京都ごはんたべ日記

ごはんたべとは、老舗の若旦那なんぞが芸妓や舞妓と食事に行くことらしいが、
まあ、いいじゃん。この言葉が気に入ったから使わせてもらう。


2012年


12月30日(日)
 「大改造!!劇的ビフォーアフター」のリフォーム、面白いね。見てると一番問題なのが、台所・風呂・便所の水回り三兄弟ですね。長兄は愛されて茶の間のそばに居着いたが、次兄・末弟は冷遇されてきた。末っ子の便チャンなどは「くさい、あっちいけ」なんて追いやられた。「はばかり」「御不浄」なんて言われて世をはばかる不浄のものだった。農家や京町家では裏庭に隔離された。寒夜も寝巻に下駄をつっかけて往復した。戦後は原始的な「穴ポッチャン・新聞紙ふきとり」方式だったな。ポッチャンには「おつり」がきたもんだ。雨ざらしの濡れ縁に板張りすきま風の厠(かわや)も寒かった。思えば「寒い・暗い・臭い」の三重苦の時代だった。やがて便所は屋内に格上げされて縁側の隅にきた。都市では下水が整備された。和式・洋式水洗便器が普及した。ようやく「トイレ」へ昇格です。そしてリフォーム時代がきた。大改造は介護・バリアフリーが焦点。トイレはどんどん人間に近づいて寝室の傍にきた。「あっちいけ」から「そばにきて」になった。ウォシュレットはニッポンの大発明です。床暖房・ぬくぬく便座・温水洗浄・温風乾燥とくればもう天国ですね。逆境から身を起こしてようここまできたもんや。人類をしあわせにするトイレはえらい。



12月29日(土)
 四条通のジュンク堂という書店によく行く。品揃えは京都一だろう。その傍にあった本屋が転業した。こんどは何屋というのか不思議な店になった。一二階は文房具とあるが並の文具ではない。フィギュア・プリクラ系というかキラキラキャピキャピした飾りものである。フィギュアといえば人形だけど可愛いばかりじゃない。キモチわるいの、オゾマしいの、も少なくない。ああいうのを「キモカワイイ」というのだろうか。何がいいのかね。非マンガ世代のおじさんにはようわからん。わからんけど見るのは好奇心だ。盆栽まで並んでる。これもフィギュアあつかいみたい。地階はプラモデル・模型売場。自動車ミニチュアモデルがうずたかく積まれている。でかい戦車や戦艦の模型もある。一番でかい戦車模型はなんと四万円だった。三階はマンガ・アニメ売場。どうやらここが店の司令塔と見た。店全体がマンガ・アニメから生まれた多様な商品で埋められている。「オタク屋」あるいは「アキバ・ショップ」とでも言おうか。新基軸の店ですね。京都国際マンガ・ミュージアムは外国人旅行者にも大人気だ。マンガ・オタク系の若者たちに受けるかもしれない。



12月28日(金)
 はーやーくーこいこいお正月、と歌ったころがなつかしい。ひとり暮らしにはクリスマスもお正月もない。普段とかわらない。大掃除もやらない。買物もない。お屠蘇・お節料理にもしばらく会わない。せいぜい三が日の食事処を心配するくらいである。わびしいね。子供時代は大家族だったのでお正月がなにより楽しみだった。この賑わい、この華やぎが永遠につづけばいいと願った。正月、節分、雛祭、七夕、十五夜、七五三など季節の行事は大勢の家族あってのものですね。子供がいて孫がいてよーけい集まるから盛り上がる。豆まきも雛飾りも花火も楽しい。ご馳走もおいしい。お酒もうまい。いま少子高齢化の時代になって一般家庭のお正月はどんな風景なんだろうか。ぬかりなく執り行なわれているのだろうか。そういえばテレビで見る。幼稚園や老人ホームで季節行事をやってる光景。大家族の思い出があるだけ自分はしあわせなほうだな。



12月27日(木)
 天気はいいのに昼頃にわか雪がちらほら舞ってきた。上から下まであったかく着込んで顔だけ冷気に触れるのはかえって気持いい。それにしてもいまどきのダウン・ジャケットはありがたいね。薄くて軽いのにあたたかい。なじんだ冬物上着・コートはタンスのこやしになってしまった。ヒートテックといいダウンといいユニクロさまさまである。と思っていたら、いまどきのケチケチ主婦は「ユニクロはぜいたくだ、しまむらへゆけ」が合言葉だそうな。上には上があるもんだ。この手の世間話はもっぱら在京の末の妹から仕入れるのだ。主婦間の口コミ情報の速さ豊かさは、とても男子のおよぶところではない。その妹でさえ娘から「昭和育ちはまだ甘い」と言われるらしい。右肩下がりの時代を生きる平成っ子たちの金銭感覚は超スルドイものがある。スマホを駆使して徹底したケチケチ暮らしを楽しんでるようだ。



12月26日(水)
 現地に行かない横着者ですが、いちおうサッカーファンです。試合が終わると選手にインタビューしますね。「きょうはどう?」「抱負は?」なんて毎度おなじ質問だけど、ここは一番やる気を見せてよ、というところ。でも選手はこう言うんですね。「勝てたらいいと思います」と。なんかしょぼくない? あなたまかせで意気込みが見えない。元気な若者とも思えない。ちかごろ猫も杓子もこの言い方をするのが不思議です。サッカーだけでなく野球・水泳からオリンピック選手まで同じです。若者だけでなく大人の野球選手も「打てたらいいと思います」「投げられたらいいと思います」となげやり系。「打ちたい」「勝ちたい」の意欲系は皆無。こうなると「たらいい」はスポーツ界の流行語大賞ですね。スポーツなら人畜無害だが、これが政界におよぶとこわい。それでなくとも「しゅくしゅくと進めさせていただきます」と慇懃無礼語の政治家である。「原発やめられたらいいと思います」「消費税あげられたらいいと思います」とズルをやりかねない。



12月25日(火)
 なじみの割烹の「白菜ときのこの胡麻和え」がうまかった。本職の仕事はさすがにちがう。胡麻和えはいい。定番のほうれん草、小松菜もいいし、いんげんの胡麻和えがまたうまい。和え物にもいろいろある。菜の花の辛子和え、たけのこの木の芽和えを食わずば京都の春は来ない。茄子の味噌和えは素朴でほっこり。ほうれん草とコンニャクの白和えはヘルシーだけどちょっと刺激がない。イカとわけぎの酢味噌和えは酒のアテにいい。酢味噌和えを一般に「ぬた」と言うが、京都では「てっぱい」と呼ぶ。はじめは「撤廃」かと思った。梅肉和えはあまり好きでない。酸っぱいものが苦手なのだ。和え物の美味しさはひと年とらんとわからんようだ。ハンバーグ、とんかつ、牛丼をガッツリの時代は見向きもしなかった。上品に小鉢に盛られた胡麻和えも「なにこれ?」なんてパックリ一口だった。ちなみに温かいものは決して和え物にしない。あたりまえだが人に言われて納得。和え物はひかえめな名脇役みたいな味だ。



12月24日(月)
 はじめて東京に出たとき蕎麦屋が多いのに驚いた。そこらじゅうに蕎麦屋がある。広島から東京へ来た妻もとまどったという。蕎麦屋の暖簾を見て「なまそばってなに?」と訊いて、「あんた大学出てんでしょ?」と友達に笑われたそうな。ことほどさように西の人間は蕎麦に縁がうすい。親しくおつきあいしてない。東の人間の蕎麦にかける情熱がようわからん。蕎麦ウンチクも不可解だ。「砂場」とか「薮蕎麦」とかの名店にウルサイ連中が群がってくる。店主もうるさいし客もうるさい。評論家はさらにうるさい。わさびはツユに入れるなだの、蕎麦の尻だけツユをつけろだの、噛んじゃいけないすすりこめだの、うるさいことこの上ない。蕎麦をすすりこむ芸でならした落語家が、「ほんとは噛んだほうがうまいにきまってる」と言ったそうな。某食通が死ぬ間際に「一度たっぷりツユをつけて食いたかった」ともらした話は有名だ。定年後なぜか蕎麦を打ち始めるおとうさんがいる。一様に作務衣を着てバンダナをかぶる。蕎麦屋はさっと食ってさっと引き上げるのがいいらしい。お江戸は気が短い。京都のような「ゆったりまったり長っ尻」は敬遠されるようだ。



12月23日(日)
 忘年会の季節ですね。といっても当方には縁がなくなった。およびがかからない。忘年会の総元締といえば言わずと知れた大学と会社であろう。総元締から遠くはなれて京都へ来たので、ま、しょうがないか。いちおうメールで案内をいただくが、まさか忘年会だけに上京するのもいかがなものか。あと忘年会といえば趣味の会あたりかな。しかし川柳の会もやめたし囲碁の会もやめちゃった。どうも熱しやすく冷めやすいのが欠点だ。わかっちゃいるけどいまさら直しようがない。忘年会にも公式と非公式があるね。回状をまわして(古いね、いまならメールか)集めるのが公式で、なんとなく集まるのが非公式である。「集める」と「集まる」ではおのずから違うのだ。公式だとおおむね10名以上になる。かならずブチブチ言う一派が出る。楽しく飲めるのは非公式だね。諦めていたら姪夫妻からおよびがかかった。最後にたのみになるのは身近な身内だな。おかげさまで、ゆうべはひさしぶりに太郎屋で土佐の純米酒「安芸虎」と岡山の地酒「酒一筋」をいただいた。うまかった。無口な小生がサッカーのおもしろさを熱弁してきました。



12月22日(土)
 けさは小雨のなか四条大宮の駅前広場は大賑わいだった。バスツアーの大型観光バスが6台も並んでる。次々に発着している。周辺におばちゃん九割おっちゃん一割がたむろしている。見れば「小浜でふぐ料理とお買物」「カニ食べ放題と城崎温泉」などの美味しそうなビラが貼ってある。うーん、どっちもええな。じゃがどっちかっちゅーと、小浜でふぐ料理だな。なーんて勝手に想像してる。おばちゃんもご馳走が目の前にちらちらしてるのかニコニコ顔である。「きゃーひさしぶり!」なんておばちゃんが抱き合ってる。女学生かよ。「志摩スペイン村」の文字も見える。うん、その手もあったか。スペインとくればパエリヤにワインだな。この広場は空港リムジンも発着する。関西空港や大阪空港へ行く赤いバスや青いバスが相次いで来る。こっちはおばちゃんでない。大きな旅行ケースのギャルである。帽子もばっちり決めてる。こちらはほんまもんのスペインかもしれない。いいなあ。みんな行くとこあるんだなあ。オレもぼやぼやしちゃいられない。若狭へサバやカニでも食いに行こうかな。



12月21日(金)
 近所にあった二つの京町家が今年なくなった。いずれも角地に建つ「表屋造り」の立派な町家だった。かつては何かの商いをする大店(おおだな)であったろう。それが取り壊されてしまった。残念である。角地で敷地も広いので何かに転用されるらしい。いまのところ駐車場である。この二三年だけでも周辺のそこかしこにマンションが建った。表通りに残る町家は祇園祭の町会所くらいになってしまった。しかし町家小路はまだある。表通りから一歩裏に入った露地に町家が肩を寄せ合っている。四条通の一筋北に飲食店が集中しているほそーい露地がある。名のない通りなので飲屋小路と勝手に呼んでいる。ひいきの「太郎屋」もそこにある。つい先日「ここら屋」の支店もオープンした。小料理、フレンチ、焼鳥、らーめん、うどん、弁当、バー、なんでもある。むかしの洛中は通りの両側に同業が集まってひとつの町を形成した。いわゆる両側町である。両替町、車屋町、麩屋町、釜座町、鍛治屋町などの名が残っている。場所も限られ業態も様変わりしたけれど、特色ある「なんとか横丁」は両側町の再生であろうか。これも町家のひとつの生き残り策かもしれない。



12月20日(木)
 日本人の話し方が変った。男も女も高い声でキャンキャン言う。これはという美しい話し方をする女性が、むかしは周辺にいたものだ。東京の山の手言葉の奥様もいたし、地方の言葉にも美しい響きがあった。子供ながら思わずそのひとを見つめてしまったものだ。昨今はきたない話し方が氾濫している。テレビはきたないしゃべりを売っている。なかでも男の女しゃべりは聞くに耐えない。話し方と笑顔は美人の条件である。顔じゃないわよ中身だわ。でも中身が外に出るのがおしゃべりである。古い人間だから男の多弁は好まない。「男は黙ってサッポロビール」の世代だ。でも心地よくしゃべるときがある。気の合う友達と飲むときだ。気の利いた言葉のやりとりが楽しい。「からみ上戸」はいやだね。ろれつの回らぬ舌でしつこくからむ。ぼやき、愚痴、自嘲、泣き言、悪態、恨みつらみが延々とつづく。酒の上でもいやなのに、素面(しらふ)のからみ上戸がいるんだね。喫茶店にろれつの回らぬダミ声がひびく。美しい日本語を話したい。こんな時代だから余計にそう思う。



