CS BROADCAST MUSIC AIR NETWORKS
on the
WEB
週間 カウントダウン No46
Broadcast at 2000 8/26
This Week Theme
”MTV 全盛期の ディスコナンバー ベスト5”
Talk: Chiaki
Fujita
back to CSindex
| Pre.T | (きゃま エレキピアノに手をつき 物思い?にふける 千章さん、、) おおっ!! おっ ということでございまして ぼっとしておりました、 みなさん いかが おすごしでしょうか? お盆休みも終わって また 忙しい毎日に身を投じているころでございましょうか? そんな 毎日をおくる あなたへの一服の清涼剤、ねえ こんな むさくるしい 頭みて 一服の清涼剤もないだろうと (きゃま たしかに 髪の毛のびてます、) 週間カウントダウン シングライクトーキングの藤田 千章です、 (きゃま おいおい 後ろに人が、、 ホラーは先週だって、、(笑)) そんなわけで 私、シングライクトーキング、ね 私の、、私たちの 青春時代の思い出を赤裸々にね 語れと いわれているかのような 今日のテーマでございます、 MTV全盛のディスコヒットナンバー!! ボビー、、、 ブービー、かしら ブビー、、、 まあ ねえ あれですけど 毎月、都内の主要ディスコのチャートですとか ね ニュー盤リリース とかがでてまして みんな これ見てですね ディスコで掛かっている 曲を勉強したりとかですね してたわけです まあ 当時は MTVの影響なんでしょうね、 けっこう あの ヒップホップ ファンク、ポップ、 へたしたら ロック、ね ハードロックなんでも 混ざっていたという ディスコによってはですよ、 ですから まあ ディスコの色合いによって ずいぶんその音楽は きまっていたかなと、 こういう気もしますね、 今日はですね そんな MTV全盛期ならではのですね ディスコで はやっていたというか ディスコシーン、ダンスシーンをですね 鮮やかに、色濃くだしておりました ナンバーをポップスよりで お送りしたいと思っております、 私の場合は どろどろの ファンクよりでございます。 ですから どろどろの世界が好きなわけでございますですね、 え 今はさわやかですよ、、 (スタッフの微笑、、、) なんて ことは ないですかね、、 それでは 第五位 |
| No5 | PV TOTO ”Stranger In Town” SME Internationl '84 トトで ディスコでかかっていたという曲は ぼくは この ストレンジャー インタウン よりも ジョージポーシというですね あの 曲 シェリルリーン、あのシェエリルリンですよ、 シェリルリーン、、、 舌、噛みそうですが、 あのー あの人が、バックコーラスをやったりした 非常に、ブラック系のディスコでは はやった、 名曲としていまでも 名高いと、 まあ この曲に関しては、ストレンジャーインタウンに関しては、 まあ あの トトにとっては 心機一転、の アルバムですね ですから さっき 話していた、ジュージポーシ、 これは ちょっと違いますが あの 聖なる剣、 グラミー賞を総なめにした トト全盛期の大ヒットアルバム ですが、 その後 ボーカルとベースが変わりましてですね このアルバムから ベースがマイクポーカロ そして ポーカロが 三兄弟、ポーカローズといっても 過言ではない 面子、感じになったわけです まあ とりあえずですね ロックテーストからも ディスコでかかっていたという へたすりゃ ジャニーとか かかっていましたからね え これ 新宿あたり だったりしますけれどもね つづいて 第四位は |
| No4 | The Jacksons ”State Of Shoock” これまた 1984年のナンバーで、アルバムビクトリーからですね あの ミックジャガーが参加しているということでも 話題になった曲でございますけれどもね これは 1984年といえば ジャクソンズフィーバー ね 全米で、 全米でジャクソンズツアーがあった年で マイケルジャクソンが、 スリラーなんかで 売れに売れた直後であるもんですから これは もう 社会現象と いわれるぐらいの まあ すごい ツアーというか チケットはとれないは ねえ というわけで ジャクソンズとしては 最後のアルバムになったわけですけど ねえ 最後に 大きな花火を上げたという感じでございましょうか、 ちなみに ジャクソンズ、ねえ マイケルジャクソンのソロの オフザウォール というのは よく聞きましたが、このビクトリーにかんしては あまり聞いてないです、ねえ ちょっとだけ ねたとして、 むかし 僕が サル だったころよりすこし 後ろの方へいってますね、 サルから少し 卒業しようかな? と思っていたころでしょうか? 1984年、、、 そうでもないな、、 つづきまして 音楽通オヤジヘ道です |
