CS BROADCAST MUSIC AIR NETWORKS
on the
WEB
週間 カウントダウン No 52
Broadcast at 2000 10/14
This Week Theme
” 前略、 NYの路上より ベスト5”
Talk: Chiaki Fujita and Tomohiko
Nisimura
back to CSindex
| Pre.T | 藤 こんちは〜 西 (笑) 藤 (笑) 秋、たけなわという感じでございますがみなさん、、 西 軽いですね 今の、、 藤 軽いですか? 西 かるいふりも ふにゃふにゃ と 藤 秋という感じでもなかったですか? 西 ふん 藤 週間カウントダウン ナビゲーターのシングライクトーキングの 藤田千章です。 西 えー 西村でございます。 藤 前略、ニューヨークの路上より、、 西 はい 藤 と言うお題で今週は、お届けしたい、 西 はい 藤 ねえ ニューヨークの街の情景を歌った歌、ニューヨークに生まれ、 育ったアーティストの曲、 それでは 早速聞いてまいりましょう、 第五位です。 |
| No5 | PV Patti Smith ”Summer Carnivals” BMG FUNHOUSE '96 藤 もともとは 1970年代の始めに、 西 うん 藤 このニューヨークで、の、っといっても別にニューヨークにいるわけ ではありませんが、ねぇ、女流詩人として活動していたと とんがったことをやろうという 感じでね、 結果的にニューヨークの パンクムーブメントっていうか、ね 西 うん 藤 発端になったっちゅうか 西 なるほどね、 藤 という話もありますが、しってました? ニューヨークがパンクの発祥の地だってこと 西 しらなかったです、ロンドンだと思ってました、 藤 僕も そう 思ってました、 次にご紹介するバンドもパンク発祥の地から表れた連中で ございま〜す。 |
| No4 | Television ”Friction" 藤 テレビジョンでフリクション77、テレビジョンを率いていた ティムバーレインという人が、さっきご紹介したパティスミスの恋人だった 人、 西 ほう 藤 まあ ニューヨークパンクは ずっと アンダーグラウンドだったん ですけど、まあ この人達テレビジョンは、えー のこの感じというのは 後の、ね パンクバンドもそうですし、ギターバンドもそうですし 影響をすごく与えた、最近90年代になってから登場した オルタナバンドの ギターの感じっていうのは、やっぱ テレビジョンの影響ってのが かなり あるのでしょう 西 ね 藤 未だ その影響ってのは 衰えていない、感じでございます、 さて つづいては この コーナーでございます。 |
| 音楽通 おやじ への 道 |
(きゃま 千章さん いきなりのバストショットから 登場!) 藤 まあ 今日はニューヨークという街に根付いて表現活動をしている こう アーティスト達を集めてお送りしているわけであります。 ニューヨークと言えば、人種のるつぼでございます、ね 世界から いろんな人種が集まってこう 作り上げている街でもありますし、 まあ 当然 えー そうですね 数多くの日本のアーティスト達も、 えーニューヨークという街を舞台に活躍していると、事でございますね。 坂本龍一、矢野顕子夫妻もニューヨークに移住して長いです、 ね 坂本龍一さんの場合は、もう マーケットは世界を相手ですからね、 ニューヨークみたいなところにいないと逆に不便なのかもしれませんし。 