| 実は私のページは ”親愛なる日記よ、この世には僕の大好きなことがある!” という言葉から始まるナンニ・モレッティ監督の映画 「親愛なる日記 CARO DIARIO」から名前を取りました 12月31日 この二十八日くらいから肩が痛くてたまりませんでした。私はこれまで肩こりというものを経験した ことがなかったのですが、肩こりというのはこういうものなのでしょうか。肩こりをしたというのは最 近ずっとトレーニングをさぼっていたので筋肉が落ちてきたせいかもしれません。僧坊筋や首の筋肉を 鍛えれば肩こりなどしないはずです。そう思って二十九日に筋トレを再開しました。そして縄跳びをや ったあとそれまで肩だけだったのが首のうしろにまで痛みが広がりどうも耐え難くなってきました。肩 の痛みが退いてからトレーニングを始めるべきだと気づきましたが後の祭りです しかし、情けない。いくらトレーニングをさぼっていたからといってもこんなふうになるとは思って もみませんでした。来年はまじめに天天鍛錬身体しようと思います。 私はスケジュールは手帳に書き込んだりしないのですが、いろんなことが載っていて便利なので日中友好 協会の手帳を使っています。先日来年のを買い忘れていたので電話してみるとまだ在庫があるというので郵 送を頼みました。そのときに住所氏名を電話でつたえなければいけないわけですが、日本語だと私の名前の 末尾の漢字は説明しにくいのです。 日中友好協会の方なので大丈夫だろうと思って中国語で説明すると一発でわかってもらえました。とっても 便利です。その漢字は日本語では名前にくらいしか使わないのに中国語だと良く使うのです。 というわけで、大晦日ですね。今年もいろんな出逢いがありました。来年もいろんな方々、音楽、映画等々 とすばらしい出逢いがありますように。。 12月30日 世紀末で年末ですね。 でもなんか全然盛り上がっていないような気がしますけど気のせいでしょうか。 昨年は日本にいなかったのでよく知りませんけどミレニアムの方がもう少し盛り上がっていたのではないでしょうか。西洋では千単位ですからミレニアムの方が重要なのはわかりますけど日本は万単位ですからセンチとは関係ないけど百かける百で世紀の方が重要かなという気もするのにそんなわけでもないようですね。 むかし21世紀という名前の付いた団体にいたことがあって「21世紀に向けて大阪を…」というようなことをしていた(ようわからん説明)のですが、ホントに21世紀が来てしまい、しかも盛り上がりに少し欠けるなんていうのはこれでいいのか? とも思いますがいいのでしょう、別に。 そんなことよりも、年賀状をまだ書いていなくて今日明日くらいに書こうと思っていたのですが、なんと住所録がありません。実はこのパソコンを再インストールしたときに全てデータが飛んでしまっていたのです。せめて今年いただいた年賀状を見て書こうと思いましたが、引っ越しのどさくさでそれも見つかりません。 ということで、来年来るのを待ってそれに返事を書くと言う形ですますことにしました。 といっても私は引っ越ししているので住所変更の知らせを送ったヒトからしか届かないことに気が付きました。まだ上海にいると思っている方は上海に送ってくださるかも知れませんので年明けに上海に行って上海に届いたのを受け取ってそれから出すことになります。 とにかく年賀状を書くという仕事がとりあえず無くなりましたので今日は宝貝と二人でパンダを見るために王子動物園に行きました。 着いてびっくり。今日は(というか年内)お休みです。へえ。動物園は休みなのですね。 遊園地は開いているのに。ああ、無駄足。 話は変わって、モバイルで使うためにスマートメディア使用のデジカメを買いました。スマートメディアアダプターを使ってモバギで画像を読みとることができるので出先から写真をメールしたり、HPにアップしたりすることができます。(モバギはUSBやシリアルでデジカメと接続できないので。) そのために、スマートメディアを使いかつ画素数の少ないデジカメを探したのです。コンパクト・フラッシュでもいいのですが、スマートメディアならフラッシュ・パスを使えばフロッピィディスク経由で母艦となるパソコンはもちろん他のデスクトップのパソコンともやりとりが出来るからです。コンパクト・フラッシュはフロッピーディスクと交換できません。画素数はモバギでメールやHPに使うのに高画質だと重すぎるしモバギ上で画像処理はできないと思ったからです。 しかし日本橋で探してみると現在、スマートメディアを使いかつ低画素数のデジカメは(ほとんど)存在しません。スマートメディアを使うならならだいたい130万画素以上です。店員さんに訊いてみるとあるにはあるが安くないのです。しかし、店員さんに目的を言うと、画素数の少ないのを敢えて探す必要はないとのこと。なぜなら撮影時に画素数を落として写すことができるのですって。知らなんだ。結局130万画素のデジカメを買いました。 ということで、来年からはもっとモバイルいたしますのでお楽しみに。 12月26日 中国人も帰られましてやっと私にも平穏な日々が戻って参りました。昨日は最後の宴会 があったので下戸の私は予定通り酔っぱらって一次会のみで無事に家には帰ったものの上 網できる状態ではなく寝てしまいました。 来月は十日から十九日まで上海に出張します。十日というとまだ先のようですが 正月明けて五日は出勤するものの八日がまた休みのため九日出たら翌日からと いうことで実はヒジョーに慌ただしいのです。つまり年内にかなりの部分準備をし ておかなければいけないということなのです。 ところで、忙しさにかまけて鍛錬身体と減肥をさぼっていたらけっこう体重が元 に戻っているのです。これはイカンということでまたトレーニングを再開しようと 思うのですがどうもなんとなく外を走りたくなってきました。 このあいだの日曜日にみなさんをホテルに送った帰り東急ハンズを覗いたら、健康用品のところに 高価なサポーター(サッカーのじゃないよ。)が置いてあってこれはかなり固定する力が 強そうだと思って見ていました。おばさんが同じようなのを見ていて「Mサイズはないの?」 と店員のおじさんに尋ねていました。 「Mはいまありません。でもこのメーカーのはだいたい小さめなので普通Mサイズの方は Lがちょうどイイと思います。」 と、その店員は答えています。 あらまあ、某国でよく聞いたような返答のしかた。とにかく売ってしまおう思ってこんな いい加減な言い方をしてるんじゃないの? と思って聞いていましたが、おばさんもそう思 ったのか、「私のじゃないので、サイズを測ってからまた来ます。」と帰っていきました。 その店員はこんどは私の方を向いて言います。 「あ、良かったらサイズをあわしてください。試着してもけっこうですよ。」 わたしはこんな肌に直接つけるものを試着できるとは思わなかったので意外に思いましたが、その固定具合を確かめてみたくなってきてホントに試そうかという気になってきました。でもその前にホントにこのサポーターが私の思っているような使い方ができるものなのか訊いてみました。 「右足の前十字靱帯が切れているのですけど、このへんのを着ければ膝を固定して運動できますか?」 「前十字靱帯が切れているのならこのタイプのしかダメですね。」 と、彼は自信を持って幾タイプかあるうちの一つを指して言いました。 「お、このオヤジスポーツマンタイプには見えないのになかなか専門知識がありそうじゃわい。」 と見直しながら、素直にそのオヤジに従って試着させてもらうことにしました。 