| 実は私のページは ”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました。 7月29日 最近よく仕事中に聞いたことのない証券会社等から私宛に電話がかかってきます。用件は先物市場の話。しかし先日のはよく聞くとモノがなんと私の、というか仕事の専門の分野、しかも五年くらい前には私が専門にその市場をウォッチしていた商品の話でした。おもしろいので話を聞いてみました。 そして「?」と疑問に思ったこと質問をしてみるとどうやら全然その方面の知識がない様子。そしてそれを指摘すると今度は違う商品の話(こんどは金とプラチナ)になりました。もう少し勉強してから話を持ってきなさい、と言って電話を切りました。 しかし、五月に帰国してからこの手の電話がかかってくるのは三度目です。非常に不思議です。どうして私が帰国したことがわかっているのでしょう。そんなリストが出回っているの?と思い、一昨日電話があったときはそう訊いてみました。 すると○○○高校の卒業者名簿でかけていますとの答え。その名簿に私の帰国がアップデートされているとは思えないので、それがなぜそういう業界に出回っているのか知りませんが私が上海に行っている四年間もずっとそういう電話が職場にかかっていたということでしょう。「まあなんと無駄こと!」と思いますが、それにしてもなぜうちの高校の名簿でかけてくるのでしょう。わが母校の卒業生は金儲けに興味のある人が多いのでしょうか? 7月25日 バラードが好きなのです。 でもバラードの定義ってなんなんでしょう? なんとなくわかるけどはっきりとはわかりません。まずゆっくりなの。でもスローバラードっていうくらいだから、スローじゃないバラードもあるはずで、むしろスローと断っているくらいだから普通はそんなにスローじゃないの?とも思ってしまいます。 で、リズムはある程度はっきりしている。いくらスローでも「君が代」はバラードじゃないだろうし。 モッズの『バラッドをお前に』とRCの『スローバラード』はとりあえずタイトルでそういっているくらいだからバラードなんでしょうね。でもそうとも限らないか。ブルースとタイトルが付いていてもブルーズじゃないのっていっぱいあるし、『スローバラード』というタイトルのヴギウギがあったってイイんでしょうね。そんな曲を作りたくなってきます。 と、ここまで書いて、あまりええかげんなことばかり言っていてもいけないと思い『バラード』の定義を調べてみました。 網上で調べると本来の意味(イギリスの舞踏曲…)としか見つけられなくて、本屋で音楽事典の類を何冊か調べてみました。 「現在ではスローからミディアムテンポのロマンチックで感傷的なラブ・ソングを指す。」 というように説明されてありました。(ただし書き写さずに覚えて帰ってきましたので細部は間違っているかもしれません。まあ、でもだいたいこんなところでしょう。しかし何種類か違う辞典を見ましたがこの語については全く同じ内容でした。なぜでしょう?) つまり、バラードとは曲調のことだけではなく歌詞の内容も関係してくるのでした。スローからミディアムテンポということなので、特にスローなものをスローバラードという言い方をしても良いわけなのです。しかし、ということはラブ・バラードという言い方はだめだと言うことですね。『チャイニーズ・ラブ・バラード』というCDを持っていたような気がしますが…。 バラードの定義はわかったわけですが、リズムがわりにはっきりしているロッカーバラードで循環コードというのが一番好きなのです。という私の好みをプラスして、中華ポップスで好きなバラードを集めてMDに入れてみました。中華ポップスってバラードがけっこうイイのが多くて、自分で言うのもなんですがかなりなかなのです、この選曲が。 1.没結果 林憶蓮の広東語のバラードですが、彼女の曲の中で一番好きな曲です。 ディック・リーの作品で、サビの部分の「愛」の広東語の発音が非常にきれいなのです。(私は鼻濁音を偏愛していますが、この「ンゴイ」という音は特に好きなのです。