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週間 カウントダウン No 48
Broadcast at 2000 9/17
This Week Theme
” 昨日の友は今日のライバル ハードロック編 ベスト5”
Talk: Chikuzen Sato and Tomohiko
Nmiisimura
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| Pre.T | 竹 みなさんこんにちは、エー毎週、毎週楽しみにしている皆様方 実は今日初めてみた、なんなんだこいつらは? バンバンか? と 思った方もおられるかとおもいますが、 エー 懐かしめのビデオクリップを見ながら、皆さんと楽しい時間を過ごす この番組でございます。 シングライクトーキングの佐藤竹善です。 西 同じく、西村 智彦です。 竹 今日はですね、えー非常に人間関係がドロドロしている、 西 (笑) 竹 ロックの世界、、、 西 やだねぇ、、、 竹 その割には、狭いところで行ったり来たりしている、 西 そう くっついたり離れたりくっついたり離れたりタイヘンなんですよ、 いそがしい、、、。 竹 そうなんですよ、 早速ですがビデオクリップを見て参りましょう、 西 はい 竹 このバンドもそういう逸話が絶えないバンドでございます、 |
| No5 | Deep Purple ”Highway Star” 竹 最初このディープパープルができた頃は、アートロックなんて いわれましてね、キーボードのジョンロード彼が中心になっていた えーちょっとクラッシックでサイケレデリックな 西 はい 竹 グループでございました。 ハッシュという大ヒット曲がありましたけれども、えーこれがですね 第一次パープルですね 西 はい 竹 このグループも結構まあいいでございます、 西 はい 竹 何年か前に、こうグランジ系のグループがこのハッシュをえー 復活させて大ヒットさせましたけれども、そして、その後に第二期がきます 西 はい 竹 はい いわゆる第二期が黄金時代でございます、 西 はい そう 黄金時代です。 竹 ボーカルはディランディラン、ベースはロジャーグローバーでしてね よりボーカルが非常にこうなんていうんでしょうね、ブルージーであった えー一期に比べて、非常にこの、よりハードに 西 はい 竹 どおっーと、いく! 西 一気に変わりましたからねこの辺、がらっと 竹 そしてこの頃からギターの問題児リッチーブラックモア、、 西 (笑 はっはっはっはっは〜) 竹 彼が、えー だんだん主導権を握るようになっていくわけですね これが第二期ディープパープル、名曲がたくさんありますけれどもね オーケストラと一緒にやったりとかですねほんとにアルバム毎にですね 名作と呼ばれる作品が沢山でてきましたね。 西 はい 竹 そして、、伝説と呼ばれました武道館でのライブ。 西 はい 竹 えーまあ ディープパープルとかこういう代表的な70年代のグループが いわゆる武道館という場所の名前をですね全世界に広めたわけですね。 西 そうです 竹 えー 最終的には”ブドウカン”なんていうヨーロッパのバンドも ありましたからね、 西 ありましたね、、、ありましたありました たしかに 竹 えー そして まあ だんだん売れて、そうすっとそれぞれが、 やっぱり、ばんばん言いたいことも言いたくなってくるし、やりたいことも やりたくなってくる生活も乱れてくる、ドラッグ、女、酒、、ガンガン乱れてくる 西 うん 竹 なにしろこのロックというちょっと破壊的なね、、この時代は破壊的な 部分を持っていたえー ハードロックでございますから、、 それぞれ”そんな悪いことをしてはいけないよ〜”なんていう事もなく 西 (苦笑) 竹 ”それがあるからかっこいいんだよ音楽は!”なんていうのが まかり通っていた時代、、 西 (笑) 竹 はい、 そして とうとう イヤンギランさんロージャーグローバーさん 脱退しました、ですね 、、 それである意味ロジャーグローバーさん 結構このグループの良識人だったわけですから、 西 そうそう 竹 えー また第三期と歯止めのきかない方向へリッチーブラックモア 中心になってきましたね。 