サイズもなるほどLLで十分だと思っていたら心持ちキツイくらい。 少し小さい目というのも嘘ではないようでした。 で、着けた感じですが、すこぶるイイ感じ。サイドに入っているのはふにゃふにゃと柔らかい物質 でそんなに固定する力はなさそうに思えたのにあら不思議、装着するとぴったりと膝を固定し左右へ 関節がぶれることもありません。これなら普通のランニングには支障はなさそうだし、ひょっとしたら タッチ・フット(接触なしのラグビー・ゲーム)もできそうな感じです。反復横跳びも出来るかも? もともと私が普通に運動をするために使うものとしてイメージしていたのはもっと大げさな、ロボ ットの関節のようにヒンジが付いていてギシギシ、ガシャガシャとベアリングが鳴るようなものだっ たので、こんなお手軽に使えるモノが手に入って大感激です。 で、その店員の胸元をよく見ると「専門知識か技能だかを持った店員です。」というような意味の文句が書いてあってそういう専門家だったようです。「前十字靱帯」とか「内側側副靱帯」などという 単語は普通それらを切ったことがあるか少なくとも損傷したことがあるヒトくらいしか知らないでし ょう。こういう専門的な店員がいるなんてなかなかやるね、東急ハンズ。 12月24日 今日は中国人を九人(突然一人が帰国しなければいけなくなりました。) 連れて京都・奈良観光へ行きました。まずは金閣寺へ。今日は車は少なく 名神を飛ばして約一時間で金閣寺へ到着。しかし、12:30からは高校 駅伝のために西大路あたりは通行止めになる模様。 金閣寺はさすがに金ピカで豪華なためなかなか人気があってみんな写真を 撮りまくっていました。その後バスの運転手さんは龍安寺を薦めますが彼らに 枯山水のよさがわかるかどうか疑問だったので早めに嵐山に行くことにしました。 嵐山公園の周恩来記念碑を見に行く途中やはり中国人の観光客に碑の場所を 訊かれました。教えてあげると私のことを「留学生か?」訊かれました。 まだ学生に見えるのかしらん、と思ったけど留学生にはチエーホフの万年学生 みたいなのもいるから別にそんなに喜ぶことでもないと気づきました。 しかしみんな景色を楽しんだりしないので石碑を見たらすぐに折り返して 帰ろうとするので時間をつぶせません。そこで早めの食事をとって奈良へ行く ことにしました。ホントに道が空いていて一時間ちょっとで奈良公園に着きま した。鹿にせんべいをあげて大仏を見に行きました。ここまではなんとか喜んで いたのですが、その後は二月堂を見に行ってもわずか五、六分歩いただけなのに 「あれだけ歩いてこんななんでもないものを…。」と不満そうでした。 あとは別に寺やなんか辛気くさいものを見てもしようがないと早めにまた奈良を 後にしました。交通がスムーズに行き過ぎたため却って時間を潰せなくて困りましたが 大阪に帰って適当に買い物でもするということなので助かったといえば助かりました。 程なく別行動の組と合流して私はお役ご免で帰らせて貰いました。 やはり派手でわかりやすいものはウケるけどしみじみ味わいの有るものでも地味な ものは中国の方には駄目のようです。 12月23日 今日は四年半ぶりに北浜の北京飯店に行きました。おいしかった。本場四川坦々麺というメニューが出来ていてこれがホントにおいしい。四川の坦々麺より上手いんじゃないかと思うくらい。そのほか炒め物も炒飯も全ておいしかった。あのおばあちゃんも昔のままで優しいし、中国語の単語を口にするだけで「上手、上手」とホメちぎってくれるし、まだ私のことをおにいちゃんと呼んでくれるし。今度はあそこでオフ会でもやりたいものです。 ちょっとCD買うのを自粛しようと思っていたのに気が付くとかなり買っている最近。あとでリストに入れるのを忘れないように最近入手したものを書き出しておきます。 クレイジーケンバンド『ショック療法』『ゴールドフィッシュボウル』、張震嶽『有問題』、趙傳『趙傳四』、ノラニザ・イドリス『Jktiraf』、adilah & Norazimah 『Dwi Sabitah』、Manis Manja Group『THE BEST OF Manis Manja Group』、Aishah 『Pulanglah Perantau』、Mas Idayu『Gelek』、山口岩男『The Acoustic』『I AM A ROCK』、ザビア・クガート『CUBAN MAMBO』、 貰ったCD: ザ・ミーターズ『ライブ・オン・ザ・クィーン・メアリー』、OHTA-SAN『Where is my love tonight』、KEOLA BEAMER『WOODEN BOAT』、the Pahinui BROS.『the Pahinui BROS.』、サン・ハウス&チャーリーパットン『サン・ハウス&チャーリーパットン』 明日は十人の中国人を連れて京都観光。いややなあ、ホンマに。 12月20日 最悪です。クリスマスイヴに仕事が入ってしまいました。 例の中国のご一行様ですが一応受け入れを担当している団体が間にあるので基本的には会社への訪問だけを担当すればいいはずだったのです。つまり週末のクリスマスは休むことができるはずだったのです。 ああそれなのに、それなのに。 24日の休日にある理由があってメンバーが二つに分かれて(といっても二人と十人) 行動することになったためアテンドが一人ではできなくなったと今日電話が有りました。 我が部署の中国人通訳は出張中ですからそうなると当然私がアテンドをしなければなり ません。観光に行くのはもちろん十人の方です。 先日某上海駐在員の方を可哀想と笑っていましたが私の方が先にこんな観光のアテンド をすることになるなんて…。しかもクリスマス・イヴ。 せっかくイヴを彼女と過ごそうとレストランを予約してホテルのスイートをリザーブし てあったのにキャンセルです。 というのはもちろん嘘で宝貝がきっと怒るだろうと気が重かったのですが、その旨を伝 えると「あっそ。」という素っ気ない反応。ホッとした反面なぜか逆にすごく寂しいのです。 12月19日 今日はたいへんでした。 ビザが降りなくて一旦来れなくなって年内は無理だろうと思われていた中国人のご一行様が なんの間違いか先週末にビザが降りてしまい、年末の忙しいときにもかかわらずまたやってく ることに急遽決まってしまいました。 大阪には21日から来るのです。関係先には予定をキャンセルして謝ったのにまた 「すみません。年末の忙しいときにまた来れることになりました。」と謝りながらなんとか アレンジはしました。しかし、今度はなんとホテルが23日だけどうしても取 れないのです。23日を除く21〜25日はとれたのですが23日だけは満室とのこと。 いつも使っている旅行社に頼みましたが23日はどこも取れないとのこと。 「ウソつけ、このヤロー!面倒だと思っていい加減なこと言って。」 と思って自分でいくつか電話したけどホントにありません。 高級ホテルからしょぽいビジネスホテルまで、また市中心をあきらめて関空近くまで電話を かけてもありません。旅行社に訊くと他府県でも無理とのこと。なんせ12名という人数では この時期他の日が取れたのも奇跡みたいなものとのこと。 しかし23日ということはクリスマスにそういう目的で泊まる若者たちということなのでしょ うね。バブルのときならともかくこの不景気にあってもこうなのですね。えらいもんやね。このスケベ。 なんて呑気なことを言っている場合じゃありません。 