いつからだろう、感動しなくなったのは

つまらない、日常がつまらない

それはただのつまらなさじゃない

感動がすべてを無にした様にも思える

なにかを得るコトは

同時に何かを失うコトなのかもしれない

それは単に物品だけの話じゃない

沢山の経験は、何かを失モノなのだと思う

でも、何かを得た人間は魅力的だ

僕はそういう人に憧れる

僕が無感動になった、というのは単に

日常の中にある感動に慣れたからだ

いつもの日常を少しかえるだけで感動は得られる

でも、それにもまた慣れてしまうだろう

と、腐ってる自分にさえ気付いていない

人生は死ぬまで終わらない

というのが僕の持論だが

終わってる奴もいると思う

世の中には正しいコトが正しいとは限らない

かといって、僕の意見が正しいとは思わないのだけれども

正しいなんて、個人個人の感覚だしね

ただ、僕が少ない経験からわかったことは

思ってるだけじゃわからないということ

単純なコトだけど、

結構、そういうもんだと思う

外からじゃわからないし

何も言えた義理じゃない

と今ごろわかった俺は、出遅れた気もするけど

判っただけよかったと思う

最近死ぬコトについて考える

自分が消えちまう感覚ってのはどういうものなんだろうね

というか、物理的な苦痛よりも、

心の痛みが恐い

自分という存在が消えてしまうコトへの恐怖

そこに、自分というものが見ていた現実へのサヨナラ

死が、もしも、科学なり、何なりで

人間のものさしで理解できたら、

人間には恐いものなんて無くなってしまうのかもね

何かを得て何かを失う

それが人間

それが文明

それが進化

そして無


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