2004年9月
6度目のソウル
9月の連休を利用して再びソウルへ旅発った。
2004/09/
18今回初めて秋田からのソウル便を利用することにした。せっかく便利なものがあるのだから、これを利用しない手はないと思ったからでもあるが、後々やはり東京発着の方が何かと便利なことに気付いたが、それについては後にふれることとする。
さて、意気揚々と秋田空港まで行ったが、休日と言うこともあってか結構搭乗客は多かったようだ。しかしながら、隣の国内線ターミナルの方がはるかに人が多いのが気になった。まあ週3便しかないのと、国内のように簡単に行くわけにはいかないのでそれも仕方ないのだが、定期便存続が危ぶまれているというのがなんとなく分かる気がした。
出発はあわただしいものだった。ソウルからの折り返し便にすぐさま乗り込むという格好なので、セキュリティチェックの入り口が開くやいなや出国審査、搭乗となり休む暇もなかった。のんびりした人にはちょっとつらいかも。だが、これが地方空港の現状である。
航空機の中は、一応ビジネスクラスのシートはあるが、10席くらいしかないので本当に小さい飛行機なんだと言うことを実感した。しかも、機内食もサンドイッチのようなごく軽いものだったので、少々不満は残った。まあ、機内食目当てに乗ったわけではないのでそれには目をつむるが、それにしても東京便とここまでも差があるのか、と改めて実感した。
そんなこんなで仁川国際空港にはほぼ定刻に着陸、ほっと胸をなで下ろした。最初にやることはもう慣れているので分かっている。両替も、今までの経験からたくさん換えても使い切れないと言うことが分かっていたので、2万3千円だけ両替した。
次に予約しておいたホテルにまずチェックインしなくてはいけないが、空港バスが手軽なのでそれで行くことにした。ホテル近くの停留所まで7000ウォン(約700円)。しばらくするとバスが到着し、それに乗ったがあいにく夕方のラッシュ時間帯にはまってしまい、到着まで2時間かかってしまった。帰るときの教訓にもなった。
うろ覚えのまま辺りを見回しながらホテルを探したが、見つからず、目標のホテルの先にある地下鉄の駅の前まで来てしまったので、もう一度気を取り直して見直したら、反対側の道にあったようで、しかも思ったよりもこぢんまりとしたホテルで、拍子抜けしてしまった。インターネットで予約していた券を見せると、キーを渡してくれた。
ジャケットを着ていったのだが思ったより暑く、失敗したと思った。しかしながら貴重品などを持ち歩く以上、脱ぐわけにもいかず、辛抱することにして今後の策を練った。もう夕方の7時頃になっていたので、夕食に出かけた。近くにカムジャタンの店があったので、そこに入ってみた。カムジャタンとはカムジャ(ハングルで言うじゃがいも)と、豚のあばら肉を中心に煮込んだ鍋なのだが、通常大勢で食べるので1人分は作ってくれないようだが、ここは小さめの所だったので作ってもらえた。

←1人分なので小さい鍋だが、真ん中に横たわってるのが豚のあばら肉。
あばら骨に付いた肉をちゅーちゅーと吸いながら食べるのが本当らしい。それでも、結構おいしいものだが、見て分かるとおり結構辛めだ。焼酎がよく合うというので、焼酎も頼んでゆっくり食事を取ったが、合わせてたったの8000ウォンでった。見るからに、日本人は来そうにないところで、地元の人向けの非常に庶民的なところのようだ、だが、もっと安いところもあるそうだったが、何しろ疲れていたのでここで精一杯であった。
とまあ、1日目は移動だけで終わった。
2004/09/19
2日目。実質この1日しか行動できないので、目一杯移動することにした。しかし、郊外に行くと1日かかってしまうので、ソウル市内だけで済ますことにした。まずは朝食だが、朝早くからやってるところは限られている。まず最初に頭に浮かんだのがお粥の店だ。しかし、以前行こうとして道に迷ったことがあるので、前からチェックしておいた明洞の参鶏湯専門店で粥を注文することにした。
明洞液から5分ほどの所にある明洞参鶏湯という店で、チョンボッチュ(アワビ粥)を注文した。日曜日の朝なのですごく静かで、しかも天気が良かったので実にすがすがしいものだった。
←ちょっと分かりづらいが、真ん中に卵が入っている。
小一時間過ごした後、次の目的地へと向かった。以前来たときには閉館してしまって入れなかった、ソウルの西北、西大門独立公園にある刑務所記念館である。ここはかつて日本が植民地支配していた頃の刑務所が、独立後韓国の刑務所としても使われた後、そのままの状態で残されており、特にこの刑務所で処刑あるいは抑圧された人々の功績をたたえるとともに、惨い仕打ちを受けてきた拷問の数々を、蝋人形を用いて展示している。
←旧刑務所の外観。
展示館は日々拡大しており、順次新しい展示が増えているようだ。私が見たときにも工事が行われていた。そして印象的なのは、見学に訪れる子ども達の数である。皆熱心に展示しているところに近寄っては歓声を上げたり、メモを取っていた。
展示の一例を挙げると、拷問を行ったと思われる器具の多さに圧倒される。まずは、一人が立ったままで入る棺桶のようなもので、中が逆三角形になっており、体の自由がきかなくなるようだ。私も試しに入ってみたが、すごく窮屈だった。説明書きによると、ここに2〜3日入っていると、足が圧迫されることにより足の血管が破れて、出血することにより体全体が麻痺してしまうそうである・・・。
そのほか、収監者のための裁判の様子が人形を用いて裁判官、取調官などがいるところで、中心に被告が立つ場所があるが、そこまで近寄っていくと突如人形が動き出し、裁判をする声が聞こえてきてあたかも自分が裁判を受けているような気になったりする所など、かなりショックを受けるものが多かった。
←女性が収監されていた部屋の様子。高さが1mほどしかないので、立ち膝にならざるを得ず、かなり苦痛を強いられたようだ。
それら展示の様子は、あの独立記念館のものよりもよりインパクトが強かった。刑務所という特殊な環境という事も相まって、結構応えた。

