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   週間 カウントダウン No 47
               Broadcast at 2000 9/2


                This Week Theme
           ”一人でも ヒットメーカー ベスト5”

             Talk: Chikuzen Sato

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  レコーディングスタジオ? ガラス越しに 西村さん?らしき人が、、、
Pre.T みなさんこんにちは 週末はいかが お過ごしでしょうか?
 週間カウントダウン ナビゲーターの SLT 佐藤竹善です。
もう そろそろ オリンピックも近づいてきますけれども
 スポーツっていうのは 団体競技、個人競技、そして
 その両方が存在しますが スポーツっていうのは 個人だろうが
 団体だろうがその精神的、肉体的にに使うエネルギーってのは
 一緒なわけですが 
かたや この エンターティメント的なところからみると
 やっぱり オリンピックでもなんでも 個人競技というは 一番盛り上がります
 はい えー 個人の体操でもなんでも 個人の技とか力量とか 
 みたいなところが やっぱり 盛り上がりますね、 野球でもチームワークも
 大切ですが 結局この盛り上がるのは、 ホームラン打ったときですとか
 ファインプレーやったときとか珍プレーやったときですとか
 えー そいういうときだったりするわけですが 
今週は そういうわけで バンドの世界も音楽の世界も、やっぱり 
 団体競技、個人競技があるわけですが、、競技じゃないですが、
 えー そんな、なかで グループも やっているんだか
 一人でも ヒットメーカーで がんばったぞ、という 
 がんばってる、、 そういう人達を紹介していこうかなと 思いますね、
題しまして、 一人でもヒットメーカー  まずは この人から
No5
PV
 John Waite
 ”MIssing You”
 TOSHIBA EMI
 '84

非常にブルージーでソウルフルなヴォーカルを披露する 白人のジョンウエイト
 でございますけれども、 実は この人はですね
あのー ベイビーズという アイドルヒットポップグループにいた人なんですね
 まあその ベイビーズの頃はですね、 まあ 若い女の子の間で、まあ 
 アメリカとか ヨーロッパの方で、 ちょっと人気があったと、
そのあと まあ 解散して ジョンウエイトが抜けてですね ソロでだした、
 この曲が大ヒットしましてですね えー アメリカのほう 今でも
 一日 FMを聞いていたら 一回は この曲がかかるという 曲でございます
えー まあ 彼は バンドでは いまいち、だったけれども
 ソロになって 大ブレイクしたと 言うことでございますね、 
まあ 後に ジャーニーの元ジャーニーのギタリストのニールショーンと組んで
 バットイングリッシュというバンドを結成しました こちらのほうは
 やっぱり あたらなかったですね、
彼のもっている星というは ソロにあったのかなぁと 思いますね、
それでは つづいて 第四位、
No4
Sting
 ”Dream of the Blue Turtles”

元 ポリスのスティングです、、
元々 スティングって言う人は バンドに対して、
 バンドでなんか やっていこうぜ的なみんなの輪で、
 なんかやっていこうぜ的な人では元々はありませんでしたね、
えー ポリスというグループバンドで でてきましたけれども、
 非常に各三人がいわゆる ソロ的な感覚でですね、
 やっていたグループですね、
この三人が ポリスのなかで ぶつかりあうまくるというところが
 ポリスの音楽の魅力だったわけですけれども、
 やっぱり その魅力、 ぶつかり合いの魅力もですね 
 えー 人間ですから、そんなに長くは 続かなかったと、
 最終的には、仲違い、それぞれ 尊敬しすぎているが為の仲違い、
 大喧嘩みたいなところがあって、
まあ スティングは活動停止状態に
 なって はやばやにソロでブルータートルの夢という
 アルバムを作ったわけですけれども これが非常に名作です、 はい
えー たぶん 3枚、4枚はつづかないだろうな という エネルギーを秘めた
 非常に ジャズ的な ロックアルバムでございましたですね、
つづいては 音楽通おやじへの道です 
音楽通
おやじ
への
毎度おなじみのこのコーナーでございますが
 (きゃま 竹善さん ミキサー卓?の前に移動)
最新音楽シーンの流行の秘密をさぐりつつ 紹介していく
 音楽通オヤジへの道 
今日 スポットライトを当てるアーティストはですね えー かつて 
 チェッカーズで中心的人物でありまして 現在も 人気アーティストである
 藤井フミヤさん 役者でも 活躍しておりますけれども
ソロになっての第一弾シングル、 みなさんも ご存じの バラード トゥルーラヴ
 これが 大大 ヒットしまして えー バラードに定評のある フミヤさん
 ですけれども えー 今日ご紹介する曲も しっとり 聞かせる
 バラードですね デモテープでは アコギ一発で ビートルズっぽく
 コード進行していたそうなんですが アレンジのほうで フォーリズムセッション
 の シンプルな空間を大事にして あくまでも 元のできた時の空気を
 大事にしつつ えー 詩のせつなさを 大人の感じで自然に表現しているという
 それでは 藤井フミヤさんで インサイド

