2003年11月

5度目のソウル

11月の連休を利用して再びソウルへ旅発った。

 

2003/11/21

 羽田発のチャーターを利用してのソウル訪問となった。昨年に続き自身2度目である。

 昨年の経験から、羽田空港までの往復が大変だと思ったのと、出発当日も仕事があるので仕事が終わってから滑り込みセーフ、という感じで秋田からは航空機往復を利用した。休日前と言うことで秋田空港の駐車場はどこも満車で、どこに停めたらいいものか悩んでいたが、端の方に臨時の駐車場があったのでそこに停めることにした。何より、駐車料金がかからないのでかえった良かったかなと思った。

 そうこうしているうちに羽田に到着、しばし出発までには時間があったが、国際線ターミナルにはその日、ソウル行の他に、グァム・サイパン行の便もあり、空港内は大勢の人でごった返していた。何とか搭乗手続きも終え、機内に乗り込んだのだが、どうも出国待合室に帽子を忘れてしまったようで、そのことで頭がいっぱいになり、なんだか幸先が悪いなあと思った。

2003/11/21

 ホテル到着は3時50分頃になっていた。朝起きて見て回るための準備をしてから横になったが、5時近かった。それでも何とか疲れを取ろうと、必死で目をつぶった。

 6時過ぎに再び目覚めた。毎回思うことに空調が利きすぎているためか定かではないが、喉がからからになった。外はまだ暗かったが、江華島に行くことにしていたので、早く出発しないとゆっくり回れないだろうと思い、6時30分頃ホテルを出発した。

 江華島へは、新村の市街バスターミナルバスから出ている直行バスが便利である。江華島は地理的にはソウルの北西、仁川国際空港よりはるか北にある。また、この島は北との境界線にもなっており、北側に立てば北朝鮮を望むこともできるようだ。

 江華島には1時間30分ほどで到着、10時頃に着いた。江華バスターミナルという江華島では最も大きいバスターミナルからは、各地に行くバスがあるのでそれに乗り換える必要があるが、案内を見てもはっきり分からず、とりあえず「伝燈寺」とよばれる寺を目標にバスで向かった。バスでおよそ30分ほどで「伝燈寺」に到着した。まだ午前中だからか、辺りは静かで、ひっそりとたたずんでいた。

伝燈寺南門入口。左側に城壁が見える。この城壁が山を取り囲むようにして一周している。

 寺までは小高い山のようで、かなりの急勾配を登った。寺の各所は工事中のようで、全てを見ることはできないようだった。また、あまりにも広すぎるのでとても全部は回りきれないと思ったので、目に付いた建物を見るなどしてその場を後にした。およそ1時間余りの滞在だった。

 その後、戦跡があるというのでそれらを見に行くことにした。ちょっと遠そうだったのでバスで行こうと思ったが、なかなか見つからないので結局歩いた。

←途中の道すがら。右側の写真は、白菜畑のようだ。

 道路沿いにはキムチ用の白菜を売る販売所が多数あるが、歩いている人はほとんどいなかった。ただ、民家には必ずと言っていいほど犬がいるので、その前を通る度にかなり吠えられて、しかも道が狭いので道路のクラクションにも何度となく驚かされた。工事現場が近いせいもあってか、やたら大型のダンプが通るので、そのそばを歩く身にとっては冷や汗ものだった。

 そうこうしているうちに最初の目的地に着いた。ここまで約1時間は歩いた。草芝鎮と呼ばれる場所である。ここは、日本人にとって最も関心を持つべき場所である。その昔日本が朝鮮に対し開国を迫ったのがこの江華島を境にしてであった。江華島事件と呼ばれるその場所である。ここにある城壁で日本軍からの砲撃に対抗するために戦いを繰り広げた場所である。

 説明を聞いたら良かったのかもしれないが、あまりにも人がいないので拍子抜けしてしまった。天気が良かったのが何よりの幸いである。

草芝鎮の様子。

 次に、そこから少し北上したところにある徳津鎮と言うところにも行った。ここも江華島が対外的に戦争をしていたのを示す史跡の一つである。ここは日本ではなく、フランスの進行を抑えるために必死に戦った場所である。

徳津鎮の様子。

 この他にも広城堡と呼ばれる史跡がもっと北にもあるのだが、なにしろ歩いてい見ていたので、ここまででも足がだいぶくたびれて、もうギブアップ状態だった。しかしながら、せっかくここまで来たのだから何とかして帰ろうと、自分に言い聞かせて歩いた。途中バス停を何度も見かけたが、どうせこないだろうと思って通り過ぎると、その後で必ずバスが通り過ぎていくという、悪循環が続いた。ひとりで黙々と歩いているので途中、どこまで行くのかと声をかけられたり、近くの人だと思ったのか道を尋ねてくるマイカーの人もいた。それでも、そこから2時間ほどかけ、ようやく出発地点のバスターミナルまで来た。

←同じ島でもこんなに道が違う!

