| 実は私のページは
”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 「親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました。 6月9日 金、土とひさしぶりに新幹線に乗って移動しましたが、なぜか非常に乗客が多くて禁煙席に乗るにはかなり待たなくてはならなかったので行きも帰りも喫煙席でした。喫煙席といってもただ「禁煙席ではない」席かと思ったら文字通り喫煙する席と言ってイイくらいみんな喫煙していて大変でした。 金曜日はイタリアのお客さんが来て私も入れと言われたので午前中のミーティングだけ出ました。名刺交換でついむずむずとしてイタリア語で挨拶したら、イタリア語ができるのかと喜んでいました。いや、できません、挨拶くらいです、と言うことができないので、知っている単語で「少し。」としか言えませんでした。 でも、「少し。」といえば少しは話せるということですから、その後またイタリア語で何か話しかけられたらどうしようかと思ってずっとドキドキしていましたが、別に話しかけられることはありませんでした。ホッ。 パソコンの調子がまた悪いのです。私のパソコンはハードディスクを三つに分割して中国語のOS、日本語のOS、それからデータと分けています。ところが中国人の友人がインストールしてくれたその分割するソフト、システムコマンダーが海賊版のようでどうも調子がよくないのです。 日本語OSをウインドウズ98にアップグレードするときにも失敗して一旦死にかけたのですが、なんとか持ち直してだましだまし使ってきました。ところが今度は本当に駄目かもしれません。 現在買い換えの交渉をしていますが、「まあ、都合よくボーナス前に駄目になること。」と反応はいまいち芳しくありません。 6月5日 昨日昼休みに更新日記あらかた書いて、仕事終わってから書き上げてフロッピィに入れて家帰って開けようとしたらフロッピィが開きません。何の加減かそういえば前もこんな事があって、会社のパソコンだけなぜか開くのです。 「しゃーない、明日更新することにしよう。」 と思ったけど、やっぱりすぐに更新したくてその後また一から書き上げたのです。同じように書いたつもりでもやっぱりどこか違っていて昨日アップしたのはセカンドバージョンだったのです。 で、今朝起きて 「朴訥さばをり新聞」を見てびっくり。 「まるであっさりとフルーツサラダのように恋が終わった上手くまだ 上手くまだ 信じられないけど・・・」(by 僕は泣く) と、日記の最後を締めくくってあったのです。 実は昨日の更新日記で私がはじめに書いた方では、スロートレインがクールだったことを書きたくて、 「もう、悲しみを自分たちの中で受けとめて乗り越えてしまったのか、それとも、上手くまだ 上手くまだ 信じられないのか、あるいは矛盾するみたいだけどその両方なのか。」 と、私も同じフレーズを使っていたのでした。不思議。 ところで、韓国では6月1日が「体育の日」と書きましたが、それは仕事の相手先の会社が勝手に自分ところで作っている休日で、全国的なものではないのかも知れません。なんか社員全員で登山する日になっているそうです。 6月4日 土曜日の朝にPCが壊れて復旧が完了したのは翌日曜日の明け方でした。時間はかかりましたが損害は大したことはなくて思い出を少々失っただけ (TT)でした。でもまあずいぶん軽くなったのでよしとしましょう。 しかし、土曜の昼間に買ってきたハリス・アレクシーウの新譜をずっとエンドレスでかけながら復旧作業を行っていたのですが、これはこれですごく良いアルバムなのですけど、復旧作業には合いません。気が滅入ってきます。 日曜日は「親愛的寶貝」改め「小燕子」の運動会でした。なぜ改めるかというともう小学生にもなって「寶貝」と言われるのイヤだと本人がそういうからです。(ウソ) 「小燕子」というのは大陸でも大人気だった台湾のTVドラマの主人公の名前ですが、発音が元「親愛的寶貝」の名前とよく似ているのです。中国人の友人は冗談でそう呼んでいるのかと思ったら、本当に「小燕子」という名前と思い込んでいた、というヒトがけっこういました。 で、なぜこの季節なのかわかりませんが運動会でした。そういえば韓国の体育の日が6月1日なので韓国式なのかもしれませんね。って、韓国式でやる理由もありませんが。 「小燕子」のクラスメイトにあの「ちゅーとはんぱやなあ」で有名(?)な髭のヒトの息子さんがいて、昨日は仕事がなかったのかそのご本人も見に来てました。流石は大阪ならでは京都ではです。いや、兵庫県ですけど。 ということで、午前中は私も運動会を覗いて、その後B・E夫妻と「復興の詩7」を観るために神戸に向かったのでした。いや、その前に昼ご飯を食べに杭瀬の上海料理のお店に行きました。これがまたよかった。 私も中学生くらいのころにはよく河島英五さんの歌を聴いていました。 その後は継続して聴いていたというわけではありませんが、ホームで電車を待っていて回送電車が来ると「♪〜空っぽの電車が…♪」歌ってしまったり、初詣でなどで手を合わせるときには「♪〜約束したじゃないか〜♪」と思わず心の中で口ずさんでしまうくらいのファンではあり続けていました(なんのこっちゃ)。 そして、谷 和彦さんを知ってからまた英五さんも聴くようになりました。といっても昔のを引っぱり出してきて聴くくらいではありましたが。 で、今日の「復興の詩」。上海から帰ってきて今年こそやっと行けると思って楽しみにしていたのにこういうことになって残念でしたが、それでも楽しんできました。 「復興の詩7」 は二部構成になっていまして、まず一部はスクリーンに映し出された英五氏の映像から始まりました。イントロの出だしがなぜかディック・カウボーイの「原來[イ尓] 什麼都不要」に聞こえてドキリとしましたが、「酒と泪と男と女」でした。なぜ、そんな気になったのか? アゴが似ていたからでしょうか。 全体の流れは 谷さんのサイトに詳しく(当然ながら)正確に出ていますのでそちらを参照いただくとして、簡単に言うと前半は長女あみるさんやその他友人の方々が英五さんのために英五さんの歌を歌うというものでした。 もちろん非常に感動的だったのですが、正直言って(谷さんのを除いて)みなさん素人の方の歌ばかり連続して聴くのは多少辛いモノもありました(ごめんなさい)。そんな中で谷さんのコーラスや、「イエイ〜」という合いの手(?)の声が聞こえてなぜかホントにホッとするのです。 「あの声ホントにイイ。」ってことに改めて気がつきました。なにか心に沁みてきて、こういうのってそんなに多くないことだと思います 休憩を挟んで二部はアナム&マキからでした。アナム&マキって凄くイイ。ギターうまい! 歌もイイ! むっちゃカッコイイ! まともに聴くのは初めてでしたが驚きました。 山崎まさよしもさすがにうまかった。(ってそれだけかい。) 最初の方であみるさんの「生きてりゃいいさ」から始まってウルウルするポイントは沢山あって、演出も「泣かせてやるうぅぅぅ。」というところがあって困りました。