「ソンゴイネ(レ)イ。」と言う言葉なんかを聴くと鳥肌が立ってしまいます。私を口説くときは広東語でしていただいたら簡単に落ちると思います^^。)それに「口巴(ba)!」が連なって音的にすごくイイのです。リズムもコード進行ももちろん王道のロッカーバラードです。 ディック・リーって昔「香港のヒット曲なんて三分あれば書ける。」というようなことを言ってひんしゅくを買いましたが、この曲や『是否真愛我』などを聴いていると三分でこんな曲が書くなんてやっぱすごい(イヤ、長い時間かけたとしてもすごい。)と思ってしまいます。 2.至少還有[イ尓] 『林憶蓮’s』収録の久々の私好みバラードです。 3.解脱 これはもちろん張恵妹の名曲ですが、ディックカーボーイのカバーバージョンで。彼のカバー曲の中で最も好きな曲です。(もちろん張恵妹のオリジナルも好きですけど。) こちらのディックも私は大好きなのですが、日本での評価があまりにも低くて憤慨しております。たぶんあのヘヴィメタルなルックスが駄目なんだろうと思うのですが、網上でも「どの曲も同じようなのばかりで辛い。」とか「カバーばかりしくさって。」と貶されているのばかりです。これには温厚な私も火冒三丈で、そのうち『迪克牛仔』のページを作ってやろうと思っています。 4.心太軟 この曲は私が上海に赴任した当初の96年に町中で流れていました。とにかくあんなに毎日同じ曲を自分の意志によらず聴かされたのは93年のやはり上海で「花心」を聴いたとき以来です。典型的なバラードですよね。バラードの王道。チャンネル[V]をつけるとTVもよく流れていました。 5.怎麼辧 6.秘密 7.愛我別走 これら三曲は張震嶽の曲。私はこの人の曲、ノリノリのファンキーな曲がもっとも好きなのですが、バラードも泣けてくるほど素晴らしいのです。 8.我可以抱[イ尓][口馬]?愛人 張恵妹の曲。これもテンポと言いコード進行と言いもう理想的なバラードです。部屋の中から外を見て雨が降っているのに気づいたら必ず出だしの部分を口ずさんでしまいます。 9.陰天 莫文蔚のバラードはこの曲が一番かな? ほかにも良いのがいろいろいろ有るけど、なぜかこれ。。 不思議なのは莫文蔚は歌唱力の点ではいまいちだと思うのですが、バラードをしっとりと歌ってもうっとりと聴かせるのです。 この曲はサビの部分のコード進行が独特で少し私のバラードの基準からははずれるのですが、イイ曲ですよね。 10.我的愛対[イ尓]説 私のHPでコーナーの一つのタイトルになっています。葉イ菁文の曲はもちろん良いのがいっぱいあって選ぶのが難しかったのですが、バーラードの条件で選択するとこの曲と次の曲の二曲になりました。バラードなんだからもう少し抑えて歌っても良いのですが、そこはサリーのことだから目一杯感情を込めて歌っています。 11.没有情人的日子 この曲はチャゲ&飛鳥が葉イ菁文にプレゼントした曲です。 以上私の基準で中華ポップスのバラードの名曲を集めてみましたが、みなさまのお薦めのバラードありましたら、メールお待ちしております。
7月19日 今日は和製英語についてひとこと。 最近網上を巡っていてよく見かける「リンクフリー」という語が気になってしかたありません。 「このページはリンクフリーです。どんどんリンクして下さいね。でもリンクしたときは連絡を下さい。」 というように使われています。 つまりそこでは「リンクフリー」とは「リンクを自由にしてもいいですよ。」という意味で使われています。 この「リンクフリー」という言い方は和製英語ですよね。ふつうバリアフリーとかタックスフリーという風に使いますが、このような語尾につくフリーというのは「ない」という意味です。「自由に」という意味ではありません。 それともこれはリンクとフリーとを切り離して「リンクはフリーだよ。」と言っているのでしょうか? 「リンクもフリーももう日本語になっているだろう?」 ということなのでしょうか。 でももっと違和感のある表現を先日社員食堂で発見しました(ホントは私が発見したのではなくて、別の人に「ほら、あれ見て!」