 PV
 藤井 フミヤ
 ”INSIDE”
 SME Associated Records

えー フミヤさんといいますと 出身は 福岡県の久留米でございまして
 小倉とならんで 非常に荒っぽいのが売りのエリアでございますけれども
 まあ 福岡というと めんたいロック、 ロックンロールが根付いた街でも
 ありますね えー めんたいロックというは、九州、それも 博多を中心にして
 ロックンロールバンド、ビート系が中心の音楽シーン この事をいいますけね
けっこう 濃い系の 福岡独特の日本的なメロディと 非常にハードな泥臭い音
 を ミックスしたのが このめんたいロックかなと、 
80年ごろには、 陣内孝典さんがボーカルをつとめていた、 ロッカーズ
 オオエシンヤさんがいた ルースターズ えー モリヤマタツヤさんが在籍した
 ザ モッズ 三つのビートバンドがほぼ同時にデビューしました、
それも 北九州出身のロックバンドを 広い意味で めんたいロックと
 呼ぶようになりまして 鮎川誠さん 率いる、 シーナ&ロケッツ、
 えー こちらのほうは すこし アートっぽい雰囲気もありますが
 彼らも 兄貴格として 語られるようになったと
藤井 フミヤさんも めんたいロックはかなり聴かれたのではないでしょうか?
 えー まあ チェッカーズがそうでしたけれども かなり オールドスタイルの
 ロックンロール 音楽的には 50年代のロカビリーが 基本になってましたし
ソロになってからも 更にロック色は 濃くなっていますね 
 このロック色強くなっているとは いわれながらも  非常に福岡的な
 日本的な えー メロディーワークは健在と言うことで 
 やはり この辺は めんたいロックを聴いてきているんだなと
 感じますけれどもね 95年に発表したセカンドアルバムはそのタイトルも
 ロックンロールと ずばり ロックンロールですね
 しかも めんたいロックの元祖ともいうべき ザモッスの ツーパンクスを
 カヴァーしまして 自分自身のルーツへのリスペクトとして
 これを あらわしていると 、
その後 時代の流れにそって 次第にデジタルの打ち込みをですね 駆使する
 ようになってですね サウンドをですね そして 新しい 試みをしております
 けれども えー 曲そのものは 昔ながらの フミヤさん独自のメロディが
 息づいていますね、 
えー フミヤさんというと 役者だけではなく シンガーだけでなく 最近は
 コンピューターグラフィックの アーティストとしても 活躍しておりまして
 非常に素晴らしい作品、 僕も見たことありますけれどもね
 創って おりますね いわゆるその メルチメディア的な、
 部分をアーテイストとして 視野を拡げて活躍しているのあかなと
もともとは60年代 50年代のロックンロールが大好きでいつつも
 えー 時代の最先端のマルチな メディアの拡がり みたいなところに
 目を向けながらの 活動かなと いうところで フミヤさん独自の
 スタイルをもっているのでは ないでしょうか
チェッカーズ といいますと ギザギザハートの子守歌でデビューしたのが
 1983年 ミュージッククリップこれが 量産されて MTVなんかでも
 映像メディアを通しまして えー メディアミックス戦略で 音楽が承知される
 まさに 走りの時代に登場したグループですね MTV花盛りという
 そういう 時代です 日本のポップスの歴史のなかでも
 ビジュアルからサウンドまで トータルイメージコンセプトを計算しつくして
 売り出された ロックンロールバンド形態の アイドルのはしりかな?と
 いうふうに 思いますね よく タータンチェック、ちがいますかね よく
 そういう風なのを着て みんなで 振りをあわせてですね 
 50年代にあった ロックンロールっぽい曲をうたいつつの グループが
 アメリカにもありましたけれどもね その辺の所をコンセプトにした
 グループかなと、 おもいますね 、
シャネルズがでてきたときも 黒人のボーカルソウルグループを
 コンセプトにビジュアルからやったのにくらべて 
 こちらの方は 白人の あの頃 アメリカにあった あのアイドル
 ビジュアルロック グループっていうんですか その辺のところかなという
 気がします
当時 チェッカーズが所属していたレコード会社が フジサンケイグループの
 ポニーキャニオンですけれども ヘヤースタイルから、 その名の通り
 チェックの衣装をきましてですね その 徹底した ヴィジュアルイメージを
 ですね フジテレビの番組を中心にしてですね バンバンだしましてですね