私は弱いのです。念の為淡い色のサングラスをかけていきましたけど危うく負けそうになりました。 スロートレインのメンバーは見た感じ非常にクールでした。クールというと誤解があるかも知れないしうまく言えないのですが、こちらに向かって悲しみを表そうとしない感じがその分よけいこちらに伝わってくるモノがあって、とそんなことを考えるとよけいホロッと来そうになったりするのです。 谷さんが歌った英五さんの歌、特に「風の唄」の方、とっても良かった。谷さんの歌でした。 あのギターの弾き方、ステージアクション、それからMCもなんか懐かしくてうれしくなってきました。 終わって駅までの帰り道にしみじみといろんな事を思い出して、家の近所までたどり着いて居酒屋で遅い夕食をとりながらまたしみじみとしてしまった、そんな一日でそんなイイ夜でした。 5月30日 現在『ノルウェイの森』を中国語で読んでいます。別にわざわざ中国語で読みたいわけではなくて、久しぶりに読みたいと思ったら日本語のが見あたらなかったのです。これは中国の出版社から出版されたモノで、正式に出版されたものかどうかヒジョーに怪しい。というのは私の知り合いの作家も大陸で自分の知らないうちに翻訳されて出版されていると、印税も入ってこないのになぜか嬉しそうにおっしゃったことがあり、大陸ではなんだか正式ではないのが多そうなのです。 で、読む方にとっては何が困るのかというと、もちろん知的所有権の問題がありますので海賊版というのはゆゆしき問題なのですが、それ以外に品質の問題があります。つまり、正式なモノならおそらくそれなりにきちんとした翻訳家がきちんと訳している(とも限りませんがそう願いたい)と思うのですが、海賊版の場合コストの問題が大きいでしょうから翻訳もわりによい加減なのではないかと、かように思うわけです。 そうすると、例えば、「あれ?」と思う表現が出てきたときに、翻訳の間違いなのか、それともホントにこういうふうに訳すのか、または原文でも少しおかしな表現になっているのか、というのがわかりづらいのです。 中国語の能力が高ければその辺は別になんともないのでしょうが、私くらいのインチキレベルだとそうもいきません。 そういうこともあって「あれ?」と思う箇所をオリジナルで確認しようと思ったらなんと本当にどこを探してもありませんでした。十年くらい前に読んだのでどこかへ行ってしまったのか、それとも最初から借り物だったのか。 しかし、こうやって以前読んだ本をまた中国語で読み返す、というのも新しい発見があっていいものです。なんて、おお嘘で全然覚えていません。こんな話だったっけ? というのが正直なところです。なんせ、推理小説など「よく似た話。」と思いながら同じのを二回読んでも気がつかないこともあります。 ところで、当然だけど出張から帰ってきて今週はとっても忙しい。明日も頑張ろう。ふぁいと。 5月27日 初めての韓国でしたが感想は「まあこんなもんかいな。」という感じでした。 やはり言葉が通じないというのは辛いもので、借りてきた表現ですが「水掻きのないカエルになったような気分」でした。今回は全く準備をしていなかったので簡単な言葉さえ知りません。それになぜか知っている単語、「こんにちは」「ありがとう」さえも、すぐに出てこなくてついくせで、「シエシエ…」って言ってしまいなぜか「…ハムニダ」と付け加えたり…ワケがわからん。 中国人の友人にも初韓国の感想を訊かれて「不怎麼様」と答えると、「そりゃそうや。言葉がわからないとそうやろう。中国とは勝手が違うわな。」と言われました。 今回トホホだったのはなんと言っても荷物の多さです。わずか二泊三日の出張なのに大荷物となってしまいました。なぜかというと手土産のせいです。中国の出張でも手土産を考えるのがけっこう手間なのですが、なんでこんなことせないかんのかといつも思います。 うちの会社のトップ二人のうち一人はお土産について訊くと「ワシにそんなしょーもないことまで考えさせるのか。」と怒り、一人はかなり真面目にあれこれ考えてくれるのですが、どちらがいいかは一概にいえない。と私の上司に言われて、そりゃあ考えてくれる方がいいだろうとその時は思っていましたが、後ほどその意味がわかりました。 今回一緒に出張した偉いさんは自分で考えて下さるヒトでした。ところが選ぶのはどれもカサ張る上に壊れ物なので大変だったのです。結局持っているトランクの中で一番大きなのに隙間に詰め物をして壊れ物表示をつけて預けて、しかも相手の一番トップに渡すモノはさらに衝撃にも弱くサイズも大きいため機内持ち込み手荷物にせざるを得ませんでした。 でも行きがツラいだけで帰りはラクチンと思っていたのですが、数を読み間違えてかなり持ち帰ることになった上に、先方からのお土産がなんと壷(韓国人よオマエもか!!)で、更にカサ張るわ壊れやすいわで扱いに困りました。 もう一つトホホだったのは、食事。 初日の夜はなぜか高級中華料理。味はもちろん「中国で食べたらこの半額の料金で百倍は美味い。」というものでした。 二日目はやっと韓国料理にありつけました。昼は海鮮の鍋でこれはなかなか。夜は焼き肉でしたが別に特別うまいということはありませんでした。 三日目の昼はなぜか日本食。 サムゲタンおよび餃子のような饅頭のようなヤツ(名前がわかりません。)を食べるのが楽しみだったのですが残念ながら叶いませんでした。 順調だったのは交通で、国際線は食事もなく時間もちょうどよくて目を覚ますと目的地に到着しているという感じ。国内線もそんなに遅れないし、車も市内の渋滞はひどいけど、遠い遠いと聞いていた新空港も一時間で充分だったしよかった。 弊社韓国事務所の女の子と二日目の昼食時に音楽のことを少し聞くことができました。私が少し韓国の音楽も聴くというと驚いていました。特に寶貝がFin.K.Lを好きという事実はかなり不思議なようでした。彼女は国内ではチャウリムが好きなようで、ああいう形でメジャーになる歌手は韓国では珍しいケースとのこと。私がライブを見たことがあるというとこれもかなり驚いていました。彼女は日本の歌手ではAIKOとMISIAが好きということで、韓国における日本の音楽についての話も含めてもっといろいろ音楽関係の話をしたかったのですが、二人っきりではなかったのでやめました。 出張のスケジュールはスカスカだと思っていましたが、意外と空き時間がなくてほとんど何もできませんでした。次回は韓国語も含めてもう少し準備をして来ようと強くそう思います。 CDの収穫は全部で10セット、うち二枚組と四枚組がそれぞれワンセットずつでした。 リーチェ『She Wanted Media』『Endless Lay』 イ・ソラ『4集』 オム・ジョンファ『Queen of Charisma』 Yang Pa 『perfume』 チャウリム『戀人』 V.A.(?)『戀歌』 ソテジ・ワ・アイドル『3』 キムゴンモ『7』 Fin.K.L『History』 5月21日 23日からの出張のスケジュールけっこうスカスカなので夜はCD買いに行くヒマがあるかも知れません。金曜日に某CD屋さんでソウルで夜遅くまで開いているCD屋さんの場所を聞いたので楽しみです。 