--> 府中





 府中のまつりetc.
2/3 大國魂神社節分祭

 府中の森芸術劇場 SCHEDULE
1/27 モーツアルト・バースデー・コンサート
1/29 新春特別公演、世界無形遺産、能・狂言
1/30 音楽のおくりもの、「ワールドツアー・アメリカ発」
2/2 友情の架け橋 Impression フラウタルキ四重奏団
2/4 クラシックコレクション美しい日本のうた
2/6 宝塚OGによるザ・レビュー「サ・セ・パリ」
2/11 モーツアルト同時代作曲家シリーズ
2/28 さだまさしコンサートツアー<恋文>
3/4 ピンク・レディー メモリアルコンサートVol.3
http://www.fuchu-cpf.or.jp/theater/

 府中グリーンプラザ SCHEDULE
2/14-16 東山魁夷 特別版画展
http://www.fuchu-cpf.or.jp/green/

 府中市美術館 SCHEDULE
12/11-2/27 戦後の日本美術を中心に
http://www.art.city.fuchu.tokyo.jp/

 味の素スタジアム SCHEDULE
2/13 味の素スタジアムBIGフリーマーケット
時間10:00〜16:00 出店者募集中
2/27  2005Jリーグプレシーズンマッチ
FC東京vs川崎フロンターレ14:00キックオフ
http://www.ajinomotostadium.com/





 居酒屋チェーン  府中は居酒屋チェーンの激戦地だ。ほとんど駅前の狭いエリアに集中している。ざっと数えて見よう。すぐにいくつかの名が浮かんだが、まてよ。と筆者は考えた。どうせ書くなら完璧を期したい。そこで勇躍、居酒屋探査に繰り出した。しかし暇だね、おれも(笑)。これは筆者の綿密周到なる探査の成果である。聞いて驚くな。養老乃瀧、和民、土風炉、ゴハン、北の家族、東方見聞録、周之家、にほんばし亭、甘太郎、笑々、魚民、土間土間、やるき茶屋、白木屋、とり鉄、村さ来。なんと16軒である。これでは居酒屋ねえちゃんの呼び込みにも熱が入るわけだ。八王子周辺の大学生は合コンともなれば大挙府中に繰り出す。けやき並木で気勢をあげる集団を見かける。酔ってくだ巻く女の子を男の子が介抱する図も見る。昔と反対だ。居酒屋チェーンは若者向きと思っていたが、近ごろはそうでもないらしい。デフレ不況でおとうさんの小遣いもリストラだ。安い飲み屋はありがたい。おとうさんのファンも増えているようだ。


 おばあちゃんのカフェ  百円でお茶が飲める府中の穴場がある。伊勢丹ビルの一角にある和菓子の青木屋だ。柏餅、大福などひとつ百円くらい。「これひとつ、ここで食べます。」と言えば、お皿に入れてくれる。店先の囲炉裏でお茶は飲み放題。これがおいしいお茶なんだ。おしゃべり好きなおばあちゃん御用達の店だ。


 紅白大福  和菓子の青木屋で紅白大福を買ってきた。つぶあんとこしあんで一個百円だ。三時に緑茶を入れて食べた。うまかった。大当たり! 赤ちゃんのほっぺみたいに、スベスベプヨプヨモチモチの弾力がいい。大福は出来たてに限る。時間が経つと赤ちゃんのほっぺが、年増の面の皮になってしまう(失礼)。大福の命は短いのだ。指で押して見るわけにもいかないので、当たりはずれが大きい。なにより酒を愛するが、たまには甘いものも愛するのである。


 ゆとりランチ  ときにはゆったり昼食を楽しみたい人におすすめ。府中駅前のホテルコンチネンタルがいい。洋食ランチ900円、中華ランチ950円、そのほかスパゲティ、焼そば、炒飯のランチもある。まずスープと前菜小皿が出て来る。次に主菜とごはんが来る。私は中華が好みだが味はなかなかよい。最後にデザートとコーヒーが出る。このコーヒーがうまい。昼食にこの値段は安くはないが、十分な満足感がある。たまにはいいだろう。