いわゆる この 目で見せるところから 打ち出していた、 そういう意味では
 非常にアイドル的だった わけですけれども 
涙のリクエスト、悲しくてジェラシーですとかね ヒット曲がたくさんあります
 そういう意味でも やっぱりこのシャネルズの最初の動きに、 
 似ていますね、 えー 名前はわすれましたけれども シャネルの後ろには
 あの 井上大介さんと言う方が トータルプロデュースでいまして
 えー チェッカーズにも そういう方がいらしたんですね
スーパーアイドルと化した 85年にはですね フジテレビが主演映画
 TANTANたぬきがですね 制作されまして まさに 60年代50年代の
 アイドルグループ アメリカとかが やった戦略をそれをですね
 復活させた感じでした レコード会社と放送局ががっちり組んで、
 えー ホントに トータルで売っていこうと スターをつくりあげていこうと
 そういう形で成功を収めましたけれどもね、
日本テレビが出資しております VAP バップレコードのアイドル
 菊池桃子さんが日本テレビ制作の映画に出演されているのも 
 まあ 同様の手法かなと、 えー 菊池桃子さんは デビューライブにも
 関わらず 武道館で アメリカのすごいミュージシャンを呼んで 
 やりましたけれどもね これも 音楽的な方向からというよりは
 話題づくり的な、ところと 仕掛けがあったんだろうなと 思いますね、
このメディアミックスは フジサンケイグループはですね 
 昔から やっておりまして 女の子のアイドルグループ少女隊、
 そして 宣伝費一億円と銘打っておりました セイントフォー
 これも 踏襲しておりますけれどもね そのなかで 一番成功したのが
土曜日の夜中にやっておりました オールナイトフジ、 終了時間未定という
 ふうな 感じで はじまった この番組でございますけれども
 月曜から 金曜の夕方に放送されていました 夕焼けにゃんにゃん
 こちらの方でございますけれども この二本立て、これが フジテレビの
 この時のおもしろい 発想だったなと おもうわけです 
 番組であそびまくったという 感じの  このときの僕も 大学生で
 オールナイトフジ みてましたですねぇ、
まだ 女子高生ブームはなかったので 夕焼けにゃんにゃんはあんまり
 興味はなかったですけれども え 番組の人気が浸透してくるやいなや
 番組に出演していた女子大生や女子高生が ぞくぞくと ソロやグループで
 レコードデビューして ヒットチャートをにぎわしておりました
えー とくに おにゃんこクラブ出身の娘は強力でございまして
 最初にソロデビューした河合その子さん 彼女をかわきりに 86年から87年
 の日本のポップスチャートの一位はほとんど、おにゃんこクラブの
 メンバーがおさえておりましたね、 えー ちなみに 夕焼けにゃんにゃんの
 オープニングテーマも チェッカーズが歌っていたと 
当時ですね 背後で 背後って言うと なんかな 
 トータルで大きく プロデュースしてですね 企画的に素晴らしい アイデアを
 だしていたのが 秋本康さんでございましたけれども おにゃんこクラブの
 メンバーと結婚しましたけれども  こういう システムに長けたブレインが
 フミヤさんには あるのかな?と 思いますね、
彼自身 すごいカリスマがありますからね そういう 意味では 
 マルチメディアで売り出すというところには 抜群の、素材だったのかな
 という気がしますね ソロになってからも テレビ主題歌、イベントの主題歌
 いろんなものを タイアップしまして 巧みに 自分のこう、 
 なんていうんですかね 彼の中では トータル的にアートなんでしょうけどね
 すべてのものを うまーくリンクさせて 未だに大活躍しております
 猿岩石に書いた歌も大ヒットしましたしね えー CGアーティストしても
 大活躍しておりますけれどもね レコード会社を映像メディアに移すように
 ソニーに移籍して えー コンサートにCGを駆使するだけではなく
 コンサート自体をインターネットで会場外とつなぎまして 
 インタラクティブ 総合コミュニケーションを実現したと
 これは これからの将来 主流になっていくのではないかとおもいます
 この前 ポールマッカートニーやりましたしね 
えー すでに 次の世代のメディア これを 自分のなかに生まれるアイデアと
 どんどんリンクして ミックスして 音楽を表現しているわけですね
それでは 音楽通おやじにささげる セールスチャートです
Sell
CT

