この世に
本当の正義や
本当の悪が
存在しないコトを知って
今まで
常識を形で捉えていた自分が
馬鹿に思えた

人間と人間の繋がり
それこそが常識
常に一定では無いにしろ
そこに存在するモノ
それが常識

自分さえよければいい生き方
そんな生き方が
とても馬鹿馬鹿しく思えた

結局
他人なんてモノは
一生他人なんだけども
それでも
お互いの意識を
疎通させようとする意識
それこそが常識を作り出すモノではないのか

理解できないモノを
単純に批判することは簡単だ
でもそれが、
そのモノに掛けている人々を
どれだけ愚弄しているかということを
意識するってコトも
大事なのではないのか
そして
その単純に素人批判をする輩の意見も
尊重するのも大事なコトなのではないかと思う

自分の生き方が
恥の塗り替えし人生の様に思える

他人の存在を受け入れられないのに
他人に助けを請う生き方

それが
とても滑稽に思えた

いろいろな生き方の人がいる
そういう生き方も尊重すべきだと思う
良くも悪くも
正解なんてモノは無いわけだから
他人がどんな生き方をしようが
それに意見するコトは
余計なお世話で
その人を批判しているだけなのかもしれない
だけど
自分の人生に深く関わる人には
意見してもいいと思う
親が子に道を教える様に
大人が子供に教える様に

他人の責任にする生き方
とても甘えた生き方

それが
酷く哀れに思えた

いつの間にか
僕の周りには
子供が大人を支配している世界が広がっている
毎日、何百人の子供に会うし
何十人かの大人に会う
それが世界の「当たり前」
というワケじゃないとは思うし
そんなモノはテレビの洗脳かもしれない
確かに毎日出会う親子の中には
子供に人生を遺伝させている大人もいる
だけど
大部分の親子は
自分が気持ちよければいいみたいだ
子供は
やりたいコトをやらせてくれる大人が好きみたいだ
大人は
子供が喜べば何でもいい様だ

なんだか

おかしい様な気がする

なんだか

おかしい様な気がする

子供だからってのは理由だろうか
ウチの子だから大丈夫ってのは理由だろうか

何だかおかしい様な気がする

弊害や差別
それを無くそうとするのは
スバラシイコトだと思う
だけども
常識を計れない子供が
他人と自分との接点を無くしたまま
成長する社会はどうなのかと思う
もちろん
全員が全員
それでおかしくなるとは思わない
だけども
普通ではいられないと思うし
やはり
生きてはいけないと思う

普通なんてモノを
形で捉えてる人には
この意見は理解できないモノだとも思う

そして
生きるというコトを
生物的な生存という形でしか
みれない人にも理解できないと思う

だけどね
人は一人で生きてるんじゃないんだよ
この言葉自体に嫌悪する人もいるだろう
だけど
他人が嫌いで
自分だけで生きてると思ってもね
人間同士の絆ってものは
絶対に切れないモノなんだよ
それぞれに人生を生きて
同じ星に息づいているわけだから
それを大切にして
生きるってコトも大切だと思うよ


BACK


このページは GeoCitiesです 無料ホームページをどうぞ