と教えてもらったんだけど。)。食堂の人がみな胸にバッチをつけているのですが、それにはこのようにかかれているのです。 「ストップ・ザ・食中毒!」 これにはびびってしまいました。おそらく食中毒を防ごうという意味で使っているのだと思います。英語的な表現にすると食中毒も生々しくないし、「ザ・食中毒」とすることでなんかさらにリアルじゃないように感じるという効果をねらったのでしょう。 ところが「ストップ」だとこれまで続いていたものをやめるという感じがします。これまで食中毒がずっと発生していてそれをなくそうというのならこの表現でいいと思いますが、もともとないものを起こさないようにしようというのなら(そうであることを願いますが。)この表現はまずいのではないかと思います。しかも「ザ」をつけてわざわざ「あの」と特定していますから、「私だけ知らなかったのかしら?」と思ってしまいます。 でもいつのまにかあのバッチをつけなくなっていましたので、誰かが指摘したのでしょう。 ついでに、和製英語とは関係ないけどずっとむかしからすごく気になる間違いを。 「デビュー」を「デヴュー」と表記しているのをたまに見かけます。Vの発音じゃないので「ヴ」にする必要はまったくないのに。これがすごく気になって指摘したくてしようがないけど、こんなことでメールして嫌われるのもいやだし。 7月8日 75キロになりました。帰国したときは82キロありましたから7キロ減です。でも2ヶ月近くかかってしまいました。なんせ有酸素運動なしで食事だけで痩せたのでけっこうたいへんでした。 有酸素運動をやろうと思い立ち、本日クリア・ステッパーというのを買ってきました。私が好んでやっていた階段昇降のバーチャルのやつです。¥2,980の安物ですが、試してみると割に使えます。ただし、よく見てみると体重制限があり80キロ以内とのことでした。初めからこれを使って痩せようとしていたら、買っても使えなかったところでした。 ジムに通おうかとも思ったのですが、近所のジムは高いし通い続けられるかどうかもわからないのでやめました。これで家でほぼやりたいメニューができます。できないのは広背筋のトレーニングだけです。これは懸垂でもするしかありません。 実を言うと私はトレーニングジムというのがあまり好きではありません。なぜかというと、それはあまりに健康的すぎるからです。部屋はだいたい明るくて白を基調としてあり、スタッフも元気で明るくて、音楽も軽快なメロディが流れていて、居心地がわるいのです。 私がジムを作るとしたら、部屋は木目調か籐で編んだような感じで薄暗くして、香を焚いて、シタールの音色が響いていて、スタッフは無愛想ではないが物静かで、そんな中でもくもくとトレーニングをする、というふうにしたいのですが、これじゃあお客さんは来ないでしょうね。 でも、これまで行ったことのあるジムはどれもあまり気に入らなかったのです。なんか落ち着かないのです。 7月5日 (おっと、今日は7月5日だった。) 私の働いている会社は7月1日からビル内の冷房を摂氏二十八度にしてノージャケット、ノーネクタイになりました。私は出張していたので本日からそのスタイルで出社しました。半袖のシャツを持っていなかったので先週の土曜日に買いに行きました。そのボタンダウンに紺色のパンツという恰好だったので学生に見えるようで昼間に街を歩いていると危うく補導されそうになりました。(嘘だよ。つっこまないでよ、誰も。) 7月4日 (おっと、今日は7月4日だった。) 今日の帰りの東海道新幹線は最悪でした。 日本人の女性もけっこう強烈ですね。東京から名古屋までしゃべり詰めの女性のグループがいました。二十代前半から三十代後半くらいの女性が十人くらいいたのですが、誰を呼ぶのも「○○先生」と言っていたので保母さんでしょうか。でも全員がそれぞれを「先生」と呼び合う集団も異様なものです。 まあそれはイイのですが、自分たちの声だけが車内に響いているのに、夜八時半東京発の新幹線ですからだいたいみんな疲れ切っているのに、気にせずしゃべっている神経が気にくわないのです。