その某CD屋さんにたまたま来ていたお客さんも韓国に凄く詳しいみたいでよくご存知でした。急いでいたので地図を書いてもらったらすぐにさよならしましたが、なんかもっとしゃべりたそうでした。こちらもお話ししたかったのですが時間がなかったので次回またお会いしたらゆっくり話をしましょう。 今日社内にいる(我が母校)某大学を卒業した社員で集まって飲みましょうというメールがきました。うちの会社にもこんなことしたがるヒトがいるんだ、とあきれながら名簿を見ると「え? このヒトそうだったんだ。」というのが三、四人いて、そのほか久しぶりに会いたいなあというヒトもいて、気づいたら出席で返事を出していました。あらら…。 5月20日 今日は久しぶりに、書を捨てよ野に出ようとお出かけしたら、花粉症がでるわ、日に焼けるわで散々でした。なんか頭がボーっとしているのでもう寝ます。 そうそう、マニラに住む我が兄貴、誕生日おめでとう。 5月19日 昨日健康診断の帰りにアメリカ村によってCDを漁っていたら、ふと通りかかったビルに「楽器販売・修理」と書かれてあったので覗いてみました。私のヤイリのギターを実は修理に出したいと思っていたのです。 階段を上がって店に入ると別の客とベースもしくはベースのプリアンプの商談をしていた店長らしきヒトからいきなり「いらっしゃい。この店は初めてですか? お客さんがギターを選ばはるときの参考になるようにこのようなものを作ってますので、よかったら読んでみてください。」と、A4十枚くらいの書いたモノを渡されました。 そしてそれを読むヒマもなく、現在のギターメーカーの生産の状況から、本当に良いギターとはという話を、大阪のおばちゃんやったら「どうしたん? 天ぷらでも食べたんか?」と言いそうなくらい淀みなくスラスラと上手に説明してくれるのです。 話は非常によくわかってその短い時間でこの業界の現状をよく理解することができました。ずっと疑問に思っていたことも解消しました。そしてどうやらここで修理およびチューンナップをお願いしたらよさそうだということがわかったのですが、少々心配なのはこのおじさんが饒舌過ぎること。私はどうも饒舌過ぎるヒトとというのは信用できないのです。 私の好きな武術家に甲野善紀というヒトがいましてはじめに著書を読むことからこのヒトを知ったので良かったのですが、このヒトも武術家なのに話が非常に上手くてまたよく喋るのです。テレビでこのヒトが話すのを観て驚きました。先に著作を読んで感銘を受けていたので良かったのですが、テレビの方を先に観ていたなら本を買わなかったと思います。 話術の巧みな武術家というのはどうも信用しにくいモノです。武術家とか職人というものはどうも寡黙なイメージがあり、そういうイメージと違うとなぜか不安になってきます。 この楽器屋のおじさんはもちろん楽器を作っているわけではないので職人とは違うのですが、それでも大きなメーカーの生産方式を批判し一流クラフトマンの技術の良さを説くのに、セールスマンのように弁舌巧みではなぜか眉唾のような気がしてきます。 せっかくA4十枚の資料があるのですから、読んでおいてと言って手渡せばそれで良いような気もしました。 しかし、言っていることは至極まっとうなことで、その店長も饒舌過ぎることをのぞくとけっこう気に入ったのでたぶん私はそこにギターの修理を頼むことになると思います。 それから、しつこくコラミストの話。 世間にいるコラミストで一番傑作だったのは、ある掲示板に書き込みをしていた自称コラミストです。 そこは某大学のサークルの掲示板で、そこにコラムニストやコラミストというHNを使って二、三回書き込みをしていました。「就職活動について」というような少し青臭い主張などを書いていたのですが、他のヒトはまったくそれに対する反応をしていませんでした。 そこで彼は怒ってしまったようで、「他の掲示板では少なからずレスがついたのにここは何だ。」というようなことを書き、もうここには書かないと宣言したのです。 ところがその後誰かがそのHNを騙って「カレーの作り方」という書き込みをしました。 すると、ホンモノの「コラミスト」氏がまた出てきて、私が書いたのではない。それにあれはコラムではない。コラムというのは…。などとコラム論をぶっていました。 断筆宣言をしながらまた様子を見に来ているというのも笑えるし、青臭くカレーの作り方を主張して「コラミスト」氏を嗤ったセンスにもにんまりしました。 5月18日 昨日コラミストという言葉を網の上で見つけました。どうもコラムを書く人のことを指しているようなのですがそれってコラムニストというんじゃなかったっけ? これは単なる間違いだと思ったのですが、念のため検索してみると、コラミストという記述の多いこと多いこと。日本語では普通コラミストと呼んでいるというわけではありませんよね。これだけ多いとひょっとして私が勘違いしているのか?という気にもなってきます。 ではなぜ誤って表記されるのでしょう。 同じ間違えるなら、コラムを書く人なので「コラム」に「er」をつけて「コラマー」となぜならないのでしょう。 でも「コラマー」っていうとなんとなく「嵐を呼ぶ男」みたいに聞こえますね。 それから、そもそもどうして「column」なの? 「n」はどうして発音しないの?と思いますよね。スペルで見るとなぜか「コラムンベース」って連想してしまいますよね。 え? しない? あっそ。 よく考えてみると「climb」や「comb」は「er」つけても「b」を発音しないのに、「column」に「ist」をつけた場合には発音しなきゃならないのですね。 まあ、なんにせよコラムニストと言うんのが正しいのだからちゃんと書いて欲しいと思います。 ネットで見るとコラミストと紹介されていて、どう考えても本人も見ているだろうと思うものもあるのですが、本人もコラミストとを自認しているのでしょうか、訂正されていません。ひょっとして名刺に「コラミスト」とか書いてあったりしたらけっこう恥ずかしいかも。 本日は一年ぶりで会社の健康診断でした。プラス今年から二年に一回体力測定というのも始まりました。そういう年になったのでした。 ダイエットも一度瞬間的に73キロくらいになってからやめてしまったので体重はほとんど元に戻っていたのはしょうがないにしても、ショックだったのはコレステロール値や中性脂肪という数値が増えていたことです。 食事の量も上海にいたころより減っているし、脂っこい中華料理を毎日食べていたあのころより数値も悪くなっているというのは少し信じられません。こんな事を中国人に言うとまた得意気に中華料理のすばらしさを語られるので口が裂けてもいえません。しかし、解せないのよ。 もう一つショックだったのは体力測定でやったバランスのテストが悪かったのです。私昔からバランス感覚には優れていたのです。って、文字通りのバランスですよ。 大学の体育の時間にたまたまある教授の研究のサンプルになったことがあります。片足で立たされて足の裏の体重の移動の仕方なんかを測定された記憶がありますが、そのときに素晴らしいバランス感覚!と絶賛を受けたのです。 