またまた泣いた

泣いた事4(おい!一体何回泣くんだい?)

術後2カ月ほどたつと今度はリハビリ専門の病院に転院になります。
山奥の温泉病院。うわさに聞くと、○○さんのお父さんはそこが耐えられずに逃げて帰って来たんだって、とてもひどいところだったらしい。
とか、△△さんのおばあちゃんは、面会の人が行く度に泣いていた。とか、、、
いったいどんな所なのだろうと心配になります。
そこから退院してきた先輩から話を聞くと、
「とてもいい所だよ〜」
でも心配です。持っていくものなどいろいろな事を教えてもらったりします。


転院の日は、午前中に着かなくちゃいけないのでゆっくりしてはいられません。でも入院中一度も会えなかった猫のフックの顔だけは見てからいきたい。と思い玄関でフックを呼んで、柔らかいフックを撫でるとやっと帰って来たわが家。なつかしくて、涙もろい私はまた涙。
家から2時間ほど、ひさしぶりに乗る車はけっこう疲れます。
山をいくつも超えて着いた沢渡温泉病院。1つ峠をこえると草津温泉というところ。
うわさ通りの山奥の寂しいところ、6人部屋に入って看護婦さんからいろいろ説明を聞いて、診察も受けて、お昼の時間になりました。
送ってきてくれただんなさんにもう帰っていいからといって食堂へ、カレーライスでした。食堂にはすごく大勢の患者さんが自分のテーブルについて食事をしています。
松葉杖でやっと自分のテーブルにいき周りの人に挨拶をしてカレーライスを食べていると、何だか心細くて、、、
食堂の外にはだんなさんが心配そうにのぞいています。食事が終わってだんなさんに「もう帰っていいっていったじゃない大丈夫だよ心配しなくていいからね、じゃあネ、バイバイ」
といって後ろを向いたとたんです。

鼻の奥がツーンとしてきます。
こりゃやばいと思い人気のない方へ歩き出したら、さっきいろいろ説明してくれた看護婦さんにばったりあいました。
「どうですか?大丈夫ですか?」
と聞かれたとたん涙が出てきました。
「大丈夫です」
といいながら泣いている私に心配して、松葉杖が大変なら車椅子を持ってきましょうかとかいろいろ聞いてくれるのですが、私はただ
「いいえ大丈夫です」
といって涙をぽろぽろながしているものだから、看護婦さんは一層困ってしまいます。
そこに総婦長さんが通りかかって、「あらあらどうしたの?」
「それはね、ホームシックなのよ。誰でもホームシックになるのよね。」
と慰めてくれて、そばにいたベテランのヘルパーさんに、
「この人をお部屋までつれていってあげてね」
ということで今度はヘルパーさんが私を慰めながら部屋につれていってくれました。
お部屋の人も心配して
「年寄りばかりの部屋だからね〜。でもそのうちにもっと若い人のいる部屋に替えてもらえるから大丈夫よ」
とかいってくれるのですが、私はいったいどうしてこんな気持ちになったのか自分でもさっぱり解らないのです。


そのうちに前の病院で一緒だった元気のいい、まさこさんが様子を見にきてくれました。
まだ泣いていた私を見て、
「おいおい!泣く時はカーテンを閉めて泣きなさいね〜」
といいながら一緒に泣いてます。
彼女も着いて3日、泣いたということで、その時の気持ちを思い出したのだそうです。
彼女はそれから何日か夜寝る前には必ず様子を見にきてくれました。
おかげで泣いたのは1日だけですみました。


今思うとあの時送ってくれただんなさんにもっと長くいてもらえばあんな気持ちにならなかったのかも知れません。心配をかけたくないと強がって、大丈夫だから早く帰ってちょうだいといいながら、心の中は不安で一杯だったのに自分でも気がつかなかった。
病院に長期入院するということは自分でも気がつかないうちにいろんなものを心の中にいっぱいため込んでいるのです。それがたまに思いもかけないような小さなことで吹き出てきたりします。
あの時はまるで姥捨山にでも捨てられたような気持ちだった。
と、あとになると笑い話になるのですが、、、

そしてそこでの生活は充実した楽しいものになった事を付け加えておきます。
リハビリのページの楽しそうな写真を見てもらえればわかると思いますが、、、、、

 
注 このページのレース編みは
この頃私が夢中になってるものです。
少し大きなものにも挑戦