携帯電話よりずっと迷惑です。わざとらしく振り向いてみてもなにも感じないみたいです。 私の席の真後ろにはアイスクリーム二個食べる女がいました。見かけはごく普通のOLなのですが、一人で東京から大阪まで、しかも普通のハンドバッグで出張の風情はありません。で、アイスクリームを二つ食べているのです。特別おいしそうにも見えないのですけど。そしてけっして太ってはいません。 さらにたこ焼き食べて水割り飲みながらゲームボーイやっているオヤジが私の隣の席にいました。年は五十前くらいなのですが、なんでゲームボーイをやっているのでしょう? うちでやるのはともかく、ええおっさんが新幹線の中でやるなよ、と思ってしまいます。それに出張の鞄にそんなものを入れる神経も変。 それから車内販売でたこ焼き売っているのも変。 名古屋で保母さん軍団が降りた後、耳障りなのは斜め右後ろの学生風の男。ウォークマンから音漏れさせているのも気になるし、さらに音をたててアイスクリーム食べているのです。ぺちゃぺちゃと音をたててアイスクリームを食べているのです。 しかし、新幹線の中ってどうしてみんなあんなにモノを食べるのでしょう? 私はもともと飛行機も含めあんまり乗り物でモノを食べないのでよくわかりません。特にアイスクリームは新幹線で食べる必然性はないと思いますが。はやっているのでしょうかね、新幹線でアイスクリーム。 7月1日 男性のパック人口というのは日本でどのくらいあるのでしょう。 私は実はパックするのがけっこう好きなのです。昔は「男のクセにそんなことできるか」と思っていたのですが、十年くらい前に一度体験してからはずっと継続的にするようになりました。きっかけはある人の何気ない一言によるものでした。 「鼻の毛穴が黒ずんでるよ。パックしたら。」 普通だとそんなことを言われても「男のクセに…」と反発するのでしょうが、なぜかそのときは素直に、 「そう?」 と、一度くらいやってみてもいいかと言う気持ちになってしまったのでした。 軽い気持ちでやってみたパック初体験でしたが、なんせ二十ウン年間鼻の頭の毛穴のことなど考えたこともなく、掃除をしようなんて思ったこともなく放っておいたのですからその汚れというのはすごいモノだったのです。 完全に乾くのを待つのももどかしくはがした白い膜には二十ウン年ウンヶ月分の汚れが文字通り林立していたのでありました。まさに、毛穴の汚れの剣山状態です。 「げげぇー! むちゃきしょい〜!」 と叫びながらにこの行為が病みつきになったのでした。 一つは、鼻の毛穴ってこんなに汚いモノなの? という気持ち、これは定期的にやらなければならないと思うに足るものでした。 ところがもう一つはなんか少々変態的な快感で、「きしょ〜!」と言いながらなぜかまた見たいと思う気持ちだったのでした。当然定期的にやっていればあんなひどい汚れにはなりませんので、あれを見たければまた十何年かためなければなりませんが。 まあでも、そこそこの収穫でもけっこう楽しめるのでこれは女性の楽しみだけにしておくのはもったいないことなのです。 だから、男性にもパックを普及させようと思ったら、とにかくおっさんをいすに縛り付けてでも一度パックを体験させて、 「ほらほら〜。あなたの鼻の毛穴にはこんなに汚れがたまっているんですよ〜。」 と見せてあげれば、リピーターになることは火を見るより明らかです。 まあ、ええおっさんがあんまりみっとものイイ図ではありませんが、梁朝偉の野菜パックよりはましでしょう。これも美しくなるためと我慢しましょう。ウフッ…。 6月21日 7月1日で組織改革のため所属が横に数十メートル移動します。その数十メートルの移動ために引越作業をしなければいけません。今週中にいろんな書類等を段ボール詰めしなければなりません。しかも私は引越担当。どのロッカーの資料をどこに移すとか、段取りをしなければなりません。実際の作業は手分けをしてやりますので全部私がするわけではもちろんありませんが、それでも段ボール詰めの作業は多めにあるわけです。