ところが今日の結果は標準以下でした。膝が悪いせいもありますが情けないったらありゃしない。 また夏が来るのでダイエットを始めよう! 5月16日 今朝の新聞で五輪の候補地の評価についての記事が一面に載っていましたよね。簡単に言うと大阪が絶望的で、パリ、トロント、北京がイイ評価だということ。 ネットで調べるとロイターの記事では「北京に肯定的な見方」というタイトルになっている。なぜか「パリ、トロントとともに素晴らしい大会を開催できる能力があると指摘」と北京がクローズアップされています。これは「意外にも」という意味でそう書かれているのか、それとも最有力ということなのか。 私は(とてもおおっぴらにはこんなことを言えないのですが、)「大阪で五輪なんて…」というどちらかというと反対派だったのですが、駄目と評価を下されるとなぜか頭に来るし、また北京が評価されているのを聞くと、少々心中穏やかでなくなってきます。 以前上海に住んでいたときに、大阪へ五輪招致をしているヒトに協力するために中国における五輪マークの無断使用例を写真に撮ってIOCにでも送って差し上げようかと思ったことがありますけど、あまりに情けないのと北京が選ばれるワケがないとタカをくくっていたのとでやりませんでした。でもホントに北京になるかもしれん、とイヤな予感がしてきました。 昨日は飲みに行った某所で女性の号泣を見てしまいました。久しぶりにああいうふうに感情をストレートに出すのを見てなんか羨ましく思ったというのもなんか変な話だけど、そうなんです。なんなんでしょうこういうのって。 ところで、6月17日(日曜日)にまたジャイプールで「ぼとるねっくえがしらwithゆかり」のライブがあります。開場12:30/開演13:30。今度はオープニングで(つまり前座で)三曲ほど私も歌います。お暇な方はおいでください。練習しなきゃ。 5月12日 昨日の朝刊を見てびっくり。大阪府発注の公共工事をめぐる入札妨害事件で捕まったヒト、私あのヒトと一緒に十年前にマレーシアとシンガポールに行きました。もちろん二人きりで行ったわけでなく十人くらいの団体で行ってあのヒトが団長でした。って、それだけ。 先日サリーのQ&Aを見ていて思いましたが、けっこうストレートなヒトで思ったことをなんでも口にするヒトですね。 それから驚いたのは、ホントに中国語があまりできないようですね。そういう噂は聞いていましたが、ご自分でもそうおっしゃっていました。まあ、会話はできるのでしょうが、読み書きは苦手のようです。林子祥に教えてもらって昔に比べるとできるようになったということですが。 ということはファンレターを書くとしたら英語で書かなきゃいけないようです。 あと、彼女はかなりの数のアルバムをリリースしていますし、重複しているのを除いても相当数の曲を歌っていらっしゃいますが、けっこう自分でも覚えていないのがあるようです。そんなものなんでしょうかね。 『○○』という曲が好きですと言われて、 「ごめんなさい。『○○』ってどんな曲でしたっけ? 覚えていません。」 とか、ある曲でデュエットしている男性歌手を尋ねられ、 「覚えていません。いっぱいデュエットしているから。」 なんて答えていたりします。このよい加減さがまたイイですね。 5月9日 今朝の「ちゅらさん」で菅野美穂が言っていたことが「まったくその通り。イイこと言うね、アンタ。」という感じだったのです。 沖縄から東京に出てきて沖縄料理の店に集まり「沖縄は良いところだ。東京はヒトの住むところじゃない。」と愚痴る沖縄人に対して、 「イヤなら帰れ。東京に住むようになっても東京に馴染もうともせず、自分の失敗をも東京のせいにして愚痴ってばかりいるような奴は東京に対して失礼だ。」 というような趣旨のことを言ったのです。 これは上海にいたときに上海駐在の日本人に対して私が思っていたことです。もちろんそういう人たちばかりではありませんが、多くの日本人が日本人同士集まって中国や中国人の悪口、愚痴を言い合っているのを見て情けなく思っていました。 だいたい、やたら「日本人○○会」みたいなのを作り日本人で集まっているのも私は耐えられません。もっと言えば、「何年生まれの会」みたいなのは愚の骨頂。そんなに同じような人たちで集まって楽しいのかしらん、と思います。 私はいろんなヒトと出会う方が面白いと思いますが、海外在住の日本人は「○○出身」「○○年生まれ」で集まって仕事の憂さを晴らすというのが好きなようでした。 と、えらそうなことを言いながら上海在住の頃はつき合いで私も出身地の集まりには出席していたのです、実は。情けない。 そういうこともあって今日の菅野美穂のセリフにはなんかスッとしたのでした。 韓国出張は23〜25日です。ところがお供する偉いさんがプライベートでもう一日追加して残るとおっしゃったのです。26日は台語歌の総会なので一日追加すると参加できません。私はどうすべきか悩んでいたのですが、予定通り25日に一人帰ってもイイみたいで、現地長期出張中の社員が対応してくれるそうでホッとしました。 5月4日 昨日知らない人の結婚式に行くと書いたら「どういうことや。」とメールで訊かれたので書きますと、二週間ほど前にミナミのあるバーでカウンターのとなりに座った若者が「5月4日に結婚するんですよ。」と酔っぱらって話しかけてくるので、「それはおめでとうというか何というか…。」と答えると、「そうだ、実は突然一人キャンセルが出たのであなた来てくれませんか?」と言うので、「そういうんなら行かないこともないけども…。」といつものようにいい加減な返事をすると「それじゃあ決まり!」とその場でそういう事になってしまって、酒の上でのことと言っても一旦約束した以上は男としては行かざるをえまい、と全く知らないヒトの結婚式に参加することになってしまったのです。 というのはもちろん真っ赤なウソですが、良く知らないヒトの結婚式に参加しても面白くもなんともないというのはホントのことです。 しかし、教会での結婚式というのを初めて見ることができるのは良いかなあとも思いましたが、まあ見たからといって別にどうということもありませんでした。 新婦と新婦の父親がバージンロードを歩いてくるところを見て、よその子供が「ええ?! えらい老けたお婿さんなあ。」と驚いていたので、「ちょっとボク、チミはホンマにモノを知らんやっちゃなあ。アレは父親やで。」と親切に教えてやりました。自分も「シンプさまとお父様が…」というMCを聞いて「神父さんとおとうさん」が腕を組んで歩いてくる図を想像していたくせに偉そうに。 もちろん披露宴も退屈でした。新婦は声楽をされていた方で、声楽仲間の友人達がだしもので自慢の喉を披露していましたが、それ以外はまあ全体的にごく普通の披露宴でした。 それよりもスゴイのはそんな専門家たちの前でカラオケを披露する新郎の友人。まあスゴイのは度胸だけでしたけど。 ところで、本日テレビを観ていたらウルフルズが歌っていました。 「『 バンザイ〜好きでよかった〜 』と『明日があるさ』のスペシャルメドレー」と紹介されたのですが、内容は全然私がイメージしているメドレーではなくて『バンザイ』がジャーンと終わって、新たに『明日』の演奏を始めるというものでした。 