そして 第三期にはいりましてベースにグレンヒューズ、ボーカルにはですね 後にホワイトスネイクで活躍することとなる、デヴィッドカヴァデェル彼が参加 してですねいわゆる一方こっちは熟成期、円熟期となるわけですね 西 そうですね 竹 ディープパープルね、ほれでアルバムの”紫の炎”なんていう名作もあります はい そして ”ライブインヨーロッパ”という名作もありますね、 えー”れでぃらう゛ぉじーら”という名作もありますね(笑) 西 (笑)うれしそうですね なんか、 竹 うれしいですね、 で そしてこの第三期なにがおもしろいかというと グレンヒューズも非常に歌がうまいので、 西 はい 竹 グレンヒューズとデヴィッドカヴァデールこの二人のボーカルの うまい具合に振り分けた感じもかなりなっております。 西 ツインボーカルね、 竹 はい そして ジョンロードもかなりクラシカルなオルガンを披露するように なりました、リッチーぶらっ、 リッチーブラックモアもよりブルージーな方向へ いくようになりました、ミステリーデッドなんてより濃いね曲もあったりしますが 西 はい 竹 そして その後に、第四期というのもあるわけですね、 西 はい 竹 これは リッチーブラックモアがやめてしまいまして、 西 はい 竹 ギターにトミーボーリン彼がはいりまして、 西 トミーボーリン 竹 トミーボーリンがはいってからのディープパープルはけっこうポップに 西 そうですね 竹 非常にポップな作品でございますけれどもね、 まあ それが多いですね、えーそしてトミーボーリンが武道館ライブに でているわけですよ、 西 出てますね、 あのとき 怪我しちゃってね、 竹 そう 全部ボトルネックで、 西 ボトルネックでやったんですよね 竹 ボトルネックで聴く、軽い感じの”スモークオンザウオーター”も なかなかオツで、えー彼らの、、第四期の唯一の名曲は”幸福な兵士”で ございました、 西 へぇー ほんとになんか 今日は幸せそうですね(笑) 口がすべりますねぇ、(笑) 竹 はいはいはい、第四期は消えいく枯れていくディープパープルのよさ これにみちあふれていました、 そして 解散となるわけですが えー そしてつづいては問題児 リッチーブラックモアに、、 当然今日は、 ”昨日の友は今日のライバル”というわけですから 西 はい 竹 焦点あたっていきます、 第四位 |
| No4 | Rainbow ”All Night Long” 竹 レインボウで”オールナイトロング” 西 はい 竹 リッチーブラックモアはディープパープル辞めて、まるで ディープパープルに対抗するように 西 そうそうそうそう 竹 つくった、このグループでございますけれども、 ヴォーカル あの 5オクターブでるという、、 西 あの 、、、ロニージェームスディオン、 竹 ロニージェームスディオン 一日にたばこ5箱吸ってウイスキーボトルでのんでも声が枯れないと 西 ええ 竹 そういう逸話がよくミュージックライフとかに載ってましたけれども(笑) そして ドラムスがコージーパウエル 西 はい 竹 スタートしましたけれども、 このグループねディープパープルというものの人気と第二期、 ディープパープル第二期、三期でついたリッチーブラックモア大ファン達が このレインボウを支えましてですね しょっぱなから大ヒットしました、 西 うん 竹 実はこの人かなりビジネスマンなんですね、 西 うん そう かなり ビジネスマン 竹 かなり ミーハーな男なんです、はい 西 だって 平気であれですよね ポップな事やりたいっていうんで ボーカルを首にしますからね、 竹 そうです それで ボーカルをグラハムボーネットを雇ってですね ニューヨーカー唯一のアメリカ人、ニューヨーカーグラハムボーネット スーツ着せてですね非常にホップなハードロックな曲を出したりですね、 これは非常に売れましたけれどもね、 西 はい 竹 当時サンタナも同じような事をやりましたけれどもね、 それが うれましたが 本来のとにもどるわけですね えーそして レインボウはいろいろぐちゃぐちゃありつつ解散し でも そのなかで いろいろ名曲ありますね ええ 名ライブアルバム”キャッチザレンボウも、、二枚目、、二枚組の これも 日本ですよ 西 そうでしたっ、、 そうですね ヒューザピンクから始まる奴ですね 竹 そうですそうです それでは 音楽通おやじへの道です |