 モーニングサービス  モーニングサービスってあったよね。憶えてる? 朝の珈琲にトーストとゆで卵がついてるやつ。なぜかゆで卵なんだよね。独身サラリーマンご愛用の朝食だった。朝出掛けに、あるいは会社のそばの喫茶店でそそくさと済ませたものだ。あわてて卵が喉につまったりした。いまでは朝マックとかドトールなんかに変わってしまったね。喫茶店も少なくなった。でもさすがに古いものを愛好する府中だ。駅前に一軒ある。Adam's Apple という。モーニングサービスという看板を見つけて、何となく懐かしい気持ちになった。一度寄ってみよう。


 回転ずし  駅前に回転ずしができた。「たいせい」だ。回転ずしの流行は知っていたが、ひとりで入りにくいので今まで無縁だった。ごく小ぶりな店はいつも大入り満員である。本日おすすめのネタが特記してあり、みな大声で注文する。なんでも120円だ。その割に結構うまい。しじみやあらのみそ汁もいい。普通に食って千円以下である。身近で好きな時にひとりで寄れるのが気に入った。いたずらに高級化してしまったご馳走が、庶民の懐に戻ってきた。デフレ不況も悪いことばかりではない。


 大衆食堂  駅の近くに古い食堂がある。Y屋という。何時からあるのか知らない。見るからに時代物のなんでも食堂だ。表のガラスには見本がずらり。のれんをくぐると中は広い。天井が高いのは昔の家屋だ。「いらっしゃ〜い」制服のおばさん(おねえさんではない)数人が迎える。風呂屋の番台みたいな食券売り場。壁際に畳の小上がりがある。分厚い木の卓(デコラじゃない)はよく磨かれている。何を取っても味はそこそこである。これが長生きの秘密かもしれない。新しいものが結構入って来るが、古いものも残っている。それが府中である。


 街中の銭湯  府中の街のど真ん中に銭湯がある。「桜湯」という。三十階建て高層マンションの隣だからすぐ分かる。入浴だけなら380円、700円出せばサウナも使える。梅雨時の汗をサウナでさっぱり、なんて最高! 銭湯は日本の庶民文化、いっぽうローマ帝国の貴族文化が大浴場。スケールはちょっと違うけど、大の風呂好きがローマ人と日本人の共通点らしい。


 多磨霊園  府中市の北東部に多磨霊園がある。都心の青山霊園に次ぐ格である。大正12年開設というから関東大震災の年だ。西園寺公望、高橋是清などの政治家、東郷平八郎、山本五十六などの軍人、そして文人では北原白秋、三島由紀夫などが眠っている。広大な敷地は鬱蒼とした木々に覆われている。春は桜とつつじが美しい。すぐ近くの旧関東村に最近、東京外国語大学が移転してきた。


 美術館  府中市美術館に行ってみた。府中の森公園のはずれにある建物は、出来たばかりでとてもきれいだ。この間はモネの展覧会をやっていたが、絵をみるもよし、見なくてもよし。  付属のティールームがおすすめ。屋外にもパラソルつきのベンチがあり、緑を見ながらゆっくり珈琲を楽しめる。煙草が吸えるのもいい。風が心地よく頬を撫でる。秋晴れの一日、散策の後のアフタヌーン・ティーはいかが?


 平安と平成  奈良朝から平安朝にかけての住居跡が、府中駅の近くで発掘された。往時の武蔵国府の役人たちの住居だったらしい。いま進行中の駅前再開発の現場で見つかった。はからずも平安の遺跡が1200年の時を経て平成の世に顔を出した。この地には大きな商業ビルや超高層マンションができる予定だ。新しいものを作ろうとすると、下から古いものが出て来る。あたかも昔の人が地下から呼んでるようだ。「お〜い、いったい何をつくるの?」と。


 上円下方墳  びっくりした。府中市西府町の熊野神社境内で日本最古かもしれない上円下方墳が見つかったんだって!古墳は3段からなり、上段が丸い円墳で、下2段が四角い方墳の、全国でも珍しい上円下方墳と判明した。7世紀半ばごろまでに築造されたものらしいから、「大化の改新」(645年)の天智天皇のころだ。石室や石棺も確認されたという。府中には7世紀後半に武蔵国の国府が置かれたが、それ以前に有力な豪族がいたという証拠になる。どうやら府中の歴史は1400年前までさかのぼるようだ。
 上円下方墳は、古い中国の言葉「天円地方」に由来するようだ。それを知ったのはテレビで中国人の話を聞いたからだ。上海の浦東地区にはじめて中国人の設計で超高層ビルが建てられたという。その若手建築家がこう言っていた。中国古来の「天円地方」というコンセプトで、上の部分を丸く、下を正方形に設計したと。古代日本の墳墓と現代中国の摩天楼が、同じ発想で作られたというのは実に興味深い。「天円地方」がどのような意味をもつ言葉なのか寡聞にして知らない。辞書にも載っていない。たぶん縁起のよい言葉なのだろう。中国の方に教えていただけたらうれしい。