| 音楽通 おやじ への 道 |
この コーナーでは 毎週、(きゃま 竹善さん 千章さんのうしろに出現) 最近のj-popシーンを騒がせる、 アーティスト、その背景までも ご紹介して みなさん え!? 現在ヒット中のj-popの曲にも明るく なっていただこうという コーナーでございます。 ね 今週もまた一つ 音楽通に近づいていただきましょう。 お届けするのはこの方です、 どうぞ! (きゃま 千章さんのうしろで 竹善さん どうぞのポーズ、、、) (きゃま 千章さん 苦笑い、、、、) PV 平井 堅 ”楽園” Sony Records 平井 堅 [ profile] 92年 sonymusicenterteinmentAudition -Bretath- に応募し 7500人のなかから ファイナリスとにえらばれ 受賞を果たす 93年に策し 作曲活動をスタートする 95年5月 シングル PreciousJunk で デビュー 2000年1月 シングル 楽園 を リリース FMでの オンエアーをきっかけとなり ロングセールスを 記録し 3ヶ月後にベスト10入りを 果たす、 6月には NY の音楽の殿堂 アポロシアターに出演する 現在 台湾などのアジアでも 大人気である。 平井堅さんで 楽園でございました。 ねえ 1972年 大阪うまれということで ございますが、 やっぱ ブラックミュージックね えー その ソウル畑というのは 大阪にはあると ね R&Bテーストの トップシンガーでございます。 そんな事は 言わなくて いいですね ええ 最近なんか 男性R&Bですとかね なんか いわれててですね 最近J-POPシーンでは、 盛り上がり定着しつつありますねぇ、 R&Bってさ まあ ソウルミュージックでもいいんだけど、 別に 今に始まったことではないというところも あります 古くは、久保田敏伸さん いましたね、 達郎さん70年代 ありますし ブラックテーストで勝負している人というのは 結構 昔からいると、 ラッツアンドスターの鈴木雅之さん そして その お姉さんとデュエットした ロンリーチャップリン この曲なんて まさに 一時期のカラオケの定番 ねえ ダンス甲子園で LLブラザースが いましたし 90年代半ばになりますと バンドブームがありましてから まあ 割と うまへた的な音楽がはやりまして そのあたりの ヴォーカリストが 今は もう なかなか こう ね 出てこなくなりましたけれども 98年 ミーシャが でて また ボーカリストが脚光を 浴び始めたという事で 実際 この 平井堅さんというかたも、 と言うほど 平井堅さんとの間柄という あれじゃあありませんが、 堅さん、、、ね オーディションで脚光あびたのが 92年ですよ、 もう ねえ デビューしたのが 94年ですから もう ずいぶんたちますね ね 今回のアルバム チェンジングセームで 3枚目になりますね、 まあ 結構ベテランというか キャリア 長いでございますね、 ええ これからは 男性R&Bだと いわれてる ねえ この間も 東京中日スポーツを読んでいたらそうかいてありました、 つづいては 音楽通おやじに捧げる CDセールスチャート ベスト10です |
| Sell CT |
チャート省略 PV 花*花 ”あ〜よかった” WARNER MUSIC JAPAN 19(ジューク) ”すべてへ” Victor Entertainment それでは カウントダウンにもどりましょう MTV全盛期のディスコヒットナンバー第三位は |
| Letter | |