| 音楽通 おやじ への 道 |
竹善さん一人 (ミキサー卓の前に座り) えー毎度おなじみのこのコーナーがやってまいりました、 最近のJ-POPシーンをこの番組ならではの視点で分析して、 ”最近の音楽はわかんねぇなぁ”という あなた、 あなたも若い時には 年上の人にいわれていたでしょう、あなたはならないように、 ぜひ これで今の音楽をつかまえていただきたいと思います、 今日登場するアーティストは最近はプロデューサーとしても大活躍している クラブシンガーでして 大沢しんいちさん率いる、 モンドグロッソ エーグループの司令塔 大沢しんいちさん 司令塔というよりは 彼がモンドグロッソという感じですが プロデューサとしていろんな 女性アーティストを手がけておりまして UAのリズム、 チャラのジュニアスイートこれなんか おなじみかなという気もしますが、 まあ それまで DJ的な クラブ的な活動をしてきた彼ですけれども UAとの出会いが非常に大きかったらしくてですね それまで 洋楽しか 興味なかったらしいんですが 日本人とやる、コラポレーションすることにより UAとの出会いで自分のなかで大きく開いていったわけですね 去年大沢しんいちさんは 自分のレーベルで リアルアイズを立ち上げまして さらに活動を拡げておりますけれども このレーベルから登場した アーティスト第一弾としまして バード は バード フィーチャリングとか なんとか フィーチャリング バードとかで なんとなく オリコンチャートとかで 名前を見たことがあるのではないかとおもいますけれども えー結構R&Bタッチ、というか 70年代のソウルミュージックタッチで このへんのソウルズが記憶に新しいかとおもいますけれども えー 今回紹介するのは フューチャリングボーカル、 これをつとめております、ファミリーの間でコラポレートしていくという 典型的なパターンでございますけれども、大沢さんの創る音楽は 手作りなアコースティックサウンドと、コンピューターのプログラミング、 いわゆる最近の典型的な音楽のつくりかたですね、 えーこれが非常に絶妙にえー混ぜ合わさって、えーそうですねミクスチャ サウンドでござますけれども、ミクスチャサウンドは結構ありますけれども そんなかで かなりこのなんていいますかね、クラブシーン的要素が強い えーアーティストというか プロデューサーでございますね、 ライフと言う曲もですね ブラジルのサンバをもとにしておりましてですね 最近ヨーロッパの方にですね 特にフランスイギリスドイツにですね 結構 ブラジルとかその辺の南米の方の音楽がですね えー なんていうんでしょうね ハウスだなんだと形を変えるまえ オリジナル、、オリジナルの形でプラス、ほかのテクノサウンドや 混ぜたり、ほかのジャンルと露骨にまぜたりというところでもりあがっています そういう流れに彼はリンクしているのかなと思います。 それでは モンドグロッソで ライフ フィーチャリングバードをお聞きください PV MONDOGROSSO ”LIFE feat bird” SMEJ Associated Records えー このライフヒューチャリングバードと言う曲はですね、 ブラジルのサンバを基にした曲ですけれども もともと大沢さんの 音楽的ルーツというのはボサノバということでね、えーボサノバをギターで 弾き始めたところから音楽をつくることを始めたということでね えーなかなかこう日本人のなかではボサノバ系から始めてですね えーよりポップス的な方向ミクスチャ的な方向へ拡がるというのはですね なかなか前の世代ではいなかった非常に貴重な人であると思います、 まあ ボサノバ自体がもともとサンバとジャズの融合でできたものですから えーそういう意味ではもともと彼のなかではミクスチャ的な土台っていうのは 最初からもうそういう入り口から えー結構DNAのなかにはいったのかなと 思いますね、えーMONDOGROSSOがデビューしたのが93年ですけれども ちょうどロンドンでアシッドジャズというのがはやっていた頃で