 府中のけやき並木
 毎日けやき並木をぶらぶらする。用事のあるときも、ないときも・・・。朝、昼、晩、また季節によって、さまざまなひとびとを見かける。朝は勤め人の群れが足早に過ぎる。暖かい日溜まりのベンチには赤ちゃんと若い母親。幼子がきゃっきゃと笑って鳩を追う。見守るじいちゃん、ばあちゃん。午後の主役は両手に買い物袋の主婦たちだ。日が暮れるとお年寄りが夕涼み。下手くそな歌を披露する若者たち、しゃがんで群がる茶髪の娘たち。日曜日のおっちゃんたちは競馬新聞と首っ引き。祭りともなれば屋台が並び、お囃子と歓声であふれる並木道。
 あるときふと気がついた。けやき並木は「広場」なんだ・・・と。広場が生活にゆとりや潤いを与えている。イタリアの都市の楽しさは広場にある。ローマのナヴォーナ広場、シエナのカンポ広場・・・。そして「パッセジャータ」という言葉がある。散歩と訳すが、意味はもっと深いようだ。快い夕暮れ、老若男女はおめかしして広場に繰り出す。ゆったり練り歩きつつ、ひとびとを観察し、自分を見せる。同じところを行ったり来たり。立ち止まっては延々とおしゃべり。時にはカフェやバールで軽く一杯。まさに一日の終わりを仕上げる大切な行事なのだ。広場は生活に華を添える都市の舞台。日本の都市に広場は少ない。千年の歴史が府中に広場を残した。貴重な財産だ。


 住みよい街
 府中に住んで二十年になる。かつて一箇所に七年以上住んだことがない。住みよいから自然に長くなった感じである。とりわけ引退してひとり暮らしのいまは、府中に暮らしていてよかったとつくづく思う。人のお役に立てるボランティアの仕事があったのも幸いだった。ここではお年寄りと幼児が伸び伸びしている。街頭のベンチではいつもお年寄りが集まっておしゃべりしている。子供を育てやすいのか、赤ちゃん連れの若いお母さんがとても多い。ひとびとはゆったりのんびり歩いている。せかせか急ぐのは朝の通勤者のみだ。
 府中市は財政が豊かだと言われている。東芝府中、NEC、サントリーなどの工場があり、競馬場、競艇場もある。主な街路はすべて歩道のある並木道である。楽しく散歩できるのは嬉しい。府中の森公園、郷土の森公園など大きな公園があって、大人も子供もリラックスできる。生涯学習センター、美術館、芸術劇場、市民聖苑など市民のための施設は大変立派だ。いっぽう市役所は質素である。これがいいと思う。
 市役所ばかり豪華な町が多いなかで、この姿勢は賞賛されていい。これはたぶん府中が古い町だからだと思う。位置的には東京のベッドタウンだが、けっして新興都市ではない。千年の歴史がある。祭りの組織につながる町内会が生きている。市政に対する市民の監視が有効に働いているのだろう。この街に住む外国人たちもみな、府中はとてもいいところだと言う。


  東京競馬場
 府中と聞くと誰しも「ああ、あの競馬場のあるとこね。」と言う。しかし私は競馬には門外漢だ。先日はじめて競馬場に行ったが、見学しただけで、馬券を買ったわけではない。まず大観衆に驚いた。何処からこんなに集まるのか。次にびっくりしたのは電子化された装備である。主役の「お馬さん」の一挙一動を写し出す電光掲示板がある。馬券販売機はあたかも銀行のATMのようだ。覗いてみたが、操作法がかいもく分からなかった。馬券の正式名を勝馬投票券という。馬に投票する、なん て微笑を誘うが、予想に一喜一憂するのは人間様の選挙も同然かな。選挙に、ハシバヒデヨシ、ミヤモトムサシ、なんて「馬」が出るところも似ている。
 競馬の観客もずいぶん変わった。大国魂神社から競馬場にいたる細道を、俗称「おけら街道」という。昔この道を通う常連さんは、お世辞にも上品とは言えなかった。昼間勇んで行った道を、夕べにうなだれて帰る。「おけら街道」の由来である。いまの観客はごく普通のひとびとだ。身なりもお行儀も格段に良くなった。「その代わり、大穴を当てて大盤振る舞いするような客も、いなくなったねえ〜。」とは酒場の女将さんの感慨である。