その作業をやりながらふと思いました。 「なんかここ数ヶ月同じようなことばかりしている・・・。」 そう。上海の家の引越、事務所の引越。帰国してからの片づけ。そして今回の引越、とずっと引越しています。ええ加減いやになってきます。 6月18日 自己紹介のところに「好きな女性の体の部位」というのを書いていますが、これについては「なんで?」という質問がいくつか来ていました。 ずっと答えずにいましたが、なぜか本日ここで答えたいと思います。 もともと私は細い女性が好きでした。細けりゃ細いほどよい。贅肉なんて少しもない。出るところが出ていなくてもとにかく贅肉はどこを探しても見あたらない、というのが好きだったのです。 ところが二十代半ばくらいに好みが変わってきて筋肉質なのが好きになってきました。 それと同時に好きな部位も変わってきたのです。 細いのが好きだったときはうなじとかあとは白いブラウスのなかで泳いでいる細い肩なんかが好きでした。 筋肉質なのが好きになってからは、対象はふくらはぎに移って行ったのであります。ふくらはぎというのはなかなか難しくて、私にとってたいていの女性は肉が足らないのです。ある程度の肉が付いていなければいけません。細けりゃいいってもんじゃあないのです。理想のふくらはぎは中国でもほとんど見たことがありません。 ところがそのふくらはぎの地位もあることをきっかけに第一位の座を滑り落ちることになります。 取って代わるのは背中です。背中といっても肩胛骨あたりではありません。高さで言うとウェストのあたりです。つまり腰に手を回したときに触れる箇所です。 勘の鋭い方ならもうお気づきでしょうが、そういうことなのです。チークダンスで男性の左手で触れる部分です。 我的愛対[イ尓]説の中で書きましたが、以前私はドリフの「いい湯だな」でチークを踊ったことがあるのです。そのとき恥ずかしくて情けなくて、と書きましたが、実はもっと別の感想もあったのです。そのときの女性ですが身長は175cmくらいあって元モデルということでした。 で、腰に当てている私の手の感触がなんだか違うのです。今まで知っている感触と。といっても別に私はそんなにたくさんチークを踊った経験もないし女性の腰に手を回した経験も一般的な平均よりもずっと多いというわけでもありません(平均って知りませんが。)。 けれども彼女が普通と違うのはなんとなくわかります。ちょうど手を回したあたりつまり背骨の両サイドが盛り上がっていてその盛り上がり具合とそのそのウェストの細さ(太さ?)がちょうど、なんというか心地良かったのです。いえ、なんとなくというのは嘘でなんか決定的に違ったのです。手でそのあたりを軽くこちらに引き寄せたその瞬間に電気が走ったようにビビッと来て、「これこそ私の探し求めていた感触だ!」というほど大げさなモノではありませんが、かなり衝撃的だったのです。 あの彼女は元モデルだったということなので、以前に意識的に鍛えたのかもしれません。それまでは背中というと広さ大きさだけを気にしていました。ですから、自分のトレーニングも広背筋を鍛えるのが主でした。それからは背中のトレーニングも厚みを増やすためのものを気張ってやるようになりました。まあ私の場合、自分の背中や腰に手を回してもらう機会はないでしょうから鍛えてもどうしようもないことはわかっていますけど・・・。 6月16日 私は現在医者からも言われたためダイエットなるものを行っております。踏台の減肥日記みたいなものを書いておりますが、こんなものはアップしてもしょうがないのでしません。 見直してみると数字的にはあまり効果は出てきていません。二週間ほど前に82キロほどあった体重が一昨日に78キロに落ちたのですが、昨日少し食べ過ぎてまた80キロに戻ってしまいました。水前寺清子の歌を思い出します。 しかし、食べる量は上海にいたときに比べてかなり落としています。カロリーで言うと半分以下になっているはずです。上海では「もう食べたくない。」という状態からさらに自分で「もったいない。」