ホントに人事部に頼んで会社の研修施設に一日泊めてもらおうかとまで思いながら、もう 万策尽きて途方に暮れかかっていた夕方の七時くらいに「北浜のビジネスホテルがなんと か取れた。」との電話がその旅行社からありました。やれやれでした。 感激のあまりその旅行社の女の子に 「ありがとう。火鍋でもおごってあげるわ。どう今日?」 と誘おうかと思いましたけどやめました。 12月18日 昨晩家の近所のスパゲッティ屋に行ってみました。そこはいつも行列ができていて待たなければいけないのほど大繁盛なのです。私は並んでまで食べる価値のあるものなど世の中にそんなに多くないと思いますのでそういうところで食事をするようなことはよっぽどの場合(例えば特殊な場所で飲食店の絶対数が少ない等)を除いてありませんが、うちの宝貝がとにかくスパゲティが好きなのと、雨で特別寒くて今日は行列していないのじゃないかという淡い期待から行ってみることにしたのでした。 ところが予想に反して並んでいました。だけどそんなに待たなくても直ぐ座れそ うなくらいのヒトの数だったのと空腹で我慢できないと言うほどではなかったとい うのもあって待たされるのが嫌いな私も待ってみることにしました。 ところが、なかなかな座れないのです。店員が鈍くさいのと方針というかなんと いうか、空いてもすぐに座らせないのです。立って待っているのであるからして空 いた席に次々と案内してくれれば良いのですがそうせずにどういう基準か知りませ んがつまり空いた席を片づけてから待っている客を座らせるまでにタイムラグがあ るのです。 これにもかなり頭にきましたが、なぜかじっと耐えて待っていました。「これで まずかったら火ぃ着けたる。」と思いながら。 待つこと小一時間(!)やっと順番が回ってきて、しかも禁煙席と言っていたのに 禁煙席は空くのに時間がかかるので喫煙席で我慢しろと喫煙している客に挟まれた席に 座らされました。 で、そのスパゲッティですが、「チミたち、アルデンテということばを知っている?」 というものでした。つまりうどん状態の茹で具合。ソースはまあまあだけど麺がこれで なぜ流行るのか私にはまったく理解できません。 並んでまで食べにくるみなさんは味がわからないの? 適度な茹で具合のスパゲッティを食べたことがないの? と、自称イタリア生まれの私はそう思います。 しかもレギュラーサイズというのが洗面器のような器に山盛り盛られているのです。 「レギュラーという意味をご存じですか?」と尋ねたくなってきます。どう考えても ハーフサイズと書かれているのがレギュラーで、レギュラーと書かれいてるものは 大盛り、もしくは二〜三人前と書くべきです。 しかもというか、これはいいかがかりみたいなものかもしれませんが、オーダーの最後に 「ペルファボーレ。」(プリーズ)とつけるのが気にくわん。客にいうのではなくキッチンに オーダーを通すときに言うのですけど、身内同士で気取るんじゃねえ!! と思います。 宝貝は麺類がイジョーに好きなので「おいしおいし。」と喜んで食べていました。 うどん、そば、スパゲッティなんでもどんな固さでも大好きなようです。うどんに ミートソースをかけても喜々として食べることでしょう。 もったいないので無理して食べましたが、結局食べきれず残したという気分の悪さと 食い過ぎた胸の悪さとで怒りは増幅され店を後にしました。 「脾気不好」な私は本当に帰りに火を着けたろかと思ったのですが、とうの昔に タバコをやめているのでジッポも持ち歩いていなくてできませんでした。タバコを やめると安全ですね。 そのあと夜九時半から友人宅へ行きました。年末のご挨拶というわけでもないのですが 少しお邪魔してチャイをよばれながら小一時間お話をしました。なんか居心地が良くて 日曜日の夜ということも忘れゆったりしかかってしまいました。 また話は変わって、最近昔からの友人に言われました。 「なんか中華なヒトになってしまった。」って。 つまり私にいろいろな側面があると思うのですが、最近外から見て中華比重が大きくなってきている というよりほとんど中華だということのようです。そういえば音楽的にも中華モノの比重が大きくなっているし 会社でも最近は中国関係の仕事ばかりしているしイメージとしてそういう部分が大きくなっているのは当然かも 知れません。来年の目標はイメージ・チェンジです。 脱華入…、何がいいでしょうかね? 12月17日 いやあ、昨日のオフ会は面白かったです。 だいたい一時くらいからゆるくゆるく始めて六時まで歌いそれから 蓬莱で飲茶して十時までねばったのでした。 中カラでは「東西対抗」みたいな前もっての盛り上がりがあったのに 当日はまったくそんなことをだれも覚えていなくてヒジョーになごやかな 雰囲気でした。適度なダレ具合が私にはとっても気持ちよかったです。 東京から三人も大物ゲストを迎え、そして久しぶりにお会いする西毒 さん(正式HNではありませんが某掲示板でご本人が使用されていたので そのまま借用します。)も女性連れで参加され蘭も立ち席が出たほどの盛況でした(ってただ狭いだけだけど)。 幹事様おせわになりました。 東京のオフにも参加させていただいて「東京はすごい!」と思ってい ましたが、大阪もなかなかではないでしょうか? ところで今年の音楽を振り返る「2000年のベスト!」みたいな企画が いくつかのサイトで行われています。私のところではやりません(めんどくさい)が、よそのをご紹介しておきます。 まず、もうすでに結果の出ているのがチャイナ・グローブの 企画、 ***China Grove 2000 My Best Song*** です。私も参加しています。 まだ参加できるのがASIMANIAの企画、 “2000 ASIAN POPS BEST ALBUM ” です。(トップからA1-GP に行って下さい。)こちらはアルバムを選びます。私も参加するつもりですがぜんぜん違うのを選ぼうっと。 12月13日 今日はヒトから頼まれてあることについて電話で中国人と交渉をしました。そのあるヒトは 既に電話やFaxでカタコトの日本語および英語を駆使して交渉していたけどどうも相手にうま く伝わってへんみたいねん、という状態なのでした。 私もあまりよく知らないことについてまず説明を受けて、まあ50%くらいの 理解度になったところで敵に電話をかけてみました。 まずわかったのは最初の敵はまったく理解していないということ。担当のWさんと話をして くれと言われ、担当というくらいならよくわかっているのだろうと思って電話をしてみるとこ れもまったく理解していませんでした。 自分もそんなによく理解していないことをまったく理解していないヒトに 対してわかるように中国語で説明するということは本当に至難のワザです。 結局その担当者は理解したワケではないけど無理矢理押し込んでなんとかなりました。 ちなみにこれはメタファーではありません。 ところで、本ですが結局『取り替え子』も買ってしまいました。ところが買いに行った本屋で 三上寛の本を見つけてしまってそれも一緒に購入し、しかもそちらを先に読み始めてしまったワ ケですがこれがまた面白いのです。11月30日に出ていたらしいけど全然知りませんでしたし彩流 社なんて出版社も知りませんが、売れているのでしょうか? この本。 また話は変わって、『華納HOT SUMMER REMIX』というCDを中古屋で見つけました。郭富城の歌が 二曲にあと知らない歌手二人の歌一曲ずつ、そして葉イ菁文の歌が二曲入っているのです。 