12月19日(水)
 いつもの割烹へいった。きょうは粕汁とぐじ(甘鯛)の塩焼きであった。店に入ると粕汁の香りがぷーんとただよう。「粕の匂いに引かれて来ましたー」なんて客が次々来る。大ぶりの椀にたっぷりの粕汁がなんとも豊かな気分にしてくれる。人参、大根、牛蒡などの野菜はむろん、鮭や鰤のようなごっつい骨付きの身がごっそり入ってる。心身ともにあたたまる。底冷えのこの季節、おやじ殺しの御三家は粕汁、豚汁、けんちん汁である。それも具だくさんかつ大盛りでなければならない。「たくさん」「たっぷり」に感激するのは我等に刷り込まれた戦後遺伝子のおたけびかもしれない。かたや「ぐじ」は京都を代表する高級魚である。「若狭ぐじ」といわれて若狭で水揚げされ鯖街道を通って京都へ運ばれた。やんごとなきあたりへも献上された逸品だ。東京では魚といえばマグロであり、ぐじなんて聞いたことも見たこともなかった。京都の一流料亭でマグロは出ないが、ぐじはしばしば登場する。「若狭焼き」はウロコまでパリパリに焼き上げる。熟練の料理人の手にかかるとウロコも香ばしくて美味しい。奇しくも貧と贅の取り合わせであった。



12月18日(火)
 気まぐれに大丸の台所用品売場をぶらついた。じつは木工品を見るのが好きなんだ。塗りの重箱などはウルシで木目が見えないから、つまらん。いかにも「木ですー」という細工物が好きなのだ。家庭の容器や道具類がみなプラスチックになって味も素っ気もありゃしない。木は美しい。おひつが並んでる。懐かしいねーおひつ。「江戸びつ」と書いてある。でも小せえなー。でっかい貫禄あるおひつは置いてない。円筒の器は木片を締めつける赤い銅板が美しい。四角い升は角をつなぐぶっちがい細工が巧みで、しみじみ眺めてしまう。なでてみたりする。弁当箱や中華せいろはいわゆる曲げ輪ものだね。浅い洗面器みたいな桶がある。これは大きい。こんなのでむかし母がちらし寿司を作ってくれた。でも表示を見ると「手巻き寿司飯台」とある。そうかそうきたか、時代を感じるなあ。鰹節削りが目についた。一番大きいやつの蓋を開けると本物のかんなが裏返しに乗っている。持つとずっしり重い緻密な樫材の本格かんなである。樫の木目が美しい。さすがにお値段は高い。本日の木工品三ツ星は「鰹節削り」、二ツ星は「手巻き寿司飯台」であった。



12月17日(月)
 京都にきて七年あまり無事平穏に暮らしてきた。そこへ大事件が起きた。はずかしながらトイレであわてふためいてしまった。ウォシュレット騒動である。壁にリモコンがあって、水を流す大小ボタンや、おしり、ビデ(無用)、乾燥、止、などの操作ボタンがある。某月某日「おしり」ボタンできれいに洗って、「止」ボタンを押したら、これがきかないのだ。何度押してもウンともスンともいわない。どうしよう、どうしたら止まるんだ? 前後左右をうろうろ見回す間もお湯はジャージャー吹き上がる。やっと電源コードに気づいた。これを抜くしかない。ようやく止まりました。でもおしりびちょびちょ、ちめたーい。さあ修理に困った。マニュアル見てもわからん。あきらめて修理の電話しようかと思うころ、なんかの拍子にふとひらめいた。まてよ、リモコンなら電池じゃない?壁からリモコンはずして裏を見たらありました。単三電池二本。取り替えたら見事に完治。テレビ・リモコンならすぐ電池と分るが、まさかトイレがね。紳士淑女諸君、ウォシュレットにご用心。



12月16日(日)
 なにげなく大丸の花屋をのぞいたら異様な花が目についた。近づいてよくよく見るとこれが花ではなくて観葉のポインセチアだった。鮮やかなショッキングピンク色の、まるで細工物みたいな繊細な葉っぱがびっしり。真っ赤なやつがポインセチアだと思っていたがとんでもない。周辺はさまざまなポインセチアのオンパレードである。白いの、白赤のまだら模様、ピンクのグラデーションなど実に多彩である。マーブル、パープルレイン、アバンギャルドなんて飛んでる名前がついている。いいお値段である。ポインセチアはメキシコ原産の観葉植物。華やかだけどあれは葉っぱなんだね。むかしクリスマスの季節に一度だけ買ったことがある。ジングルベル、ケーキ、ポインセチアとくると、なんとなく買ってしまうムードになる。しかし手入れを間違えたのか、たちまち葉が落ちてしまった。せっかく奮発したのに。がっかりして二度と買わなくなった。それ以来この季節はシクラメン一筋でやってきたのである。



12月15日(土)
 潔癖性というのがありますね。テレビで見た。ある男優は一日三回パンツをはきかえ、タオル数十枚を消費するそうな。それをとくとく語るのもどうかと思う。このひとは他人とおつきあいできるのかな。マクドナルドで潔癖おじさんが隣に来た。眼鏡に野球帽で大きなビニールバッグを下げている。飲み物のトレーを卓上に置くなり、おじさんは猛烈に活動をはじめた。紙ナプキンをがっさり取ってきて入念に椅子を拭きはじめた。壁際のビニールソファの座面、背面、側面までしつこく拭いてる。そこに座るのかと思ったらバッグを置いた。つぎに対面の木の椅子を同様に拭く。またナプキンを取りにいく。最後に卓上を拭いてからようやく座った。狂ったように激しい動作なのだ。オレのツラも拭かれるかと怖れた。ナプキン数十枚を消費した。それだけで終わらない。帰るときにまた入念に椅子を拭き、そこに置いたバッグの底や側面や上部をぬぐって肩にかけた。最後に白い手袋をはめた。女性が晴れの場で身に付けるような薄手の手袋。バイキン除けだろうか。



12月14日(金)
 京都観光はオフシーズンだけど修学旅行は花盛りである。けさ近所のホテルから中学生の集団が出かけるところにぶつかった。大きなバスに次々と荷物を運び込んでいる。てんやわんやの歩道でぼくとぶつかりそうになった女生徒が「すいませーん」と可愛い声をあげる。いまどきの少年少女はいっちょまえの旅行ケースを持参してるんだな。ぼくらのころはガキの旅だったが、いまは坊ちゃまの旅らしい。中学生は京都に来てなんと思うのだろうか。街がにぎやか、着物がきれい、言葉がちがう。親切だった、冷たかった、なんて思う。こんな町で働きたい、いや故郷の山川がいい、なんて感じる。それでいいのだ。子供のうちによその土地を知るのはいいことだ。こんな年頃に自分も京都を見たはずだが、神社仏閣や旅館の印象しかなくて町の景色はあまり憶えていない。まだ町の風趣を見る目がなかったんだな。当時はビルも少なくて大半が京町家だったと思うが、その風情を憶えていないのが残念である。半世紀を超えて京都修学のやり直しをしてるあんばいだ。



12月13日(木)
 たまに幼いころを思い出す。戦後の一時期、愛知県の漁村に暮らした。伊勢湾の岸壁まで10メートルの小さな家だった。畳の敷いてあるのは三間のうち一間だけ、あとは床板にゴザが敷いてあった。でも子供は貧しさなど感じなかった。はつらつと海の遊びを満喫する日々だった。竹藪で切った釣り竿で岸壁から釣り糸をたれた。ハゼやサヨリがよく釣れた。サヨリは海面すれすれを群れを成して泳ぐので、調子がいい日はたちまち鍋いっぱい獲れた。30センチ超の大物を上げたときは天下を取った気分だった。冬にはぼくが一人で海苔を作って一家で食べた。シケの翌朝にはちぎれたノリが海面に浮いてくる。これを網ですくってバケツで水洗いして木枠に流し込む。簀の子で天日干しすれば出来上がり。網も木枠も自作した。小学二年でこんなことやってたんだ。子供ってやれば何でも出来るものだ。あるとき大人の行楽に便乗して大きな漁船に乗せてもらった。どんどん沖へ出ていって陸地が見えなくなったとき、すごく心細くなったのを憶えている。その漁村はのちの伊勢湾台風で跡形もなく流されてしまったそうだ。



12月11日(火)
 きのう初雪が降った。今朝はるかに北山を眺めると白い帯をまとっている。京都でも北のほうはたいへんな雪らしい。朝一番に烏丸通まで歩いてマクドナルドで朝食をつまむ。マフィンなどの一品とホットコーヒー。これが腹へのいい刺激になる。「さあ動くぞ」というスタートの合図である。さまざまなひとがいるなあ。若者から熟年にいたる男女が朝のひとときを過ごしている。私は年長さんだ。就活スーツの女子もいればダブル姿の部長さんもいる。カジュアルな若者もいれば旅行者風もいる。居眠りのひと、新聞雑誌のひと、スマホ・パソコンのひと、必死で勉強するひと。ばらばらの人種にばらばらデザインの店が不思議としっくりくる。この店は「不統一」ということを統一コンセプトにしてデザインされている。高いカウンター、低いテーブル、様々な椅子、木目調ありデコラ調あり。スツールの色が全部ちがう。ねえちゃんの帽子まで色違い。こんなのもちとめずらしい。マックさんの新機軸かしら。おのおの好きなとこに座るんだが、これがなんとなくはまってる。不調和の中の調和かな。朝から多様な男女の生態にふれると脳への刺激にもなっていい。ネタもひろえる。



12月9日(日)
 このあいだ書いた「金の翼 エルドール」で石焼きビビンバを食った。韓流が得意な店だけあってほぼ満足すべき水準だった。もやし、にんじん、ほうれん草、わらびなどの各種ナムルや、肉、海苔、玉子など具の多彩なことはさすが。ミソというのかタレというのか味付けもかなりいける。石鍋にへばりついたカリカリおこげがうまいんだよね。これがなくちゃ満足できない。ソウルや釜山へ何度か行って焼肉・冷麺から宮廷料理まで一通りの韓国料理を食べたが、また食いたくなるのはビビンバくらいである。ビビンバは混ぜ混ぜがいのちだ。初心者はうっかり石鍋に触れて「アッチッチ」と飛び上がる。ギンギンに焼けてるのだ。シャベルみたいな長い匙でひたすらかき混ぜる。ナムル、肉、野菜、ご飯、唐辛子味噌をワッセワッセと混ぜるのだ。けっこう力が要るよ。具が均等に混ざったら匙でごはんを鍋底に押し付ける。するといいおこげができる。ぐちゃぐちゃにかき混ぜて複雑微妙な味を出すところがミソだね。まさしくB級グルメの濃ーい味である。



12月8日(土)
 バスの座席にちょんまげのおっちゃんが座っていた。日の丸に「根性」の鉢巻きを締め、大小の刀を差し、蛇の目傘をたずさえている。西ゆきバスだから東映太秦映画村の勤め人だろうか。しごくマジな顔がおかしい。話はサッカーに変わる。クラブ・ワールドカップが日本で始まった。Jリーグ優勝のサンフレッチェ広島が世界の強豪とどこまでやれるか。楽しみだけど不安もある。「W杯日本代表」はそこそこ強くなったが外国でプレーする選手ばかりである。国内のJリーグは弱くなった。Jリーグは二十年続いて油断したのではないか? かつての熱気や危機感がうすれた。名門ガンバ大阪が二部へ落ちたのも油断だろう。たとえば世界一激烈なイングランドのプレミアリーグ。香川の所属するマンチェスターのプレーを見ると、全員が瞬時も止まらず動いている。パスも走るのもめちゃ速い。Jリーグと雲泥の差がある。海外の日本選手が強くなる一方、国内の選手は退化している。激戦地から遠い極東で小さく固まってしまうのが心配だ。



12月7日(金)
 冷えてきた。紅葉も終わって京都はオフシーズン。しかしこんどは修学旅行の坊ちゃん嬢ちゃんが出回ってきた。バスや錦市場の中に少年少女があふれている。話は変わるが、おいしいものって口コミでひろがるもんだね。せんだって法事で家族が寄ったとき妹から聞いたすぐれものがある。セブンイレブンの「Natural Potato」、これはいけます。ポテトチップスなんだけどそんじょそこらのポテチではない。「この横文字が目に入らぬか、下がりおろう!」のポテチなのだ。厚めでガリッとした歯ごたえとひかえめな塩味がなんともいえない。くせになります。一袋はあっという間に平らげてしまう。でも袋食いはもったいない。しかるべきお皿に盛り、一枚ずつつまんで上品にいただくのがよい。お紅茶なんぞすするのもよいかもね。ふだんはポテトチップスなんか買わないんだがこいつは別だ。なおダイエット中のお方は当情報を無視してください。うっかり手を出さないようにくれぐれも注意してください。



12月6日(木)
 紅いシクラメンの鉢を600円で手に入れた。いつも堀川通を西へ入る三条会商店街で買うことにしている。この商店街には数店の花屋があってどこかで割安のいい花が買えるのだ。毎年11月の恒例だったが今年は出遅れた。去年の鉢を夏越しさせて「咲かないかな」と待っていたのに、葉ばかり出ていっこうに花をつけない。待ちくたびれて腰を上げた次第だ。時期を失したので残ってるかなと心配したが、いいのが見つかった。匂うような清楚な色香。好みの色のシクラメンである。厚い葉がびっしり繁って蕾も数多いのはいい株の証拠。これからが楽しみだなあ。それにしても去年のカノジョはどうしたんだろ? 今年のカノジョと比べている。なーんて唄があったな、たしか百恵ちゃんのヒット曲だった。



12月5日(水)
 小学生のころ関西のある町の長屋に住んでいた。白黒ぶちの子猫を飼っていた。生まれたてのホヤホヤをもらってきたのだ。兄弟姉妹五人の内ぼくが猫係になった。学校から帰るなり猫を探すほど可愛がっていたが、一年も経たぬうち引っ越すことになった。泣く泣く他家にもらってもらった。なんで連れて行かないの?といまの人なら言うだろう。でもそのころは貧しい時代でね、犬猫を家族あつかいする生活じゃなかったのだ。移転先ではどういうわけか犬を飼うことになった。犬好き、猫好きってありますね。昨今は犬好きが多いらしく犬族が繁栄してる。ぼくは猫好きである。本屋でたまに猫の写真集を見る。「うたたねこ」というカレンダーが実にかわいい。猫はマイペースで、気まぐれで、ベタベタしない。縁側の日だまりに昼寝する姿は見るひとを幸せにする。ふと思った。猫と相性がいいのはひょっとして自分も猫性格だからではないか。心ならずも一人暮らしだけど、猫族だからやっていけるような気がする。もし犬性格だったら寂しくてしょうがないのではあるまいか?



