真言立川流/タントラ編


 真言立川流は、中世日本、現在の東京都立川市近郊で発生した密教信仰だ。
加持祈祷を中心とした「密教」の実践と、陰陽二元論を中心とした「陰陽道」の教えが合体し、 さらに印度等より流入した「タントラ」(実際には仏経典として空海等が招来)などの 思考が、既存の修験的要素と合わさってできたのが「立川流」であった。
 このように書くと、なんだか難しいが、かんたんに言うと「江戸時代に発生した性的要素の強い 仏教諸派」という事になるだろう。
 したがって儀式や理論に性的な要素が強い。
 注目すべき点はインドの「タントラ」的な教えに非常に肉薄していたところだ。
 ご存知の通り、古代インドおよびチベット近辺の仏教(密教)には左に示すような 「陰陽像(男女交合仏/歓喜仏)」が多く存在する。
(タントラに関しては平凡社刊「タントラ」がくわしいのでそちらを参照してもらいたい。間違っても 某真理教の「タントラ」という名称に惑わされてはいけない。)
明王の秘法と立川流の秘儀「秘伝の修法から」もお読み下さい。 
 立川流の創始者たちは「理趣経」等の研究を通じて、その背後にながれる「タントラ」思想 に達していたのであろう。  広範囲にその影響を与えた性的密教「立川流」であったが、やがてその内容から「邪教」の烙印を押され、 「人気」を妬んだ多宗派の弾圧により血脈を絶たれるのである。  しかし、性的秘儀や秘密の教えを収めた「経典」が現在でも受け継がれ、保存されている。  内容は「タントラ」「チベット密教」「性秘儀」の著作があふれている現在では、あまり 目新しい教えはないが、「祭儀」「儀礼」には目をみはるものがある。  それは性秘儀を中心とした密教修法であり、陰陽道の奥義でもある。  密教に隠された性的要素が顕示し、陰陽の原理といっしょになって、日本で開花したのが立川流だったのだ。
   
これはイメ−ジ写真なので深く考えないように(笑)

 立川流にはさらに中国の「房中術」の要素も混在していた。  ごくたまに新興宗教や、営利団体宗教、勘違宗教(教祖が「ワタシハヨガのボウサマです。」とか「ワタシのなまえはボサツです。」「ミヤモトムサシの宗教はすごい。」といった勘違いから発生したもの。(注1))には性的要素を取り入れようとして、逆に破綻を起こしているものがほとんどすべてであるので、その違いには十分注意されたい。  本当の性秘儀には理論的な裏付けの他に、それを発展させた哲学的考察もあるということ。  さらにそれを実生活にも活かすことができるということ、に注意されたい。  ここで「真言立川流」の秘儀の一端を伝える「次第書」つまり「加持祈祷の実際の方法を 具体的に書いたもの」を初公開する。 これらの「奥義書」は内容からいっても、これから先、一般に公開される可能性はほとんどないだろう。
  陰陽房内宿精術       二根交合五塵成仏法

(注1)宮本武蔵の思想は「信仰」ではない。「実践する哲学」である。そこには冷徹な観察と、思索結果の実践が要求されるのである。信仰は「実践する心理学」である。そこには熱烈な精神と、徹底した実践が要求されるのである。しかし、信仰と実践する哲学のもっとも根本的な違いは「信仰するよりどころ」と己の中か、外に顕在する「存在」におくか、否かであろう。その点「スピノザの神」は両者を超えている。そこには「数学」における「集合論」を哲学、および宗教にあてはめたかのようなニオイがある(そのものだけどね)。曼荼羅(胎蔵界、金剛界)は逆説的にスピノザの神を宗教的に展開したもので、宇宙そのものを「とりあえず」神格化したものである。よって曼荼羅を見て「多神教」と言う人は間違っているのだ。あれは宇宙という個体を分割(分散)表記した画像なのである。(字ばっかし)