と食べる、また「もっと食べなさい。」とヒトに勧められて食べ過ぎるということが多かったのです。 現在はお腹いっぱいに食べることはありません。八分目よりももっとさみしいハラグアイで止めます。それに内容もかなり気を使っています。厳密に計算はしていませんが、カロリー換算で半分以下というのは確実です。 では、インプットが半分以下なのになぜ体重が減らないのか? という疑問が当然の如く沸いてきます。 私に考えられるのは二つです。 まずインプットが減った分アウトプットが減った。 つまり摂取カロリーが急に減った分、体が消費カロリーをセーブし始めたということです。省エネ運転を始めたということでしょうか。この対策には本格的にトレーニング、特に有酸素運動をやって基礎代謝を上げる努力をしなければなりません。 もう一つ考えられるのは、食事の量を減らしたので、その限られた食料から体が最大限に栄養を吸収しようとしているのではないかということ。これについては私の全くの素人考えなのですが、そう思われる根拠があります。 私はもともとお通じがすごくよいのです。「踏台は話は下らないけど、お腹はよく下る。」とむかしから有名なのでした。(別に自慢にゃならんけど。) ところが今回減肥を始めてからお通じがわるくなりました。 水分はあいかわらずよく摂るし、野菜も気をつけてよく摂っていますが、回数・量ともに激減しています。量は食事の量を減らした以上に減っています。(汚い話でごめんなさい。) これは摂取する食料を減らしたため体が少ない食料から最大限に栄養を搾り取ろうとしているのではないかと思います。 ということで、私は現在非常に燃費のよい体をしているわけです。 6月13日 携帯について。日本に帰ると携帯の普及が進んでいました。何年も前に香港に行ったときに驚いた記憶がよみがえってきました。あのとき町中の誰もが携帯を片手に話しながら歩いていましたもんね。 で、携帯のマナーについてですが、もちろん日本の方が厳しいわけで中国・香港には携帯のマナー(そもそも携帯以外にもあるかどうか)なんていうのはないに等しいのですが、日本も想像していたよりいい加減で少し驚いたというかホッとしたところもあります。電車の中でもけっこう話してますしね。 でも電車で携帯の使用が禁じられるのはなぜでしょう? 心臓のペースメーカーに影響を与えるから、というのもありますが、基本は、やかましい。周りの人の迷惑になる。というのがありますね。 JRのポスターに書かれているのは映画館では携帯使う人がいないのにどうして電車では使うの?というようなことですが、決定的に違うのは電車の中でヒトは話をするけど映画館の中では話をしないというところです。話どころかポテチの袋をがさごそさせてても私は頭に来て注意します。(かの国ではそんなことで頭に来ていては早死にします。) では電車の中で話をしてもいけないのか? というのが疑問になりますよね。 おばさんが大きな声で話をしているとなりで自分の携帯が鳴って小さな声でヒソヒソ話をして、といっても例えば「今電車の中なので後でかけ直しま・・・」と言ってる途中でそのおばさんに「あんた!電車の中で携帯使こたらあかんやないの! ホンマに迷惑やなぁ!」なんて言われたらむちゃくちゃ頭にくると思います。 6月10日 日本に帰ってきて感じることその2。 金髪が多いですね。もちろん外人のそれではありません。日本人の若者です。 しかし以前は日本人に金髪って似合わないと思いましたが最近の若い人のはそんなに悪くありませんね。昔はヤンキーのにぃちゃんかなんかで普通に見えないかすごく下品な感じがするかだったですが、いまのはけっこう普通であまり違和感がありません。けっこうかっこよかったりします。ただ見慣れただけなのでしょうか? 本日昼から「ジャイプール」であったライブの模様を。 音あわせを手伝って欲しいので11時半くらいに来てと言われていたので11時過ぎに着いていようと思っていたのですが、梅田に出てから、「はて? 扇町公園ってどうやって行くんだっけ?」