女人的弱点と別人的情歌なのですでに他のアルバムに収録されている曲なのですが、REMIXでして このバージョンは他のアルバムには入っていません。94年リリースのもので少なくともこの年代から のならば全て持っていると思っていただけにショックです。こういうオムニバスは盲点でした。まだ こういうのがあるのでしょうかね。中古CD屋もあなどれません。 12月12日 気持ち悪い(活字篇) 本や雑誌、新聞、果ては網の上まで、今日目にしたモノ の中で「気持ち悪い。」「どうも許せない。」と思うも のを挙げてみます。 略語。略語を否定する気はもちろんありませんが、なんでもかんでも短くすれば良いというものではありません。特に言葉の響きがあまりにも美しくないのはいただけません。 たとえば「ゲスブ」なんて耳に気持ちの悪い言葉を使う ヒトとは友達になりたくありません。あと「カキコ」と いうのは響きはそんなに悪くはないけど私としては積極 的には使いたくない単語です。イイ歳をしたおっさん が「カキコ」なんて言うのは少々こっ恥ずかしい気がし ます。だけど先日某掲示板で書き込みの最後に、「かきこ」 と、要するに「かしこ」と書く代わりに添えられていたのは微笑みを誘われました。 そういやあ、昔もらった手紙に、「あほ…じゃなかった、かしこ」と結んでいたものがありましたが、そのコは確かにアホでした。 あと、「忙しくてメールを書いたり、書き込みをする時間がありません。」なんて文。これも気持ち悪くてたまりません。「〜たり、」とくれば当然、「〜たりする。」と続かなければいけないはずですが省略する例がけっこう 多い。新聞でもそういう表現があります。 最後にこれは活字より会話でよく聞こえてくる言葉。 「私的には…」 これは聞く度に虫酸が走ります。 12月11日 先週東京に出張したときに新宿で紀伊国屋によったら、大江健三郎の 新譜…じゃない、 新作? 新刊か…が出ていて、さらにブルース・リ ーの本と『東京アンダーワールド』の三冊で悩んだ末に一つを選んだワ ケです。でも、よく考えてみるとCDだと迷わずに三つとも買ってしまう ことでしょうに、どうして本はそうしないのでしょうか? 待っておけば文庫本になるから? でもそれならCDだって中華モノなら出張に行くまで待てばイイし。 CDは何度も楽しめるからでしょうか? それとも本は買わずにヒトから貰ったのものでもけっこう楽しめるか らかも知れません。 よくわかりませんがとにかく最近はCD買いすぎてお金がありません。 よってしばらくCD買うのを自粛しよう!! と、思いましたけど、中華モノは林憶蓮、張妹恵、張震嶽ほか新譜が たくさん出ているようだし、その上クレイジーケンバンドはみな揃えた いし自粛は無理のようです。 12月10日 『東京アンダーワールド』と言う本を読みましたが、これがヒジョーに 面白い。まあかなり話題になっている本なので詳しい紹介は省きますが、 「腐敗する日本政府と犯罪組織の深く長い闇の関係、そしてそこに暗躍する フィクサーたちを浮き彫りにした驚愕のドキュメント。」なのです(帯そのまま)。 ざっと読んでみて私にとってはとってもショックな部分があります。 それは、「ひと昔前の日本が、現代中国と変わらない。」ところです。 「中国はフェアじゃない。」「国際社会の常識がない。」「知的所有権の概念がない。」 我々は仕事をする上で中国を評してこういうふうなことを言いますが、この本によるとか つての日本もまったく中国と同じ事を行っていて、欧米人に同じ事を言われていたのです。 また、この本では外国人がこうも言っていますが、これも我々が中国で仕事をしている外国人 の間でよく耳にする言葉なのです。 「最初は外国パートナーを歓迎し、専門知識をできるだけ学びとる。そして充分吸収し尽くし、 これ以上外国人の指導を受ける必要がないと思ったら、今度は契約を破棄する方法を模索し始 めるのだ。」 すると中国も今後発展していくうちに段々と国際的なルールを守って行き、少なくとも日本の レベルくらいまではフェアな国(まあ、日本が現在フェアな国であるとも言えませんが。)に なっていくのかも知れません。 しかし少し違うのは、日本はそんな時代の中にあっても道徳水準の高い国で国民は行儀が良くてとても優しい、と評価されているところです。これは某国とは違いますね。ホッとするようなガッカリするような複雑な気持ちです。 12月6日 日曜日に三時間ほどぽっかり空いたので『グリーンデスティニー』を観てしまいました。 VCDでは途中で寝てしまったので観るほどの映画でもないと思って いましたが友人が「あれは大きなスクリーンで観るからこそイイ。」と言っていた ので「そんなもんかいのお。」と観てみることにしました。 日本語の字幕が付いているのでセリフの意味は全て分かりました。 「あんなんじゃ中文の音声だけではわかりにくかったのは無理もないわい。」と自分で 自分を慰めていました。したがって理解力は数倍のはずだけどやはりストーリー はなんかわかりにくかった。 わかりにくいというよりかなりヘン。 まず仇役がそんなに強くない。チュウ・ユンファの腕の方が数倍上で片手で チョイチョイとひねり倒すことができるくらいなのです。師の仇を討つために 長年追い続けてそういう生活に嫌気がさしたと剣を捨てる覚悟をするのですが それってただ探すのがイヤになっただけなの? と思ってしまいます。 それからこれは中国人と日本人の違いということでなんかの本で読みましたが 日本人というのは道具に凝りますが中国人はそうではありません。従ってこの 映画で重要な役割を果たす剣については設定がそもそも無理なんじゃないかと 思うのです。 天下の名刀なんていうのは中国にもあったのでしょうか? なんか道具というか消耗品として使うだけで日本のように芸術品にまでなると いうのはないのでは?なんていい加減なことをいうとまた怒られるかも知れません。 でもあれが名刀であるならばもう少しその剣に対する伝説とかなにか象徴的な エピソードなどを付け加えて欲しかったのです。たとえば剣に宿る呪いだとか、剣が たどってきた数奇な運命だとか、そういうの。いきなり登場して天下の名刀ですと いわれても「はい、そうですか。」と受け容れられません。 盗まれてもそんなに悔しがるわけでもなく落ち着いているし、やはりそんなに 大切なものでもないのかという気になってきます。 しかしそれよりもなにかストーリーの中で何がメインなのかよくわからないという のがあります。師の仇討ちにしては先述の通り敵役が弱い。ユンファとヨーの愛の物語なのかとも 思うけどそれもなんだかねぇ、老けた二人のぉ? という感じだし。 嬌龍(=章子怡)と小虎(=張震)の愛とは絶対違うと思うし、荒野を 駆け回る盗賊だったころの小虎はステキだったけど都会に出てきたらなんかただの ヒトになってしまって嬌龍の気持ちも冷めてしまったということなのかなあと思って 観ていたらそうでもなさそうだしこれまたよくわかりません。 「そんなストーリーがどうとか考えずにアクションや映像を楽しみなさい。」とも 言われましたけど、あの吊り下げぶら下げがあまり好きじゃないのでそんなこともで きませんでした。 張震のセリフが変だったけどあれは新疆人という設定でわざとなのでしょうか。 あ、それから思い出した言葉。「脾気不好」 「おまえホントに脾気不好だなあ。」 って、張震が章子怡に言うのですが、字幕では「短気」になっていました。 別にこの場合字幕通りでも悪くないのですが、この「脾気不好」というのは本当に日本語に 訳しにくいのです。 