あれも駄目
これも駄目
駄目
駄目
駄目
駄目

個々の存在自体がルールを形成するのに
ルールを固定形成したら
つまらなくなるし
常識や礼儀なんてものは
無くなってしまうんじゃないんだろうか

子供に有害
子供に有害

だったら誰とも関わらずに
何も触れずに
何も感じずに生きればいいじゃないか

そうじゃないかい?
間違ってるかい?

束縛ばかりで
自由なんてコトバが
閉塞的な意味を持ち始めたこの頃
本当の自由なんて
誰も求めなくなってしまったのだろうか

其処に存在するモノを受け取るのは簡単だ
自分では何も創ってないんだから
でも
それを創るコトの難しさ難解さ
それを知らなければ
そのルールの存在の意味は無いと思うけどね

どんなモノにも良し悪しはある
そのジャンルの中の話じゃない
そのモノ自体にだ
それを理解した上で
そのモノを愛さないなんて
とても小さすぎる
自己中心的な人間が多くなってきているのもよく解る

何も考えずに快楽を追求する
副作用の無いドラッグなんて無い
気持ちいい時点で何かしらの負の作用が働いてるものだ
気持ちいいと負というモノは二つで一つ
それをふまえないでその道を突き進むのは
間違いだと思う
p それによって
想像もでき無い様なスバラシイ芸術も生まれた
でも
それはやっぱり
その人の感性の勝利なんじゃないかと思う

芸術家が消費者に媚びたら終わりだと思う
そういう媚びる奴らが消費者も駄目にする
そして利益重視でもなんでもいいけど
そのモノ自体を駄目にしていく気がする

マニア劣等感なんて
最も愚かだ
他人に卑下されたりしても
「お前には理解できないからな」
みたいな
正直
馬鹿野郎だ
理解できないんじゃない
理解した上で言ってるんだ
そのモノを好きな気持ちも解る
でもそのモノに捕らわれ興奮し
我を忘れ
自己中心的な行動をとることが理解できないということだ
個人個人の趣味を馬鹿にしているんじゃない
お前はどれ程のものなんだ?
っていうことだ
全部を理解した上で語ってる訳じゃないだろう?
もちろん全部なんて理解できない
でも
偏った趣味で
全てを語って欲しくないね
自分は偏ってないなんて嘘マニアはもういい
正直に大好きですと言えばいいじゃないか
好きだけど知らないことはある
それでいいじゃないか
沢山のモノを受け取ったからって
所詮
消費者は消費者
創る側じゃない
それをふまえた上で
消費者としての誇りやプライドを
忘れて欲しくない
いつの間にか
自分に都合のいい
傷つかない
心を揺り動かさない
意見や性格
偏見や確執
そんなモノさえも変えてしまうような
スバラシイモノを探して欲しい
小さな快楽だけを受け取って自分を変え続けるんじゃなくて
自分の趣味とはまったく真逆の存在も受け止めて
その存在自体を学ぶべきだと思う
感動したいからとか
興奮したいからとか
そういうモノを求めてモノを受け取るんじゃなくて
心に素直に生きようよ
素直に生きてそういう生き方しかできないのは
世界が狭いんじゃないかぐらい想像しろよ
何も疑わず
何も考えず
指摘され続ける人生
いつになったら
歩行器がはずれるんだい?
自分が何故そう思うのか
何故そう考えるのか
何故そう考えた方がいいのか
疑問漬けで生きることも重要だと思う
それが全てではないけど
末端では無いと思う
自分の行動自体を考えずに
振る舞える程
人間は愚かなのか?
そこに疑問は存在しないのか?
自分自身の人生なんて本当に短い
短いと感じているのかもしれないし
本当に短いのかも
もしかしたら長いのかも
でも
一回だけの人生なのに
そんな生き方でいいのか?
そのくらいの疑問は無いのか
俺は毎日思ってる
それを偉いとか
誇示してるワケじゃない
何も学ばない生き方は
楽しいのだろうか?
学ぶことに快楽を感じる生き方ってのも
偏った
所詮
俺だけの生き方だけで
それを押しつけるようなこの様な文章も
実は
とても不愉快な存在なのかもしれない
でも
疑問をもたずに
暮らす日々や
感性ってのは
あまりにも偏った人生ではないのだろうか
それを幸せというなら
そういう生き方もいいのかもしれない
ただ
俺は嫌だ
人間の一生のウチに消費できる情報や
経験なんてものはこの世の中の一部にすぎない
だけど
何もしてないじゃないか
感動している?
それが何だっていうんだ?
その感動が嘘かもとか
考えないのか?
偉そうなコトを言うと
「じゃぁ、創ってみろよ」
とか言われる

それをやって
いいもん創って
結局最後に答えを出したら
途中までは夢中になって
盲目的になって
自我を忘れて好きになった連中が
この作品はクソだと言い出した
結局
テメーの小さな世界だけを喜ばす為だけの奴らに
疑問をぶつけるのは
アレルギー反応を起こさせる様なモノというのが
よくわかった
もちろん中にはそれに気付いて
自分の感性を考える人もでてきたのかもしれない
いつの間にか
心のオナニー道具だけを追求して生きてきたコトに
それ自体も悪いことじゃない
でも
正しいことでもない
自分達
一人一人の行動が
その好きな世界を
変えていってるコトに気付いて欲しい
p いつの間にか
その世界を変えていってるコト
そこに疑問を感じない生き方
俺にはできない
いつの間にか
金を出させるコトが正義になっちまってるから
俺は言いたい
金じゃないだろ
ボリュームじゃないだろ
人数じゃないだろ
その人のセンスだろ
その好きな世界を創った人のセンスだろ?
俺達は気付かないうちに
その芸術家達を縛り
抑制してきたんだ
そしていつの間にか
それに束縛される人達だけを
祭り上げてきてしまったんだ
それは違うだろ

ルールは個々が存在している時点で存在する
その時点で自由は奪われる
その世界に束縛される
それだけでいいじゃないか
それ以上の束縛を
消費者が創るコトは無いじゃないか
どんどん世界が小さくなっていく

いつの間にか
何も見えなくなっていってしまうんだ

ルールは創られ
疑問は愚問とされ
何も考えない生き方
何も感じない生き方になっていってることに
気付かない

もういいだろう?

消費者は金で媚び
芸術家は金に媚びる

そんな世界なら
早く壊れて欲しい

金を出させるのも・・・・

とは言うけど
マジでそう思う?
それは
媚びるのがうまいだけじゃないのか?
中には媚びて無いモノもあるのかもしれない
でも
確実に
媚びるのがうまいものが売れていってるような
気がするのは気のせいかな

金が存在する時点で
そのルールも確立されてるワケだけど・・・


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