ヒップホップの DJ、HONDA、ね 彼もまたニューヨークを拠点にして 活動して成功したアーティストの一人でございますね、 でも まあ この人、当初はソニーと契約していたんですが、現地でアンダーグラウンドの ミュージシャンやDJ達と交流するうちに、改めてこう また スタート地点から やり直したいということで、えー今、自分のレーベルをね 旗揚げして活動して いるという、かと 思いますとその逆もあります、ね アンダーグラウンドで活動 しているうちに才能が認められ、メジャーデビューしていくと、いう アメリカンドリームパターン、ね ま、いきなり知り合いもいないニューヨークに、 92年に単身渡米した女性ヒップホップDJのDJKaoriさん ねえ クラブに 通って仲間や知り合いを広げていき、DJとしての技術も身につけ、 それが また 認められて、えー ね 有名なクラブですね、そこで 任せられるようになって、ついにはヒップホップの老舗にして、名門レーベルの デフジャム!え〜 でふじゃむからデビューしてしまったというケースですね デフジャムレーベルねぇ、 えー そんな風にメジャーもアンダーグラウンドも関係なく、自由の自分の 思ったままに、活動できるのもニューヨークの特徴かもしれませんね、 まあ そうですね ニューヨークという街はホントに人種のるつぼですから いろんなセンスが、いろんな文化がいろんな常識感が渦巻いている わけで、そんな中で、それを受け入れながらやっていくという、 ですね それっていうのは なかなか大変な事かもしれませんね、 日本人の常識感というのは全然通用しない、ですし 逆に ね 向こう側の 常識感も、こちらには、わからないという事でございますから、 まあ ともかに 自分達のルールもそうですし、文化的なセンスからなにから そういう部分ていうのをグローバルにフラットにフラットに、こう 構えて、 なおかつ、そのわかんない事に対して、どん欲に勉強していないとすぐに、 こう なんか 気持ちとか萎えちゃうし、ね 飲み込まれてしまうような大きさが また ニューヨークにはあるのでしょう、ね 。 いいっすね、ニューヨーク、行きたいですね、えええええ うん ま あの 今日、ご紹介する方、まあ あの この コーナー最近 前置きがすごい 長いんでございますけれども、 (きゃま、 、、、、、 ながい、、、、 でも おもしろいんですが、、) ニューヨークにですね移住してもう7年にもなる、ねえ この方でございます けれどもね、この方は年齢的には僕らよりも、遙かにおやじですか? (きゃま おやじって いうなぁ、、(笑)) ね と 思いますが、 久保田 利伸さんで ポリリズムです。 PV 久保田 利伸 ”ポリ リズム” SME Records 今ある 日本のR&Bブーム、、ねぇ、 この ブームの先駆け、元祖の一人といわれていますけれども、 久保田さんの方が、僕らよりもデビューは、早いでしょうね たぶん うで 僕ら的にはですね、そのころ、その 久保田さんを中心とした こう ”ジャパニーズ R&B”なんてよばれた、そのブームのなかに 僕らが取り込まれるのが嫌で、ええ 嫌でそれでぼくらのセカンドアルバムは 思いっきりロックでだしてしまいましたけれども、え まあ別に そこまでするあれも無かったんでしょうけれども、ね でもまあね。 R&Bの流れというのは昔っから日本に根ざしてまして、 ソウル好きな人はたくさんいてえー まあ それこそ シュガーベイブの時代 からね 達郎さんとか思いっきり取り組んでいましたから、 ええ まあ これ ご本人もおっしゃってましたが、当時は全然売れてなかった と、まあ それこそ 忌野清四郎さんなんてね、基本はあの人は おーつすれでぃんぐですからね、ええ いろいろね 昔っからソウル好きな人は たくさんいたと、ね ですね、 まあ その、、、ソウルがまだマニアックだったんですが、変わり始めて 来たのが、80年代のから90年代にかけて、ね まさに僕らがデビューした頃 だったわけですね、うん、 ドリカム、バブルガムブラザース、ね 、圭三君、Zoo、うん すごいですね このへんから、盛り上がってきましたね、 だから ぼくらは そこに乗ってないんですね、 なぜか(笑) (きゃま なるほど、、、) まあ 山下達郎さんも彼らが登場するまでは、あの 日本でR&Bが 一斉を風靡した事は一度もないとはっきりといっておりますね、 