2000年8月

3度目のソウル

 今回またソウルへ行くことになった。ふと行きたくなったからである。旅行の計画なんて特にしていなかったので心配だったが、いつものことである。

2000/8/13

 ツアーの旅行というものは(しかも格安のものは)、旅行当日にカウンターにて航空券が渡される。パッケージツアーの仕組みは良く知らないが、直前になって航空会社や宿泊先が決定するので、値段をとれば仕方のないことだが、当然一般の乗客よりは扱いは低いということだ。3度目ということなのでその点は承知しているが、航空券がなかったらどうしようなどと、いつも心配である。

 台風9号の影響で朝から天気が悪く、待っている間にだんだん天気が悪化した。晴れるかどうか心配だったが、登場直前には雲が薄くなってきたので良かった。今回利用した航空会社は大韓航空だった。日本人観光客もいたようだが、韓国の人のほうが多いような気もした。しかし似ているので、しゃべっている言葉を聞かないことにはしっかり判断は出来ない。

 そうこうしているうちにソウル金浦空港に到着。曇ってはいたが、雨は降っていなかった。外にひとたび出ると、蒸暑さに驚いた。夕方の6時を過ぎていたので、本来ならば免税店などに立ち寄るのだが、それもなく夕食へ直行した。食事は骨付きカルビだった。機内食を食べて間もなかったのであまり食べることが出来なかった。

 そのあと、東大門市場に連れていってもらったが、夜だというのにすごい人出で驚いた。中心にある「ミリオレ」というショッピングセンターと「斗山タワー」という高層ビル前には若い人であふれかえっていた。市場には衣類などの生活用品を売る店が軒を連ね、ものすごい熱気が漂ってきた。何か買おうかとも思ったが、明日に備えてただ見るだけにした。

2000/8/14

 次の日は9時頃出発した。とにかく一日中自由行動なのでうまく計画を立てないと悔いが残る。と言って、ろくに計画も立てていなかったので、第一印象でどこへ行こうかと考えることにした。まず朝食にお粥を食べようと思って、ミョンドン辺りに繰り出したがどこだか分からず、そうこうしているうちに昼頃になったので、昼を食べようと思っていた店に入った。そこでは石焼ビビンパプを食べたが、周りを見ると日本人が沢山いたので、なんだか拍子抜けした。

 そのあと、景福宮へと向かった。駅から降りると、回りが工事中で入るのに一苦労した。建物の一部も工事中で、全て見ることは出来なかった。一応民族博物館にも入ったが、人の数が多かった。後日談だが、この滞在期間中に前後する形で韓国・北朝鮮の離散家族相互訪問が行なわれていたが、この博物館も見ていたようだ。しかし天気がとても良く、帽子なしにはとても歩けなかった。

↑国立民族博物館の概観。

↑歴史を感じさせる重厚な造りの建物。

 途中水の補給をしながら歩いた。次にインサドンへ行き、道沿いの店を見て歩いた。ここは伝統工芸品などの店が連なる通りで、観光客も多い。前に一度立ち寄ったことのある「お面」の店を見付け、お面とレリーフを購入した。前に買ったものと同じものは、物価の影響からか値上がりしていた。その足でまた別の所へ行こうと思ったが、荷物が急に増えてしまったので一度ホテルに戻った。

 ホテルの部屋で一休みしたあと、また出かけた。今度は南山公園にあるソウルタワーへ行くことにした。再びミョンドンまで行き、ここから歩いて山を登った。しかし坂道が急なのでとても歩き続けられないと思い、ケーブルカーに乗った。ケーブルカーの登坂傾斜はとても急で、歩かなくてよかったと思った。10分もしないうちに頂上についた。タワー自体はそんなに高くないのだが、山が高台にあるので展望台からの高さは海抜500メートル近くもある。市の中心部にあるところから、ソウルを360度見ることが出来る。完全に晴れていたわけではなかったが、遠くまで見通せてよかった。

↑ソウルタワー

 ここまででも歩き疲れて坂を降りるときなんかは膝ががくがくしてきて大変だった。歩き回るのはいやだったがホテルに戻るにはまだ早かったので、前にも行ったことのある書店・CDショップに行った。ここでCDを物色し、人気のありそうなCDを一枚購入した。夕食にはまたミョンドンに戻り、ここにある参鶏湯の店で食べた。前にも食べたことがあったが、やはりおいしかった。しかも食べるのに時間がかかったのでとても満足だった。外に出ると暗くなっていたのでどこへ行くでもなく、ホテルに戻った。ホテルの部屋には冷蔵庫があったが水しか入っていなかったので、正面にあったコンビニエンスストアでミネラルウォーターとポカリスエットを買ってゆっくり休んだ。

2000/8/15

 出発の関係で朝は6時20分集合だった。アラームをかけたつもりだったがそれが効かなかった。しかし不思議なことに、そのアラームをかけた時間に目を覚ませたので良かった。6時頃チェックアウトしたら、現地係員がほどなくして来た。道が空いていたので、あっという間に空港についた。出国の手続きをみんなしてもらったが、とっさに言葉が出てこずに、変な形で別れてしまった。

 この経験から、やはりもうすこし勉強しておくべきだったなあと改めて反省した。自分ではなるべく韓国語で通そうと思ったのだが、向こうのほうが日本人だと分かって気を使って日本語を使ってくれた。それはそれでいいのだが、何だか自分が情けなく感じ、もし今度行く時にはもっと理解してから行くべきだと思った。

 ちなみにこの日は韓国では独立記念日にあたる。特に今年は55周年の節目の年であり、韓国・北朝鮮の離散家族が相互に訪問するなど、記念すべき年でもある。現地の新聞やテレビのニュース・特集を見ても分かるが、長い間待ち受けていたことだっただけに、感慨もひとしおのようだった。そして今私が、その歴史的瞬間に同じ国にいたということは、実に印象深く生涯忘れられない旅となった。

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