←ようやくバスターミナルに到着。

 ソウル市内に戻る時には、帰りのラッシュのためにかなり時間がかかった。辺りも暗くなり始め、新村に着いた時はなんだかほっとした気分になった。夕方5時頃だったが、疲れたので早速夕食にした。新村周辺は、大学があるせいか飲食店やファッションビルなどがたくさん建ち並んでおり、人出も多い。ここにあるとある一軒の豚カルビの店に入った。

 豚のカルビと牛のカルビをそれぞれ一人前注文したが、腹が空いていたせいかぺろりと平らげた。その後、書店を見て本を買ったりした後、9時頃にはホテルに戻った。何とも長い1日だった。

2003/11/22

 昨日の疲れがとれず、どうなることかと思いながら目を覚ました。疲れていたので8時頃になってようやく目を覚ましたようだ。水原に行く予定にしていたが、この分だと疲れて大変だろうな、と思い一時はやめようと思ったが、せっかくここまで来たので、やはり行くことにした。

 恥ずかしながら、ソウルに来て今までソウルの駅に行ったことがなかった。当然ソウルの国鉄にも乗ったことはなかった。 水原には地下鉄1号線が乗り入れているのでそのまま行く手もあったが、特急で行くと約30分も短縮になるし、途中止まる駅も少ないので迷わず特急列車を選択した。

←ソウル駅の外観。

 韓国の特急列車は幾つかあるが、それぞれセマウル号、ムグンファ号、トンイル号の3つがあり、それぞれグレードが下がっていく。セマウル号が日本の新幹線とすれば、ムグンファはさしずめ特急という感じだろうか。

 発券は実にスムーズだが、方面毎に券売所が異なるので注意が必要である。また、地下鉄のような自動券売所がないのであくまで対面販売が基本である。ただ外国人観光客も大勢利用することから、サービスはバスなどに比べたら比べものにならないと思った。

 出発から30分後、果たして水原に到着した。水原で有名なのは華城と呼ばれる古代朝鮮時代の建造物である。ユネスコ世界遺産にも登録されているので、韓国の中でも有数の観光スポットであるといえる。しかしながら、駅前の様子はソウルに負けず劣らずで、近代都市を思わせる風貌に本当に史跡は残っているのかなと言う不安を感じさせるものがあった。

 しかし、駅前から徒歩で30分ほど歩いたところに到着した華城の表玄関とも言える「八達門」までくると、なるほど、と言わざるを得ない光景がそこにはあった。

←八達門。壮大な門が歴史の深さを物語っている。

 華城は1周5.7Kmもの城壁が囲っていて、とても向こうまでは見渡せないなと思ったが、この八達門から登る急な傾斜からは遙か向こうが見ることができ、水原市内も一望できる素晴らしい景色である。

←八達門から見上げた図。あのてっぺんまで登るのである。

←適当なところに来て下を見ると、すごく高いところにいることを実感する。

 実は昨日江華島でかなり歩いたので、ここの坂を上るのは本当にしんどかった。100m程登ったら休み、また100mと休み休み登っていった。ある程度まで登ると、今度は平坦な道になるので、そこまでの辛抱である。道すがら、幼稚園児らしき子どもたちが息を切らしながら登る姿も見受けられた。大人でも大変なのに子どもが登るのはどうかなと思うが、ここを定期的に登り降りしていればかなり健康になるだろうなと感心してしまった。

←左図。西南角楼と呼ばれるいわゆる見晴台。華城の中では最南端に位置するので、主に南部からの敵の動きを監視していたと思われる。

←左図。西将台にて。写真撮影してもいいか聞いたら、快く承諾してポーズを取ってくれた。華城にはこのように各所に当時の扮装をした人が立っており、歴史情緒を感じさせる上ですごく重要な役割を担っている人々である。

←長安門から眺めた様子。

 長安門までで全体の約2/5位の位置だが、足がついていかないのでここで今回はやめることにした。しかしそれにしても、今回初めて来たのだが、ただ歩くだけでも結構いいハイキングにもなるし、歴史を学ぶことにもなり、すごく良い体験をしたなあと思った。余談ではあるが、この門と城壁を結ぶ橋が薄井鉄板のような物だけでできているので、通るのがすごく怖かった。5m程下には道路があり自動車が往来しているからなおさらである。

 近くのバス停から水原駅まで戻り、そこから再びムグンファ号でソウルに戻った。切符を買った時、13時27分と書かれていたのに現在時間は13時30分を過ぎていたので、なんで出発してしまった切符を買わせたのかなあと、聞いてみるとなんのことはない、5分遅れて到着と言うことだった。急いでホームに降りると、丁度到着したようで、何とか乗り込むことができた。

 ソウルに到着したらなんだか雰囲気が違った。どうやら新しく駅を作っているようで、その中を出てきたからだ。まだこの駅舎は未完成なので使われていないが、これができるとまた便利になるんだろうなという期待感はあった。

←新しいソウル駅の内部。まだ未完成ではあるが、ちょっと見た感じはまるで空港である。

 ソウルに戻り、市内をぶらぶらしてから、博物館を見ようと思ったのだが、博物館に到着したのが4時を過ぎていたためどこにも入ることができなかった。仕方なく仁寺洞を回って土産品などを買ってそのまま夜まで過ごした。

 夕食は明洞に行って参鶏湯を食べた。しかし、昼食用に食べた時からあまり時間がたってなかったので腹が一杯になってしまった。

 夜には南大門市場に行って、そこでも土産品などを物色した。途中、書店で本を買ったりもしたが、市場の活気には勝るものはなかった。

←夜の南大門。

 そうこうしているうちに、ホテル集合の時間になり、全行程は滞りなく終了した。空港到着後、最後に両替をした。

 無事に日本に到着し、到着してからまずは帽子が届いていないか確認してみたのだが、どうもそれらしきものはなかったようで、仕方なく諦めた。無事に帰ってこれただけでもいいことにして、帰途についた。

 今回の度は、割合内容の濃いものだった。ただ、目測を誤って結構歩いたりもしたので、今度行く時にはもっと「言葉」を学んでいかないといけないと身にしみて感じた。

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