羅生門〜姉の苦悩〜


結婚して、長野と言う知らない土地に引越し、何ヶ月か過ぎた。
挙式の頃には、母への嫌悪感や、父とのぎこちなさは、いくらか解消されていた。
私が少しは大人になったと言うことなんだろうか。
しかし、式の準備を進めている頃から、父の再婚相手のヨウコさんから頻繁に連絡が来るようになり、
色々と心配してくれるのは有難かったが、あまり好きなタイプの人ではないため、少しウンザリしていた。
長野に引っ越してきてからも、ヨウコさんからは、よく電話がある。
愛想よくしているが、そろそろ面倒で仕方なくなってきた。

そんな夏のある日。
私と旦那(ミキオ)が夏休みで実家に帰っているときのコト。
姉、タカコから1通のメールが届いた。

「こんにちは。明日かあさってなんだけど空いてる?
お父さんとヨウコさんが6人(父、ヨウコさん、タカコ、タカコ旦那、モモ、ミキオ)で会いたいって。
ヨウコさんがモモに何度か電話してたみたいなんだけど、通じないって言ってたよ。じゃ、連絡ください。」


ヨウコさんからは、一度、留守電にメッセージが残っていた。
電話に気づきながらも、どうしても出る気になれず、留守電になった時のことだった。
キライであるというオーラを発してしまえば楽なんだろうが、私には出来なかった。
作り笑顔で(電話だから意味無いんだけど)、愛想よく、たてまえで話をすることに疲れていた。
直接、会うなんて、とんでもない。
タカコたちが一緒なら、まだマシかもしれないが、会わずに済むなら、それに越したことはない。
それに実際、そんなにヒマなわけでもなかった。

「時間、作れそうにないです。」

「そう。お父さんたちが実家の方まで来てくれると言っているけど、それでも無理?
無理だったらせめて電話してあげてね。忙しいの?こっちに帰ってきていると聞いたけど?
また帰ってきたときには、あちらに寄ってあげた方が良いのでは?体調のことも心配していたよ。」


なんで私が父たちに気を使わなければいけないのか。
父のことを大嫌いだった姉が、今では父を慕っていることが不思議だった。
これは、私の気持ちをハッキリと姉に伝えておく必要があると私は判断した。

「正直言って、ヨウコさんとかと関わり合いたくないの。」

「そうなの。それは何故なの?ミキオ君も同じ気持ちなのかな?
ヨウコさんは、ミキオ君のお母さんとは随分仲良しみたいな話をしていたけど違うのかな?
追求はしないけど、ヨウコさんもお父さんもよく話せば話の分からない人ではないと思うよ。」


姉が、父のことをそんな風に言えるようになるとはね。
ヨウコさんとミキオのお母さんが仲良し?
そんなの、たてまえに決まってるじゃないか。
ヨウコさんが話の分からない人ではない、ってことは分かるけど、メンドウなのだ。
話がくどいし、説教口調も苛立たしい。

「生理的に好きになれないといしか言いようが無いんだけど。いい人だとは思うけど。」

「ヨウコさんのことは時間をかけても理解してあげてほしいと願います。
それは私とヨウコさんの立場が少し似ているからかもしれません。
父は昔よりずっと明るくおおらかになったと感じませんか?
それはやっぱりヨウコさんのお陰でもあると感謝しています。
ヨウコさんを好きではなくても父にはたまには連絡をしてあげてほしいと思います。
二つ確認しておきたいことがあるんだけど、まずモモはお産するときはミキオ君の実家でするの?
地元に帰ってきても、自分の実家ではなく、ミキオ君の実家に宿泊しているのはなぜ?
夫を立ててということなのかな?」


どうも姉は、いろんなことを誤解している。
ヨウコさんのことを好きになれないのは、人間的に、ってことなのであって。
立場がどうとか、関係ないんだ。
それに、後半の話はいったいどこから出てきたのか。

「お産は旦那の実家ですると思うよ。
地元に帰ったときに、ミキオの実家にいるのは、嫁いだんだから当たり前じゃない?
父が幸せなのは分かるし、ヨウコさんが再婚相手だから嫌いって言うわけじゃないよ。」