と迷ってしまい、また公園の近くまで行ってからも簡単にわかると思っていたのに見つけられなくて結局電話して教えてもらって着いたのが11時45分でした。カッコわりぃ。 音あわせをやり結局本日はミキサー担当という大役を仰せつかることになってあせりました。ヘラヘラと楽しむだけのつもりだったのになんか私も緊張してきて昼飯を食べるどころじゃなくなってきましたが、忘れていました。ここはインド料理やだったのです。インド人シェフがちゃんと作ったカレーもナンもおいしくておいしくてしっかり食べました。 ライブはすばらしかったのです。彼らのステージを観るのも久しぶりでおなじみのナンバーから新しいレパートリーまで合計二十数曲もやって、たっぷり楽しめました。感想としては夫婦できちんと練習をやっているせいか一曲一曲の安心して観ていられる、ショーとしての完成度が高くなっているという感じでしょうか。あれだけ長くやったのにダレることなく楽しめました。 ジャンバラヤ、ブガダン、ザディコ、ミニー・ザ・ムーチョ、(カリンバで)ジェラス・ガイとスタンド・バイ・ミー、コピ・ダンドゥット等々。また使用した楽器はエレアコギター2本、カリンバ2台、アコーディオン、ハルモニウム、ウード、ウクレレ2本、ドーラク(インドの両面太鼓)等。これらの楽器を二人で演奏しました。 私も一曲中華モノ、94年ヒットの『味道』をワンコーラス半歌いました。一番はゆかりちゃんが歌って二番以降を私が歌うという具合でした。キーがB♭(つまりオリジナルのキー)だったのでかなり苦しかったです。まあでも言ってみればこれが帰国以来初めての中カラです。といいたいところですが、思い出しました。通信カラオケで二曲ほど歌ったことがありました。 まあこれから「正式メンバーに」というわけにはいきませんが、たまには一緒にやらせてもらえるようなのでまた楽しみが増えました。 6月10日 今日はモバイルギアを買いました。 ホントいうと新しい辛苦パッドを欲しかったのですが二十万円は痛いのとB5ノートを日本で持ち歩くのはかなり辛いということに気づいたのでB5ノートを買うのはあきらめました。 でもモバイルは必要なのでどうするか検討したところやはり「文章入力がしやすいものを」と考えるとモバイルギアになりました。なぜ文章入力重視かというと家でHPの更新をしようと思っても元ネタの入力作業をしておかないと文章から打っていく気力と体力ないということに気づいたからです。ですから外でできるだけ文章を打っておきたいのです。 ということで、モバイルギアを使うことになりましたが、小さくても文章に入力はかなりできます。Atokも入っているし普通に辛苦パッドを使っていた要領で使えます。 これからまたがんばって更新をしていきたいと思います。 5月29日 日本に帰ってきて良かったなあと感じること。 まず、おいしいチャイが飲めること。チャイ好きの私としては何よりの幸せ。上海にチャイの飲める紅茶屋さんを作ろうかと本気で考えたこともあります。台湾から来て上海でも流行していた「ない茶」は甘すぎるのとミルクが濃すぎるのがいただけません。 次にやはりいろんな音楽が聴けること。M橋さんの新しいショップ「プランテーション」に行くと本当に嬉しくてニコニコしてしまいます。楽しい音楽がいっぱいあって、隣(というか同じ敷地内)でおいしいチャイが飲めて。最近のお気に入りはインドネシアの「melly」です。囁きボイスのバラードがたまりません。本当はけっこうこういう声というか歌い方が好きなようです、わたし。林憶蓮のでもこういうのですごく好きな曲がありました。一時囁きが重くて鬱陶しいなどと林憶蓮を嫌っていたこともあったけど。 あとついさっき思ったことですが、テレビのチャンネルをちょっと換えると内田勘太郎さんがギターをしかもボトルネックで弾いていたりするのが観られること。 もちろん上海が良かったなと思うこともたくさんあります。 ああ、飲茶したい。銭櫃行きたい。 5月26日 先日中国人の方からメールが来ました。初めてのことですが私のこのHPに対して好意的ではないメールでした。 