| No3 | PV Laura Branigan ”Self Control” eastwest Japan '84 当時はですね ぼくなんかは ”どうして こんなのが はやるの?”とか いってたくちですから なんとも いえないんですが、 ええ ただ きれいなんですよ、 かわいいんですよ この人ねぇ (きゃま 千章さん でれっ〜と しながら、、) もともとは 女優をめざして 演技の勉強もしていたようです、 ねえ 結局、歌手の世界を目指して いろんなシンガーの バックコーラスを経て、 歌の道の方へ 結局 この人才能あったんでしょうかね、 ねえ 24歳のとき アトランティックレコード から レコードデビュー グロリアって曲が、82年に 大ヒットと ねえ それから 2年後ですよエンターティナー系の進化って事ですか? 歌い上げ系の、ねえ アメリカンポップ的な 一歩まちがえると ラスベガス的な、この セルフコントロールの後の、 ラッキーワンという曲 も 大ヒットしましたけれども 割とニューヨークのディスコの流行、 まあ わりと なんというんですかね、 意識した音作りしてましたね えー 当時のアメリカンチャートのトップ100 ね ニューヨークのディスコサウンドが 反映されていた という感じしますね、 ニューヨークもかなり 動きはげしかったですからね、 当時 いわゆる ニューヨーク ダンサー と 呼ばれる テンポ感のなかで まったりした ものから このころからももう ハウスとよばれるものが ありましたから、 そういう風な世界、 ね 混沌としていた ニューヨークサウンド、ね そして 第2位 |
| No2 | OLLIE&JERRY ”Breakin...There's No Stopping Us” オリーアンドジェリーで ブレイクダンス 84、、 まあですね 今日はですね ここまできたら 全部84年ばかりなんですね 結局ね、 今、気づきましたが、ええ まあ 当時盛り上がりまくりの ヒップホップのストリートシーンを描きました、 映画ブレイクダンス、 これは 見に行きましたね、サウンドトラックからのナンバーでございます。 ねえ これはですね ブレイクダンス 流行まくりましてね、 ええ ブレイクビーツという言葉がでてきたのも この頃ですね、 いわゆるヒップホップ、今 で いうところの バックトラック的な使いかたを するのが あたりまえですけれども、ああいうのの原型はここにさかのぼると ところで ございますかね、 まあ はやりましたね、 ドラマーのオリーブラウン、ボーカルのジェリーナイト 二人による、 ユニットでございますが、この二人はもともと あの レイパーカーJr ギターですね ギター、ボーカル ちょっといやらしめの、 ♪〜う〜まに〜ず ら〜ぶ〜 ♪ (きゃま 舌たらずけいのくねくねしながら) なんていう 世界の、 まあ レイディオという素晴らしいファンクバンドを やっていたんですが、 ねえ この曲の12in ロングバージョンを リミックスしていたのが なにを隠そう、 あの ジェリービーン、 ねえ 彼も 当時一世を風靡しております、 ねえ 当時 ディスコで かかっていた 12Inシングル ミックスしていたのは はっきりいって アーサーベイカーか ジェリービーンか どっちか、、 ねえ 人見て買え! アーサーベイカー ミックスだったら すぐ買え! ジェリービーンーミックスだったら、すぐ買え! ねえ これがねえ 定説でございました そして 、、、、、、 第一位は |
| No1 | PV Madonna ”Borderline” WARNER MUSIC JAPAN '83 当時 ジェリービーン 先ほど紹介しましたが、 ジェリービーンとつきあっていた ねえ リミックスもジェリービーン、当然でしょう、 これでもう なんかね、 ジェリービーンの名前も有名になったぞと、なんか どっかに 転がってそうな 筋書きでございますね、 日本の芸能界にもありそうな、 やばいですねぇ、 やばいですねぇ〜 (笑) さあ まあ ぼくはですね 個人的にこの マドンナのデビューアルバムが 一番好きです、ね ♪ ほりでー いん、、♪ というですね あのー これは ナイルロジャースじゃないかと プロデュースしたのはと おもうんですけれどもね、 これが 僕が行った ディスコで、ねえ さっき ボビーにも書いてありましたけれども あっ これ ワムですけれども (きゃま ボビーの表紙のことです、) ジェスパ、ね あの ディスコでもよくかかってました、 当時の ディスコ ブラック系のディスコでは よく マドンナが ライクアヴァージンで ぶわっーっと 出てくる前から すでに その世界では 注目されていた、 かっこいいぞと ねえ なって いった アルバムなわけであります、 まあ とにかく マドンナの曲は、とくにこのアルバムは 全曲に近いぐらい ディスコではやっていたと思いますね ヒップホップを少し導入して ね あの ギターサウンドでつくった ファーストアルバムはですね 非常に傑作の誉れ高いのではないでしょうか? まあ というわけで お送りしてまいりました 週間カウントダウン 一位は マドンナでありました。 |