12月4日(火)
 河原町三条の丸亀製麺に行ったら待望の「じゃこ天」があった。以前に食べてやみつきになったのだ。讃岐うどんの付録でこれが食えるのはうれしい。じゃこ天は宇和島名物の魚の練り物である。小魚を骨ごとすり潰すのでじゃりっとした食感がいい。鰺などの青魚も混じってるらしく、白身のように上品でないとこがいい。色黒のはんぺんみたいなぶさいくな風貌もいい。表面は茶色で中身は灰色っぽい。ちょいとくせのある俗な風味がたまらん。酒のアテにぴったり。地場でないと味わえぬ珍味は日本中に数多い。
 わがふるさと広島名物の小鰯の刺身もひとつだ。カタクチイワシは瀬戸内の暮らしに欠かせぬ魚だ。むかしは漁師のおばちゃんが 「なんまんえ—」と言って荷車で売りに来たものだ。 「なんまんえ—」は「なまもの」がなまった売り声らしい。おばちゃんは器用に手開きで刺身小片にしてくれた。竹ヘラで削ぐひともある。「小いわしは七回洗うと鯛の味やでー」とおばちゃんが言ってた。新鮮な小鰯は生姜醤油で食べるとこたえられない。ツルリと口に入る。いまも秋から冬の旬には広島の料理屋で出すそうだ。



12月3日(月)
 近所の定食屋へ行ったら券売機が劇的に変身していた。大画面のATMみたいな機械が店頭に鎮座してる。以前はメニューのボタンを押す方式だったが、こんどは指タッチのスマホ方式になった。定番、定食1、定食2、季節ものなどの区分をタッチすると、画面が展開して大きく鮮明なメニュー写真が出る。見やすくなった。すきやき定食を選んだ。席に座って考えた。ちかごろはこういう店もお年寄りが多い。大丈夫かなあと案じていたら、ニット帽にマスクという一見不審者風のばあちゃんが入ってきた。案のじょう券売機でうろうろしてる。「ここを押したら・・・」とか「ここへ入れると・・・」とかブツブツ言ってる。ついに店の兄ちゃんに助けを求めた。ばあちゃんは「こうしたらこうなる」の単回路なので、「ああしてそうしてこうする」は弱いのだ。つぎに白髪ボサボサばあちゃんが来た。やけにばあちゃんの来る日だ。初手から匙を投げたのか、卓上に小銭をばらまいて店員を呼んだ。「さば塩焼き!」と堂々宣言して兄ちゃんをアゴで使ってる。省力化なんぞ蹴飛ばして敢然と我が道をゆくばあちゃんであった。



12月2日(日)
 昼めし大当たりー! ひいきの割烹で「鯛のあら焚き」が出た。直径二十センチを超える巨大な頭がドーンと皿にのってる。大きな眼玉がこっちを見てる。飴色につやつやと濡れた皮。食べる前からワクワクそわそわしてしまう。このときこそ自慢の箸さばきの見せどころ。頬の肉から攻めていく。カパッと身がほぐれると嬉しくて頬がゆるんでしまう。噛むとキシキシ音がしそうな歯ごたえがいい。骨の間の薄い肉はトロリと柔らかい。甘辛い味付けも絶妙。いよいよ眼玉いってみよう。眼のまわりのたっぷりコラーゲンをごっそり抜き出す。口中にトロトロ溶けてしまう。それにしても鯛の骨は複雑怪奇だね。ごつい彫刻みたいなの、透明なガラスみたいなの、細長い針みたいなのが入り組んでいる。分解した骨をしゃぶるのも楽しい。たまにこんなご馳走が出るからこの店は小まめにチェックしないとね。ふぐの唐揚げ、ぐじの塩焼き、寄せ鍋なども望外のご馳走だ。なにしろ日替わり950円ですから。



12月1日(土)
 ふるさとへ帰って親の三回忌をしてきた。ローカル電車は単線なので停車しながらゆっくりゆっくり走る。京都から広島まで新幹線であっという間に着いたので、感じる速度の落差が大きい。車内に大声の方言が飛び交っている。「どしたんねー」「ほじゃけんのー」、きわめて抑揚の激しい広島弁である。変らんなあ。いっぽう身内が寄ると子供達の成長にびっくりする。子供から娘になっている。変ったなあ。新しいもの古いもの、変るもの変らぬものがある。若いときは変貌きわまりない都会に憧れる。永遠に若いつもりで新しいものを追いかける。しかし時は容赦なく流れ去る。やがて目まぐるしい変化に疲れてくる。ついてゆけなくなる。忽然と自分の年齢に気づく。すると変らぬもの古いものに魅かれる。下天の内をくらぶれば夢幻の如くなりけり。



11月30日(金)
 去年は紅葉を追って東奔西走したけれど、今年はどこへも行ってない。そうだ、いちょうを見に行こう。いちょうは銀杏と書くと酒のアテかと思うが、公孫樹と書くといかにも大樹を思わせる。公孫樹とは、植えると孫の代に実が食べられるという意味らしい。堀川通のいちょうがまっ黄色に染まって美しい。堀川通は南北に走る幹線道路で道幅が広い。堀川北大路でバスを降りて南へ歩きながら黄金色に輝く公孫樹を鑑賞した。紅い紅葉とは一味ちがう華やかさ。ひさしぶりにデジタル一眼を持ち出して写真を撮りまくった。むかしから黄色が好きだ。黄色いワンピースなどに「萌えー」の少年時代だった。色の好みには深層心理があるそうな。「黄色」が好きな人は明るい面を探す心理、注目を集めたい心理があるという。ちなみに「赤」が好きな人は好奇心旺盛、生命力抜群。「ピンク」が好きな人は美への憧れ、老いへの怖れがあるという。いかが?



11月29日(木)
 農村や漁村の風土記みたいなテレビ番組でこんな光景を見る。大きな居間でにぎやかに食卓をかこむ大家族。わーわーきゃーきゃーと子等の声が絶えない。懐かしいなあと思う。いま二世帯住宅が注目されていると新聞で読んだ。流行りの「きずな」なんてきれいごとではない。世の中は右肩下がり。見通しは暗い。給料が減って共稼ぎ。子育ても大変。親も老いた。そうだ暮らしを見直そう。仕事も家族も住居も見直そう。いっそまた親子一緒に暮らそうか。孫の世話もたのめるし。家計も合わせれば助かるし。そんな切実な事情がある。「助け合って暮らす」家族が見直されてくる。長い目で見れば当たり前かも。人間は数千年も大家族で暮らしてきたのだ。核家族なんて歴史上一瞬の例外かもしれない。高度成長で家族が分裂して五十年、また五十年かけて家族が先祖帰りするのかもしれない。



11月28日(水)
 大丸周辺の食堂にはじめて入った。はやってるようなので「いってみっか?」。中は意外ときれい。町家造りで一階はカウンターのみ。日替わりランチをたのむ。はじめは看板メニューでいく。これがぼくの方針だ。洋食弁当みたいなのが出てきた。ビーフカツ、コロッケ、海老フライ、唐揚げなどの盛り合わせで、ごはん味噌汁はおかわり自由。これがいける。揚げ物も一品一品いい仕事してる。味噌汁をおかわりして満足した。お茶を飲みつつお店のチェック。ぼくなりのお店鑑識眼がある。いくつかの原則がある。
その1 なんでも屋は敬遠する。
その2 「創作」をうたう店は敬遠する。
その3 凝りすぎた店名は敬遠する。
お昼のメニューが多種多彩なのはおどろき。韓国料理が得意わざらしい。石焼きビビンバ関係が充実してる。でも穴子天丼、かき揚げ天丼もある。和洋韓とりまぜた献立。店名はあとで知った。「和韓創作料理 金の翼 エルドール」」だって。なんだなんだ?このごたいそうな屋号は。わけわからん。まてよ、この店は「なんでも」やってるし、「創作」路線だし、おまけに「金の翼 エルドール」ときた。おいおい敬遠原則に全部該当するじゃん。まいったなあ。ま、こいつは例外中の例外としておこう。こんどは石焼きビビンバ、いってみっか?



11月27日(火)
 きょうは10度未満だって。いちばんの冷え込みだ。空は晴れてるのにぽつりと雨粒が落ちたかと思えば、西陣のあたりに虹が出た。烏丸通のすずかけの樹が大きな団扇みたいな葉を落として寒そうだ。三連休にちょっと旅行したが、京都駅や駅前広場は人波で埋まっていた。紅葉の真っ盛りだから無理もない。新幹線も大混雑であった。さて話はかわるが、フジテレビが叩かれたらしい。お手軽に韓国ドラマでお茶を濁すのはフジに限らない。そもそも始まりは公共放送ではなかったか。韓ドラばかりのBS番組表を見て、いったいどこの国じゃと思う。テレビ局にひとはいないの? ともあれ最近のフジの変身は歓迎する。女子サッカー放送へ舵を切った。なでしこサッカーを見られるのはフジしかない。芸能目線が気になるけど、シロウトだから大目に見よう。ワールドカップ優勝の女子サッカーを放映しないのはおかしい。テレビ局は頭が古い。世界のサッカー動向にうとい。



11月26日(月)
 若い人を見て思う。女子はきれいだが男子は元気がない。おじさんの偏見かもしれない。同性には厳しく女性にはひいき目になる。でもそれだけじゃない気がする。むかしは「男の子、女の子」のけじめがあった。男の子は「強く正しく」、女の子は「優しく美しく」と育てられた。父母が教えた。神仏に願った。男の子が転ぶと「自分で立て」「泣くな」と叱られた。差別ではない。区別である。男と女は違うからこそ引かれ合う。そしていまはどうなった?「強く正しく優しく美しく」のうち、生きているのは「美しく」だけではあるまいか?「美しく」とうながす情報は世間に満ちあふれている。人目を意識する。だから女子には緊張感がある。生気がある。いっぽう男子はたよりない。「強く正しく」どころか、「美しく」化粧するコスメンがふえてるという。なにをかいわんや。



11月22日(木)
 パンのつづきです。京都にきて「サンライズ」に驚いた。「えっ、これってメロンパンじゃないの?」 円形のパンの上に甘いカリカリ層が乗ってて格子柄がついてるやつ。西日本ではサンライズと呼ぶ。メロンパンと言う店もあるからややこしい。「いや、メロンパンはラグビーボールみたいな長いやつだよ」という反論もある。メロンパンには「円カリカリ」と「長シットリ」の二系統あるようだ。そして明治時代の最初のメロンパンは「長シットリ」の方らしい。いまも京都や神戸には長くて白餡の入ったメロンパンがある。ぼくの故郷の広島県呉市にはその名も「メロンパン」という店がある。昭和11年創業で海軍さん(むかし軍港だった)に愛されたそうな。長くてずっしり重いカスタードクリーム入りメロンパンが名物だ。なじみの食べ物なのに土地土地で呼名がちがう。「秘密のケンミンSHOW」のネタになる。



11月21日(水)
 京都は人が多すぎないのがいい。人が混み合うほど生存競争が激しくなる。たまに東京へ行くと「人」に疲れてしまう。大混雑、大渋滞、大行列はたいへんなストレスである。何をするにも並ばなくてはいけない。電車にならぶ、エレベータにならぶ、昼飯にならぶ、タクシーにならぶ、買物にならぶ、銀行でならぶ。行楽は大混雑。車は大渋滞。ATMのトロいやつは蹴とばしたくなる。雨のタクシー待ちは泣きたくなる。酒臭い満員の終電車にゆられて「おれの人生これでよかったのか」と思う。電車事故があるとバス・タクシーは大行列。帰宅難民は歩くしかない。でも人はわからん。それが生きがいの「ならび男」が現地リポートによく出てくる。徹夜で一番にならんだと得意満面である。