PV
 ポルノグラフィティ
 ”ミュージック アワー”
 Sony Records

 今井 美樹
 ”Goodbye Yesterday”
 WARNER MUSIC JAPAN
Letter  
No3 それでは カウントダウンにもどりましょう 
 一人でも ヒットメーカー 第三位

PV
 Christine McVie
 ”Got A Hold On Me”
 WARNER MUSIC JAPAN
 '84

彼女はですね フリートウッドマックというですね
 ビックなバンドのメンバーですね もともとは ブリティシュブルースバンド
 えー イギリスの白人がやる ブルースバンドということで
 60年代に登場しましてですね  えー どんどんどんどん メンバーチェンジを
 しましてですね 70年代以降は ポップな方向に はいっていきました 
ブルースだけじゃなくて いろんな 音楽性 これは はいってくるメンバー
 が はいってくる メンバーの音楽性がどんどん加味されて
 どんどん 熟成されていって 拡がっていった結果 ポップなサウンドに
 なっていきましたね バンド自体がポップを目指したのではなくて
 各自それぞれがもってくる音楽性が とけあっていくことによって
 いい方向へすすむという  そういういみではですね この 
フリートウッドマップというバンドはですね いえみたいなものでですね
 そこに ソロ的なニュアンスを持った人間が、とんどん 自分の音楽性を
 もっていって 出たりはいったりしているうちに フリートウッドマップという
 音楽性が熟成されていったという そういう グループですね
ほかには リンジーバッキンガム スティービーニクス、どちらも ソロで
 やっておりますね この人たちも あとから はいってきて まあ
 リンジーバッキンガム スティービーニクス、が 入ってきた事が、
 ある意味 フリートウッドマップをですね 最終的には メジャーポップ路線に
 持ち上げた 理由ではありますけれども その後ろでですね もともとも
 濃い ブルース路線から それこそ リンジーバッキンガムですとか
 連中がはいってくるまでの 間を こう ふくらまして いったのが こう
 まあ クリスティンマクビイの大きな 役割だったのかなと
 今 考えると そう おもいますね 
このバンドも トラブルの多いバンドでして クリスティンマクビー、
 ベースの人と ジョンマクビーと 結婚して 離婚して、 お互いに、 
 彼氏 彼女つくっちゃったりして おおもめ、 どろどろの時にできた
 うわさ という 天才的なアルバム、 はい これも また 音楽のおもしろい
 ところで あります バンドが仲がよかったら いい物が できるというわけでは
 ないんですね これね 作品とは関係ない この 世の中を社会を 凝縮する
 結果かなと おもいますけれどもね  
それでは 一人でも ヒットメーカー 第二位
No2
PV
 Michael Jackson
 ”Billie Jean”
 Epic Records
 '83

もう この 曲のベースライン、 ウオーキング ベースラインというんですけどね
 この 歩く ♪ どぅるどぅる どぅる どぅる ♪ これは ソウルの王道の
 ベースラインなんですけどね これを大きく 最高に格好よく活かした、
 この 楽曲 ビデオも、 マイケルジャクソンの ウオーキングのステップを
 活かしたこのダンスがとても カッコよかったですけれどもね 
えー この人は ジャクソンズ そして ジャクソンファイブ、 そのなかに 
 まあ 同じですけれどもね 、、 に在籍した人です  このグループは、、
 兄弟ですね 連中のお父さん、が 非常にこの えー 自分たちの子供たちを
 スターにするんだ エンターテイナーにするんだと いってですね
 子供の頃から 鍛えまくった、 わけで ございますけれども 
えー そのなかでも 非常に天才的な要素を ほかのメンバーとくらべると 
 非常に高くもっていた マイケルジャクソンがですね やっぱり 最終的に
 ソロの方向へ すすんでいくのは ある意味 当然かなと いうかんじですね
えー まあ 兄弟ですから より 俺 好きなこと 自由なことやるわ ってですね
 飛びだしていくのは  可能だったりするのかなという感じはしますけれどもね
えー モータウンから デビューしまして エピックに移籍しまして あちこちに
 えー 活躍しましたけれども まあ 最終的には 自分たちを育ててくれた
 モータウンに敬意を未だに もっていながら、、 なんていうんでしょう
 自分のなかにおける 幅広さという どんどんどんどん 自由に表現してく人で
 ございます 
そのほかに は この 兄弟には ジャネットジャクソンがいまして
 あとは マフィアの奥さんにもなり ヌードも披露したという 
 ラトゥーヤジャクソンもいました いわゆる 家族総出で エンターティナーと
そのほかには ブラックミュージックの世界で、 家族で いわゆる 家族総出で
 やっている人たちには ワイナっていう 人たちがいますけれども
えー これは アメリカ独自の、エンターティナーにどん欲な
 部分の独自における 家族総出の ええ カテゴリーっていうかね、
 人間関係で音楽やっていく関係かなと おもいますね 
日本でも これを 追いかけて フィンガーファイブなんてのも 
 でましたけれどね アキラくんが 声変わりしちゃって
 これがですね マイケルジャクソンが 声変わりしないように 苦心したのと
 大きな差がでちゃったかなと いう気もしますね 
えー ジャーミンジャクソンと言う人もいました この人は はやばやと
 ソロになったひとですね ジャクソンファイブでね 
えー ということで ひとりでも ヒットメイカー 第一位です
No1
PV 
 Daryl Hall
 ”Dreamtime”
 BMG FUNHOUSE
 ’86

