞えるように身構えているのです、実は。だからジムに足を踏み入れる前に準備をしておくのです。 「ええーと、グッドモーニングかなあ、まだ十時だから。グッドモーニング、グッドモーニング…。 うん、でもイタリア人だったらチャオでいいのかな? それとも、コメスタ? 向こうが先にコメスタと言ってきたら、ベーネ、グラッツェ。エレイ、コメスタ?でよかったっけ?」 「でもインド人だったらどうしよう。ナマステでいいのかな? インドもいろんな言葉があるしねぇ。英語でいいかな。でもインド人は西洋人じゃないけど知らないヒトにあいさつするのかなぁ。」 などとブツブツいいながらロッカーからトレーニングルームに行くのです。 でも今日はだれもいなくて、スタッフまで一人もいなくて黙々とトレーニングを一時間ちょっとしていたら、帰る間際に二十代後半日本人とおぼしき女性がやってきて走りはじめました。 しかし今回は、持っていたけど全然着たことのなかったスエットの下を荷造りしているときにタンスから見つけたのでなぜかトレーニング用に持ってきてしまったのです。もともとあのスエットの下、しかもグレーというのは私にはまったく似合わないのです。どう見てもサラリーマンの休日にしか見えません。家でゴロゴロしているときの格好です。それを知っているのに手にとって眺めているとなんとなく良さそうに見えてそれを持ってきてしまいました。よってそれを穿いてトレーニングしているのはとても恥ずかしいのです。 だいたいスエット(トレーナー)の下というのはどういうヒトが似合うのでしょうか? あれはかなり背丈があってスラッとしていることが最低の条件ではと思います。スエットの上というのも運動をするときくらいしか着ませんけどあれも中で体が泳ぐくらいのヒトでないと似合わない、というかそうでなければ着ない方が良いようです。ということでジムで走っていたその女性もウェアは全く似合っていませんでした。もちろん私のことも「コンビニにタバコでも買いに行くカッコして…。」という目で見ていました。 午後からの仕事はとても順調にうまくいきました。 外注した通訳は素晴らしかった。我々の仕事の特殊な内容をすべて淀みなしにみごとに訳していました。元宝山製鉄の方ということでした。 しかし今日の内容は私も非常によく理解できました。自分でもすごいと思うほど。今日は中国語に自信がもてました。しかし中国語というのは昨日はよくわかったのに今日は全然だめだったとかその時々によってなぜか違うので不思議です。駐在していたときから、毎日自信を喪失したり回復したりとその繰り返しでした。明日はどうでしょうか? 1月6日 今日は王子動物園にパンダを見に行きました。日本でパンダを見るのは中学生のときに上野動物園で見たとき以来です。 今日は以下の写真だけで終わり。 チンパンジーのアップ 虎はまったくやる気なし この寒いのに水浴びする興興 うろつく興興 こちらは旦旦 凛々しい雌ライオン1月5日 正月休みは元日から四日まで下戸の私としてはホントに珍しく毎日お酒をい ただいていました。よそのお宅で酔っぱらって寝て起きたらまた次の食事とい うような生活を送っていました。たまに食事前に走りに行ったりもしたので体 重的にはまあほぼ変わらずといったとこでしょう。ネットにはほとんど繋がず にいました。実家にはパソコンもあるのですが、リビングに置いてあって何か 書いていたら後ろからみんながのぞけるという状況なので落ち着いて書き込み なんぞできません。従ってよそのを見るくらいはできましたがなかなか自分の サイトの更新はもとより掲示板の書き込みもできませんでした。 上海から帰ってきてもう半年以上が過ぎそのうえ年まで越してしまいましてさすがに会社でも「おっ、帰ってきたの?」と言われることは減りましたけどそれでもまだ言われます。 こういうときだいたい「どうだった?」訊かれることが多いのですが、これが困るのです。 「どう?」訊かれてもこういう漠然とした質問には答えにくいことこの上ない。もう少し具体 的に訊いて下さればこちらも答えやすいのですが、たいていのヒトがただ「どうだった?」と訊 くのです。 初めの頃は真面目に、「そうですねえ、住むところはこんな風で…。」