「そっか。それならいいのよ。
ただ私の周りには、お産は実家に帰ると言う人ばかりだったからね。
でも嫁いだから当たり前と思うなら、それはそれでいいよね。」


実は、この話、ウラがあったのだ。
このときの私は、そんなことは知らなかった。


二日後。
姉から、再びメールが届く。

「こんばんは。夜分遅くにごめんね。一つ聞きたいことがあるの。
モモの結婚式の親族紹介のことなんだけど。
以前、父からは昌ちゃん(母の弟)がすることは知らなかったと聞きました。
気を悪くしないでほしいのだけど、ミキオ君のお母さんから、『あれは常識がない』と言うようなことを聞いたとヨウコさんから聞きました。
今日、母に聞いたら、『モモがお父さんにお願いしたけど、お父さんが昌ちゃんにやってもらったらどうかと言ってきたから、昌ちゃんにお願いすることになった』と言ってました。
さて、どれが正しいのでしょうか?
それともう一つ。
衣装合わせのとき、母が一緒に行ったのはシマダさんですか?シマダさんとミキオ君のお母さんは初対面でしたか?
以上です。
父やヨウコさんから聞いていたことと、母の行っていることが少し違うところがあって、母がモモに聞いてみなさいと言うので聞いてみました。
夜中につまらないことでスミマセン。」


ホントに、夜中に何故こんな話を?
ここで、どうやら姉が父と母の間に挟まれているようであると気づいた。
前々から、姉は父と母のことで悩んでいた。
それは知っていた。
私たちの実家に住んでいる母。
その実家のローンを払っているのは父。
しかし、母は父に一銭も支払ってはいない。
それが姉にはどうしても許せないらしい。
そして、姉の旦那さんがなぜかそのことで姉を責めているようなのだ。
姉の旦那は、父たち(特にヨウコさん)のことを慕っているせいなのだろうが。
自分の妻を、そんなワケの分からないことで責める旦那。
私は理解できない。

「親族紹介は、父にお願いしたら『やりたくない』って言われたから昌ちゃんに頼んだの。
衣装合わせで旦那のお母さんとシマダさんが会ったのは初めてではなかったと思うけど、きちんと挨拶したことは無かったと思うよ。」

「ありがとう。誰が本当のことを言っているのか分からなくなりそうだったけど、真実がわかりました。
父は断った話をしてくれなかったけど、確かに昌ちゃんがすることになったことは知らなかったのね。
ミキオ君のお母さんも、その経緯を知らなかったのね。
シマダさんの話も知らない人じゃなくて見たことはあるけど、紹介されていない人だったのね。
日本語は難しいね。ありがとう。」


そんなやり取りをしている中、母から電話が来た。
姉が母に手紙を渡したらしく、その内容についての話だった。

本当に子供のためを思うなら、一日も早く、この家の問題を解決してください。
それに、私たちがここへ住むかどうかと、
父とは他人の母がいつまでもここにタダで居座っていて良いのかと言う問題は別問題ですよ。
私は今のままの状態が長く続けば、心がボロボロになってしまいそうです。
今でさえ苦しいのに、もう早く引っ越してください。
子供のためと言って、父を利用しないで下さい。
私もちょび(愛犬)がいなければ、父の家だけど母が居座っているようなこの家に寄り付きはしません。
話し合う気持ちになったら、いつでも日程を連絡ください。
ここを出て行くときは、せめて今まで置いてもらった時間のローンの半分でも父へ払うくらいの気持ちでいてください。
モモが結婚したら、この家は出るのではなかったのですか?
今度は、お産のときに子供たちが帰ってくる家がない、ですか?
私もモモもここへは帰って来ませんよ。
どうしてそんなにズルイことばかり考えつくの?
本当にお母さんの考え?
信じたくないです。
私はもう死にたいくらいです。
お母さんがいつまでもそうやって私やモモをタテにここに居座るつもりなら、
私はもう何もいりませんから、親子の縁を切ってください。
私の母親だと彼に圧力をかけるのであれば、母親だとも思いませんから、娘とも思わないで下さい。
私がどんなに苦しいか分かりますか?
ニコニコできないのなんて当たり前です。
みんな、お母さんのせいです。

後日、手紙のコピーが送られてきたので、そのまま載せた。
手紙と言っても走り書きで、日本語がおかしい箇所が多々ある。
その文章の乱れや内容から、姉の精神状態がフツウでないことが伝わってくる。

私は、家の問題には関わりたくなかった。
父と母が当人同士で話し合うことだと思っていたから。
今でもその考えは変わってはいないのだけれど。
そう考えるからこそ、二人の離婚も受け入れることが出来たのだし。