「脾気」というのは気性、気質、性質、根性、性分です。これが 良くないと言っているのですから関西弁で言うと「根性ワルやなあ」ということなのですが、 根性が悪いというよりはもう持って生まれたもので、カーッとしたら自分を抑えることが できないという感じの気性の激しさみたいなのをいうのでしょうか。だから短気というのは非 常に近いのだけど別にいつもカッカしているわけではなくてもよいのです。普段は穏やかでも 怒り出すと止められないみたいな感じでも「脾気不好」でいいのです。 すなわち○国人の女性によくある性質なのですが、何を隠そうこの私も中国人に 「踏台はホントに脾気不好だ。」といわれたことがあります。 って、自慢にもなんにもなりゃしない。 そうそう、章子怡ってホントに「脾気不好」そう。 でもなんかこういうのが好きだったりするのが自分でもワケがわかんない。 12月3日 上海出張が延び延びになっていて本当にやっかいなことです。本当なら11月の初めにはとうに行っていたはずなのにまだ行けてません。早いこと何とかしないといけないのに全然進みません。 理由をここに書くのは問題があるのでできませんが、メタファーで言うとこんな感じです。 ヒトの紹介で結婚することになりました。早く話を進めたいし、なによりも本人同士がまず会って話がしたいのに紹介者を含めて全員でまず会ってからじゃないとだめだということになっています。「ではそのセレモニーを早く!」と言ってもなかなか進まず焦れているといような感じ、って全然メタファーにも何もなっていませんね。 困ったモノです。 ところで禍不単行(禍は重なってくる)というのは本当にあるよなあという感じです。 モノが壊れるときって予備品も一緒に壊れたりするし、あと例えば彼女が二人いた場合、一人と喧嘩したらもう一人ともしてしまうってことありません? (もちろん、あくまで例えです。) 12月1日 この更新日記について或る方からこう言われました。 日記なのに誰か他者に対して語りかけているようだ。 ネット上にアップしている日記ですからヒトに見せることを(も?)目的(前提?)にして書いていることは明らかです。しかしそういうことはおいといても一応日記ということで他のサイトの日記と比べてどこにそういう日記らしくない部分があるのかを話し合ってみました。 結論はただ単に「ですます」調で書かれているからだということに落ち着きました。 つまり内容的にどうと言うのではなく彼は本質的な内容には関係ないことに惑わされていただけだったのです。(そう?) 外見に惑わされると言うことは日常よくあります。 あの漫画の『あぶさん』でもたしかアンダースローだか左ピッチャーだかが打てなくて悩んでいたときに、サッチャンが振り袖を着てきて普段のように接することができないのは外見に惑わされているためということに気づいてその苦手投手を克服することができたと言う話があったように記憶しています。 私も93年に或る宴会でこういう経験をしました。これは外見ではありませんが本質的なことではなく別のものに惑わされたという例です。(そう? ホントはただ頭悪いだけじゃないの?) その宴会に居合わせたのは私以外全て中国人だったのですが、宴会のスポンサーである老板が突然私に向かってクイズを出しました。それは以下のような内容でした。 70cm ジャンプできるカエルが人工の池から出ようと思ってジャンプします。しかし池の塀の高さは1mあります。何回ジャンプすれば池の外に出られるでしょうか? 私は、二回! と即答しました。 もちろん何回やっても越えられないというのが正解で私はみなに笑われました。日本語で出題されれていればこんな問題に引っかからないのでしょうが、中国語でしかも当時の能力はまだ低かったので問題を聞き取ることができたというだけで嬉しくなって深く考えず即答してしまいました。 そのほかにもう一問出題されたのは、 日本の軍艦で水兵がさぼってマストの上で昼寝をしていました。そこを上官にみつかり、下からどやしつけられました。しかし、水兵は 「上官殿、わたくしは日本国旗が上下逆さまに掲揚されていたので直すために上にあがったのであります。」 と言い訳をしました。 すると上官はこの水兵の嘘を見破りこの水兵はもっとひどく怒られました。 なぜでしょう? これは簡単です。旗を直すのであれば下から一度旗を降ろしてもう一度掲揚し直さなければなりません。上に上がる必要などないはずです。 しかし、そう答えるとまたみんなに笑われました。 「日本の国旗に上下の区別なんてないだろう? 馬鹿だね〜。」 ということでした。 「ああ、なんとかまとめなきゃ」と思ったけどイイや、日記だし。 11月29日 今日うちの英語の通訳の男性が、 「踏台くん、易経って中国語でなんて言うの?」 と訊いてくるので 「Yijingですね。」 と答えたら、 「jing か。まあまあ近いところやな。英語で Iching だと記憶しててんけどなあ。」 と残念そうでした。でも英語のばかでかい辞書で調べると「Iching」で合っていました。 「けどなんで易経なんですか?」 と尋ねると先日香港で偉いさんの通訳をしたときに「易経」という言葉が出てきたと言うこと。彼曰く中国語の固有名詞というのは日本人は漢字の日本語読みで発音するから英語に通訳するときに困るそうだ。例えば「無錫」なんて 地名が出てきたら英語にするには「Wuxi」という中国語の読みを知らなければどうしようもないでしょう。 しかし、スピーカーもそこのところを少し考慮して話せばいいと思うのですが通訳を通して会話することになれていない人は何も考えずに話すことが多いので困ったモノです。って、別に私が通訳をするわけでもないので困らないのですが。 それで思い出したのが今年の夏に東北であるセミナーに参加した時のこと。 そのセミナーは使用言語が英語で海外からの参加者も大変多かったのです。 パネリストや参加者は英語を話さなければなりませんが日本側の来賓の挨拶 にはもちろん通訳が付きました。 某県の知事が話をしたときに、それまでの流れからまず最初にアネクドート というかジョークを言わなければならなかったのです。どこでどういう話から 続いてきたのか忘れましたが、その知事は以下のような冗談を言いました。 昨日も私は飲み過ぎて家に帰ったときには日が変わっていました。うちの カミさんは非常に怖いのですが、私のことを呼ぶときは彼女が世界で一番丁寧に呼んでくれます。 ”さまを”付けて呼ぶのです。ですから昨日は「また今日も午前さま?!」と 怒られました。 これを一体どう通訳すれば良いのでしょう? 通訳は淡々と訳しましたので英語で聞くと全く意味が分かりませんでした。 まあ日本語でもウケていませんでしたけど。 しかしこういうヒトは通訳のことをどう考えているのでしょうかね。 11月28日 今朝気づいたのですが、4日から出張が決まれば6日のアライツ・エタ・マイデルには行けません。その上6日に東京で中国のある人が来てセミナーがあることも今朝知りました。仕事上また自分の興味からも絶対に行きたい、行かなきゃならないようなテーマで内容なのです。もし、上海出張になれば誰か代わりに行って聞いてきてもらわねばなりません。 すなわちどちらにしてもライブには行けなくなりました。チケットも買ったのに。誰か悔しいけどお譲りいたしますのでメール下さい。条件は絶対行くヒト。ぐすん。 11月27日 私は昔読んだコブラという漫画のマネをして冗談で女の人に、 「なんか困ったことがあったら遠慮せずに言って下さいね。