まあでもですね なんていうのかな R&B系を好きな人たちっていうのは 非常にですねもともと日本では、アンダーグラウンドの資質があるわけですね ええ なんかね ソウルバーとかやってたりするんですよね、そういう人達って ええ 昔でいえばね、 もっと昔の人たち、だから、あの なんだろ、 いわゆるですね サムアンドデイブ、そこ頃になってきますね、 あの辺が好きな人たちっていうのはですね、あのいわゆるですね 当時、不良の音楽、これがソウルだったわけです、ね あたまこんなに 大きくしてですね、 (きゃま ちあきさん 鳥の巣あたまのそぶり) コンポラってですね こんなもう なんかこういうあるんですよ独特なスタイルの スーツ、 ね スーツっていうかスタイルが、ファッションのスタイルがあるわけ ですよ、ね えー なんかね やってたらしいですね、、、 あっ ぼくはそこまで しらないですけどね、 まあ あの僕の先輩とかぼくらのスタッフのなかには、そういうコンポラーって 人たちがいっぱいいるんですね、ええ すごいですね そいういうなかでですねアンダーグラウンド以降もりあがっていく、 そりゃクラブとかディスコとかと直結していく、だんだんだんだん もりあがっていく、、そして これ好きだ、これやりたいと思う若者が出てくる そして、若い衆がチャンスを得て、今度バッてやると、 今度は時代が進んで いて ちょうど音楽が、ポーンと、R&Bがポーンっと盛り上がる、 ねえ ブームになってるという形態なんでしょうか? まあ いいっす そのへんでねR&Bの話は、まあともかくね。 えー なんだろう 今から2年前ですか ミーシャが登場してえー ね 翌年、宇多田ヒカルさんが表れて、ね、R&Bが大ブームになって、 和製R&Bが大ブームになって、ね そんなブームもここ 1,2年で 突然、興ったわけではなくて、ね 確かに久保田さんとかね、ええ なんかこう 地道に地道にでてきた部分もあるんでございましょう。 えー まあ でも 好きな人ずーっと好きですからね、 別にあの、、 根絶やしになったりしないんでしょうね、と おもいますけれどもね、 まあ ということでございます、 つづいて DCチャート |
| Sell CT |
PV 浜崎 あゆみ ”SURREAL” avex trax Mr.Children ”NOT FOUND” TOYS FACTORY |
| Letter | |
| No3 | 藤 だばっ カウントダウンにもどりましょう 西 なに(笑) 藤 前略NYの路上より、、ニューヨークと青森弁の対比が美しいかなと おもったんですが、 (きゃま 残念ですが、それ以上に青森弁のインパクトが大きすぎました、) 西 また とんでるよ、、 藤 とんでますね、、 すいません、、、 第三位 PV Billy Joel ”Honesty” SME International '78 藤 この人は、生まれも育ちもニューヨークでございますね、、 西 はい 藤 ニューヨークのブロンクス、、そこで生まれた彼は、 若い頃はロングアイランドのクラブでピアノの弾き語りをして生活していた そうであります。 西 なるほど、、 で やっぱり ニューヨークって、いうと ビリージョエルですねぇ、、、 藤 そうですねぇ、 西 ニューヨークって、だれかっていわれたら ビリージョエルですね 藤 ええ この人ほど、ニューヨークって 前面に出している人も少ないですよね、 西 珍しいですよね 藤 珍しいっすよね そして この人もまた、ニューヨークの顔役、、、 西 ごほんっ、、、 藤 別の意味でね、、 第二位 |