11月20日(火)
 「・・・チョコレートパンも あんぱんも なんでもあります チンカラリン」という唄知ってる? いつどこで聴いたのかさだかでない。童謡めいた歌詞とメロディがひょっこり出てきた。呼びさましたのはあんぱんの連想である。京都のパン屋は独特だ。菓子パンの様相が東京とちがう。東京では洋風のペストリー系が多い。サクサクしたパイのたぐいだ。京都の菓子パンの王様はあんぱんである。和菓子にうるさい客が育てたのだから半端じゃない。つぶあん、こしあん、白あん、桜あん、抹茶あんなど多彩だ。なかでも小倉あんぱんが好きだ。
 あの唄は「パン売りのロバさん」と判明した。昭和30年代に「ロバのパン屋」という行商が全国を歩いた。これが京都発祥なのだ。京都市に本社のあるビタミンパン本部が全国にチェーン展開した。小型の木曽馬に引かせた馬車でおもに蒸しパンを売った。唄は後から出来たもので、ロバパンがこれを宣伝に流したらしい。砂利道にポッカポッカと馬の足音が響き、「チョコレートパンも あんぱんも・・・」の明るくも愁いをおびたメロディが流れてくる。子供たちが駆けてゆく。そんな牧歌的なニッポンがあったのだ。

ロバのおじさん チンカラリン
チンカラリンロン やってくる
ジャムパン ロールパン
できたて やきたて いかがです
チョコレートパンも アンパンも
なんでもあります チンカラリン

赤いくるまを チンカラリン
チンカラリンロン ひいてくる
ジャムパン ロールパン
あまくて おいしい いかがです
チョコレートパンに アンパンに
どちらにしましょう チンカラリン

いつもにこにこ チンカラリン
チンカラリンロン こんにちは
ジャムパン ロールパン
さあさあ みなさん いかがです
チョコレートパンと アンパンと
ハイハイありがと チンカラリン

晴れたお空に チンカラリン
チンカラリンロン 鈴がなる
ジャムパン ロールパン
よい子のおやつは いかがです
チョコレートパンも アンパンも
なんでもあります チンカラリン




11月19日(月)
 東京で紅葉が話題にならない、と書いたので念のため調べてみた。紅葉の名所がなくはない。でも行ったことない公園ばかり。ここならいいな、と思ったのが高尾山(たかおさん)である。標高600米。案外知られてないが東京都の西端は山また山である。檜原村(ひのはらむら)というムラまである。新緑のころよく山間ドライブに行ったものだ。都心から一時間ほど電車に乗ると高尾山口駅に着く。そこから足弱はケーブルカー、達者は歩いて登る。紅葉の季節は知らぬが、夏の盛りに大勢でビアガーデンへ行った。はるかに遠く東京の夜景が見えた。京都ならさしずめ比叡山ビアガーデン。こんな僻地で商売になる。さすが東京だ。なにせ人口が多いから、こんなとこまで来る物好きもいるわけだ。



11月17日(土)
 「秘密のケンミンSHOW」という番組が好きでよく見る。何にでも砂糖をかける秋田県民、山形県民の冷しシャンプーなど、仰天珍習慣が紹介されて面白い。大都市でしばしば出てくる常連はほかならぬ大阪人、名古屋人である。大阪のおばちゃんは花形だ。異色でクセがありアクが強いからネタになる。大阪人が東京人に文句をつけると、逆に大阪人のヘンなとこがあらわになる。東京人はネタにならぬ。おもろい生態がないからだろう。ヘンな言動をしないのが東京人。盆暮れには秋田・山形に帰る東京人。江戸っ子さんを除けば、日本中の地方人のいわば化身(けしん)が東京人なのだ。流行りにとびつく。有名人が好き。おとなしく並ぶ。巨人・慎太郎・マグロ寿司。こんなんが東京人かな。



11月16日(金)
 森光子さんが92歳で亡くなった。京都新聞に「京女の誇り、時代疾走」と大きく出ている。京女とは知らなかった。木屋町二条にあった料理旅館の長女に生まれ、鴨川の河川敷を遊び場にして育ったという。戦前は太秦(うずまさ)の京都撮影所で娘役をやっていた。戦後東京へ出て大女優になった。はじめて「放浪記」に出たときすでに41歳だった。遅咲きの女優さんだった。そのころ木屋町二条におそめ会館というビルがあった。銀座の高級バー「おそめ」の支店だった。おそめさんは京都から銀座へ出て成功した京女である。昭和三十年代、バー「おそめ」には文壇の大御所が夜ごと集まったそうな。おそめさんは先日京都で亡くなった。89歳だった。



11月15日(木)
 ゆうべの天気予報できょうは雨だという。雨雲がいつもの西からでなく、めずらしく北から来るそうな。日本列島に北から流れ込む雲の天気図が出た。けさは青空だったがやがて雲が襲ってきた。わが家から北山方面を眺めると、北西からみるみる雲の大群が流れ込んでくる。速い速い。ゆうべの天気図そのままを空に見ておどろいた。こんなのはめずらしい。このところ雨だけでなく突風、落雷、竜巻などただならぬ空模様である。きのうの総理発言で政界もただならぬ景色になってきた。永田町の先生たちは解散騒動で右往左往してることだろう。どうなることか。ともあれ、ゆうべサッカー日本代表がオマーンに勝ったのできょうは機嫌よくすごせる。



11月14日(水)
 大戸屋で食事してると隣席におばさん三人組がきた。真剣にメニューと首っ引きしてる。美味しそうな写真満載だから三人は迷いに迷う。「わー、これ美味しそう。わっ、こっちもいい」「これなんかどう?」「そうね、それも美味しそう」メニューを指差してお互いに見せ合う。見せられてまた迷う。「こんなの家じゃできない」と話は調理法にまで及ぶ。「わー、どうしよう」容易に決まらない。店員があきらめて去る。おばさんは一時休戦して卓上のチラシなどで店を調査してる。「お弁当も買えるのね」「デザートもたくさんあるわ」三人は有閑マダムには見えない。手堅く家計をやりくりしてる主婦だろう。仲好しとたまの外食でテンションが上がってるみたい。おしゃべり再開。こっちもめしを食う。10分経過。やっとこさ注文を聞いて店員が去った。とたんに一人が叫んだ。「わあ、こっちのほうがカロリー少なかったんだ」



11月13日(火)
 天気予報のおねえさんに教えられた。いまどきの気候は「秋雨、木枯らし、小春日和」を順々に繰り返しつつ冬へ向かっていくのだという。秋雨はいやだね。急激に気温が下がる。傘をもつ手が冷えて背中を丸め急ぎ足になってしまう。じじむさくていかん。この夏の猛暑続きにはたまの雨降りを喜んだのに。雨に罪はないけれど人の気分しだいで恵みの雨が氷雨にかわる。京都では木枯らしをさほど感じない。かかあ天下と空っ風はやはり関東のものであろう。小春日和は大好きだ。小春日和だけでいい、ほかはいらない。と言ってもだめなんだよね。紅葉と南座の「まねきあげ」がおわるといやでも冬がくる。京都の底冷えがじんわりとしのび込んでくる。



11月12日(月)
 師走になると登場するのが「忠臣蔵」だ。元禄15年 (1703年) 12月14日の赤穂浪士47人の仇討ち事件である。浄瑠璃、歌舞伎、講談、小説、映画、テレビなど、物語は三百年も脈々と受け継がれてきた。日本人は忠臣蔵が好きだ。何が人々の心をつかむのだろう? 仇討ちは日本にかぎらない。西部劇やマフィア劇にもある。しかし四十七人の命を捨てるのは尋常ではない。現代人に仇討ちの心情はわかっても、四十七人切腹は理解できない。なぜなら武士道がわからないから。古今東西、人類は何かのために殉じてきた。キリストのため、アッラーのため、武士道のため、愛国心のため。なくなった何かもあり、のこっている何かもある。歴史がちがう。風土がちがう。民族がちがう。おなじ人間といってもわかるようでわからない。



11月11日(日)
 御幸町通(ごこまち)に目をひく店がある。店頭に床几を出してさまざまの野菜を並べている。かぼちゃ、茄子、かぶら、人参、大根、じゃがいも、トマトなど、色とりどりに美しい。黒板に大きく日替わりメニューが書いてある。「おうちごはん・ここら屋」という食堂である。近くに二軒あって繁盛している。いずれも町家の座敷に上がって食べる趣向である。女性ばかりで経営してるみたい。厨房も配膳も働きざかりの女子がいきいきと動いている。料理好き女子が野菜中心にいろいろ工夫しました、という献立が出る。お向かいの「おばんざい・菜の花」も長くやってる店だ。座敷の中にかうんたーがある。おばんざいは旬の京野菜が主役で肉魚は脇役である。京野菜イタリアンも人気である。この町では野菜たちが堂々と顔見世興行の大看板を張っている。



11月10日(土)
 ぬけるような青空、色づいた街路樹がはらはらと葉を落とす。思わず「枯葉よー枯葉よー」なんて口ずさんでしまう。パリならぬ京都のシャンゼリゼをあるく。けやき並木である。緑や黄色のなかに見事に赤く色づいた樹もある。例年より紅葉がはやいような気がする。この調子だと今月中に見頃を迎えるかもしれない。春の桜より秋の紅葉のほうが観光客も多い。そういえば東京では春の花見は盛んだが、秋の紅葉は人の口にのぼらなかった。江戸は染井吉野の本場で桜はふんだんにある。一本桜でもけっこう華やかだが、紅葉は一本じゃ観賞にたえない。一千万都民をまかなうだけの紅葉はない。そうだ京都、行こう。おかげで京都がもうかるわけだ。



11月9日(金)
 スカイツリーが流行ってるようだ。高上がりしてはしゃぐのは女子供で、おとうさんたちはそう無邪気に喜べまい。東京名物ならこっちがおもろい。巣鴨地蔵通りの「バアチャンの原宿」である。むかし現場を見て驚嘆した。そりゃーすごいもんだ。バアチャンというのは一人でも持て余すのに、なんと東京ドーム一杯分のバアチャンだよ。てんやわんや、すったもんだは想像にあまる。原宿ギャルはルンルン、こっちはヨタヨタ。とげぬき地蔵に参り、お札を買い、大福をつまみ、モンペを買い、八つ目鰻(定番)を立食いして、バアチャンたちは原宿するのだ。原宿対巣鴨、ギャル対バアチャン、使用前使用後。少女・老女の大集団が街を占拠する。これに対抗しうるのは「メッカ巡礼」くらいであろう。



11月8日(木)
 コンビニの店頭に「ボジョレ・ヌーヴォー予約受付中」というのぼりが立っている。ついにここまできたか。あのヌーヴォー騒ぎは何だったの? クリスマスやバレンタインのように根付くことはなかった。名称にパンチがない。ぬーぼーとしてよろしくない。酒だけというのも弱かったね。焼酎に焼鳥、日本酒におでん、生ビールに唐揚、みたいな相棒がほしかった。ハム・チーズ組合と提携すべきだった。西洋の旨いものはワイン・ハム・チーズがあればよい。ほかはいらない。「ボジョレと素敵な私」みたいなシーンも足りなかった。ウィスキーだってトリスバーという場所がなければだめだった。「何か」が好きで買うんじゃない。何かが似合う「わたし」が好きで買うんだそうな。ややこしい。一筋縄ではいかない。



11月7日(水)
 朝の散歩の帰り。五メートル先を少女がひとり歩いてゆく。高校一年くらい。顔は見えない。短髪の頭が左右に揺れている。紺色のカーディガンにスカート、黒の膝下ソックスに黒靴。大きくて重そうな白いスポーツバッグを右腰にぶらさげ、左へ傾きつつ歩いてゆく。左腕をしっかり振って丈夫そうな脚を一歩一歩踏みしめてゆく。サッカーやってるのかな。ふとそう思った。そこらのチャラ娘とちがうな。足が地についている。この子はきっと人生をしっかり歩いてゆくだろう。なーんて孫娘の行く末を案じるおじいちゃんやっていました。ところでオバマ大統領が再選されたそうな。わが総理はどうなのよ。



11月6日(火)
 来年のカレンダーを買った。毎年おなじものを四条通のジュンク堂で買う。つねに二か月の予定が書ける仕掛けが便利。手帳は買わない。仕事のアポはないから(笑)。話は変わるが、眼鏡ってうっとうしいね。若いころ人一倍よく見えたので眼鏡の自分なぞ想像もしなかった。よく見えたのは遠視だからで四十過ぎには眼鏡族になった。意気消沈した。あーなさけない。はじめは奮発して高いのを買ったがすぐに度が進んでだめになる。いくつ買い替えたことか。いまは100円メガネも愛用している。喫茶店であっちに美人がきた。たぶん美人だと思う。でもはっきり見えない。読書眼鏡では近すぎる。遠近両用を持ってくればよかった。食事にも眼鏡は要る。よく見えないと味が落ちる。日本料理は「目で食べる」というくらいだ。うっとうしいけどなくてはならない。それが眼鏡である。



11月5日(月)
 近くに定食屋がある。地場のチェーン店である。以前はちょくちょく利用したが、大戸屋ができてからごぶさたになった。たまーに朝の納豆定食を食うていどかな。ハンバーグ・フライ系のがっつりメニューがおじさんにはちょっとね。ただし冬場はちがう。待望の「鍋物はじめました」のポスターが店頭に出た。さあ、これから行くぞー。冬期限定のひいき店なのである。とりあえず「すき焼き」と「チゲ鍋」がはじまった。追って「カレー鍋」と「水炊き鍋」が登場する。おまけに五鍋たべると一鍋がタダになる。熱々土鍋のグツグツがうれしい。底冷えの日にチゲ鍋、カレー鍋はたまらん。身も心もあったまる。これまたささやかな冬の風物詩である。