←受刑者が処刑されていた場所。右側写真の椅子が下に沈むようになっている。
←処刑された遺体を、裏山の墓地へと密かに運んだとされる秘密のトンネル(通路)。
ある意味、ここに来ただけでも今回の旅の目的は達せられたかもしれないな、と思うほどかなり貴重な経験だった。
次に、景福宮まで戻ってきて国立中央博物館を見た。
←国立中央博物館の外観。
実は、ここに来るのは2度目だが、最初に来たときは旧朝鮮総督府(韓国統監府)建物のときだったので、新しくなってからはこれが初めてである。今までに何度も来る機会はあったのだが、月曜休館に当たってしまったり(他のものを見るために)、閉館時間を過ぎていたりと、何度も来ようと思っていたのが満を持しての訪問でようやく来ることができたのである。
ちなみにこの博物館で有名なものは、写真にもちらっと写っているが、半跏思惟像である。
ここでもしばらく見学した後、隣の景福宮もせっかくなので散策してみた。



←右の写真、初期韓国王宮の正殿、「勤政殿」。
←勤政殿の内部。当時の様子が人形によって表されている。中央にいるのが太祖。

←左、慶会楼。右、香遠亭。
丁度ここらで昼になったので、食事にすることにした。明洞に引き返し、明洞餃子という店に行った。以前にも行ったが、この時にはマンドゥ(饅頭=韓国の餃子・シュウマイのようなもの)を食べたが、もう一つメインのものであるカルグクスを注文した。
←ワンタンスープ・うどんのようなもの。麺は餃子と同じ生地で、結構コシがある。
ここではご飯が無料でもらえるほか、白菜キムチもたくさん持ってきてくれる。丁度昼時だったが、結構混んでおり、地元の人にも人気のある店のようだ。
次に行ったのが徳寿宮。ここもかつての朝鮮王宮の一つで、もともとは仮の宮殿として建てられたのだが、李朝末期に正宮となり、日本の併合時に最後まで抵抗した高宗皇帝が晩年を過ごした場所である。

←徳寿宮の正殿、中和殿とその内部。




←ハングル(訓民正音)の創設者、世宗大王像。
工事中の場所も多く、全域を見ることができなかった。近くのソウル市庁にも行ってみた。
←あの2002W杯の時には、大勢の民衆で赤く染まった市庁前の広場である。
市庁前は芝生になっており、家族連れなど市民の憩いの場になっている。
その後、仁寺洞を巡って歩いたり、CDショップを見てみたり、南大門市場を歩いているうちに外はすっかり暗くなり、夕食を取ることにした。
←焼き肉屋で頼んだ「プルコギ」1人前。
結構いろいろなところを歩いて足もくたくたになったのだが、こう振り返ってみると思ったよりもあまり見ていない、という感じもしないでもない。やはり、2泊3日というスケジュールは便利なようで短い、とつくづく感じた。
明日の朝も早いので、早めに床についた。
2004/09/20
帰る日である。出発が9時55分で、2時間前までには空港に着いていなければならないので逆算すると2時間かかると想定すると、6時頃には出発しないと、間に合わないことが分かった。年には念を入れて、4時50分頃から目を覚まし、5時20分頃にはもうチェックアウトが済んだ。
最初に日に降りたバス停の、反対側の道路にある仁川空港行きのバス停から空港バスに乗り込んだ。まだ辺りは暗く、静かなものだった。天気が悪いようで、雨が降っていた。それでも到着は6時30分頃だったので、出発まではかなり余裕があった。
朝食を空港内のファーストフード店でとり、ちょっと休憩している間に搭乗となった。あっという間だったが、何とか秋田に戻って来ることができた。さいごにがっかりしたのが、税関で停められてしまったことだ。一人で行っていたので、何か運んできたのかと思われたようで、誰一人荷物を点検されることがなかったのに、私一人だけだったので、緊張した反面、周りの人の視線に釘付けになっているようで、非常に恥ずかしかった。
というのが今回の旅であったが、短い日程ではまあまあだと思ったが、やはり秋田便では日程がうまくとれないので、今後利用するかどうか検討する必要があるなと思った。