背中のファスナーを上げて、とかなんでもいいですから。」 なんてことを言ったりするのですが、自分の娘に昨日、 「ねえ踏台、背中のチャック上げて!」 と言われて少しドギマギしてしまいました。 ところで、イ・パクサなのですが、このジャケットを見て下さい。 いまこんなふうになっているのです。かっこいいでしょ? ![]() 現在韓国でテクノな人たちに見直されて一緒にやったりしているそうです。ファッションビルかなんかのCMもやっているんですって。 でも新しいアルバムを聴いてみましたが、やっている音楽は全く変わっていませんでした。というより、四年くらい前に出した日本盤そのままの曲も何曲か入っていたりします。 11月26日その二 ところでこの週末は二日間とも「ぼとるねっくえがしらwithゆかり」の ライブの関係で忙しかったのですがとっても楽しかったです。 土曜日は公開リハーサルの前にプランテーションに行ってCD買って モンスーンでチャイを飲んで、ジャイプールで準備してチャイ飲んで リハーサルして食事してチャイ飲んで、と三杯もチャイを飲みました。 今日は上海土産に私の大好きな「文山」という包種茶を貰いました。 上海では殆ど手に入らなかったのですがいまはあるそうです。そろそろ 京都のはやしやさんにでも買いに行かなくちゃと思っていたのでちょうど 良いタイミングでした。 ここのところお茶運の良いわたくしでした。 今週末購入のCDはJUJU CLUBの新譜とそれからなんとイ・パクサの新譜です。 それから『我的愛対[イ尓]説』を二ヶ月ぶりに更新しました。むかし南京に旅行に行ったときのことをあるきっかけで思い出しましたので書いてみました。 11月26日 本日はぼとるねっくえがしらwithゆかりのライブでした。 たぶん今年最後の彼らのライブが、リラックスした雰囲気の中、多数の新曲を披露しながら楽しく行われました。 わざわざお越し下さった師匠、なおざうるすさん、楽山さんありがとうございました。 私は第二部の二曲目から四曲だけ参加させていただきました。 楽しかったのですが、やっぱりいつもの中カラのようにマイクを持って歌うのが一番ラクですね。マイクの向きとか歌詞を見るときに顔の向きでマイクに入りにくかったりと、そんなことを気にしてしまうのでなかなか歌いづらかった。 また流浪到淡水では大げさなくらいにビブラートをかけたかったのですが、ギターのストロークに惑わされて難しくあっさりいかざるを得ませんでした。 そんなことよりも単純にコードを間違えたりもしましたしね。 要するに「もっと練習しろ!」ということですね。ごめんなさい。 曲目は以下の通りです。 第一部 1 ニクマトハリラヤ 2 ブガダン 3 パタパタ/ファイアファイア/アヤニーショボー/サバイサバイ 4 インド映画音楽メドレー 5 ディオ/チャチャチャは素晴らしい/カモナマイハウス 6 メラナームチンチンチュー 7 ムスタファ 8 レッツセイグッドナイト 9 イティクゲンボゲンボ 第二部 1 クロスロード 2 向前走 3 ピンゲ 4 何日君再来 5 流浪到淡水 6 ふたり旅 7 ユーセンドミー 8 ガロータラー 9 クダルンピン 10 アリゲーターインスワンプ 11 ラブマイザディコ 12 ラバンバ 13 ドゥニヤ アンコール 1 ミニーザムーチョ 2 スタンドバイミー 3 ブンガワンソロ 4 コピダンドゥット 11月23日 先日YUTAKAさんの掲示板でYUTAKAさんのサイト(劉若英の)が台湾の TVB(テレビ局)の明星サイトリンク集みたいなところにリンクされて いるという自慢を読みまして私ものぞきに行きました。 何の気なしに(と云いながらもしかして?と期待はしていました、正直。) サリーのサイトとディック・カウボーイのサイトを 見てみると、なんと私のディックの方のサイトが紹介されているで はありませんか。 どうしてTVBの知るところとなったのでしょうか? そのほかに知り合いサイトではしゅうさんのところ(許茹芸)が リンクされています。共通点はgeoのサイトというところか。 ちなみに私のリンクは以下にあります。 ここ それから、以前私の友人のサイトにこっそりリンクしたらそのサイトの主が すぐに嗅ぎつけてこられてそのワケをお訊きすると自作のソフトでどういった リンクをたどって自分のサイトを訪問したかがわかるとおっしゃっていました。 そのときはへーえすごいもんだなと思っただけでしたが、そういったアクセ ス分析がレンタルできるというのを知りまして数ヶ月前から導入しております。 私の借りているのはどのプロバイダーから来ているかというのはわからない のですが、どのリンクから来ているかというのはわかるのです。ですから新しい こっそりリンクというのがすぐに発見できます。これはなかなかおもしろいですね。 それから、どのリンクからがよく来られるかというのもおもしろいです。 コンスタントに来て下さるのは麻さんのサイトからでほぼ毎日一人は必ず来られます。 ひょっとして麻さん自身がお気に入り(このネーミングなんとかならんかマイク ロソフト。ブックマークのほうがよっぽど恰好イイ。)を使わずに自分のリンクページから巡 回されているのでは?と思うくらいです。(そんなわけありませんよね。) もちろん、お気に入りを使って訪問して下さる方が現在のところ一番多いです。 11月21日 今日は体調最悪。起きるなり吐き気が…。 昨日喰ったモノが悪かったみたい。朝はもちろん抜きました。昼も食欲ないのでやめとこと 思っていたら、例の上海人の店に行こうと内線が入ったので行きました。でも食べられないや と思っていたけど食べ出したら食べられるもので全部平らげてしまいました。でもそのおかげで 午後もずっと気持ち悪かったのです。 夜はミルクパンみたいのだけなんとか食べました。しんどいから一人寂しくもう寝ます。 11月19日 本日私宛に以下のような件名のメールが来ました。 GEORGE LAM & SALLY YEH LIVE IN UNCASVILLE, CONNECTICUT DECEMBER 23 & 24,2000 (2 SHOWS!!) そう12月23、24日にUNCASVILLEでサリーと 夫のジョージ・ラムがコンサートをするという告知 メールだったのですが、「UNCASVILLEってどこ?」 と思いました。よく見るとCONNECTICUTと書いてあ るのでコネチカット州なのでしょうね。コネチカッ トって北東部でしたっけ? まあ、アメリカまでコンサートを観には行っていられ ませんがまだ活動をしているのだということがわか って大変嬉しいです。 でも、よく考えてみるとこのメールはどこから来 たの? サイトに出しているアドレスの方に来たので私の サイト宛に来たのでしょうが、海外の方で私の作って いるサリーのサイトのことをご存じの方がいたなんて 知りませんでした。英語も中国語も使っていないので 日本語の環境がないと読めないと思うのですが、海外 のサリーファンにも認知されていたのかしら? ところで、メールに書かれていたそのコンサートを 紹介してあるサイトを見てきました。そこはアメリカで 行われる中華系歌手のコンサート情報が載っているとこ ろなのですが、こんなに沢山の中華系歌手がアメリカで コンサートを行っているとは知りませんでした。 「すごいですねぇ」と思いましたけど、客も全て中華 系で、要するにアメリカにそれだけ沢山の中華系のヒトが 住んでいるということなのでしょうね。 