 駅前再開発
 駅前再開発がまた動き出したようだ。六年前の伊勢丹に続く第ニ弾で、もとの西友を含む街区である。早くも建物の解体が始まった。馴染みの店があちこちに移っているのでオヤッと驚く。京王線のガード下には急ごしらえのアーケード商店街が登場。ちまちました横丁の風情がかえって面白い。数年後には、ショッピング街、シネマコンプレックス、超高層マンションが誕生するらしい。映画が身近に来るのは嬉しいし、街は今風になるだろう。それに文句はないが、よそいきの顔ばかりでは、これまた味気ない。せめて駅前のごちゃごちゃした路地街は、古い府中の名残りとして残したい気がする。


 川柳酒場
 府中に来て間もないころ、ある酒場を見つけた。盛り場からちょっと離れているので、振りの客は少なかった。「はじめてのお客さんなんて珍しいわ」と女将が言った。私のような新住民はまれで、地場の商店主などが常連だった。何度か通った時、面白い場面に出くわした。店の奥にささやかな小上がりがある。そこで数人の客が川柳の集まりをやっていた。女将もカウンターの中から参加している。誘われて一句(というのかな?)ひねったら褒められた。以来、川柳会の一員になった。
 酒場の片隅で川柳会をやっているなんて、なんとも風流なことである。ちょっと時代離れしているかも。府中にはそんなところがある。各自ひとつの川柳を詠み、みんなで批評するわけだ。あるとき「出す」という御題が出た。私はこう詠んだ。
 『出るところ、出してボディコン、風を切り』。
 ボディコン全盛のころだった。見事な胸を突き出し、さっそうと風を切って歩く若い女性をイメージした。われながら悪くはない出来だと思った。批評の場になった。私の句が音読された。みんな一斉に言った。「ボディコンって何ですかぁ〜?」私はあっけにとられた。「府中は田舎だからねぇ〜」と女将が言っていたのを思い出した。その女将もすでに引退した。川柳会はもうない。


 スーパー戦争
 府中は食品スーパーの激戦地である。駅周辺だけで六つもある。どれもかなりの規模である。当然競争は激しいに違いない。私は最近まで自宅近くのスーパーで何でも買っていた。しかしヴォランティアの帰りに最寄りの店をのぞいて認識を新たにした。「眼から鱗」であった。やっぱり買い物は比べて見なければ・・・。
 店に入るとまず魚を見て歩く。
「魚、魚、魚、魚を食べると〜、頭、頭、頭、頭が良くなる〜」
 魚も干物がいい。鯵、秋刀魚、かますにししゃもに鯖の文化干し。安いし、美味いし、日保ちがする。頭が良くなるような気もする。たとえば、どこにもある鯵の開き。これが違うのだ。店によって。鯵の味も値段も。これに気が付いてから、安くて美味い干物を求めてスーパーを渡り歩くようになった。
 干物をあぶって酒を呑む。寒いときは熱燗、暑くなれば冷酒。食事に関係なく、気が向いたらやる。これがいい。やっぱり日本人だなあと思う。チーズに赤ワインは絶妙の取り合わせだが、干物に酒も甲乙つけがたい。スーパーの話が酒に落ちた。


