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 私は夜が嫌いだ。
 眠れない夜は最悪だ。ベッドの中で寝返りをうつ。目を閉じる。しばらくじっとしている。また寝返りをうつ。次第に頭が冴えてきて、眠るどころではなくなる。暗闇に目を据える。もう一度目を閉じてみる。昼間はあんなに簡単に眠れるのになあ。あきらめて起き出す。こんな夜はナイト・キャップが必要なんだ。ブランデーの1杯もあればすぐに眠れるさ。
 取り出した壜の中身は自分で思っていたより減っている。これじゃあ心配する訳だ。ああ、これだから私は……。
 頭を振る。酒のことでまで自己嫌悪になっていては、何の為に酒を飲むのかわからないな。
 彼女は眠っている。
 私は書斎で酒を飲んでいる。柔らかな灯りがテーブルの上を照らしている。グラスがきれいだ。  彼女は眠っている。あの子だって眠っている。みんな眠っている。こうしていると、起きているのは私だけという気がしてくるな。
 もちろん、起きている人間などたくさんいる。私だけではない。
 でも、眠れる奴らはいいよなあ。
 2杯目。
 まだ眠くならない。それどころか気が滅入ってきた。これ以上滅入ってどうするんだ。このまま行けば近いうちに私はアル中だ。まだアル中になる訳にはいかないんだ。
 でも眠れない。本を読む気にもならない。困ったもんだ。
 3:14.a.m. 幸せに眠れる奴らがうらやましい。うらやましいをとおりこして憎らしくなってしまう。ほんとに腹が立つくらいだ。いや、何で眠っているというだけで腹を立てなくちゃならないんだ?いかんいかん、冷静にならなくては。
 私は夜が嫌いだ。昼間閉じこめている様々な思考が、夜に顔を出す。夜の私は内省的になっていて自分を責めるんだ。感情的なのかな、余計嫌気がさす。そして考えているうちに眠れなくなる。おかげで昼寝ばかりだ。要するに悪循環なんだ。
 そうなんだ、わかっているんだよ。フレデリカ、ユリアン。
 彼女は眠っている。安らかに眠っている。そしてあの子も。
 仕方のないことを考えて自分を責めているよりは、本でも読んだ方がましだ。本棚を見回す。自分では結構いろいろ揃えたほうだと思ったんだが。何故こういう夜に付き合ってくれそうな奴がいないんだ?読みかけだったらあるんだが、気分じゃないなあ。おとなしくやめよう。  しかたなく3杯目。
 うーん。強くなったと喜ぶべきか……。
 しかし眠くならないものは仕方がない。思考がだんだん暗いほうへ向かうのもいやだし、どうしたものか……。
 もちろん、忘れてしまっていいことではないんだが、こうも眠れなくなってはいけないし。
 私はそっと寝室へ戻り、何か羽織るものを探した。
 彼女は1000マイル彼方の安らぎの中で眠っている。私の物思いなど知らないところで。
 微かな機械音が通路の底を這っている。昼なら聞こえないような音だ。
 イゼルローンが息をしているみたい。そう言ったのは彼女だ。ちょっと照れた横顔。
 イゼルローンは治安の良いのがとりえだ。それだけと言う気がしないでもない。通路を歩くだけの散歩は実につまらない。公園まで行けばまだましだろうが。
 公園。まがいものの星だけれど。そもそも出ているのかな?
 こんな、誰もが眠っているような時間に。
 星、ねえ。
 『展望台』は誰もいなかった。イゼルローンの中でも人気のデートスポットなんだが、さすがにこんな時間には誰も来ないようだ。普段はそれなりに人が来るようだから、得したかな。
 星だ。目を射るような星々が、私の頭の上、後ろ、横、そして前にも、そこらじゅうで輝いている。  これは、すごいな。今まで気がつかなかったなんて、もったいないな。
 ……。
 そう言えば、私はあまり星をじっくりと見たことがないんだな。ハイネセンにいる時は結構見るんだが、宇宙にあがってしまうとあまり見ない。だから今も、すごい、なんて思ってしまうんだろうか。
 でも、そうだ……。士官学校で艦外活動の訓練をやった時、あれはすごかったなあ。星に触ってしまうんじゃないかと思った。怖くて、目が離せなくて、ラップにこづかれたっけ。そうだ、そんなこともあった。
 今星を見ているのは、私だけだろうな。ということは、私が独り占めしている訳だ。悪くないな。
 ……。
 君を憎んでしまうのは、とても簡単なことだね、フレデリカ。とても簡単。眠れない夜の夜毎夜毎の苦しみは、私をねじ曲げるだろう──重いものを背負うことに耐えかねて、安らかに眠る君を、みんなを憎んでしまうように、私を歪めていくだろう。私は君の安らかな寝顔を憎んでいればいい。それはとても楽で、簡単なこと。私はじきに眠れるようになるにちがいない。
 でも、私はそうはしないよ、フレデリカ。君を憎むことは世界中を憎むことだ。世界中を、一日中憎む。寒気がするね。そうしてまで私は眠りたくない。そんなことをするくらいだったら、永い夜に耐える方がまだしもだ。
 そうだよ。そのほうがよっぽどいい。君たちがそんなに安らかに眠れるのは、私がその分を背負っているからだ。私がこうしていればこそ、君は眠っていられる。そう思えばいい。
 それにだいたい、私が眠れないのは、別に君のせいじゃないんだしな。
 きれいな星だ。君にも見せてあげたいよ。
 せめて、君の分まで見てから帰ろう。
 酒の壜がちゃんとしまっているのを確認してから寝室へ戻る。もう4時をまわってしまった。また今日も昼寝してしまいそうだな。
 君は安らかに眠っている。穏やかな寝息。
 不意にその唇が動いた。
 「私は、そんなあなたが大好きなんですから。」
 な、なんだ?なんだったんだ?
 あーおどろいた。寝言じゃないか。びっくりした。寝言、だよなあ……。
 君は眠っている。微笑みさえ浮かべて、安らかに。
 『私は、そんなあなたが大好きなんですから。』
 ありがとう、フレデリカ。
 私の眠りを守ってくれるのは、君だったんだね。
 今度こそ眠れそうな気がして、私は君の隣にもぐりこむ。とても幸せな気分だ。
 もうじき朝が来る。それまでおやすみ、フレデリカ。君の夢が優しいものであるように。そして君に眠れない夜の来ないように。
 そうだな、それに、私の昼寝をいつも邪魔する書類、あいつを君が適当に片づけてくれたらうれしいんだが。そうもいかないか。
 そうして私は、しばらくぶりに安らかな眠りにつく。


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