LOVE LIFE



ひとりごと

2002年03月26日
中国への想い

夕べ父が真剣にテレビを見ていました。
テレビでは漫画家のちばてつやさんが、引き上げ時にお世話になった恩人を探して、中国を旅していました。
父は戦争の時、兵隊として長く中国にいたのです。
そして亡き母は当時厚生省に勤めており、本人の希望で単身中国に渡り、満州鉄道に勤務していました。
両親は中国で出会っていたのです。
そんな事もあってか、中国には深い思い入れがあるようです。
最近の父は年のせいか、物忘れがひどくなってきましたが、中国の事は片時も忘れないようです。
中国に関した番組があると、欠かさず見ています。
そして懐かしそうに当事の事を話すのです。
そして中国語が今でも出来るのには驚かされます。
私など日本語でさえおぼつかないのに。
以前、私が中国へ旅した時の事を書いた事があります。
実はあの時は両親も一緒に行くはずだったのです。
中国へ行きたいと言っていたのを覚えていたので、私が誘いました。
最初は喜んでいたのですが、出発が近づいてきた時、突然止めると言い出しました。
中国には忘れられない多くの想い出があるようですが、同時に複雑な想いもあるようです。
そこで私が総代として行く事にしたのです。
母からは見てきて欲しい場所を伝えられました。
その場所は主に北京にありました。
私は北京に2日間しかいませんでしたが、その間に300枚近くの写真を撮りました。
母に言われた場所は多分このあたりだろうと検討をつけてはみたものの、果たしてあっているのか不安もあったのです。
その為にその周辺も含めて写真を撮っているうちに、こんな枚数になってしまいました。
一緒に中国を旅した方々の中には、老夫婦もたくさんいらっしゃいました。
この方たちもきっと私の両親と同様に、中国に対して何らかの想い入れがあるのでしょう。
そしてその方たちもやはりと言うか中国語を話していました。
日本と中国は友好的でありそうでそうでもなかったり、中国は良く知っているようでいて実は知らなかったり、私にとってはまだまだ不思議な国です。
でも両親の青春時代が中国にあったという事を考えると、何らかの想いが浮かんできます。
私はもう一度中国に行かなければならないのです。
そして揚子江に母の骨の一部を流してきます。
それが母との約束なのです。
父は幸い元気ですが、亡くなった時は父の骨もと思っています。
私は両親の中国への想いを叶える為にも、何時の日か再び中国の地に立ちます。
それが私の中国への想いでもあるのです。






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