メドレーの定義というのはいったい何なんでしょうか? それから、ちょっと前、といってももう何ヶ月か過ぎているかも知れませんが、テレビのついている部屋で新聞を読んでいたら、テレビからギターの音がきこえてきました。その音は凄くカッコ良くてなぜかわかりませんが聞いたとたんに、後出しじゃなくて「チャーだ。」とそう思ったのです。 テレビを見ると果たしてチャーでした。なんのコマーシャルか忘れましたが、むちゃカッコイイのです。フレーズが、というより音色が。 結局その一回しか見てないのですが、まだやっているのでしょうか? どなたかご存知の方いらっしゃいますか? 5月3日 『最近よく聴くアルバム』のコーナーを本日更新しましたが、その後先日購入したジャン・コルティの『クーカ』というアルバムを聴いていたらこれが涙が出て来るくらいイイのです。 もう一度更新するのもなんなのでここに書きます。 ![]() ジャン・コルティは72歳のアコーディオン弾きでいろんなヒトの伴奏をしてきた有名な方らしいのですが、これがデビューアルバムとのことです。 マレーシアのSアタンのアコーディオンも好きなのですがまったく印象が違うのですねこれが。アコーディオン弾きの友人はいますが、私はもちろんアコーディオンを弾けません。フレテリ・クロジオ製のボタン式アコーディオンというのが非常に弾くのが難しそうだということはわかりますが、鍵盤式とボタン式の違いで音楽にどれほど違いがあるのかは知りません。たぶんボタン式の方が速弾きできそうとは思います。 ミュゼットのこともシャンソンについてもまったくわかりませんが、とにかくまだまだ世界には良い音楽がたくさんあることだけは改めてわかりました。 ところで、明日はそのヒトのことをほとんど知らないというヒトの結婚式に出席しなければなりません。一度会ったことがあり、二言三言ことばを交わしたことがあるだけのヒトです。行くなんて言わなきゃ良かった。段々と面倒くさくなってきた私です。 4月29日 今から十年ほど前料理担当という仕事をしていたときのことです。料理担当といってももちろん料理を作っていたわけではありません。料理関係の商品の販促をしていてイベントやその他企画なんかしていました。そういえば、一度某ホテルのシェフと会ってイベントの打合せをしたときにやはり誤解されて「踏台さんは何料理が専門ですか?」と聞かれたことがあります(名刺に料理担当と書いていたのかもしれませんね。)。そのときはジョークだと思ったので、 「和食から中華、洋食、エスニックまでなんでもこなせますよ。こなせるというのはもちろん消化できるという意味ですけどね。」 と答えたのですがポカンとしておられました。 それはどうでもいいのですが、その当時「あまからアベニュー」の加藤先生の講演を聴きに行ったことがあります。その講演の内容を古い記憶なので細部は違っているでしょうがだいたい要約すると以下の通りです。 日本人の家族が三世代でファミリーレストランに食事に行くとそれぞれで食べるモノが違う。子供はたとえばハンバーグやお子さまランチ等、若者はステーキ、おじいちゃん・おばあちゃんは和食のメニューを選ぶ。ところがアメリカの家族だと子供からお年寄りまでみんな揃ってステーキを食していたりする。 人間というのは年齢によって体が欲する栄養素が違う。成長期の子供とお年寄りの必要なモノの間には当然のことながら違いがある。 そして日本の家庭では普通小さいときからいろんな食べ物が食卓に並ぶ。子供の好きなモノだけでなく菜っぱの煮物やなんか子供にとってはあんまり好きでないモノも食べさせられる。 そうした記憶が残っているので体が栄養素としてそういうものを必要としたときにそういう食べ物をイメージすることができて食べたくなる。 ところが小さい時分にそういうものを全く食べなかった場合は体が必要としてもそういう記憶がないためそういうモノを食べたくなってくるということがない。故に年を取ってもステーキばかりを食べ続けて体を悪くしたりする。 と、まあこんな話でした。 これはけっこうなるほどと思う話でして、食べ物に限らず、なんでも好き嫌いを言わずに経験をしておくとそれが記憶として残っているので後からなんかの具合で体がそういうものを求めるときがあったり、なにかの拍子に好みが変わる許容範囲が広くなるということがあるかも知れないのです。下地を広く作っておくことは大切なことなのですね。 ところで、同じように音楽にもこういうのがあてはまるとすると、私の場合は小さいころから歌謡曲はよく聴いていましたが、家にクラッシック音楽がかかっていたという状況は皆無でした。ところが、邦楽は絶えず聴いて育ちました。なので、年を取って激しい音楽はもうたくさん!というふうになるとクラッシック音楽には向かわずに邦楽に向かっていくのでしょうか。まあ、音楽と食べ物の話は違うかもしれませんけど。 今日はCD買いに行きましたが、結局買ったのはエミルー・ハリスの『レッド・ダート・ガール』だけでした。なんかいつもワールド系以外のCDを購入している梅田のTはじっくりCD選ぶのには向いていない感じがしました。そうか、今日はヒトが多すぎたのか。昨日神戸に出たら意外とヒトが少なくて驚いたのですが、今日の梅田はヒトで溢れていました。 4月28日 今日は寶貝と大手CDショップにCDを買いに行きました。いや、ついでに寄っただけですけど。明日またちゃんと買いに行こうと思います。だって今日行ったのは某Vなのでどうせ買うのならTでポイント貯めようと思うからです。 寶貝は大手CDショップへ行くのがけっこう好きなのです。あの試聴機が好きなのです。ほうっておいても一人でいろいろ聴いています。よって大手CDショップだと彼女を連れていってもゆっくり見られます。 結局今日は美留さんのおっしゃっていた『ザ・ベスト・オブ・ラテン ザビア・クガート楽団』と韓国のFIN.KL.の『Memories & Melodies』、ボタン式アコーディオン弾き、ジャン・コルティの『クーカ』を購入しました。 FIN.KL.は寶貝がいろいろ試聴してすごく気に入ったようです。三十分くらいずっと聴いていました。こんなのが好きだとは知りませんでした。「もうすぐ韓国に行くからそのときに買ってきてあげる。」と言ったのですが、「その時はベストの二枚組を買ってきて。」と今日はその試聴コーナーにあったやつを買わされました。 あと、クラプトンの新譜を「これ、踏台が好きそう。」と勧めるので聴いてみましたが、いまいち欲しくなるほどではなかったので買いませんでした。ポール・スチュアートの店員さんにも勧められましたけど。 4月25日 少し前になりますが雑誌の人生相談のようなものを読んで(私はこのたぐいのものはほとんど読まないのですが)「ほう。」と思ったことがあります。 ある女のヒトが投稿した悩みに女性の回答者が答えるものでしたが(くよくよさんではありませんよ。)、その悩みとは、 私は男運が悪くて、好きになってつきあって一緒に住むようになるとすぐその男性がまた別の女性を好きになって出ていきます。いつもその繰り返しです。 