11月4日(日)
 マクドナルド笑話の後日談。悪名高きマニュアル対応にとうとうさじを投げた。刀折れ矢尽きた。マックねえちゃんに礼儀や日本語を説いてもはじまらんわい。マニュアル尋問にいちいち答えてると、刑事のまえの犯人みたいな心境。「はい、よろしかったです」と皮肉を一発かましてみたが、蛙のツラにション@@。かくてわが家にシュガーとフレッシュがたまるばかり。「ブラック!」と言っても敵は出してくるのだ。「これいらん!」と突き返さないかぎり駄目なのだ。捨てるのも可哀想だから持ち帰る。おばちゃんなら「三つずつちょうだい!」なんて逆襲するかもね。ちなみに「フレッシュ」と呼ぶのは関西だけで、ほかではクリームとかミルクと言う。「レイコー」とおなじだ。(秘密のケンミンショー)



11月3日(土)
 サッカーをよく見る。雑誌も読む。知れば知るほどサッカー選手もたいへんだ。ピンからキリまであるが、どっちも楽じゃない。ピン族は香川、本田、長友など外国で活躍してるプロ選手。十億単位の高額移籍金でやりとりされ、激烈な競争を生き抜かねばならない。外国語をおぼえ、チームに溶け込み、実力を発揮し、ライバルに勝たなければならない。ドイツ語を覚えたら英国移籍。外国のファン・マスコミは厳しい。すぐに叩かれる。いっぽう女子選手の多くはキリ族だ。INAC神戸やベレーザは恵まれてるが、他はほとんどプロ契約もない。昼間は事務員やバイトで稼ぎ、夜間練習で試合にそなえる。女子のほうが世界に出て強いのは、ハングリーだからかもしれない。プレミアリーグ、ブンデスリーガ、リーガエスパニョーラなどで成功した選手は単なるアスリートではない。著名な国際人である。だから引退後がむずかしい。何をすべきか。せまい日本にゃ住みにくい。最初の成功者・中田英寿君はいまも世界中を放浪(リッチな放浪だけどね)している。



11月2日(金)
 烏丸錦小路に新しいパン屋ができた。売場は小さいが製造工房は広い。高級路線なのかその高いのにびっくり。小さなパン一個200円から300円もする。そのかわり他所にはないキッシュなどもある。京都にパン屋が多いことは驚くばかりだ。新しいもの好きの京都人は明治期にいちはやくパンを導入したという。ひところ今出川通にパン屋の出店が相次いで「今出川パン戦争」と話題になった。京都人はほんとパン好きだ。古い町家住まいの一家も朝食はパンと聞く。多店舗展開は進々堂と志津屋くらいで、ほかは小規模な手づくりパンである。広島から東京青山に出て大成功したアンデルセンなどの全国チェーンがここにはない。進々堂・志津屋の地元連合が強いのかな。それに京都パンは独特な品ぞろえでよそとちょいとちがう。



11月1日(木)
 もはや霜月か。半ばに七五三があり、末には紅葉狩りと南座の「まねきあげ」がある。たちまち師走になる。さて、ひさしぶりに鴨川二条あたりへ足を伸ばしたら、ホテルフジタ京都がすでに影も形もなくなっていた。往年の映画スターが京都撮影所にくると好んで利用したホテルで、大きな滝をとりいれた地下庭園が見ものだった。取り壊すことは聞いていたけれどね。クレーンが林立して「リッツ・カールトン京都」の建築工事中である。鴨川べりにふさわしく和風の屋根をもつ低層ホテルになるという。
 旧ホテルフジタには思い出がある。若いころ東京から京都へ妻と旅行したとき宿泊した。たしか年末年始だった。大晦日に八坂神社の「おけら火」を縄に移してくるくる回しながらホテルに帰ったのを憶えている。あのころは旅行でふらっと来ても「おけら参り」ができたのだ。いまは京都に居てさえむずかしい。祇園の大混雑のため八坂神社までたどりつけないのだ。それだけ観光客がふえたのか、それとも人が物見高くなったのか。



10月31日(水)
 炭火焼き鶏の親子重を食った。これも大戸屋のヒット商品である。焦げ目こんがり焼き上げた鶏肉がうまい。燻製肉のようなホクホク感と香ばしさがたまらない。とかく親子丼の鶏肉は皮の辺がずるずるしてるが、これはまるでちがう。そのうえ山椒の小壜がついてくるのがうれしい。好きなだけ振りかけていい。旨さが五割方アップする。鰻重に格上げした気分だ。香辛料とか薬味がなぜか好きである。なかでも山椒はいちばん好き。「木の芽」といえば山椒の若葉を指すほど古くからなじみ深い。「筍の木の芽和え」は京都の春に欠かせない。花山椒、実山椒もある。錦市場で「実山椒の佃煮」をちょいと試食するのも楽しい。麻婆豆腐も唐辛子に加えて山椒をきかせると一段と深い味になる。花椒(ホワジャン)という四川山椒をつかうと聞いた。



10月30日(火)
 きのう「木枯らし1号」が吹いたそうな。ついこのあいだ猛暑と言ってたのに。月日は飛ぶように過ぎる。さてポイント・カードというものがある。自然にふえて始末にこまる。ときどき財布を整理する。普通おかあさんの仕事だが、うちではおとうさんの担当なのである。磁気カードは、大丸、ローソン、ファミマ、大垣書店。ファミマのTカードはドトールでも使えるので、ポイントでコーヒーが飲める。ほかはためてるだけ。スタンプ・カードは定食の大戸屋とパンの進々堂が使いでがある。大戸屋はスタンプ15個で一食がタダになる。得した感がある。進々堂はスタンプ60個で600円の価値。120個だと1800円で得なんだがそれまで待てない。先のことはわからん。カードって店のためになるの? カードがあるから行くということはない。よく行く店だからカードを使うのが実態では? それともおかあさんの考えはちがうのかな。



10月29日(月)
マクドナルドへ行った。
新規の大きな店で新入りの女店員ばかりだ。
例のマニュアル言葉に巻き込まれたくないので、
はじめに強くはっきり、女店員に宣告した。
ぼく「店内で! ソーセージマフィンと! ホットコーヒー・ブラック!」(どーだ!もんくあっか)
店員「コーヒーはSでよろしかったでしょうか?」
ぼく「うん」(おっ?そこをついてきたか)
店員「シュガーとフレッシュは一つずつでよろしかったでしょうか?」
ぼく「ブラック!」(おいおい、なに聞いてんだよ)
店員「ハー?」(と、出したものを引っ込める)
店員「店内でお召し上がりでしょうか?」
ぼく「うん」(やれやれ、あかんわ)
言葉がむなしい。サルと話してるみたい。
あーた、ひとの言うことなーんも聞いてないのね。




10月28日(日)
 そろそろクリスマス商戦がはじまるね。クリスチャンでもないのになんでクリスマスではしゃぐのか。日本七不思議のひとつである。しかし、まあ、わからんでもない。八百万(やおよろず)の神というくらい、日本人の信心はもともと「なんでもあり」なのだ。お釈迦さん、天神さん、観音さん、お地蔵さん、お稲荷さん、イワシの頭。イエスさんを混ぜてやってもどうっちゅうことはない。景気が盛り上がればそれでいいじゃん、みたいな感じである。しかしどうにもわからない日本七不思議がある。「師走の第九」というやつ。あれなんなの? わけわからん。ベートーベン、交響曲、厳粛荘重。浮かれるネタはなーんもない。あわただしい師走になんで第九? 不可思議だ。ほんま日本人はわからん。



10月27日(土)
 プロ野球のドラフトで騒いでいる。興味がないので誰が何処へ行こうと知ったことではない。はっきり言って日本野球は高校野球でもっている。その財産をプロ野球が喰いつぶしている。プロ野球はじり貧である。映画と野球だけが娯楽だった長島時代じゃないんだよ。たった六球団のリーグ戦でセコセコやってなにが面白いの? 日本を見限っていきなりアメリカへ行きたい球児が出てくるのは当然である。「いきなりアメリカへ」の流れはますます加速するだろう。大物はどんどんアメリカへ行ってしまい、小物ばかりが残るかもしれない。どんぐりの背くらべ野球になる。プロ球界はちっとも進歩しないチョー保守世界である。へんなボスがしゃしゃり出てきてまるで裏社会みたい。相撲は乗っ取られた。野球は逃げてゆく。



10月26日(金)
 せんだって街で会ったフランス人旅行者を寿司屋まで案内したことがあった。外国人は本場の寿司を期待して来るんだな。SUSHIはいまや世界の御馳走になった。江戸時代に屋台の下賤な食として生まれた寿司が、いかにして全国区となり、世界区となったのか。ある本を読んで目からウロコが落ちた。終戦直後のどさくさにその秘密があったという。まだ米の配給や外食券があった昭和二十二年、「すしの委託加工制度」がはじまった。
 米一合を寿司屋へ持っていくと一人前(十個)のすしをくれる。むろん魚ネタの代金は払う。ただしその場で食べてはいけない。最初は東京だけだったが、「わしらにも」「おらほうにも」という要望が相次いで全国に及んだという。かくして東京出身の江戸前ずしが、押しずし、なれずしなどを圧倒してあっという間に全国制覇したらしい。東京寿司屋組合が警視庁やGHQ(連合軍総司令部)にうまく根回ししたのが勝因のようである。そんな戦後秘史があったのか、知らなかった。



10月25日(木)
 昼食後ひさしぶりに南禅寺まで出かけた。秋の観光シーズンになり、修学旅行も出てきた、外国人旅行者も出てきた。観光ルートのバスは坊ちゃん嬢ちゃんで満員である。南禅寺の庭園にはもみじの木が多い。あと一月たてば真っ赤に色づくだろうが、いまは鮮やかな緑一色である。もみじの木漏れ日を浴びた地面の苔の光と影が美しい。石川五右衛門で知られた巨大な三門や、テレビドラマでおなじみの赤煉瓦の水路閣では、記念写真をとるカメラの砲列である。絵に描いたような秋晴れ。日向はけっこう暑い。動くと汗ばんでくる。薄着で来ればよかった。急に思い立ったので身なりまで考えてなかった。この季節はお日様しだいで着るものがむつかしい。



10月24日(水)
 だんだんと肉より魚が好きになってきた。いつもの大戸屋で「焼きさば定食」。どーんと大きな切身でさば独特の風味と脂が美味しい。ここのマイベスト5に入る献立。しかも一番安いクラスなのがうれしい。まわりを見ても人気があるようだ。「トロあじ開き」もなかなかいけるが、これは骨抜きがちょいめんどうだ。きょうメニューをつくづく眺めて知った。さばもあじもノルウェー産なのである。遠路はるばるやってくるんだね。そうか、北欧ノルウェーの漁師さんの世話になっていたのか。たぶん金髪巨漢のバイキングの末裔でもあろうか。さて、この店は7対3くらいで女性客が多い。そしてごはんが選べる。白米か五穀米、大中小も自由に選べて値段は変らない。観察すると面白い。男はほとんど白米だが、女は五穀米のほうが多い。お?これはなにかある、と思った。そうでなくちゃこんなに選ぶわけがない。案の定ありました。雑穀ダイエットというのがあるんだね。せつない女ごころ。なっとく。



10月23日(火)
 「むかしはよかった」と言い「おれはえらかった」と自慢するのはオトコの悪い癖である。息子や孫に吹聴するなら罪もないが、おおやけにこれをやるとみっともない。政治家は論外だから無視。テレビや新聞での発言を聞いて、「よせばいいのに」と思うのが元プロ野球選手と元サッカー選手(プロはなかった)。プロ野球選手はかつて花形だった。映画とプロ野球くらいしか娯楽がなかったのだから。いまそんな時代じゃない。「えらそうに」「だれ、このひと?」なんて感じ。むかしのサッカー選手がいまだに「おれが一番だ」とえばってる。こりないね。昔と今じゃレベルがちがうよ。お山の大将はみっともない。



10月21日(日)
 市バスに乗ったら女性の運転手であった。外国ではめずらしくないが日本ではまだ数少ない。運転がおとなしく慎重でよろしい。客への当たりもやわらかいしね。荒い男だとトラックに乗せられたようだが、女性だと観光バスみたいだ。男みたいに気まぐれじゃないから路線バスは女性にむいてるかもしれない。タクシーにもちらほら女性の運転手が出てきた。バスとちがって個室だから夜間はやはり怖いだろうね。なんとなく失業した夫と子供をかかえて決死の覚悟で、みたいな想像をしてしまう。古いかな。



10月20日(土)
 街中を歩くのが趣味だから道路が気になる。京都の歩道も以前よりはだいぶ整備されてきた。それだけにちょっと首を傾げる点が目につく。年度末の春先になるとあちこちの道路をほじくりかえす。これは東京、大阪、京都はじめ日本中の都市で見られる光景だ。予算を使いきらないと翌年の予算を減らされるからだという。じつに馬鹿げた悪習である。そのせいかどうか知らないが、京都の歩道は小間切れで一貫性がないのだ。鋪装の色も意匠もバラバラ。歩いてるうちにころころ変る。民間に対して厳しい景観規制を課しながら、この歩道はなにごとであるか。役人の気まぐれにまかせてはならない。