| End1 | MTV全盛期のディスコヒットナンバー、結構 何でもアリ でございました。 ねえ まあ あの 場所場所ですからね、 ディスコってのは当時、、 この まあ 今はほら クラブで 何曜日ななに 何曜日は何、 の音楽と言う風に、 やっているところもありますし、 この日はDJ誰が 来て、、こんな音楽やっている見たいよ みたいですけれども 当時は 場所、場所でしたから こういう曲が聴きたければ あそこへとか もっと なんか ブラック系はつらいは、 なんて人は、また 新宿の こ、こ、こ いういうところへ 行くとか (きゃま 千章さん、 激しいヘッドバンキング、) いろいろ ありました 、 いわゆる なんでもありでした、 ジャーニーのセパレートウエイズ これが かかったときは 本当に 驚きました、ぼくはね 何回もいいますけれども すごかったです、 まあ でもですね あるいみ ポップチャート全体、ポップスミュージック全体が すごく ディスコの影響を受けていた時代であります。 えー まあ まだまだ あります、 1984年の 僕の思いでのヒットナンバー といえばですよ、 え まあ いろいろあるわけですよ、、、 プリンスの曲ですとか ね あのー シーナEの曲 いわゆるプリンスファミリ ですとか もう 当時 はやりましたし まあ レイクサイドですとかの まあ そういう ヘビーファンクですとかの いろんあ ヒット曲がでました 僕としては テンプテーションズのトリートハーレイクアレイディですとかね これが ぼく 大好きな曲でしたね えー あと まあ テリールイスなんかも この頃でてきました、 SOSバンドとしての ね プロデュースとしての いろんな のが ありました わけですけれども まあ 音楽全体的に ですから まあ そういうところが まあディスコから ヒップホップから ポップスからニューロマンティックから ファンクから もう ごちゃごちゃ ね もう すごいです、 え そういえば ディスコと言えるのかどうか わかりませんが 今でいえば 集会所みたいなところでしょうか? 新宿のつばきハウスなんかが ファンク系でございました、 ライブじゃないんですが レコードライブハウス、なんか 昔の歌声喫茶、 そんな 俺も しらないよという話もありますが 結構、ね まあ いろいろな 世界がありました みなさんもね、 それぞれ 我々と同じ年代の方は、 思いであるでしょう、そういうところでは いろんな失敗も経験された事でしょう あると 思いますよ、 つい 飲み過ぎたとか つい 踊りすぎたとか つい 気分が よくなって、 盛り上がりすぎちゃったりとか(喜) いろんな事があったとおもいますが。 まあ MTVが見事に この役をかってた、ね MTVブームというのは世界的な ものでしたから ね 日本に限ったことではないということは 今回のチャートを見ていただければわかるのではないでしょうか? つかみ所が ひとえに無いですからね、 ええ ニューヨークからして もう ニューヨーク先始点がごちゃごちゃな感じですから ねえ まあ 今は まあ 今は分かれていきながらも ごちゃごちゃなところも ありますけれども うん なかなかね 常に クラブシーン、ディスコシーンは 楽しい ごちゃごちゃの混沌とした世界が魅力的なのではないかと思いますね 私が よく 行っていたところは 人種のるつぼ な ところでしたからね。 |
| Pub | Pubにつき 省略 (きゃま ジャズメンT-シャツプレゼント中 詳しくは インデックスページをみてね。) |
| End2 | というわけで 今日もそろそろ おわかれです、 お相手はシングライクトーキングの藤田千章がお送りしました。 |