というものでした。これに対しての回答が以下のようなものでした。 あなたはそのような男が好きなのです。あきらめなさい。 ちょっと前の話なので記憶はあまり確かではないのですが、だいたいこういうような答えでした。しかし、別にその女性に「すぐに別の女ができて自分のもとを去っていくような男」が好きなのだ、と言っているのではありません。 結果としてそのようなことをするような男が好きだということ。つまりそのようなことをする男にはいくつかの共通点があり、例えばそういういう男性は女性にもてるということなので外見はそこそこ良くて、明るく社交的で女性を喜ばせるのが上手い。話が面白くてあなたをちやほやしてくれる。等々。そういった「すぐに別の女ができて自分のもとを去っていくような男」が共通して持っている要素。 そしてあなたはそういう要素を持っている男が好きなのだからこれはもうあきらめるか、もしくは好きな男性のタイプを変えるしかない。 というようなことでした。 この話を読んで「ほほーっ。」っと感心したのは、私が「なんでいつも」と思っていた謎が解けたからです。私は気の強い女性が備えている各種の要素が好きだったようです。 そうそう、先日アテンドした台湾人ですが、「N」の発音が「L」になるヒトでした。 香港人にはこういうヒトが多くて、昔スーツをオーダーメイドした洋服屋の兄ちゃんは「ララ万円のスーツ、安くするよ。」などと言っていました。台湾のヒトもこういうヒトがいるのですね。あと南方の中国人に多いような気がしますが、四川省にも多かったように思います。 で、先週この台湾の方は、他の日本人達と一緒に英語で話しているとき、「タイラン」という地名を言うのでみんなは「???」となりました。だって台湾国(?)内の話なのに急に「Thailand」が出てきたと思ったのです。私はそれまでに彼のクセを知っていたので、「台南」のことだとわかっていましたけど、他の人は理解できなかったようです。 4月21日 今週はいろいろありました。 仕事が忙しかったのもありましたし。 しかし、木曜日に久しぶりに華麗に行ってなんかほっこりしました。やっぱりあの店イイです。 ところで、五月に韓国へ行くことになりました。実は韓国初めてです。現会社の会長のアテンドで行くのですが、会長は行ったことがあり私は初めてでしかも韓国語はできなくてなにがアテンドかとも思います。 この会長は親会社の重役をされていたときに何回も中国でアテンドしています。会社の重役の中では一番好きで偉ぶらないし人間的に尊敬できるヒトなのです。ですから、またアテンドするのはイイのですけど、中国であればそこそこてきぱきとして役に立っていた私が果たして韓国でどうなるのかを考えると少し気が重いのです。 まあ、そんなことをイイながら本当は初めての韓国行きにウキウキしています。
それから、今週『夢夢秘曲紅楼夢』を読み終えました。ヒジョーに面白い本でした。 私は時代物というのはとっつきにくくて最初の一ページを開けるのに思い切りがかなり必要なのです。さらに中国モノだと一入です。ということで早くに購入しておきながら読み始めるのが遅くなってしまいました。 中国の時代物というと難しそうですが、全然そんなことはなく武侠小説のように引き込まれて次々とページを繰っていってしまいます。図書館作家なんてとんでもないこんなに優れたストーリーテラーはなかなかいないでしょう。この本は絶対にお奨めです。あれだけ話があっちへ行ったりこっちへ行ったりし、また一人ずつ複数の名前があってややこしいにも関わらず、ストーリーが面白いのでやめられません。 現在通勤時間、というより電車に乗っている時間が増えたのですなわち読書の時間が増えました。朝通勤時間に読んでいると会社のある駅について電車を降りるのがもったいないそんな気持ちになります。それに今週の木曜日には朝電車を乗り過ごしてしまいました。本来降りるべき駅より一つ先の駅で降りてしまい、しかもそれに気づかずに改札を出てしまいました。当然自動改札機は私を出すもんかと閉まります。ところがこっちはまさか駅が違うとは思いませんので、「機械壊れとる。アホが。」と無理矢理通って、しばらく歩くと「?」と気づきました。 慌てて切符を買ってホームへ、でも「まあ続きが読めるからイイか。」と電車を待って来た電車に跳び乗るとさらに本来の駅から遠ざかる電車でした。結局また乗り換えてようやく正しい駅にたどり着くももう遅刻です。 今度の会社はフレックスは事前に届け出制なので遅刻は本当に怒られるかもしれないとビビって来ました。そこで歩きながら、「どこかに寄ってきたことにしよう。」といろいろ考えながら会社に着くと上司は振り替えで休みでした。おかげさまで五分過ぎていたにも関わらずホッとしながらさりげない顔をして席に着きました。 これはなにも私が間抜けだと言いたいのではなく、それくらい面白い本だと言いたかったわけです、はい。 4月17日 昨日と今日の二日間台湾の方二人をフルアテンドしてました。 意外と大変でした。 なんせ一人は英語がそこそこ出来てもう一人は全く中国語だけ(といっても国語と台湾語ができます。)なのです。 で、弊社の(といっても親会社ですが)いろんな設備の見学とかをしてもらったのですがわたしがつたない中国語で通訳をしたのです。しかし、英語を話せる方のヒトはなぜか英語で質問をするのです。 なので私が英語から日本語に通訳をしなければいけない場面もありました。弊社の社員にも英語がまったく駄目なヒトもいて(というよりそういうひとの方が多いかも)「英語も通訳して。」という目でこちらを見るので仕方がありません。さいわい中国人的発音ではなくて(もちろんネイティブの発音でもない。)ほとんど日本人の英語だったのでなんとか聞き取れました。 で、ある程度の配慮の出来る弊社社員もしくはまったく英語の出来ない弊社社員は日本語で答えるので問題ないのですが、英語ができるからと英語で直接話すこまったちゃんがいて、またそれを英語の出来ない方の台湾客人のために英語から中国語に訳さなければならなくてよけいに大変なのでした。 「頼むからシンプルに日本語と中国語だけで会話してくれ。」と強く思いました。 昨日の夜はこちらの偉いさんも加えて食事をしたのですが、和食だったためにまた大変でした。食材の名前や掛かっていた日本画から花の名前や文化の話になりとても訳せず、昼間の技術的な話の方がまだ固有名詞やテクニカルタームが英語でごまかせるためマシでした。 ところで「梵・果」ってなにかわかりますか? 有名な画家です。フランスの。 そう。実はゴッホのことです。最近私は「ひまわりの祝祭」という題名のなかなか面白いミステリーを読みました。これは、八枚目のひまわりが存在した、という仮説から書かれたものです。 これに書いてあったのですが、ゴッホというのは日本ではただ単に「ゴッホ」と呼ばれていますが本当は「ファン・ゴッホ」で一つの苗字なのでゴッホとだけ呼ぶのは間違いだそうです。海外の文献ではゴッホだけの表記は見あたらないとのことです。 これをたまたま覚えていたので、なんとか「梵・果」から「ゴッホ」を連想することができて、上司の前で教養のあるフリができました。 