10月19日(金)
 朝の烏丸通で登校する子供たちに会った。小学二三年くらいか。みんなカラフルでお洒落な格好してる。そばを通る子に「学校何時から?」と訊いたら、恥ずかしそうに身を引いて小さく「8時半」と答える。まわりの子たちも反応なし。ひとづきあいに慣れてないんだな。むかしのガキなら「8時半だよッ、おじさんどこいくのッ」なんて元気な声を出したものだ。かつては老幼が仲好しだった。ひまな同士だからね。やんちゃだった「ぼうず」がいまではおとなしい「ぼうや」になってしまった。



10月18日(木)
 ひさしぶりの雨である。日本語には雨にまつわる言葉が無数にある。雨をいとうのみならず、雨をいとおしむ心がことばに表れている。自然は敵である、という西洋の感性からは生まれない言葉たちであろう。「雨あがり」には明るさと心のはずみがある。「雨宿り」には困惑よりも雨の情緒を楽しむ心意気がある。艶めいた出逢いなども連想させる。通り雨、時雨(しぐれ)、小糠雨(こぬかあめ)、涙雨、氷雨(ひさめ) は雨そのものよりそれをながめる心模様である。だからことごとく歌謡曲になっている。春雨じゃ濡れていこう、遣らずの雨、はまさしく色模様。こうして見るとやさしい雨が多いね。ところが昨今は集中豪雨というやさしくない雨が相次いで来る。風情もなにもあったもんじゃない。地球はどうなってしまったのだろうか。



10月17日(水)
 旬であり好きでもあるから秋刀魚をよく食べる。腕のいい料理人が焼いた秋刀魚を食べた。やはり定食屋の焼き魚とは一味ちがう。火加減と時間だろうな。よく火が通って身がほっくりしている。とくに皮と脂の香ばしさがたまらない。そして塩加減のほどよさ。なにごとも加減か。加減は案配ともいい、塩梅とも書くそうな。むかし自炊していたが、焼き魚ではよく失敗したものだ。強火で威勢よく焼いて外は真っ黒中は生焼け。なかでもサバは分厚いから火加減が難しい。いまも旬の魚を見たときは買って家で焼こうか、なんてふと思うけど前後の手間を考えてやめてしまう。横着になった。



10月16日(火)
 大戸屋で食事していると中国人旅行者が入ってきた。10人ほどの団体である。目の前の一角に陣取った。集団のわりにはお行儀がよくてあまり大騒ぎはしない。盛り上がったのは注文の品が運ばれたときである。順々にお膳がくるたびに嘆声を上げる。立上がってひとのお膳を見に行ったり、デジカメで写したりしてる。なにごとかと思ったがやがて了解した。彼等は盛付けの美しさに驚いたのである。この店は食器の意匠や色も吟味している。茶碗、汁碗、大皿、小皿、小鉢などが案配よく盆に乗っている。日本人が懐石の膳に感嘆するごとく、彼等は定食屋の盛付けに驚嘆したのだ。見計らって熱々の番茶を出すおもてなしにも目をみはっていた。これが文化なんですよ。おわかりかな。



10月15日(月)
 心地よい秋風にさそわれて再び歩きはじめたら胃腸が快調になった。猛暑のあいだは家でなまけていた。食欲が衰えて冷たいものばかり摂るから胃腸もぐったりしていた。考えると胃腸はすごい。食べたものを胃でワッセワッセと消化して腸でシュクシュクと吸収して排泄する。これが全自動装置なのだ。なんぼ iPS細胞でもこれは容易に作れないだろう。これあるから生きていける。さて人間も動物だ。「動く物」が動かないと全自動もなまけてしまう。胃腸が回復してよかった。ということで大丸そばの「井川丸」で海鮮丼を食った。海鮮が売りの大衆酒場。入るのははじめてだ。昼めしも充実してる。「昼間のちょい飲みセット」はちょいそそられた。



10月14日(日)
 けさ定食屋で朝めしを食べていたら、かたわらにやたら咳をするおじさんがいた。咳も二三度なら気にならぬが、のべつ幕なしにやられると不快である。そこらじゅうに米粒を散らしていそうだ。飯がまずくなる。喫茶店で息が止まりそうにくしゃみを連発するおやじもいた。人間の体内から発する異音、異声は他人には不快なものである。上からでも下からでもね。こういう人はほとんどおじさん、おじいさんである。女性はいない。でかい声や音をだすのを豪快と勘違いしてる男がいる。男はとかく年をとると朝起きて異音を発しがちだ。おたがいに自戒したい。いっぽう「鈴を鳴らすような声」というのもあるから世の中すくわれる。



10月13日(土)
 やったー、サッカー日本代表が強豪フランスに1ー0で勝ったぜー。午前3時に起きて見たんだ。前半は押されっぱなしで危なかったがよく守った。ゴールキーパー川島がヒーローだ。後半になって盛り返し、終了直前にカウンター一発で仕留めた。今野が自陣からドリブルで60メートル独走して長友へパス。その折り返しを香川が身体を投げ出して押し込んだ。ナイスゴール!ばんざーい。こんな勝ち方はいままで日本がされてきた形。それを強豪相手にやっちゃったんだから気分がいい。やっぱり欧州で活躍してる選手はちがうな。負けてない。これで16日のブラジル戦がまた楽しみになった。女子のなでしこやユース世代はとっくに世界のトップに並ぶ。成人男子もやっと世界のトップ10に近づいたかな。



10月12日(金)
 そろそろシクラメンの季節ですね。11月頃に一鉢買うのがならわしになった。水さえ気をつければ4月末まで途切れなく美しい花を咲かせる。赤とピンクのはざまが好きだ。シクラメンを窓辺に置くとパッと部屋がはなやぐ。冬に備える気分になる。手をかけて夏越しさせれば再び咲かせることができるが、しろうとには容易でない。シクラメン歴10年になるが再び咲いたのはただ一度、それもわずか五六輪でおわった。じつは去年からの鉢がまだ生きている。休眠させないで葉をつけたまま夏越しさせた。秋になり水やりを再開した。でっかい葉や茎がやたら伸びてぶざまになったが、それを取ってやると小さな葉が育ってきた。花をつけてくれるかなあ。不安と期待で見まもっている。



10月11日(木)
 マクドナルドの片隅で朝から熱心に仕事する女性を見かけた。本やパソコンをのぞきながら夢中でなにか書いている。年の頃なら三十くらいか。いまこんな女性はめずらしくない。仕事を得るのが困難な時代だから昔とは根性がちがうみたい。黒のスーツ・タイトスカートもよく見かける。あの格好は好きなんだけど、就活で苦労してるのかな。一般に女子は真面目で辛抱強い。この点は男よりまさる。デスクワークなら女のほうが男より向いてるかもしれない。最近は好奇心や度胸も男より上かもね。むかし女子の憧れだった丸の内OL(当時はBGと言った)は「職場の花」と言われたが、いまそんなのは少ない。そのうち女子が働いて男子はイクメンが当たり前になるかもしれない。そういえば雌が生んで雄が育てるおさかなクンがいましたね。



10月10日(水)
 一日一度は本屋をのぞく。日々店頭にならぶ新刊や雑誌は膨大な数である。いまでは本も缶ビールとおなじ「商品」なのだ。大宣伝を打ち、ベストセラーとはやし立て、店頭に商品の山をならべる。うっかりすると乗せられる。「うん、ベストセラーね」と不見転(みずてん)で買うおとうさんもあるだろう。かくいう私もつまらん本を買ってしまった失敗は数かぎりない。これは悔しい。映画なら「つまらん、損した」でチョンだが、本は手元に残るからしゃくである。そんな失敗から学びました。本選びのコツは単純なことだった。「文章を見る」こと。いいかげんな文章はわかる。書き流しや口述の文章はザツである。筆者が気合い入れて入念に書いてるかどうか。読者と筆者の相性もある。文章の味や雰囲気がピンとこない場合がある。これは自分に向いてないのだから止める。目次と前書きと冒頭の文章くらいは立読みしてから決めることにしている。



10月9日(火)
 まえは朝寝坊だったのでえらそうに言えないが、早朝の散歩っていいね。家を出たとたんピリッとした空気が鼻の奥をツンと刺激する。これがいい。ほとんど人のいない街がいい。空がぬけるように高い。たまに朝日がキラリとのぞく。京都のひとはきれい好き。箒を手に道を掃いてるおばあちゃん。たまに「おはようございます」の声を聞く。こちらも返す。朝ならではのことだ。人の歩いていない烏丸通が知らない街のようだ。むこうからお洒落な外人夫婦がくる。「おっ、パリかよ」みたいなかーんじ。早朝の京都は非日常の顔を見せる。



10月8日(月)
 大丸地下の寿司屋へいった。魚売場の片隅のささやかなカウンター店である。おそらくそばの魚屋が出してるのだろう。お昼は千円から二千円の間にいろいろのコースがある。並と上のほかに量好み、味好みのつごう四種類そろえてるのは考えてる。しばらく通ってみようかな。すし、うなぎ、てんぷらは、お江戸が発祥のようだ。江戸中期に屋台の商売から始まった。もともと人足や船頭などの肉体労働者が安直に腹を満たす食い物だった。いわば下賤の出である。鰻やトロは「あんなもん食えるか」とそれまで見向きもされなかった食材だった。それがいまやどうだ。寿司も鰻も天麩羅も高級な御馳走になりあがってしまった。とくに知らない寿司屋にはうっかり入れない。三ツ星店はお値段も三ツ星らしい。



10月7日(日)
 アンチ・エイジングなる横文字は美しくない。なにかうさんくさい。「いつまでも若さをたもちましょう」「いつまでも恋をしましょう」なんて扇動がちまたにあふれている。「みっともない」「おとなげない」の声はふしぎと聞かない。高齢化の時代にあえて反論できないのかもしれない。どう思います? 跳んだり、飲んだり、塗ったり。「無理すんなよ」と思ってしまう。自然がいい。無理はよくない。若さも恋も心のもちようではないか。秘すれば花。あからさまは美しくない。ぼくの価値観は、美しいか、美しくないか。それだけである。おじさんも気持は若い。街ゆくおなごはん、CMのひと、浴衣美人などに「あ、いいな」といつも恋している。「あちこちに あってたのしい 片想い」という川柳がある。百までこれでいきたいものだ。



10月6日(土)
 きのう高台寺あたりで珍しい樹木を見つけた。あざやかな紫色の実をびっしりつけた小木である。これなんだろうと言ったら、紫式部だよと友人が教えてくれた。こんな見事な紫色が自然界にあるとは驚きだ。紫はふしぎな色である。古来、西洋でも日本でも高位の色とされて皇族・王族しか使えなかった。高貴なようでもあり、下品なようでもある。紫が似合うひとはそうそういない。女も男もね。紫に白抜きで「バー紫」なんて看板を見るとやや警戒する。紫はちょいとやくざな匂いも秘めている。ぼられるんじゃないかと不安になる。
 京都ではなにかと紫が目につくと思ったら、やはりそうなんだ。京都市のイメージカラーなんだって。市バスの行先表示とか商店街の旗などが紫色である。そういえばサッカーの京都サンガもチームカラーが紫色だね。J1のトップを走るサンフレッチェ広島も紫のユニホームである。サンフレッチェ広島のウェアは淡い紫の上下でわりとすっきりしてるが、京都サンガのユニホームは紫とピンクのごちゃまぜで、センスがいまいちだ。デザインのまち京都としてはどうかと思う。J1に復帰するためにもかっこいいウェアにしてもらいたい。



10月5日(金)
 友人たち数名と京都散歩した。白川をたどる、という唱い文句だったが、終わってみれば食べ歩きに終始した。白川の鴨川合流地点からスタートしてすぐ昼食になる。祇園の「おかる」でうどんを食べた。それから巽橋の「ぎおん小森」でデザート。一階の坪庭をのぞむ座敷で各々好みの甘味を味わう。本わらびもち、白玉ぜんざい、抹茶小豆パフェなど。わらびもちが実に柔らかくて美味しかった。岡崎疏水まで行って白川からはなれ神宮道をもどる。知恩院から円山公園を抜け高台寺あたりへ。ここでまたまた甘味処「洛匠」に入る。ぶっとい鯉がたくさん泳いでる池を見ながら座敷でくつろいだ。抹茶アイス、コーヒーゼリー、チョコレートパフェなどなど。最後は河原町ミュンヘンの生ビール、海老フライ、唐揚げでしめた。まさに食べあるきの一日であった。



10月4日(木)
 京都にきて大丸のステイタスにおどろいた。江戸初期に京都創業と知ってなっとく。「大丸さん」と呼ばれるくらいだ。東京駅の大丸は新幹線に飛び乗る前に弁当を仕入れるところくらいの認識だった。大丸さん、ごめんなさい。さて大丸をしょっちゅう通る。四条通から錦小路への抜け道でもある。一階の通路は化粧品売場のいい匂いときれいなおねえさんが余得である。たまに買物するのは地下だけ。パンか和菓子を買う。四季おりおりに和菓子を見てまわるのが楽しい。きのうも地下を通ったらあちこちに大変な人だかりであった。売場をぐるりと囲むほどの行列なのだ。どうやらシュークリームとか何とかのお菓子らしい。異色の行列は「さわら味噌漬け」であった。京都人は料理屋には並ばないが、デパ地下には並ぶんだなあ。