11月15日 空耳アワーってのがありましたが、中国語も頻繁に聞いていると日本語に聞こえるときがあって面白 いことが多いです。 なんかで読んだことがあるのは広東語で「五個雪[米羔]」、「学生很多」という語。これらはそれぞ れ「NGOSHIKO」と「HOKSANHENTAI」という音になるらしいです。らしいというのは私は広東語は良 くわからないのと昔読んだ本のメモから引っぱり出してきたからです。 中カラをしていていつも歌いにくいのは「我的身辺」。この語はけっこうよく出てくるのだけど 非常に歌いづらい。「shen」を「sheng」にならぬよう正確に発音しなければと緊張してしまいます。 あとは「軽軽的」なんかはもうしようがないですね。というより私自身はまったく違和感ない しへんな感じもしないのですが、中国語を解さないヒトに聴かせるとなぜか笑います。 台湾語では「現代」も「へんたい」と読みますよね。 もっといろいろあったのですが忘れてしまいましたね。 なんか思いついた方はメールください。 そういえば中国人もそんなことを思うようで、日本語の「ただいま」を「他的姨媽(彼のおばさん)」 と面白がっていたヒトがいたし、日本語の「保証人」という音は上海語で「好小人(よいこ)」なのです。 天津の政府役人は「そうですよ。」というのを「説的是呀」と覚えていました。 11月14日 先週末に突然依頼されたというか丸投げされたのですが、今週は台湾からの研修生のアテンドをしています。担当者が全部準備していたのですがその人が長期お休みされることになったので私に回ってきたのでした。 ですから昼間にその仕事をして夜には自分の仕事をするということになり、今週も帰りが遅くなります。 先方からの通訳がずっとついてきているので私は別に中国語を話す必要は全くありません。ですから今回はよくいる中国人のようにまったく相手方の言葉を話せないフリをしようと思いました。努めて中国語をはなさないようにしようとしましたが、すぐに、もう自己紹介のあとスケジュール説明の途中で単語単位で中国語を混ぜてしまい、それが次第にというか質問の答えをもう直接に中国語で答えてしまっていました。やっぱり難しい。というか、だいたいうれしがりでいちびりの私にそんな隠し通すなんてことができるわけありませんでした。 ホントは最後の日くらいに話せるところを見せて驚かせたかったのに。 11月8日じゃなくて12日 土曜の夜から私の実家へ帰っていました。実家にて母親のPCで上網をしていましたが、そうしているといつも母親がここぞとばかりにいろいろ質問をしてきて、「踏台のパソコン講座」になってしまいました。 私は別にコンピュータに詳しくないのですが母親が訊いてくるのは「メールの転送の仕方」とか「アドレス帳への登録のしかた」というようなごく初歩的なことなので私にも教えられるのです。 面白いことに気づいたのですが、私はマウスの「右クリック」も「左クリック」も全て「右クリック」と言ってしまうのです。なぜか考えるとすなわちマウスを右手に持っているからです。 いや、そもそも私はマウスを普段あまり使わないのです。だからだと思います。 なぜマウスを使わないかというと普段会社では辛苦パッド(Think Pad)を使っているからです。そして以前はプライベートもずっと深紅パッド(Think Pad)を使っていたのです。といっても普通の人には理解してもらえないかも知れません。 私はノートブックにマウスを使うのは邪道だとずっと思いこんでいました。 五年前に今の部署に配属になった頃は私も殆どパソコンの事を知りませんでした。その部署のコンピュータに詳しかった人にいろいろ教えてもらいその人に上海赴任用のPCを選んでもらったりしたわけですが、その人はかなりユニークな人でいろんなこだわりを持った人だったのです。 例えばその人は年間にかなりの回数海外出張に行く人なのですが、飛行機の中では極力食事をしないようにしていると言います。あんなに気圧が低く乾燥している環境の中で食事をするのは体に良くない。酒を飲むのなんてもってのほかだ。ヨーロッパ行きの十何時間ものフライトなら仕方がないが、五、六時間のアジア行きましてや二時間くらいの中国へのフライトで食事するなんて…。などと、タダだと思って意地汚く酒類のおかわりをするような輩をぼろくそに言って斬って捨てる人なのでした。 で、このヒトがノートブックのパソコンのことをこう言っていたのです。 「あのね、踏台君。ノートブックのパソコンをなぜ会社で使うかというと別に持ち運んで使うからじゃないんや。ただスペースを少なくするため。わかる? デスクトップは場所をとるやろ? 省スペースのためにノートを使っているのにマウスを使ってまたスペースを取るバカがどこにいる? それにマウスを使うとキーボードから右手をはなさなアカン。こんな無駄はないで。」 この一言から私はノートにはマウスを使わないというのが常識と思い、マウスなしで使うことを練習しました。さいわいシンクパッドの赤いポッチリは非常に使いやすかったのでマウスは必要なくなりました。 ところが日本に帰ってきて発見しましたがノートにマウスを使うヒトの多いこと。というより使わないヒトの方が珍しいのです。しかも、私にあんなことを言った張本人がこう言うのです。 「なんや、踏台君。あんたマウス使わへんのかいな。あんたもかなりのへんこやなあ。」 で、彼のを見るとしっかりマウスを使っています。 また先日彼と一緒に中国に出張しましたが、彼は二時間強のフライトで食事はパクパク食べるわ、ビールにワインを追加してよく飲むわで、言っていたことと全然違います。 ヒトのいうことなんて当てにならないものだということがよくわかりました。 11月8日 本日は中国からのお客さんが来られてアテンドしていました。 もともと他のヒトが担当で段取りはしてくれていたのですが、別の出張でいなくなり私が引き継いだのでした。通訳は相手側がしてくれるというので安心していたのですが、その通訳から前日に電話がかかってきて風邪でダウンだとのこと。通訳をこちらで出してくれというのです。こちらの通訳は出張中なのでその旨伝えると、Tさんという中国人のエンジニアを指名してきます。まあこちらのことをよく知っているのです。でも彼はエンジニアですから本業の予定が入っているとだめだというとそのときは私にやれと言います。 じょうだんじゃない。社長との会見も予定されているのに、そんな通訳なんてできるわけがない。そう思ってTさんおよびその上司を拝み倒してなんとか都合をつけました。 そして本日午前中に一件施設見学のあと社長との会見。このあと常務ほかと昼食を取って本日のアテンドはおしまい、となるはずだったのに。ああそれなのに、それなのに。 社長が、 「午後からもしよかったらあそことあそことあそこをご覧になったらどうですか?」 と一言。 そ、そんな。簡単に言うけどもうすぐお昼です。昼休みまでの十分少々で三カ所の見学手配ができるわけがありません。あなたなら一言「今から行く。」と言えばOKでしょうが(まあ社長がそんなことを言い出せば逆にまわりがたいへんで、そんなことするわけはありませんが。)、私がそんなに短い時間でアレンジするのは至難のワザなのです。 泣きそうになりながら、まず一件目は昼食前に担当部長を捕まえて「社長がこうおっしゃって…」と強調してなんとか手配完了。次の担当者は昼休み突入してしまってもう席にいないのでしばしあきらめ、食事中にまた抜け出して電話をするもまだ席に帰ってこない。しかたがないからその部署の女性に探してくれと言い、どこかでくつろいでいるであろう担当部長を呼んできてもらい「社長が…」という同じ手でなんとかしました。 