トーキングラウドのレーベルを中心にしていろんな人が、クラブで好きなことを やっていましたけれどもね まあ アシッドというのはもともとクスリでらりると言う意味(苦笑)ですけれども えーらりった状態でやるような 向こうでクラブというとクスリと切ってきれない ですけれども、けむりとかですねえーそういうふうななかで 70年代にアメリカで出来上がってきたジャズファンク、 えーまあジャズミュージシャンがジャズだけではメシを食っていけないので ファンクと混ぜて好きなように演奏したのが始まりのですね その辺のところの名アルバムが沢山存在するわけですけれども そういうものからプラスもともとジャズはいってますからそれのルーツに 脇から入ってくる南米のいろんな音楽、南米の音楽も、60年代50年代から ジャズの要素にかかせませんからそういうもの作品はたくさんたくさん 死ぬほどあるわけですからねそういうものを、たとえばクラブとかだったり したらですね、ジャズならジャズだけ、ロックならロックだけとR&Bなら R&Bだけという感じだったのが、そのアシッドクラブ系のDJ達がですね かっこよかったらなんでもやるという感じでですね、 ジャズからジャズファンクからサンバからボサノバからサルサからなにから 掛けまくってですね、えーアシッドジャズというムーブメントが生まれた わけですね、そして今度はそれを生で演奏しようということになって 当時いろんなアーティストがでてきました、その辺のムーブメントが 彼のなかではとても大きかったのではないか、 ディスコじゃない クラブですねある意味DJの趣味みたいなものが中心に なっている、大きく言うとそういう感じですかね、 ディスコが踊らせる為にえーDJさんがもりあげる、クラブはどっちかというと クラブDJがすきなものをかけまくってらりっているところにみんなもらりって おどりまくるという、なんか主従逆転っぽいところがちがいかなと そんなクラブシーンと呼応したのがどうかポップス系にも、アシッドというわけ ではありませんが、ジャズやラテン音楽、えーフレンチボッサとよばれる 世界とかいろんなものの影響を受けたポップスアーティストとかでてきまして ですね シングアウトシスターとか シャーデー ワーキングウイーク、 マットビアンコ と いったグループがヨーロッパを中心にでてきますね、 まだ アメリカではでてこないですね 90年代なかばくらいになると より なんていうんでしょうね ポップスでキレイに洗練された感じでは やっぱりつまんないということでもともとのえーそれぞれのジャズとか ジャズファンクなんかを露骨に前にだしつつ そこにDJなんかの 新しい ハーベンハーコックなんかをメジャーに広めた、ああいう世界ですね ロックイットなんかそういうのを混ぜついわゆるルーツものを 露骨にぶつけあうところに一度もどりますね それが アシッドジャズという ムーブメントかなと思いますね、えーそれは 今まで イギリスのチャートで 主流を占めていました、今までのロックとかそれまでのポップスとか ロックとかと出所が全然ちがいますからね、それまでは、歌メロを中心に しつつそれに いろんな音楽性をプラスしていこうというのが、 スイングアウトシスターズにしても マットビアンコにしてもありましたけれども どっちかというと アシッドジャズ系からきた人たちは、まずサウンドの実験が ありつつ、歌ものあったりなかったりというのが、最初は強かったような 気がしますね、 えーまあそういうグループも後には音楽はメロディーだろう と言うところに結局どんなジャンルもいってしまうわけですけれどもね えーそれぞれがみんなやっぱり音楽をやっている人たちは、 70年代のソウルファンクミュージックとかというところで歌を中心にする 曲作りに変わっていったりしましたけれどもね、 ロックの方はですねライブハウスを基盤にしまして、えービートルズも プレスリーなんかをルーツにしまして発展したのに対しまして、 アシッドジャズのバンド達はクラブという ハコ これを中心にしつつ、 えー盛り上がっていったとまあそのクラブの人の素材として、 まあ ジェームスブラウンやジミースミス そういった人たち あとは ボブジェームスなんかもクラシカルな、、70年代にいろんな人達が 