| No2 | Afrika Bambaataa ”Planet Rock” 藤 アフリカバンバータ、 プラネットロック。 ニューヨークでですね、やっぱりですね路上といえば ヒップホップを避けて は通れません、ね 特にですね やっぱあのオールドスクールの大御所、 アフリカバンバータねえ この人押さえておかなくてはいけません。 アフリカバンバータなんて名前をしてますけれどもね、 ニューヨークはブロンクスの生まれ、ビリージョエルと同じですね、 第一次ヒップホップムーブメントと言っていいんでしょうね、 えーこの人から始まったといっても過言ではないな、 西 うん 藤 この プラネットロックというトラックのネタは、クラフトワークですから、 西 うん 藤 テクノですから、 西 テクノですねぇ 藤 テクノとの融合をR&Bとかラップとかの黒人音楽との融合というのは ここからはじまってますからね、 西 なるほどね、 藤 するんですよだからどうしてもね、 西 うーんその辺は ヒップホップっていってたもんね、 藤 そうです、そうなんです 私のあたまも最近はテクノになってきてね、 西 (微笑) 藤 さあ そういうことで 西 って なんか 自己完結してるね 藤 ええ そう なにがいいたいのか よくわかんなくなってます (きゃま 最近 ちあきさん壊れ気味?、、、) ので 第一位 |
| No1 | PV Lou Reed ”No Money Down” BMG FUNHOUSE ’86 藤 まあ この人もニューヨークの話にはかかせない人でございましょう。 ニューヨークのブルックリンの生まれです。 西 ブルックリン 藤 ルーリード、元は、ベルベットアンダーグラウンドでございます。 ね ベルベットアンダーグラウンドは60年代なかば、グリニッジビレッジ 西 うん 藤 コーヒーハウスでコンサートを開いていたりした、コーヒーハウスで、 コンサートってどんな感じなんでしょうね? 西 うーん 藤 コーヒーハウスってどんな文化なんですかね? 西 ドトールみたいな奴ですかね、 (きゃま おもしろい!!でも私もしらない) 藤 それでライブやったりしたらすごいっすよね、 西 はい 藤 結構ね、グリニッジビレッジっていいですよね、 西 うん 藤 なかなかね、 その退廃的かつ実験的な内容にもっとも興味をしめした、 アンディーウォーホール、 西 ね 藤 そこで 出会いがあるわけですよ、、やっぱりニューヨークの街って 狭いでしょ、だから ”よぉっ!!”って感じで、 西藤 (笑) 西 今日、なんか変!! (きゃま 西村さん画面外に、、、) 藤 ごめん ごめん、ごめん、ごめん 俺が悪かった、、 さあ #!&@)#!&)のジャケット シールをめくると、その下に、 小さい、ちょっと言えない物が描かれていたりするという 西 ほう 藤 あのジャケットのデザインもウォーホル 西 なるほど、 藤 この音楽も音楽もデザインもなんだろ写真も絵画もそういう文化みたいな もの、 西 うん 藤 ひいては、その 照明から家具からそういうものまでニューヨークってのは こう 混然とした一つの旋律というか、そん時の流行の旋律で、混然とこう ぐちゃぐちゃとして、お互いに影響を与え合っていますね、 西 うん 藤 与え合っていますね、あの感じがもう ばっちりですね、 だからいろんなミュージシャンだけじゃなくて アーティスト系が 西 アーティストってやつですね 藤 ニューヨーク行きたがるんですよね、 まあ あの、ルーリードは1970年のベルベットアンダーグラウンドをだった 脱退してしまっているわけでございますね そしてロンドンにわたって、 今度はグラムロックブーム、そして グラムロックといえば、 チェギースターダスト、ボウイですよ、 藤西 デヴィッドボウイ、 藤 なんかと交流がしてアルバムとか創るわけですよ 西 なるほどね、 藤 このへんはほんと 廃退的でエキセントリックな作品でございまして まあ その4作目にあたる 1975年のアルバム、コニーアイランドベイビ このあたりから ニューヨークの街の描写とか、自分の少年時代の事とかを 綴るようになるんです、 西 ねえ 藤 若い頃からめちゃくちゃやっていただけに、この人は年とってから 味わい深い歌を、つくるってことがあるんでございましょう、 