まずタイトルにしてからが「二度と中国に来ないで下さい。」とありました。まず、私が中国を嫌っていると指摘され、次に私が神経質な日本人の代表だとか書いておられました。なんでもかんでも日本のルールにあてはめるのはやめたほうが良いとも指摘されていました。 これらの指摘については反論したい部分もあるのですが、確かにHPを作りながら私のHPを中国の方が観れば気分を害されるだろうなあと感じる箇所はたくさんありました。しかし幸いこれまでメールを下さった中国の方はわりと好意的に取って下さり、「同じように感じる部分があります。」などとおっしゃっていたので安心しきっていたのでした。 でもやはりフツーの中国の方には反感を持たれる方が多いのでしょうね。事実私の友人である中国人は私がこのHPをやっていることをご存じなのに会ったときもメールのやりとりでも全く触れられないのでやはり良くは思われていないのだとはずっと気づいていました。 わかってはいましたけど、こういうメールがくるのはけっこうこたえるものですね。 乱暴な言葉遣いではなく丁寧にしっかりした文章で怒っていらっしゃったのでよけいこたえました。 では翻って、日本在住の中国人が日本のことをけなしていたり、「日本人ってこういうところがヘン。」ってなことがHPに書かれていたとしたら、私だったらどう思うでしょうか? 私は確実に「やかましいワイ! イヤやったら国へ帰れ!」と思うことでしょう。 ところが、日本人というのはけっこう自虐的な人が多くて、「日本のここがおかしい。」「日本人はヘン。」などと言われると、「よくぞ言ってくれた。」とか「もっと言って!」とか言う人が多くて昔から不思議に思っていました。 いや、もちろん意見は意見として謙虚に受け止めて改善に努めるのは大切なことなのですが必要以上にマゾ的に喜ぶ人が多いのではないか?と思います。 もちろん逆に「やかましい!」と全く耳を貸さない人も多くいると思います。つまり両極端であり、冷静に受け止める人というのが少ないように感じていました。 で、中国人というのはだいたいに自分の国や中国人に対しての悪口を言われるとストレートにムキになって反論する方のほうが多いように感じます。 というかそれがフツー当然の反応なんでしょうね。 5月25日 日本に帰って来ました。といっても、もう二週間が経ってしまいました。四年中国で過ごしその間殆ど帰ってこなかったのでやはりかなりのギャップがあります。住居は職場に近く幸い通勤は非常にラクなので助かります。上海にいるときより通勤時間は短いのです。 日本に帰ってきて思うのは日本はやはり病んでいるなあということです。街にでると変な人が多いのです。電車の中等で一人で喋っているヒト。これは上海滞在四年の間でも数人見かけましたが、日本に帰ってきて二週間でもう軽く上海四年分を抜いてしまいました。 それに上海で見かけたのは何かに対して怒っていて怒りのあまり喋らずにいられないという感じのヒトばかりでしたが、日本の場合はみなごく自然に、隣のヒトと話すような感じで話をしているのです。そう目に見えない誰かと会話をしているような感じです。 それからこの間見たのは電車の中で太極拳をしている若い人。これもずっとしていればなにか新種のパフォーマンスかと思ってしまいますが、ドアのところに立って突然思い出したように型を二つ三つやってまた何事もなかったかのように停まって外を眺め、また思い出したように…と、何度かこれを繰り返していました。 昨日は帰りの電車の中でサラリーマン風のおじさんがやはりドアの付近に立ち窓ガラスに映る自分の姿にに向かってずっと何か喋っているのです。別に見かけは特に変わったところもなくごく普通のおじさんで普通に喋ってるのですが、相手は窓ガラスに映った自分なのです。 日本はやはりなんか複雑ですね。 中国のストレートなのに慣れているのであまり複雑なのは、つきあい方も含めてまだ慣れません。 |
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