半分金のためにいろいろ試したジャズファンク、えーこの辺のところを 掛けまくってこれはこれで いなたくってかっこいいじゃないかと かけまくった クラブのハコの魅力、これからでてきてるというのが アシッドジャズの系の人たちの特徴かなというふうにおもいますね ですからある意味 自分のルーツのアーティストありきというより 自分のルーツのムーブメントありきというのですかねこの音楽の、 これが アシッドジャズのまあある意味クラブ的な実験性の強く秘めたところ かなと言う気がしますね、 えー そしてロンドンではですねアシッドジャズが巻きおこっていた頃、 日本でも当然アメリカイギリスには呼応しますからねいつの時代でもそうです えークラブでジャズを掛けて盛り上がるシーンがありまして、 ユーロビートで疲れ切っていたそのころ ジャズかけまくったりジャズファンク 掛けまくったりなんてしているとDJもりあがりますからね、 音楽好きが 集まっていますから 当然そうすると ユーロビートばかりではなくなって きましたしえーそれこそ踊るだけのチープなハウスだけでもなくなってきまして どんどんどんどんえーやっぱりおもしろくなってきました、これはロンドンの 動きっていうのがとてもおもしろかったから とおもいます このころアメリカって言うのは クラブはただただ踊って大騒ぎして 音楽も劣化していくばかりという感じだったわけですね まあそのあと イギリスのアジットの動きもありまして アメリカのクラブシーン から音楽シーンに逆影響を与えて、えーアメリカの音楽もまたルーツもどり していきますけれどもね、そういういみではアメリカイギリスの関係も 常になんていうんですかねキチクしあっていておもしろいなと 日本のクラブシーンからもジャズ、ラテンを演奏するするバンドがいくつか 現れておりました、というよりは それまでやっていたんだけれども そのムーブメントの、ある意味、光を借りて、注目されるようになったという ところが非常に大きいかなと、そして 当然 新しく組む若いバンドも現れる ようになりました このMONDOGROSSOは そのどちらでもない 両方のニュアンスが どちらかというと そういうムーブメントに合わせて 創ったのかなという色合いもつよいような気もしますが ムーブメントが来たからというまえから ある意味えーそういうラテンという 音楽を意識していたのかなとデビューの頃も感じていましたので、 えーちょうど微妙な地点にいるのかなと と 言うことは 今のクラブシーンに おいては 元祖的な スタンスになるのかなと思いますね、 mondogrossoはですね クラブシーンを拠点に活動してきましたので えー当然そのサウンドの趣向は東京のクラブシーンの流れに 沿っていきますね えーデビュー当初はジャズファンク サンバジャズなんか 得意だったかれらですけれどもね 次第にヒップホップをとりいれたりも しております97年ごろには 歌もののメロウなR&Bテイストを打ち出して、 ということで アメリカイギリスの両方のヒップホップからクラブシーンを 意識したサウンドづくり曲づくりがですね 完全に一致しなから歩いて来ている のがよくわかりますね えー でも まあ 表だったPOPシーンに 出て来るには まだ かっこよすぎるというのが 当時はあったでしょうね まだまだ アンダーグラウンドのクラブシーンを拠点に活動していた彼ら ですけれどもね えー どうどうとJ-POPのオーバーグラウンドで活躍を してくるようになったのは やっぱり 日本のPOPシーンがやっと そういうのをうけいれるようになったから そして 若い人たちが 別に普通にニューミュージック盛り上がってて歌謡曲もりあがってて ロック盛り上がってて、おれらもそれと同じ感覚で盛り上がっているんだよね というような感覚がですね伝わってきたのかなと、 僕が大学生のころもラップのグループとか沢山ありましたけどね、 やっぱり きわもの的なイメージがかなり強かったし、 えー受け入れて入れる土壌もなかったし 受け入れてもらおうともしていない というところから始まってますからね、 そういういみでは その次の世代次の世代、いう人達がポップスを聴くように、 えージャズやサンバや、そうですね