家に帰ってから辞書で調べると「凡・高」となっていまして、大陸とは表記が違うみたいですね。 本日は午前中に阪神大震災の震源地の淡路島の北淡町に行き、野島断層を観てきました。あの震災からもう六年の歳月が過ぎ記憶が薄れてきたところであらためて当時の地震のすごさを思い出しました。 しかし、それに加えてさらに感心したのはその地震の痕跡をあのような形で保存してあるということ、もちろん大切なことではありますが、多少観光資源のようになっていることにも感心しました。 4月16日 本日仕事の途中で携帯に二通のメールを受け取りました(といっても、友人がニュースを見てメールしてきただけです。)。 河島英五氏が亡くなったと…。 ショックです。 体調が良くなってきたと某HPで見て喜んでいたところなのに…。 まだ48歳なのに…。 今年は「復興の詩」にも行くつもりでいたのに…。 とにかくご冥福をお祈りします。 4月15日夜 親愛的寶貝は上海にいたころはそこそこ中国語が話せていましたがもう帰国して一年になるのでずいぶんと忘れてしまったようです。 それでも本人はそれを認めたくないようで、「中国語忘れたんじゃない?」と尋ねると「ううん、まだ覚えている。」と意地でも答えます。 たまに中国人と話をすると中国語の話せる日本人の子供は珍しいと見えてみんな嬉しそうに話しかけますが、そんなときもほとんどわかっていないくせにわかっているフリをします。 つまり、「……[口馬]?」(〜ですか?)と訊かれると何でも「是。」とか「対。」(Yes.の意味)で答え、疑問詞を使った疑問文の場合、「う〜ん…。」と答えにくそうな、答えを考えているようなフリをします。決して聞き取れていないのではなくて、答えにくいというのを装うため「怎麼説…。」(なんていうかなあ…。)というふうに言ったりします。 そうするとその中国人はだいたい「こうなの?」とか、「こうでしょう?」言ってくるのでそれを聞いてからまた「是。」とか「対。」てな具合に答えるのです。 こうやって「話すのはもう忘れているみたいだけどだいたい聞き取れるのね。」などとたいていの中国人は騙されるようです。 別に正直に「もう忘れた。」と言えばイイのに。 そういえば私も初めて上海で3ヶ月間過ごした93年の夏頃はタクシーの運転手に話しかけられたときに同じような方法でごまかしていました。別に「聴不[小董]。」(わからん。)と言って黙っていればよかったのに。変な親子。 それからついでに思い出したこと。 上海で親愛的寶貝が一時非常にせわしない物言いをすることがありました。 「これは○○でしょう? ねえ、そう?」 と、畳みかけるように訊いてくるのです。 「そんなせわしない訊き方はやめなさい。」 と無理矢理矯正しましたが、いまから考えてみるとあれは上海人がよく言う 「這是不是○○? 是[口巴]!」 の翻訳だったのではないかと思います。この表現も日本人にとってはヒジョーにくどくせわしい言い方に聞こえます。しかし、このような方法で外国語から母国語語に影響を受けるものなのですね。感心しました。 4月15日 今週は忙しかった。上司が海外出張なので、忙しくない日は五時半で帰ってやろうと思っていたのにこんな時に限って忙しい。そりゃあそうです。二人しかいない部で一人が出張中なのですから忙しくないハズがありません。 金曜日は英語の手紙を四通も書いてしまいました。辞書や過去メールと首っ引きでですけど。こちらに来てからの方が英語を使う機会が多いのは何か納得がいきません。 昨日土曜日は某ワールドミュージック系レコード店のイベントに出かけました。「インドネシア・ポップスを知ろう」という催しでなかなか面白かったです。イベント終了後みなで食事に行きましたがおもっいっきり濃いメンバーでした。しかし、あの時間から行ってみな帰れるのだろうか?と思っていましたが、席に着いてから某店長が「あれ?こんな時間なんや。」と気づかれまして、けっこう慌ただしく飲み食いおしゃべりし、それぞれ帰途につきました。お疲れさまでした。みなさんご無事に帰られたのでしょうか。私はなんとか一つ手前の駅までは電車で帰れました。師匠ありがとうございました。 ところで、私のモバイル用のアカウントのパスワードを忘れてしまって再発行を郵送してもらいました。新しいパスワードで接続したら、なぜか過去に送信したメールを全て再送しようとするので慌てて切りましたが何通かは行ってしまったようです。たぶんある一人だけにしか行っていないと思うのでそのヒトには弁解メールを打っておきましたが、別の方でもし私から変なメールが来ていた場合は無視してください。 4月11日 昨日はKOREAN、今日はシンガポーリアンのお客様をお相手していました。昨日は半分日本語半分英語、今日はほとんど英語少しマンダリン(中国語の普通話)でした。 今日ははじめはずっと英語で話していましたが、私とはなかなか話がはずまないのでおそるおそる中国のどこ系か聞くと「福建」とのこと。福建ならどうしようもないと思ったら、「でも、マンダリンは話せるが福建語は話せない。」だって。 しかし、この人英語のときはエリートビジネスマンという感じで少々気取ってもいたのに、マンダリンになるとなんでこんなに変わるのでしょう。 え? なに? 自分マンダリンしゃべれるのん? なんで? ああ、上海に。四年間。ふ〜ん。 女いたやろ? いや、絶対そうや。せやなかったらしゃべれへんやろ。しんがぽおりやんなんてむちゃむちゃしとるでぇ、みんな。 ええ? わい? わいはしてへんよ。出張でたまに行くくらいやもん。 なんて感じ。ガラッと変わっていました。 まあ、とにかくホッとしてマンダリンでその後ずっと雑談をしていました。でもこちらの他のメンバーがわからないのでオフィシャルの話は英語でせざるを得ませんでしたけど。 やっぱりシンガポールは福建系が多いそうですがほとんどの中国系がマンダリンを話せるとのことでした。読み書きはできないけど会話はできるのだそうです。少しホッとしました。 しかし、最近アダルトメールが多すぎますね。日に何通も来ます。メインのメールアドレスにもWebメールにも来ます。出張用に作ったMSNのWebメールがまだ存在するかどうか確かめるために見てみると、なんとアダルトメールばかり驚くほどたまっていました。しかし、あのアドレスは掲示板の書き込み等にはもちろん使っていないので、どうやって見つけて送ってくるのでしょう。片っ端から送るのでしょうか。 4月9日 暖かくなってきたのでまた本格にトレーニングを再開したいと思います。なぜ暖かくなってきたからかというと、現在私の家ではベンチプレスのセットをベランダにおいているからです。 冬場は非常に寒かったのです。 そういえば上海に行く前は地下室に比較的大きめの物置があってそこにベンチプレスセットを置いてトレーニングしていました。 環境としてはそんなに悪くなかったのですが、怖いのは夜間トレーニングしていると誰も来ないことです。もちろんお化けとかその類が怖いのではありません。 当時はクラブチームでラグビーもしていたのでけっこう気張ってトレーニングをしていて、重量も順次を増やしていくことに喜びを感じていたのです。 