とか良 いところ悪いところを いろいろ並べたりしていましたが、そのうちに相手がこういう答えを求めていな いと言うことに気づきました。 つまり、二通りのヒトがいるのです。 一つは中国のことをよく知らないヒト。そしてとにかく海外勤務というのは仕 事が楽で待遇は良く一度やったら帰りたくない。そんなものだと思いこんでいる ヒトです。こういう人にはこう言います。 「いやあ、楽しかったよ。なんといっても、一人でも事務所長だからねえ。運 転手付きの車はあるし、住むところは下界とは別世界の高級マンションで毎日五 時半チンで帰れるし、接待費は使い放題。一生上海にいたかったくらいでもう帰 るときは悲しくて悲しくて。あなたも海外勤務を希望したらどうです?」 で、最後にこう付け加えます。 「でも、語学ができなきゃダメですけどね。」 私の中国語なんてたいしたことはないのですが便利なもので中国語のレベルと いうのは普通の人にはまったくわからないのでなんとでも言えるのです。 そして、中国をよく知っているというか中国に行ったことがある人に対しては、 「たいへんですよ、中国で仕事をするのは。旅行に行くくらいならイイんだけど 働くとなるともうたいへん。役所の手続きだけでもうイヤになります。昨日と言っ たことが違う、担当者が変わればまた違う。日本のお役所なんてどんなにすばらし いところと思うか。なんといっても上に政策があれば下に対策あり、という国だか らねえ…。」 などと言いながら具体的な苦労話を二、三聞かせて上げればイイ。つまりそうい う苦労話を聞きたいのですこのタイプのヒトは。 この二つのタイプにたいてい分かれる、ということに気づいてからは相手するのが 楽になりました。時々どちらのタイプかを間違えて話していることもありますけど。 正月明けから本日も二回「おっ、帰ってきたの?」と言われ、毎度おなじみの話をしてしまいました。 1月3日 今日は久しぶりに京都市内に遊びに行きました。車は京都駅前の親戚(といってもかなりの遠縁)の家に停めさせてもらって。しかし、車はもちろんヒトも多くてこんな正月に遊びに来るモノではないと思いました。 四年ぶりにはやし屋さんに行きお茶を飲みました。もちろん私の大好きな包種の文山。帰りに買って帰ろうとしたら最近は店で出す分以外に客に売るのは入ってきていないのでないとのこと。そこを何とか…、と無理に頼むと賞味期限を一月ほど過ぎたモノならあるというのでそれでけっこうと譲ってもらいました。なんとタダで。言ってみるものです。正月早々得した気分です。(というか実際得しとる。) 前回上海で買ってきてもらったのは文山といっても名ばかりでまったく違う別物でした。香りもまったく物足りない。やはりはやし屋さんの文山はおいしい。 ![]() そしてもうひとつ。京都といえば志津屋のパン。私の大好物のカスクートをかって帰りました。しかし一本三百円もするのです。正月くらい贅沢してもいいか、と二本も買ってしまいました。すごくうれしい。 ![]() 1月1日 正月は実家で過ごしています。大晦日は久しぶりに昔ながらの過ごし方。紅白を観ながらすき焼き。そのあと年越しそば。そして紅白が終われば初詣。 初詣は昭和五十年代の初めくらいから夜中に行くようになりましたが、当時は平安神宮も八坂神社もヒトがまばらで楽なものだったのですがそのうちだんだんとヒトが多くなり昭和六十年代にはいるともうどちらもヒトが多すぎてイヤになり近所の神社にいくくらいになりました。 そのうち近所の神社でさえもそこそこの人出となって初詣もらくじゃなくなりました。みんながそんなに信心深くなったとは思わないのですが、なんか年始のイベントとして一般化してきたのでしょう。 今年は実家の近所の向日神社にやはり紅白歌合戦の放送終了後、父と弟と三人で出かけました。こちらもなかなかの人出でした。 父親に付き合って私も珍しくお酒を飲んでいます。朝から飲んで酔っ払って寝て醒めたら走りに行って、と体にいいのか悪いのかわからない生活です。 |
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