ジャズファンク、ボサノバ なんだって いうのを聴いてきたというのが音のなかによくあらわれているが為に やっぱりポップスとして伝わっているのではないかポップスとして みんなのなかに受け入れられるようになったのかな、 というふうにおもいます、大沢さんのインタビューを読んでもですね いろいろ実験しておりますけれども一番大切にしているのはですね 音楽的であるかどうかというところを一番大事にしていると いつの時代のアーティスト、ミュージシャンがどんな実験していても 音楽的なことを目にかけていないアーティストはその時のはやりで 消えていってしまっていますからね、そういう意味では彼は成熟した クラブムーブメントのラインの筆頭かなと思います、 えー彼はドラゴンアッシュとかジーブラとかラッパ我リヤとか そういうヒップホップシーンありますけれどもね先ほどいった そのラップの話しましたけれども まあ彼らも当然えーラップだって 普通のロックとかポップスと同じくらい、若者の物で楽しくて、決して アングラなものではないとえーいうようなことを自由に伝えようとしている ところがあるからこそ、やっぱり伝わってくるのではないでしょうか、 ”東京の下北沢のおれらかっこいいことやってんだぜ”というような連中は もう過去のものと、いう風になってきていると、というわけで というわけで長い時間をかけてようやく普通にJ-POPの中に存在するように なってきたのは彼らの意識の変化というのがとても大きかったのでは ないかというに思います、そのムーブメントのなかにいた人たちのね それでは音楽通おやじにささげるCDセールスチャートです |
| Sell CT |
チャート省略 PV SMAP ”らいおんハート” VictorEntertainment 平井堅 ”楽園” SonyRecords |
| Letter | |
| No3 | 竹 それでは カウントダウンにもどりましょう 西 (きゃま 智彦さん大きくうなずく) PV Aerosmith ”Draw the Line” SME International '77 竹 このグループのなかではヴォーカルのスティーブンタイラーと ギターのジョーペリー 西 はい 竹 この二人のやりとりが常にバンドのですね話題を提供しております、 79年のアルバム ナイトインザラップではえー作品に不仲ががんがん 表れておりまして ジョンペリーが一回抜けてしまいました 西 この二人は実はですね 喧嘩していたんですけれども ホントは一緒にやりたかったらしくって、意地の張り合いでね、 結局 やむを得なくというらしいですよ 竹 そうでしょうね その意地がなければ若い頃のあの勢いの作品も ないでしょうしね、 西 ないでしょうしね、 竹 ということで、やっぱりあらためて自分の音楽に自信を持ち始めて また一体になってヒット曲を飛ばしはじめるわけですけれどもね 昨日のともはきょうのライバル ハードロック編 第二位 |
| No2 | PV Van Halen ”Panama” WARNER MUSIC JAPAN "83 竹 えーこのパナマは1984からの作品でございますけれども えーこのアルバムは実はヴォーカルのデヴィットリーロス 西 はい 竹 彼が参加した最後のアルバムとなってしまいました、 このヴァンヘイレンというバンドのおもしろいところは中心となる人物は エドワードヴァンヘイレンなんですけれども、音的には曲的には、 やはりヴォーカルが中心になっておりました デヴィットリーロスやめてヴァンヘイレンいったいどうなるんだろうと 思ってましたら、えーなんとサミーヘイヴァーを 西 そうです 硬派です 竹 もと モントレーズのヴォーカルでしたけれども やっぱり 昔からヴァンヘイレンの好きな人はデヴィットリーロスのほうが よかったなぁ、という声もありましたが、 西 わからないんだよねこれが、 竹 別の物として 西 うん 竹 サミーヘイヴァーのいたグループも全然負けていないのではないかと 西 うん 竹 いう風におもいますけれどもね 続いて 第一位 |