つまり、自分の限界近くの重量でいつもトレーニングしていたのです。すると挙がらなくなってつぶれてしまう、鎖骨の少し下あたりでバーベルのバー乗っかってどうにも動かなくなってしまうという状態によくなったです。 当然ひとりで補助無しでトレーニングをしているわけですからこうしてつぶれてしまっても独力でなんとかしなくてはなりません。 ホントに真夜中にトレーニングをしているときなど、この状態から脱出できないと朝まで誰も気づいてくれないのではないかと不安になることもありました。 お腹のあたりまでなんとかずらしていけば、上半身を起こすことができなんとか起きあがって脱出できるのですが、とにかくバーが首の近くにあって持ち上げられない状態のときにはたまらなく不安になったものです。 現在はそんなに重いのを挙げないのでつぶれる心配はありません。しかし、ちょっと本気でトレーニングを始めないと来月は会社の健康診断があって、今年からは体力も測定される年齢になってしまったのです。ダイエットも開始しようっと。 昨日は蔡健雅のCDを聴いていました。先日某所でお茶していたら、ラジカセで彼女のCDがずっとかかっていてステキだったのです。なんか雨上がりの昼下がりにとっても似合っていたのです。あまり気張らずにサラッと歌っている感じが。 って、最近どこかで正反対のことを言っていましたが、ようはどっちも好きなのです。 4月8日 転勤して朝の出勤は電車が一本早くなっただけとすでに書きました。三つくらい違う電車を試して最終的にいまのに落ち着いたのです。なぜかというと時間的にちょうどイイというのもありましたがその電車が一番気に入ったからです。 気に入ったというのはまあ有り体に言うとその電車に乗り合わせるヒトのことです。まだ有り体ではないですね。つまり、ちれいなおねいさんが乗っているということです。 まあ、そんな特別綺麗ということはないのですが、服の感じとか雰囲気とかがなかなかステキで私好みというのが一人乗っているのです。 本社に通っていたときも途中までは同じ電車に乗っていましたので、二月まではほかにそういう対象がいたのです。ところがその人がパッタリとその電車に乗らなくなってしまいました。結婚でもされて会社を辞めてしまわれたのかも知れません。寂しいことです。いや、めでたいことと言うべきかもしれません。 もちろん話しかけたり、ジロジロ眺めたりするわけでもありませんので相手も気づいていないとは思います。またどこかでばったりと出会うようなことがあっても、 「同じ電車に乗らなくなりましたね。」 などと話しかけることもないでしょう。たぶん。 それ以前に私のことなど覚えていないでしょうね。覚えていないというより、そもそも認識していなかったでしょうね。と書きながらそれはあまりにも寂しいかも知れない、と思います。どうなんでしょうね。たまたま朝の通勤に十分程度同じ車両のだいたい同じ位置に乗っている何人かの客同士、どの程度覚えているモノでしょう。私はかなり覚えています。 だいたい美人というモノは、「ああ、あの人私を見つめているわ。」なんていうふうに絶えず感じているモノなのでしょうか。(いや、だから別にジロジロ見てませんよ。) 中国の美人というのはなかなか自信家の方が多いので、「美人ですね。」などというと、「ありかどう。」なんて答える方が多いのです。これはまあ、許せます。カッコイイと思います。 しかし、たまに「よく言われるの。」とか「知ってるわ。」などと真面目に返してくることもあって驚きます。 これは「うへえ、ホメて損した。」と思いますよね。日本人ではこういう人はいないと思います。 ああ、メールの返事がすごくたくさんたまっていまして、一応この土日で全部出したつもりでおりますが、まだなんか忘れているのがあったかもしれません。だったらご免なさい。 最近、というかしばらく買ったCDを付けていないので、覚えているのを書き出します。そしてまたヒマがあればリストに載せたいけど、かなり前から追加していないので、日記からずいぶん拾わなければならないでしょうね。 角頭音楽001、002、003、009 denada 『awaru baru』500619.2 min malik 『solnya bisa』d-0017/2000-11 新寶島康楽隊『第舞輯 愛情霹靂火』RD-1562 周 傳雄『transfer』 SDD0053 501826.2 SLEEPY JOHN ESTES, HAMMIE NIXON, WITH 憂歌団 『BLUES IS A-LIVE』SWAX-107 憂歌団 『BLUES IS A-LIVE』SWAX-112 Nur Fatimah 『Selembut Sutera』 4月5日 今週は新しい職場に出勤しています。なんか転校生の気分です。環境が変わったり、さすがに気を使ったりしているためか、普段よりよく疲れます。と、思ったけどよく考えたら歓送迎会等で毎日宴会が続いているからでしょう。 しかし、新しい職場であるこの会社、やはり本社とは違っていろんなヒトがおられます。男性の平均年齢がかなり高いこともあるし、女の子の感じもずいぶんと違います。髪の毛を後ろで一束に束ねた野武士のようなおじさんもいます。 でも一番ユニークなのが私の向かいの席のおじさん。昼休みにいつもマウスを握って揺れているのです。初日はゲームをしているのだと思っていました。目を細めて一定のリズムで前後左右に揺れているのです。 そのうち口から「くわあーっ」というような音が漏れて来たのでよく見てみると、なんと昼寝していたのです。でもなぜか右手にはしっかりとマウスを握りしめているのです。 そして揺れが大きくなって一定の範囲を超えると眼が少し開いて、ちょっと体制を立て直して、画面を見つめて…、またしばらくすると揺れはじめるのです。 これを毎日昼休みには決まって同じように繰り返すのです。昼休みが終わるとまたきっちりフツーに戻るのも不思議なのですが、眠いのならフツーに寝た方が楽だと思うのに必ずマウスを握ってPCの画面を見つめながらなにかゲームでもやっているようなフリで寝ているのです。変なヒト。 しかし、このおじさん。難しそうな英文の技術資料をひょいひょい、と書き上げてしまうすごいヒトなのです。 何が一番悲しいって、この一月にPCが新しくなったばかりというのに職場が変わってあてがわれたPCがまたひどくなったことがとっても悲しいです。 初日に机に置いてあった骨董品みたいな分厚くてそのくせ液晶画面はずいぶん小さいPC、とりあえず使えというのかと思ったら、まさかこれが本当に自分のになるとは。 また一から、中国語のIMEを入れたり設定をし直したりしましたが、こんなプアなPCに逆戻りだなんて。しかも新しいメールアドレスがまだ設定されていないし、LANにも接続できないという段取りの悪さ。 通勤時間は少しだけ、一本だけ電車が早くなっただけでほとんど変わりません。 今週もうあと一日。ああしんど。 |
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