すごい なんでしょうね、 自分の生まれたこう街とかって思いあるじゃないですか、 我々もどうですか、青森の街のこう、思い出を、こうね あるじゃないですか 西 うん うん 藤 いや 青森弁で歌うっていうのは別だと思うんだけどさ 西 うん 藤 いいですよね 西 うん 藤 あそこもね、 一番どんかんべんに帰りたいとかさ、(笑) 西 (笑) 藤 すっげー 西 いや あそこ、くさいからね、、、 藤 だばね、 ふるかわ市場の雑踏が好きだとかですね、 西 ほたてがくいたいとかね 藤 それは別に、どこでもいいじゃないですか、まあいいっさ |
| End1 | 藤 というわけで ニューヨークをテーマにお送りしてまいりました、 今週の週間カウントダウン、ね もちろんニューヨークの街角を 西 うん 藤 連想させる歌ニューヨークの雑踏を描いた歌、ほかにもいっぱいあります たとえばですけれども 先ほど出てきましたけれども、 グリニッジビレッジ、 西 うん 藤 ええ そこのコーヒーハウスそこは 数多くのシンガーソングライターが うまれている、 西 うん 藤 1960年代の半ば、フォークロックというスタイル 西 うん 藤 ボフデュランの名作、アナザーサイドボブデュランもこのニューヨークの コロンビアスタジオで録音されましたが、当時フロリダとかロサンゼルスから このグリニッジビレッジにジャクソンブラウン、リンダロンシュタットみんな 入ってきたんです、ねえ みんなそこでやったんです、 新しい時代、そこでニューヨークって街に刺激をうけて新しい時代の フォークに変わっていったわけですよ ね フォークロック! 西 うん 藤 なんか いい気分になってきましたね、 ま そのグリニッジビレッジのアンダーグラウンドのフォークの顔役に、 フレッドニールという人がいたんですが 彼の代表曲、エブリバディトーキー という曲なんですが、後にあの、ね、お亡くなりになったハリーニルソンが、 こう、歌って、ニューヨークの下層の人々の生活を生々しく描いた、 真夜中のカーボーイの主題歌として大ヒットしたと 西 よかったですね 藤 いいですね、 西 最後 死んじゃうんですよね、 藤 ねえ 西 、、、 藤 にしむらさん もう 泣いてますね、、 西 泣かねっちゅうの 藤 サングラスの奥で、もう 感激やさんなんだから、、 (きゃま 千章さん西村さんの左手を軽く 小突き) 西 なんだよ ほんとに 今日 なんか変!! 藤 あー ごめんごめん、まあ そういわけですね ニューヨークの街の一角を 切り取ってみても音楽にまつわるドラマがあるわけです、ね まあ なにせ 自分がね、この人達が生まれ育った街とかそういうことに 思い入れがあってそれはいいことなんだと、自身を持って言える、 すぐ東京に出てきて、ね ものすごい田舎出身なのに、君どこ出身? と聞かれて、ね 東京、、って言ってしまうような人たちとはちょっと違う、 西 田舎の言葉どうしたの? ”わすれた〜” なんてね、 なんかそういう 藤 おまえ 青森弁どうしたの? ”話せなくなっちゃったんだよね〜” ちがうんだなぁ〜 そういうのは違うと思います、 ね いいんだよ 西 いいんだよ 藤 生まれたとこはどこだって、 生まれたところに誇りをもたなくてはだめ っていうところでございます、、、 今週は なんか 言いたいことが言えたね、、、 西 (苦笑) 藤 ちゃんとね 最終的には |
| Pub | Pubにつき 省略 (きゃま ジャズメンT-シャツプレゼント中 詳しくは インデックスページをみてね。) |
| End2 | 藤 今日、 やっぱり なんか おかしいなぁ、、 というわけで 今週もそろそろ お別れです。 西 はい 藤 シングライクトーキング、、 の 藤田 千章と、 西 西村でございました。 藤 それでは また来週、、 あっ、 作家さん、 原稿、 シングライクトーキング と 藤田千章 と 西村 になってますよ、、 西 (笑) |