| No1 | PV Jeff Beck & Rod Stewart ”People Get Ready” Epic Records '85 竹 ジェフベックで ピープルゲットレイディ、 西 はい 竹 ヴォーカルはロッドスチュワートでございます、 西 うん 竹 えーいわゆるジェフベックがロックをストレートにロックをやっていた頃の 作品でございます、そして このジェフベックさんはだんだんフュージョン ぽ かったりですとか ジャズぽかったりですとかそういう方向へ進みましたが ロッドスチュワートは永遠にロックのヴォーカリストでありますからね 西 はい 竹 しょっちゅう喧嘩している 西 ロッドスチュワートはどっちかというと エンターテイメントの方が 強いじゃないですか、 竹 うん 西 ジェフベックというのはそれこそ自分の音楽を突き進める、、 竹 そうね 西 そこらへんで なんていうの 竹 基本的にストーンズとかねあとカントリー系とかの 西 うん 竹 アコースティックな、あの 曲調がメインの人ですから 西 うん 竹 やっぱり音楽的に実験されると 歌いづらいというのが 西 うん 竹 あったのではないかと 西 うんうん そうそうそれある 竹 あったとおもいますね 84年、ロッドスチュウアートの全米ツアーに 久しぶりにギターで参加して、 西 はい 竹 仲直りしたのかなと なりまして 盛り上がりましたけれども また 喧嘩しまして、 西 ああ 竹 大人になりきれなかった ジェフベックは、、、 はい そして ジェフベック参加したのですけれども 7公演で 辞めてしまったと ね これは ある意味最近では オアシスとかに近いものが あるんではないでしょうかね、 西 (笑) 竹 えー仲直りした時期に、ちょうどジェフベックがアルバムを 録音しておりましてロッドもそれに参加していたので、 西 はい 竹 まあ 録音していたときは 冷静だったのかなと、 西 ああ 竹 大人でいれるんですけれども ツアーやってなにとなると 一発勝負ですから これは やっぱり 大人になりきれないロッカー達は もめるでしょうね、 西 ふふふふ、(薄笑) 竹 えー 今はどうでしょうね、 70くらいになったら 西 ジェフベックがあんまり変わっていなさそうでね、 竹 70になってもいんごーなじじい、 西 じゃないかと思うんだけど、、、 どうかなぁ 竹 あとはロッドスチュワートが大人になるしかないです まあ 別に二人が一緒にやらなくても いいんですけどね(笑) 西 (笑) 竹 ということでございまして |
| End1 | 竹 仁義なきバンドの人生縮図、えー昨日の友は今日のライバル ハードロック編 西 うん 竹 まあ そういみではバンドというものをを勉強してみてわかるのは 西 はい 竹 やっぱり 長くつづけていくというのは タイヘンで 続けるということが いいことでもないし 悪いわけでもない、ただただつづいたという現実が あるだけです そのなかで 一番大事なのは 良い作品が残ったかどうか と言うことであります、ただただ 30年つづいても つまんない音楽を やっていては意味ないわけです ほんとにただの 営業バンドになってしまいますから ですからやっぱり 大事なのはいい作品が次々のこっているかなと、 その中ではもちろん 人間ですから いろんな葛藤があって 解散する連中もいれば 続く連中もいると 西 うん 竹 というというころかなと 思いますね。 まあ 今ここに (きゃま ADさんのだすテロップを指さし、、) バンドで長くやっていくひけつは かっこシングライクトーキングの場合と 出ていますけれども 今日の特集やってですよ、 たかだか12年の僕たちが 西 はい 竹 なにを語れましょう、 西 (笑) 竹 何もかたれません、 要は好きなことをやるしかないと 西 うん 竹 これは これは 長く一緒にやっていく秘結ではなくて 音楽続ける秘結 というわけで お別れの時間がやってまいりました 西 はい 竹 今日は脱退した 藤田千章を除いて 西 オレはしらねぇーそ、 竹 (笑) 西 しらねぇーそ |
| Pub | Pubにつき 省略 (きゃま ジャズメンT-シャツプレゼント中 詳しくは インデックスページをみてね。) |
| End2 | 竹 と言うことでおわかれです シングライクトーキングの 佐藤竹善と 西 西村智彦で ございまーした。 竹 それでは また 来週。 |