2000年9月10日 バンクーバー空港

バンクーバー時間2000年9月10日午前9時頃、僕の乗ったJL011便はバンクーバーまであと1時間程のところまで来ていた。窓の外にはおそらくロッキー山脈の北端部付近と思われる、頂上付近に雪を頂いた山々が連なっている。軽い機内食を食べた後、しばし眼下の風景を眺めた。

バンクーバー上空はあいにくの天気で視界が非常に悪かった。機がどんどんと高度を下げているのが体にも感じられた。先ほどからシートベルト着用のサインが点灯していた。僕は主翼のそばに座っていたので、機が最終着陸体制に入っていることが分かった。飛行機に乗り馴れている人ならば良く知っていることだろうが、飛行機は離着陸の際に、揚力を増すためにフラップを引き出す。今、フラップを大きく引き出した機は最終着陸体制に入っているに違いなかった。それにしても視界が悪い。窓の外は真っ白で何も見えない。おそらくパイロットからも何も見えていないはずだ。機器の誘導だけに頼った着陸というのはどんな感じなのだろう。ふとそんなことを考えた。

次の瞬間、眼下に広大な大地が飛び込んできた。雁の群れが美しいV字隊形を組んで飛行機の翼の下方を横切っていった。高度は思ったよりもずっと低くなっていた。せいぜい150m。いやもっと低いかもしれない。視界が開けてたと思ったら、あっという間に飛行機は滑走路の上を滑っていた。バンクーバー空港は日本の空港にくらべて遥かに広大な敷地と長い滑走路をもっているように思えた。そのためか、機体はそのままもう一度離陸するのではないかと錯覚する程、非常にゆっくりと減速していった。

ほどなくして機はターミナルビルに接続された。税関の女性はどことなく不機嫌そうな表情で矢継ぎ早に2・3の質問をした。最初の質問が聞き取れずに思わず聞き返した。自分の耳が衰えているのかとかなり心配になったが、どうやらその女性が特別早口だったようだ。階段をおりるといくつもの旅行会社のスタッフが乗客の到着を待っていた。ある会社は画用紙に客の名を書き、ある会社は自社のマークの入った小旗を振って、なんとか自分達が担当する乗客に気付いてもらおうとしていた。僕の利用した会社は片隅の柱のそばで小旗を小さく振っていた。空港案内図をうけとりカルガリー空港への乗り継ぎ方法を1分程で説明された後、僕はすぐに旅行会社の職員と別れた。入国審査の為にいったん受け取ったスーツケースは、旅行会社の職員にお願いしてそのままカルガリー空港へ送ってもらった。他にも客がいるのだろう。旅行会社の職員は階段の下でまた旗を振っていた。

乗り継ぎ便のチェックインを済ませた後、空港でまっ先にしたのは小銭作りだった。海外ではお手洗いを利用するのにもチップが必要になる場合がある。売店でネイティブアメリカンの書いたイラストのポストカードを見つけたので、それを買うことにした。キャッシャーで待っていたのは日本人のおばさんであった。小銭での釣り銭を頼むと快く応じてくれた。小銭を受け取とると、僕はそれを無造作にポケットに放り込んだ。カナダに限らず西洋の人を観察していると、あまり人前で財布を出さない。やはり人前で大金の入った財布を出すのは何かと用心が悪いのだろう。お札はクリップに挟んでポケットに入れ、硬貨はそのままズボンのポケットにいれている人が多い。こういった小さな部分でも日本の治安の良さを感じたりする。もっともカナダは非常に治安の良い国で、日本よりもずっと安全とさえ思えるのだが、それでも自分が外国人であることを意識しておいた方が無難であることに変わりはない。

空港では他にもいくつかの買い物をした。ペットボトルのジュースを一本。ポストカードをさらに数枚。そのポストカードでさっそく旅のたよりを実家に送る。そうこうしている間に乗り継ぎ便の搭乗時刻が近付いてきた。ある程度の小銭も作れたので僕は搭乗口へと向かった。今回は乗り継ぎなので空港改善料は不要である。AIFカウンターへ証明印を押してもらいに行く。今日はじめてのフライトかと訪ねられたのでノーと答えて日本からバンクーバーまでの航空券の控えを見せる。係員は少し不機嫌そうにオーケーとこたえて証明印を押してくれた。そのまま手荷物検査を受けて搭乗口へと進んだ。

 

カナダ上空にて
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陸地が懐かしい気がした
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あいにく薄雲がかかっていた
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高度が下がり薄雲の下に来た
雪を頂いた山々が
遠くの方にかすかに見える
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