しかし、姉は違う。
一人で悩み、思いつめ、自分を責める性格の姉は、家の問題だからと無関心ではいられないのだ。
その上、父ビイキの旦那さんが姉を責めるのだろう。
その点に関しては、姉を想う妹として腑に落ちないのだけれど、とりあえず今は置いといて。

母もさすがに心配していた。
手紙を受け取る以前から、姉には色々と言われていたらしく。
母は子供たちには迷惑をかけてるつもりはなかったのに、タカコにこんなことを言われた、と話し出した。

姉夫婦と父とヨウコさんは、仲がいい。
以前は、父のことをあからさまに避けていた姉だけれど、結婚を機に父と仲良くなっていた。
その姉が父の家に遊びに行ったときに、ヨウコさんからこんなことを聞かされたという。
ミキオのお母さんが、
「モモのお母さんはいろんな男の人と付き合っていて、だらしない。モモもそんな親の血を引いているから心配だ。」
と、こぼしていたと言うのだ。

家の問題だったはずが、突然の打撃。
前半部分については、ストレートに言われたことは無いにしろ、そう思っているだろうコトは気づいていた。
しかし、後半は...。
ミキオのお母さんが、私のことをそんな風に思っていたとは。
しかも、そんなことを父の再婚相手であるヨウコさんに話していたとは。

しかし、そこはともかく、今は家の問題について話さなければならない。
私は母に返した。
ミキオのご両親や兄弟が母を良く思っていなくても、私はダイジョウブだと。

そして聞いた。
父が実家のローンを払っているのを知っていて、父に支払いをしないのは何故なのか。
母は言う。
今、ローンの名義は父になっている。
名義を変えずに支払った場合、支払いが終わった段階で、家は父のものになってしまう。
それは、おかしい。
だから、父に名義変更をお願いしているのに変えてくれない、と。

ということは、父に真相を聞かなければ話が進まないと言うことか。
父に連絡をすることは苦ではあったけれど、ここまで来たら、納得できるところまで話を聞くしかない。
私は、父に電話をした。

父は言う。
母は女であること、高齢であることから、ローンが組めないのだと。
だから、名義の変更は出来ないのだと。
そして、自分は今の奥さんとの部屋(マンション)を購入して、そのローンもあるから、苦しいのだと言った。

こうなると、母に非があるような気がする。
私は再び母に電話をかけた。
母はいう。
父が名義変更をしてくれると言うなら、友人の名義を借りるなりしてローンを組むつもりだと。
それはまたおかしな話だが、それは置いといて。
それなら、そうするように父に話せば?と言うと、母は答える。
父が家を出て行くときに、家のローンについては話し合いをした。
そのとき、支払いが苦しいと言う母に、父は確かにこう言った。
自分がムリのない所までは支払う、と。
それは、確かに私も聞いたのだ。
どうしてもムリになったら、また話し合おう、と。

母は、姉に色々と言われるまで、父が支払いに苦労しているなどとは思っていなかったという。
つまり、本当に支払いについて思うところがあるならば、父は母に連絡すればいいということだ。

父は、近いうちに母に連絡すると言っていた。
私はそのことを母に伝え、二人でキチンと話し合ってくれるよう、お願いした。
これ以上、姉を悩ませないために。
母は、分かったといい、ありがとう、と言って、電話を切った。

そして、姉にメールを送る。

「さっき母から電話があって、それから父に電話して、さらに母に電話しました。
実家をどうするかって話、それぞれの主張がやっと分かったよ。
でも結局は、父が母に話すことから始まるんだと思う。
間に私やタカコが入るのではなく。もちろんミキオやタカコの旦那さんが口を出すことでもないし。
父が近いうちに母に連絡すると言ってました。
だからタカコはそんなに自分を責めたり、気を使う必要は無いと思うよ。
母もすごく心配してたよ。遅いからもう寝ます。おやすみ。」

「モモは優しいね。私も強くなりたいです。おやすみ。」

私は強いのだろうか。
強がっているだけで、本当は弱いんだ、と昔は思っていたけれど。
なんだか本当に強いような気がしてきた。
でも、その強さは少し間違っているんだ。
背を向ける強さ、なんだ。
関わらない強さ、なんだ。
それでも、強いことに変わりないのか。


その後、1ヶ月経つが、父は母に連絡をしていないらしい。
もう、私は知らない。

2002年9月