あと一件は時間切れでとにかく出発しなければならなくなり自分の上司に手配をお願いして出かけました。お客さんの方も三時には次の予定があるとのことで急いでまわらねばなりません。 結局三件目も手配はつき、短時間で三件も足早にまわりホテルに送り届けてなんとか任務を完了することができました。こんなアテンドは二度とごめんです。 11月7日 今日は朝に秘書部の同期から電話がかかってきて「会社の近くに中国人 の女の子二人がやっている中華料理屋ができたで〜。」という情報を貰い ました(なんでそんな電話がくるのでしょう?)。 そこで、私が上海にいた頃によく出張に来て一緒に仕事をしたり遊 んだりした人たちと三人で昼食に行きました。一人は留学経験ありで普通 話は不自由なし、もう一人は簡単なことはだいたい聴いてわかるというレベ ルです。 その店はちょっと中華料理屋のイメージではなくわりとこぎれいな店で した。女の子二人だけではなく日本人のおじさんも一人いましたが、女の 子達の出身を訊くと上海ということで「なんや、さんへにんか〜。」とイ ンチキ上海語を混ぜた普通話で盛り上がってしまいました。しかし、他の お客さんの手前かなり浮いていたと思います。 昼食時からなんかカラオケに来たようなそんな雰囲気でした。 食事は一口食べるなり三人顔を見合わせて「なつかしい〜。」、「中国 の味や〜。」という言葉を発してしまったほど中国の中華料理でした。香 りが味がどこか違うのです。 でも、われわれには良かったのですが普通の日本人には受けないのでは ないかと思います。早々につぶれては欲しくないけど普通の日本の中華料 理の味にはなって欲しくないし、難しいところです。 11月5日 この連休、作業としてはけっこう更新したつもりなのですが、見てみると それほどでもないですね。なんで? サリーの歌詞の訳とピンインのコーナーを熱い要望にお応えして始めることにしました。以前もやろうかと考えたことはあったのですがどれだけのニーズがあるかと思いやめました。 いざ訳してみると自分では理解していたつもりの歌詞もうまく日本語に ならない、つまりきちんと理解できていなかったということですね。難し いモノです。 この連休で買ったCD アライツ・エタ・マイデルのファースト Dulce Pontes 『O primeiro Canto』 11月4日 昨日書き忘れていたこと。また某店長と一緒にお茶しに行きました。 北堀江にある『ポーポー屋』という中国茶を飲ませるところです。なかなか 良いところで工夫茶もあるし珍珠[女乃]茶もあるし、またチャーシュー饅頭がちゃんと中国の味しています。食事もなかなかおいしいとのこと。 またゆっくり行きたいと思います。ママさんもすごく感じの良い人です。 住所は北堀江1−14−21第1北堀江ビル2F 電話は06−6531−7827です。 しかし、南堀江。 昔はしけた家具屋さんの他は『シーラカンス』というタイ料理屋さん くらいしかなかったのに私がいない四年ほどの間にあんなに発展してい るとは。いまやアメリカ村がちょっと駄目になってきて南堀江に移ってき ているとのこと。家賃の相場を聞いて驚きました。 11月3日 本日ハンズに買い物に行ったらもうツリーとか飾ってあってクリスマスの雰囲気になっていました。なんと気の早い。でも私はクリスマスってそんなに好きじゃないのです。 小さい頃私の家にはクリスマスはありませんでした。サンタさんも来たことがありません。私の父は古いタイプの日本の父親で、家では絶対的に君臨しておりまさに独裁者でした。それ故父親の言うことには絶対服従であり何人たりとも逆らえない存在でした。 なんでも父親中心、新聞でさえ父親が見終わるより先に広げてナイターの結果を見る、なんてことすらできませんでした。 水曜ロードショーでブルース・リーの映画がある晩、宿題を全部すませ、風呂にも入ってあとは寝るだけという状態でテレビの前で待っています。ところがこんな時に限って父親の帰りが早いのです。父親が帰ってきて、「早く寝ろ!」と言われたらそれでおしまいでした。無抵抗でベッドに直行でなのです。 また日本の文化・芸術が好きで伝統行事・作法を重んじる幾分国粋主義的なヒトでした。 そういう父だからクリスマスについては、 「あんな西洋の習慣に日本人が従ういわれはない。しかもあれはキリスト教の儀式や。おまえら全部信者か? 」ということを言われ、まったくクリスマスという行事は我が家に導入されることはありませんでした。 私が高校生だった頃のある日、帰宅して郵便受けの新聞の下に入っていた一枚のハガキをつまみ上げて私はつぶやきました。 「誤配や。」 宛名には私が十六年くらい使用してきた姓のあとになにやら横文字の名前。といってもハガキにカタカナで縦に書かれていたのですが。つまりブルース・りーの名前を縦に「李ブルース様」と書いてあるような状態でした。 しかし、よく見ると住所はうちの家の住所が正確に書かれてあります。 「おかしいなあ。こんなヒトおれへんのに。」と思い、母親に見せました。 「ただいま。ねえ、見て。こんなん来てた。」 母親はちらっと見て、 「ああ、そこに置いときなはれ。」 と、こともなげに言います。 「え? これうちに来たん? だれやこれ。」 「誰って、おとうさんでしょう?」 「ええっ? もしかして、ま、前の?!…。」 Aホなことを言うたはりますのん。それやったら名字が違うでしょう。」 「せやかて名前がいまのおとうさんとは違うもん。」 「だから、いまも昔もおとうさんはひとりやって。それに、それはおとうさんの洗礼名。」 「洗礼名って、おとうさんはキリシタンやったの?!」 騙された。いや、ずっと騙されていたのでした。 父親はあんなクリスマスを否定することを言っておきながら、自分はクリスチャン・ネームを持つほどのキリシタンだったのです。 まあ、実際は大学の時に教会に下宿させてもらっていて、そのときに行きがかり上洗礼を受けざるを得なかったということらしいけど、それでも多少はキリスト教にも縁があった訳だし、頭からクリスマスを否定して我が家では一切ツリーもケーキもプレゼントもなかったというのはひどすぎる。その当時だって、日本のほとんどすべての家庭ではただのイベントとしてクリスマスを迎えていたのですから。 それに、また逆にうちの父親だったら、その洗礼も「あほぬかせ、いくら下宿させてもらうとしても信者でもないのに洗礼なんて受けられるかい!!」ときっぱりと断って下宿を出て行くなりしてほしかった。下宿させてもらう方便として、似非キリシタンになっていたなんて…。 そういうわけで私は毎年クリスマスが近づくとなんとなく悲しくなってくるのでした。 と、いうほどたいそうなものでもないけど。 ところで昨晩、タワーレコードのワールド・ミュージックのコーナーで手に王菲の『寓言』の香港盤とマレーシア盤の両方を持っている女性を発見。それはジャケットは違っても同じアルバムだと教えてあげようかと思いましたが、ひょっとしたら熱烈なファンなので知っていて両方買うのかも知れないし、声をかけるべきかどうか迷ってしまいました。私だったら、サリーの新譜だったら同じく両方購入することでしょうし。 でもどうだろう? と迷っているうちにレジの方に持って行ってしまいました。 ま、いいか。レジのヒトが教えるでしょう。 って、ムリかなぁ。 |
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