10月3日(水)
 ゆうべ大阪・神戸の友人たちと四条烏丸あたりでひさしぶりにお酒を飲んだ。親しい仲間なので大いに話が盛り上がった。店を出ると外国人の中年夫婦が話しかけてきた。英語である。この近くに寿司屋がないかという。ちょっと困ったが大丸の傍にやっと一軒思い出した。外国人に英語で道案内というのも心もとないし、案内することにした。友人たちとは四条烏丸の駅で別れた。道々訊いてみるとフランス人のご夫婦だった。来日四日目で、これから十日ほど金沢・富山などを回るそうな。
 フランス人はありきたりでない旅を好むようだ。高野山とかも人気だしね。むかしパリに旅行した話などをした。旅を楽しんでください、と握手して別れた。寿司は外国人にも人気だけど、京都で寿司屋を紹介するのはなかなか難しい。東京ならピンキリでそこらじゅうにあるが、京都はそうでない。いわゆる握り寿司ではない押し寿司や鯖寿司もある。本格江戸前の店はほとんど高いからおすすめできない。リーズナブルな寿司屋は数多くない。せっかく遠くから来てくれた旅人には喜んでもらいたい。



10月2日(火)
 朝の散歩から帰ってきた。秋晴れである。抜けるような青空。空が高くなったなあ。中天に鯛のかたちの鱗雲がたなびいている。刺身にしたらうまそう。これだけ広く空を見渡せるのも京都ならでは。東京の空はビルの鋭角に切り取られてジグザグだった。だいいち空を見上げる気にもならなかった。ことしは東京人もひさかたぶりに空を仰いでいることだろう。スカイツリーのおかげでね。



10月1日(月)
 6時に起きてネットでニュース&メールをチェックしてから散歩に出るのが日課になった。今朝はすこし時間をくったので出遅れた。7時40分ころ四条烏丸のマクドナルドに着いた。景色がいつもとちがう。100人はたっぷり入る広い店内に客がいっぱいだ。カウンター前の一列縦隊はダークスーツで占められている。そうか、みんな衣替えしたんだな。それにしても京都でこれだけのスーツ群はめずらしい。ここだけ丸の内みたい。店側の応対も気合いが入ってる。いつもは一人のおねえさん(おばさん?)が四人ずらり。時間サービスなのかコーヒーが無料だという。ソーセージマフィン100円のみ。もうかった。この時間にご出勤なら7時には家を出てるはずだね。休日に遊び疲れて細君は朝寝坊なんだろうか。



9月29日(土)
 いままでどのくらい引越しをしただろうか。小学生のころは毎年のように転校した。それも栃木県から広島県にいたる未知の遠方ばかりである。行く先々で名古屋弁や大阪弁をからかわれたものだ。東京では下宿からアパート、マンションと成り上がった(?)が、都内だけでも10か所以上は転居したことだろう。父母の家を出て以来一戸建ての家に暮らしたことは一度もない。最初の家を買ったときは「一瞬」わが家という気がしたけれど、実感としてはいまにいたるまで「仮住まい」の意識が抜けない。
 ときどき思う。ふるさとってなんだろうか? ふるさとという唱歌(高野辰之作詞)がある。「兎追いし かの山 小鮒釣りし かの川」と唱う。ぼくは栃木県の田園をかけまわり夏は小川で泳いだ。伊勢湾沿いの漁村で海に親しんだ。ふるさとが自然ならばそれはあちこちに分散している。「いかにいます 父母 つつがなしや 友垣」父母はすでにいない。友達も分散してしまった。「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と詠んで芭蕉は死んだ。人生は長い旅路である。そんな想いは日本人のDNAにしみこんでいるようだ。



9月28日(金)
 目覚まし時計がとつぜんいかれちゃった。うんともすんとも動かない。いつごろ買ったものか、ずいぶんなお年だったのだろう。小型で目覚まし音も気に入ってたんだがご臨終らしい。ピッピッピと可愛く鳴くやつだった。ないと困るが買いに行くのもめんどうだ。ふと思いついて押し入れの隅をさぐったら、出てきました出てきました、なんと三つも。目覚まし時計なんてものは自然に集まっちゃうもの。引っ越しのとき整理したけどまだ残っていたんだな。電池を入れたらちゃんと動くし鳴る。当分しのげるだろ。



9月27日(木)
 またまた秋刀魚ダブル定食をいただいてしまいました。大きな焼き秋刀魚が、一匹じゃないよ、二匹だよ、というのがうれしい。店子から大家になった気分だ。食っても食っても「まだあるよ」とサンマ君が笑ってる。サンマ君は生まれたまんまのお姿で出てくる。頭から尻尾まで全身をさらしている。こんな魚はほかにない。なんか可愛い。そして美しい。鯖、鰯、鰺、秋刀魚などの青魚は美味しい。生でも食えるけどぼくはだんぜん焼き魚が好きだ。焼いたときの匂い、臭み、苦み、脂がこたえられないんだ。
 さて焼き魚には大根おろしですね。ダブル定食にはもちろんダブル分の大根おろしがついてくる。大きな鉢に山盛りの大根おろしがうれしい。たっぷり醤油をかけても中は白いまんまというくらい大量にある。背中の身は醤油だけでも食えるけど、腹身(ワタの部分)には大根おろしが欠かせない。旨さがぜんぜん違う。子供のころお手伝いやらされたなあ。七人家族だから大根おろしが大量に必要だ。兄貴がすり役でぼくはおさえ役だった。金属の丸いボウルを保持する係だ。「しっかりおさえろ」なんてしかられたもんだ。



9月26日(水)
 いまどきの娘たちはきれいになった。お洒落も上手だしお化粧も上手だね。だけどどうも個性が見えないね。なんだかワンパタンの見本を真似てるみたい。その典型が髪型ですね。猫も杓子もまっすぐなロングヘア。長けりゃいいってもんじゃねーだろ。平安時代かよ。くせっ毛やちぢれっ毛の娘はたいへんだ。保守管理にさぞかし苦労してるんだろうな。このロング全盛は不況ファッションなのかな?いまいち元気がない。そっくりさんばかりだから大勢集めるとAKBができる。ちなみにAKBは「あかんべ」と憶えたがうっかり「47」士とまちがえそうだ。さてそんなご時世に、ひさびさの短髪娘が現れた。剛力彩芽クン。いいですね。もし長髪だったらあの個性は生きなかっただろう。ショート万歳。はつらつ元気で不況を吹きとばせ。



9月25日(火)
 秋風、春風はおなじみである。「春風にさそわれた二人に、やがて秋風が立ち・・・」なーんて情景も鴨川あたりにちらほら見られるかもしれない。しかし夏風ってあるの?聞いたことがないね。どうなのよ? というわけで引いてみました辞書を。あるんですねえ、夏風も、いちおうは。でも用例はほとんどない。「夏風に稲穂の垂れる」をなるほどと思ったのみ。おかしかったのは「夏風」の使用例を検索すると、出てきたのはほとんど「夏風邪」だったこと(笑)。風邪引かなくてよかった。いや夏にかぎらずこの数年風邪引いてないなあ。とくに馬鹿でも丈夫でもない。たぶん風邪引くようなやばい場面に遭遇してないからだろう。無理して働くこともないし、無理して遊ぶこともないもんね。



9月24日(月)
 きゅうに秋めいてきたのであわてて寝具の衣替えをする。寝間着はかんたんだ。夏のあいだはもっぱらTシャツを愛用していた。夏パジャマなんか買うことはない。ほとんど着ないTシャツがタンスのこやしになっている。衿やボタンなど邪魔ものがないのでTシャツは快適だ。それから無印良品で買ったベッド用の夏ゴザが最高。こいつはずばりヒット商品だった。ざっくりした肌触りが夏に心地よい。すべりがよくて寝返りが楽だ。さて問題はシーツとかカバーのたぐいである。取り替えたり洗濯したりクリーニングに出したりがめんどうだ。どれが洗濯できるのかさえわからん。えい、めんどうだ、みんなクリーニングに出しちゃえ、となる。この手の家事が男のいちばんの泣きどころである。京都の古い町家には「夏のしつらえ」という住まいの衣替えがある。見たことがある。あれも心利いた複数の女手がなければとうてい出来ない芸当でしょうね。



9月23日(日)
 けさは雨である。傘をさして近所まで出たら、思わず「あっさむい」という声が出た。こんなの半年ぶりではあるまいか。四季はちゃんとめぐってるんですね。過ぎてみると早くも猛暑をわすれつつあるから不思議だ。ともあれこれから年末までが一番好きな季節である。あたたかな日射しはすきだけど、空気はピリッとしてるのがいい。だから小春日和というのが最高ですね。小春ちゃん待ってるよ。



9月22日(土)
 ちかくの鮨屋がとつぜん変ってしまった。祇園祭の山鉾がとおる新町通。ふだんは日が暮れると静かな通りである。つつましく小さな所帯でやっている店だった。ご主人はいいお年だったけど、とうとう店仕舞いされたのか。鮨屋らしくすがすがしい白木の店構えだった。趣味のよい品のあるたたずまいだった。こんどは居酒屋風料理屋になるらしい。大して手を入れてはいないが、白木を塗装したのと看板で様変わりしてしまった。寡黙な顔が饒舌になってしまった。品がよすぎると居酒屋にむかないのかな。美しいものがまたひとつ消えた。



9月21日(金)
 爽やかな朝の風が心地よい。ほんとにひさしぶりで一万歩くらい歩いた。いささかくたびれた。猛暑の二か月あまり冷房にこもっていたので身体がなまってしまった。鍛えなおさないとあかん。歩くという単純な動作でさえ怠けるとうまくいかないものだ。なんかぎこちない感じがする。まあ中古車だからね。それも年代もの。歩行にもフォームがあるんだね。このあいだテレビで見た。若い人と年寄りの歩き方はちがうんだって。若者は後ろ足を蹴ってあるく。年寄りはひょこひょこ前足を出してあるく。かたや腰が高く、かたや腰が低い。いつまでも蹴ってあるきたいものだ。



9月20日(木)
 喫茶店で隣の紳士が読み終えた新聞を「どうぞ」とまわしてくれた。せっかくのご好意だからちゃんと読むべきだろうが五分ともたない。一面からパラパラめくって見出しを流し読みするだけなのですぐ終わってしまう。こまかく読んでも不愉快になるばかりで精神衛生によくない。そもそもうちでは新聞をとっていない。もう十年以上になろうか。それで面白いことが判った。たとえばY紙の勧誘員にうっかり「A紙です」なんて言おうもんなら、しつこく喰いつかれてえらい目にあうだろう。しかし「うちは新聞とらない」と断言すると意外とあっさり引き下がるのである。ともあれ、ほとんどの家庭で最低一紙、なかには二三紙の新聞を定期購読しているようだ。考えるとこれはすごいことではないか。



9月19日(水)
 きのう秋刀魚を食べたら死んだ親父を思い出した。食べたあとの皿はきれいだ。頭から尻尾までつながった背骨と小骨の山のみ。「きれいにたべるわね」とよく言われたものだ。きれいに食べる箸づかい、それをたたきこんでくれたのが親父だった。物心つくころのしつけだから親父は若かったはずだが、そのころの父の顔をおぼえていない。おぼえているのは言葉である。「男は背筋を立てろ」も忘れない。「箸と背中」に親父が生きている。記憶の中で、母親の顔は若いころからつながっているが、父親は連続していない。食事、酒、ゴルフなど一緒した時々の親父と晩年の顔(百まで生きた)しか憶えていない。



9月18日(火)
 「ばくだん丼」というものを食った。ちょいと気になってはいたが、食ったのは初めてだ。大丸裏にできた大戸屋である。ここの人気メニューらしい。ひとことで言えば「ずるずる丼」ですね。とろろ、納豆、おくら、という「ずるずる三兄弟」がごはんの上に乗っていて、その真ん中に生卵が埋まっている。マグロの切身ときざみ海苔もそえてある。まず全容をたしかめたら、迷わず箸をつきさして思いっきりかき混ぜる。ねばねばしてくる。ずるずるしてくる。どろどろしてくる。つぎに小鉢のワサビ。たっぷり醤油をたらしてワサビ醤油をとく。これをねばねばにかけまわす。塗り物の長いおさじがついてくるので食べやすくてよい。食欲のないときもこれならいけそうだ。ぼくはやらないけど、ご家庭でもすぐ出来そう。ねばねばずるずるは身体にいいんだってね。血液がきれいになるのかな。お肌にもいいらしいよ。



9月17日(月)
 五輪サッカーからずっと国際マッチが続いた。わくわくだったがU-20女子ワールドカップ、男子の親善試合やW杯最終予選も終わった。世の中がしずかになった。こんどは国内のJリーグだ。こいつがいまたーいへん。例年にない大混戦です。トップ3の広島・仙台・浦和が頭ひとつ抜けてるけど、その下も僅差でずらりと続いている。残り9試合、どうなるかぜんぜんわからない。どこを応援しようか困ってる。広島は子供時代の故郷だし、仙台は青春時代の第二の故郷である。どっちにも思い入れがある。やばいのは大阪ですね。ガンバ大阪もセレッソ大阪も、へたするとJ2に格下げになりそう。サッカーは戦国乱世、下克上の時代らしい。さて問題は京都なんです。J2に落っこちたまんま、いつJ1へ這い上がれるかわからない。いい選手いるんだけどな。