えー ホールアンドオーツの ダリルホールですね
 この人は学生時代から ジョンオーツと一緒に
 このバンドをやってましてですね えー プエルトリカン系のジョンオーツと
 ですね 白人の ダリルホール の音楽性がうまくまざってですね、
 基本的には ソウルなんですけれども ロックンソウルという言葉を
 生み出したぐらいに えー あるいみ ロックとソウルの彼ら独自の融合を
 はたした すばらしい デュオグループですね 
えー 大ヒット曲 プライベートアイズ マンイーター サラスマイル
 とかですね スマイルフォーミーとか すばらしい曲がありますけれども
彼の ダリルホールの場合は、 ホールアンドオーツというバンドは
 永遠なり みたいなところがある人でして そのなかで ちょっと ソロで
 遊んでみようかな と バンドとは別に 自分の好きなことをやる
 というよりは ちょっと ソロでなんか やってみたいぁと
 ジョンオーツも なんか 一人でやっているみたいだし、
 そういところで 気楽に ソロに向かったみたいな ところが あるのでは
 ないでしょうかね
ある意味 僕が シングライクトーキングでソロをつくった スタンスに
 近いかなという気がしますね ただ 気楽にというほど 気楽では
 ないのですが (笑) やっぱりこの 土台は永遠なりという
 部分はありながら 個人の えー また やってみたい欲求というのも
 非常にあるものでございますが そういうところを まあ 表現して
 今まで 紹介してきた アーティストも また カラーを変えた 
 ソロの仕方でございますね。
えー このダリルホールと言う人はですね ウイーアーザワールドに参加したり
 ですね 当時 80年代には 本当に大スターとして 一斉を風靡しました
 けれども まあ 最近は 二人で久しぶりに アルバムを 、、
 一昨年かな? だして そして 全国 ワールドツアーをやって
 一まずやすんでいるというところでしょうか 
ちょうど 2年前に シングライクトーキング、武道館で ホールアンドオーツと
 共演しまして その時も 彼ら二人のですね ほとんど 兄弟状態の空気感が
 非常に印象的だったですね 
End1 というわけで お送りしてまいりました 週間カウントダウン 
 一人でもヒットメーカーいかがだったでしょうか?
単純に ソロ、 グループと えー いう風には分けられない
 いろいろ千のグループがあれば 千種類のいろんな精神的な
 理由ですとかね えー そういうふうな ソロやったり バンドやったり
 っていうのが わかれていくんだというのが 今日は なんとなく 
 伝わったかなというのが いう風に思いますけれども
えー 僕ら三人、 僕らは 僕もソロをやり 西村もやり 千章もソロをやり
 年々年々 えー やっていこうとする 音楽のカラーが 離れていってます
 けれども その 離れていく というのが 精神的にバンドに戻ったときの
 拡がりっていうのが そういう風なところに あらわれていくのかなと
 おもいますね 
まあ 最終的には、やっぱり きれいな 言葉でいれば ”絆”
 きたない言葉でいえば ”腐れ縁” みたいな 
フリートウッドマックなんかは 腐れ縁の かたまりですね
 ホールアンドオーツは 絆、 まあ なんでも いいんですけれども
最終的には作品を出すための それぞれの葛藤があるなかで
 一緒に組んでやってみたりとか たまには ソロでやってみようかという
 なんか この 家族とわかれたり 兄弟とわかれたり とか また
 一緒になってみたりとかと そういうふうな ところは なんら
 変わりはないんだという ところがですね 特に こういうのを みると
 わかるのでは ないでしょうかね?
というわけで  
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End2 えー というわけで 今週も そろそろ おわかれ 
 週間カウントダウン お相手は シングライクトーキングの 佐藤 竹善でした
それでは また 来週