 東京スタジアム
 先日はじめて東京スタジアムへサッカー観戦に行った。昨年春オープンした5万人収容の天然芝グランドである。府中から四つ目の飛田給駅から歩いて近い。「FC東京」と「東京ヴェルディ」のホームスタジアムだ。まさに地元でプロサッカーが見られることになったのは嬉しい。  間近に見るスタジアムはさすがに威容を誇っている。2000円の自由席券を買ってスタンドに入った。当日は「東京ヴェルディ」と「横浜Fマリノス」の対戦だった。結局1対1の引き分けに終わり、いささか盛り上がりに欠けたが、それでも1万5000人ほどの観客が入っていた。大挙乗り込んできた横浜サポーターの熱狂的な応援ぶりが面白かった。
 試合の中身よりも印象に残ったのは、飛田給駅周辺の変わりようであった。飛田給というとその地名も「とびたきゅう」と読めないひとが多いくらい。言ってはわるいが「何にもない」ところだったが、いまや大スタジアムの最寄駅として大いに格を上げた。駅前から甲州街道までドーンと大通りが抜け、ファミリーレストランが軒を連ねている有様だ。試合の前後には歩道にあふれるほどの人波が行き交う。サッカー開催日には特急や準特急電車まで停車するのも、なるほどとうなずける。今度は望遠付きのカメラを持ってまた来ようと思った。 P.S. 最近「味の素スタジアム」になったと聞いた。



 府中はお祭り好きな町です。しょっちゅうお祭りをやってる感じ・・・。なかでも最大の祭りが四月三十日から五月六日までの大国魂神社例大祭「くらやみ祭り」です。六つの大太鼓と八基の神輿が練り歩く勇壮な祭りです。でも、なぜくらやみ祭りというのでしょう?
 このお祭りの最高潮は五日の「神輿の渡御」です。詰めかけた大群衆の中、大国魂神社から「お旅所」まで、神様が神輿に乗って旅をされるのです。お旅所というのは、まあ、神様の別荘ですね。神輿は約400メートルの道のりを三時間ほどかけて到着します。翌日には戻られるので、一泊二日の旅です。
えっ、一泊二日?それもご近所まで? せめて「二泊三日ソウルの旅、焼肉食べ放題つき」くらいは・・なんて思うのはわれわれ人間で、神様はきっとご満足なのでしょう。 さて、今から四十年ほど前までは、神輿の行列は、深夜に街の明かりをすべて消して真っ暗闇の中で行われました。そして翌日早朝こんどは真昼のように明るくした街の中を帰ったそうです。この明暗の鮮やかな対照は古い時代ほど人々に強烈な印象を与えたことでしょう。「くらやみ祭り」の由来はここにあります。しかし今では防犯防災のため、明るい夕刻に行われます。25万人もの見物客が沿道を埋めます。 行列の先頭に立つのは直径ニメートルの大太鼓。一本の木をくり貫いたものとしては、日本一の大きさとか。さすがにその音はすさまじい。わ が家は神社に近いマンションなので、壁もガラスもびりびり振動しま す。明け方に、いきなり「ドドーン」とやられて、びっくりして飛び起きたこともあります。また三日の府中囃子の競演も見ものです。けやき並木で、夕方六時ごろから始まります。並木道のそこかしこで、陽気なお囃子に乗って子供たちが踊りを競います。三日はあまり混雑しないので、そぞろ歩きしながらゆっくり楽しむのもよいでしょう。
武蔵国府

古代日本で、はじめて中央集権国家を作り上げたのが大和朝廷です。全国を60程の国に分けて、国ごとに国府を置きました。国府は行政、司法、軍事、警察などを司ります。その責任者が国司で、朝廷から派遣されました。武蔵国といえば現在の埼玉県、東京都、川崎市、横浜市の大部分が含まれます。その政治的中心の国府が置かれたところが、今の府中市です。国府の建築は、発掘調査によれば8世紀前半頃、ほぼ現在の大国魂神社付近に作られたと推定されています。
大国魂神社

大国魂神社は、武蔵国府が置かれるよりはるか昔、西暦111年に武蔵国の護り神として祀られたのがはじまりとされています。国府が置かれてからは、国司が祭祀をとり行いました。平安時代になると、大国魂神社は武蔵総社として、武蔵国で筆頭の神社となりました。
 大国魂神社の参道につづく「馬場大門けやき並木」は、11世紀の中頃、源頼義、義家父子がけやきの苗千本を奉納したことに始まるといわれています。大正13年に国の天然記念物に指定されました。





府中市街図府中市中心図

大国魂神社/地図
大国魂神社のページ

東京競馬場/地図
JRA東京競馬場のページ

多磨霊園/地図
多磨霊園に眠る著名人たち

東京外国語大学/地図
東京外国語大学-大学紹介

東京農工大学/地図
東京農工大学のページ

味の素スタジアム/地図
味の素スタジアムのページ