9月16日(日)
 ちくわ(竹輪)というものがありますね。穴のあいた蒲鉾みたいなやつ。魚のすり身を竹棒に巻きつけて焼いたものだ。端っこは色白だけど真ん中へんはこんがり日焼けしてる。子供のころ望遠鏡みたいにして穴をのぞいたでしょ。煮物の友だったけど、さてみなさん、ちかごろちくわさんと親しくおつきあいしてますか? そういえばここんとこお目にかかってないなあ。昭和の頃はのべつそこらにいたけど、平成はどこに行ったのでしょう? なーんてかんじ。親しいのはおでん好きのおとうさんくらいかな。
 ところが再びその存在がクローズアップされてきました。「ちくわ天」としてよみがえったのだ。とくに京都では意外な花形である。八坂神社わきのうどんの味味香。ここのカレーうどんに乗せるちくわ天が絶品。女性むけの小ぶりなちくわが甘くておいしい。河原町の讃岐うどんの丸亀製麺。トッピングのちくわ天は人気商品である。ここのは大きくて迫力がある。なぜか竹輪天はタテに真っ向幹竹割りなんですね。小洒落た店でも磯辺揚げの名で出てくる。京都ではもともとちくわ天用に作っているんじゃないかしら。



9月15日(土)
 この夏から早起きになった。といっても六時だからたいしたことないか。むかし流に言うと明け六つかな。むかし江戸を発って東海道を上る旅人は、明け六つに品川の宿(しゅく)を出たそうな。と思っていたが、まてよ、七つ(四時)だったかな。そういえば「お江戸日本橋七つ立ち」なんて唄があったね。ともあれ明け六つに起き出してまずパソコンをチェックし、着替えてから街に出る。烏丸方面へぶらぶら歩いてから軽い朝食をとる。マックでソーセージマフィンとホットコーヒーですますこともある。そんな朝の時間帯、あたりにはどんな人種が出没しているのか? むろん早出のサラリーマンもちらほら見かけるけれど、お年を召した方が意外と多いんですね。ま、寝てられないから当然かもしれないが、そればかりではないだろう。家人がお茶なり朝めしなり出してくれるなら、早くから外に出はしないだろう。やはり一人暮らしがふえたからではないでしょうか。



9月14日(金)
 このあいだスポーツ中継がうるさいと書いた。こんどは中身にふれてみよう。野球、相撲、サッカーみんなそうだが、アナウンサーがのべつ解説者に質問するスタイルだね。あれいったい誰がはじめたのか? これがめちゃこまかいんだ。重箱のスミほじって針のアナつつくような質問ばっかしする。「つぎの一球カーブでしょうか?」「横綱の表情はどうでしょう?」「敵のフォワードこわいですね」と、不安、心配、危惧、懸念ばかり口にする。おまえは心配性のパパか? 小じゅうとか? おれはスポーツを見たいんだよ。小じゅうとドラマは嫌いなんだよ。たまーに豪気な解説者がいて、「あいつはだめだ」「先のことはわからん」と切りすてると、アナが困っておたおたしたりね。これは笑える。スポーツ中継が心配性の繰り言。こんなの日本だけじゃないか。国民性かね。日本人のこまやかさもいいけど、スポーツなんだぜ。おおらかにいこうよ。



9月13日(木)
 けさ定食屋で納豆朝食を食べた。ごはん、生卵、納豆、冷奴、海苔、味噌汁という堂々の顔ぶれ。どうです、これぞ日本の朝食という献立でしょ。いそいそと支度にかかる。まず生卵をとく。このとき白身だけを手早く切って、しかるのち黄身をプチュッとつぶす。こうすると混ざりがいいのだ。つぎに納豆をガシガシまぜる。ねばりが出たらカラシと醤油を加えてさらにワッセワッセとかきまわす。冷奴に醤油をたらし、海苔の小皿に醤油をそそぐ。ここでふと気づいた。もしここに醤油がなかったら? これはタイヘン。世の中がひっくりかえる。醤油ぬきの生卵。醤油ぬきの納豆。さーどうします? おーこわい、と思った。ぼくはだんぜん醤油派である。ソースはきらいだ。アジフライはもちろん醤油、とんかつもハンバーグも醤油でいきたい。たこ焼きだってこんがり焼けた醤油の香りで食いたい。醤油なしでは生きていけないひとなのだ。日本人でよかった。



9月12日(水)
 きのう大戸屋で初さんまを食べた。新メニューに登場したので「よし、秋刀魚いってみよう」と思った。注文したら、「ダブルもありますけど」と店員が言う。なるほどあった。でかい秋刀魚が二尾、まくらをならべている写真。題して「生さんま炭火焼ダブル定食」ときた。そそられました。「食えるかな」とちょっと迷ったけどたのみました。初ものだから。しかし商売うまいね。ちゃーんとダブルまで用意してるのがにくい。脂がのって旨かった。つけあわせのヒジキとワカメ和えもよかった。
 秋刀魚といえば思い出す。むかしは路地に七輪を持ち出して秋刀魚を焼いたものだ。子供も手伝わされた。しぶ団扇でバタバタあおいで、モウモウと煙をあげて焼いたものだ。「きょうは秋刀魚だよ、おたくもかい?」なんて隣近所で言いながらね。こんな風景が江戸から昭和まで、およそ三百年つづいたのだ。それがわずか五十年で跡形もなく消えてしまった。路地もなければ七輪もない。隣近所というものもなくなってしまった。



9月11日(火)
 スポーツ新聞おとくいの見出しに「ホームランだ」「やるぞ」「勝ちたい」なんてのがある。事実でもなんでもない。記者が勝手にでっちあげるちょうちん記事である。ぼくはこれらを「だぞい記事」と呼んで相手にしないことにしてる。試合前の選手談話という体裁だが、カラ元気とひいきの引き倒しばかりで中身はからっぽだ。派手にあおって新聞を売るための大見出しである。景気よくぶちあげるけど後の責任はとらない。「打てませんでした」「負けました」なんて報告は見たことがない。
 今夜サッカーの日本ーイラク戦がある。あいもかわらず「圧勝だ」「いくぞ」の見出しが躍っている。サッカーは野球よりもひどい。ヤングなでしこなど芸能まがいのあつかい。日本には生っ粋のサッカー記者がいないからだ。サポーターより程度がひくい。サッカーを知らないし、あまり見てもいないだろう。「だぞい記事」はスポーツだけかと思ったら、ちかごろは「政界刷新だ」「出るぞ」「なりたい」なんて見出しが一面に出る。野球なら「あとは野となれ」でもゆるすが、こちらはきっちり後々の責任をとってもらいたい。



9月7日(金)
 四条大宮がちかい。阪急電車の大宮駅があり、嵐電(らんでん)の四条大宮駅がある(20分で嵐山へ着く)。阪急がいまの河原町まで延伸したのは昭和38年。それまではここが終着駅だったそうな。だから「むかしは繁華街だったのよ、いまはちがうのよ」という雰囲気があっておもしろい。「餃子の王将」発祥の地である。「養老の瀧」が有名。焼き鳥屋・ホルモン屋が似合う街である。それでも駅前広場があってバスターミナルがあるので、それなりの交通要衝でもある。関西空港や伊丹空港へのリムジンバスが発着する。
 駅前広場にマクドナルドとロッテリアがあるので、ときどき早朝モーニングをつまみにゆく。広場にはいつもバス旅行の大型バスが二三台、客待ちしている。今朝みたら「イチゴつみツアー」なんてのがあった。ちんたら集まってくるのはおじさんおばさん。みんな同年代なんですね。みんな同じ格好してるんですね(淀川長治さん口調で)。こっちはガイドのおねえさん見てるんですね。かわいい娘にちょっと声かけたりするんですね。おじさんっていやですね。



9月6日(木)
 ようやく秋が来ましたねー。待ちどおしかったー。昼間はまだ照りつけるけれど朝晩の風は心地よく感じる。やっとぐっすり眠れるようになってきたなあ、と思ったら、ひょいとヘンなことが頭に浮かんできた。愛読する池波正太郎さんの鬼平犯科帳に、とぼけた盗っとが登場する。こいつが「盗法秘伝」なるぬすっとの教科書を書いてしまう。夏は寝苦しくて諸人はおそくまで起きているから「おつとめ(盗み)」には向かない。暑さがおさまって秋の気配になるとみなぐっすり寝入るから盗みに最適である、なんて書いてある。鬼平犯科帳はもう何度くりかえし読んだことだろう。時代小説の大家はほとんど読み尽くしたけれど、くりかえし読みたい作家とそうでない作家がある。池波さんは前者の筆頭だ。なぜだろうか、つらつら考えてみると、池波さんの作は根が明るいからではないか。ふっきれている。骨太できれのある文章、たくまざるユーモア。67歳で亡くなられたのはいかにも残念である。



9月4日(火)
 きょうは夜7時からフジテレビで「ヤングなでしこ」のサッカーがある。準決勝のドイツ戦だ。楽しみだ。わくわくする。この少女たちのサッカーには未来がある。じつに痛快である。ひとりひとりが勇敢に、敢然として切りこんでゆく。いままで日本男子のサッカーにいつもイライラを感じてきた。不完全燃焼のもやもやを覚えてきた。攻めるべきときシュート打つべきときでも、なぜか逃げてしまう。パスばっかし。チームワークといえば聞こえはいいけど、個の力で攻める覇気がない。その壁をヤングなでしこは軽々と打ち破ってしまった。なでしこのお姉さんたちより攻撃的である。ドイツはでかくて強いアマゾネスだけど、思いきりぶつかってもらいたい。それで負けたっておじさんは許す。がんばれ。



9月3日(月)
 けさは待望の秋の気配がおとずれた。夏ばておやじも息をふきかえした。こんな空気、こんな風があったのか、すっかり忘れていた。ひさしぶりに朝の散歩した。しかし正午きっかりにどしゃぶりになった。こんな予報はばっちりあたる。なんとか帰りに間に合ってよかった。きょうはめずらしく前田珈琲でホットサンドを食べた。秋の気配なので気分を変えてみました。玉子とハムとレタスがこんがり焼いたトーストにはさんである。昼前で店も空いてるのでゆっくりただく。少しずつかじると味がよくわかるもんだ。まずふわふわ玉子の舌ざわり、つぎにハムの味と香りがくる。あいまにレタスのショリショリがさわやか。トーストの焼き目が香ばしい。サンドイッチ三切れに千切りキャベツとポテサラがついてる。ポテサラってなんかいいよね。「おっ、いたか」「ういやつじゃ、ちこーよれ」なんて言いたくなる。



9月2日(日)
 本屋と喫茶店に寄らない日はまずない。ぼくの頭の中の京都地図は、御飯どころと書店とコーヒー屋をめぐる路線図であるといってもよい。本屋はその日の足取りにあわせて数カ所を使いわけている。品ぞろえが一番多いのは四条通のジュンク堂だろうか。探しものをするときはここへ行く。ぶらぶら見てまわるには四条烏丸と烏丸三条の大垣書店がいい。どちらもワンフロアで広いので気分がいい。日頃はあまり縁のない料理とか美術とか漫画のコーナーまでひやかして歩く。文庫や新書を安く買うなら三条京阪のブックオフである。時代小説とサッカーがらみの新書をまとめて買った。
 喫茶店は目的しだい。猛暑から逃げ込んで読書するならドトールかスターバックス。安いし明るいのがいい。東京では周囲を見渡せばかならずドトールがあったけど、京都では少ないのが残念だ。スタバは禁煙なのがやばい。落ち着いてコーヒーを味わうときは前田珈琲本店とかスマート珈琲とかへ行く。スマート珈琲のホットケーキは抜群。イノダコーヒ(イノダはコーヒーじゃなくてコーヒなのだ)へはおのぼりさんの時分(笑)よく行った。高いけど風格がある。喫茶店に入れないタイプってあるね。コーヒーに何百円も出すなんて。じつは父がそうだった。場所と時間を買うという意識がないのね。そのくせ居酒屋ならホイホイ行く。



9月1日(土)
 そういえば映画を見ないなあ。最後に見たのは何年前だろう? ジブリの「千と千尋」だったかな、それとも「三丁目の夕日」だったかな。いまはみんなシネコンだから一か所にずらりと看板が出ているけど、ちらりと見て過ぎるくらいで魅かれるものがなにもない。なんでだろう? やっぱり美男美女が出ないからかな。いや美男美女どころか、そもそも人間が出てこない映画が多い。なんで怪物、怪獣、モンスターばっかし出てくるの? ジブリの映画はファンタジーだからまだ見る気になるけど、ハリウッドはいったいどうしたのかと言いたい。莫大な製作費をかけて気味悪いゲテモノばかり作っている。全世界で何千万人が見たなんて騒いでもまったく見る気がしない。アメリカの夢はいつからアメリカの幻滅になってしまったのか。